母のタイムスリップ日記
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長く介護に携わっていると「介護卒業」なさった方との出会いもある。 痴呆でない方の介護の場合は、本人の意思もわかるし、辛いけれどやり取りもできる。卒業の辛さは、比較するべき物でもないだろうが…。
でも、痴呆の介護では、本人の意思等容易に知りえない。 介護者自身の振り返りもあるだろうし、自分以外の人からの介護の批判を受ける事だってあるだろう。逆に「何も手伝って貰えなかった」と言う思いが広がるかもしれないのだ。
立ち直れずに、心の治療を受ける方もおられる。
私自身、どうなってしまうかなと思う時がある。 母にかかりきりとなり 私から「介護」を取り上げた時何が残るだろう。 介護の大変さで例え母にイライラをぶつけてきて来たとしても「これで解き放たれた」とは思えないような気がする。
父を天に送った時は、母の介護が待っていた。 でも、今度は其れも無いのだ。
いや、母が天に召される事を願っている訳ではない。 どちらが先に行くか等判らないのだけれど。順で考えれば母だから。
そういう意味で、介護を卒業なさった方のお話も聞いておきたい。 これも、これから先 とても大切だと思うのだ。 今、そういうシステムが無い。 これも、介護に関わる大切な事だから創り上げていく事が必要と思う。
病を抱える人、介護する人 それぞれの思いが有るだろう。 自分の思いを大切にする事の多い世の流れだ。 その自分をしっかり見つめておかないと見誤る事も有るだろうな。
自分がこの世を去る時、何が残るか? 娘には、中学生のあたりから「人のゴールは死ぬ時だよ」と教えた。 人様に迷惑をかけ続け、ほんのちょっとよい事もして、私が死ぬ時は負を抱えた儘かもしれない。 プラス、マイナス ゼロを目標にする事が大切かな?
仕事が出来るとか、お金があるとか、世話になったとか そんな物差しでないことだけは判るが…。何を持ってゼロとすべきか、これは私自身の課題だ。 そして、その前に介護卒業の為の準備も…。 生きて行く事は、こういう学びもあるのだな。
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