母のタイムスリップ日記
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2003年03月06日(木) 母がいる家


 私の通院後、母を迎えに行く。
今日は、職員のSさんなので母の表情も穏やかであり、言葉も途切れ単語でなく、ゆっくりではあるが話し言葉になっていた。
失語症みたいな症状の毎日なのである。

着替え等、自分のメモに沿って揃えた。
コートを着せて、支度が整った。
看護婦さんが、薬を渡してくれた。簡単な一日の流れを教えてくださった。其れは、職員のSさんからも報告を受けていた。
帰路の足を心配してくださり「タクシーを呼びましょうか?」と言ってくださったが「歩いてみます」と言って断った。

玄関まで、出ようとしたら看護婦さんに同僚の方が面会に来られた。
一人、母を連れ玄関まで行く。着替えの荷物もあり、母を引いてなので狭い施設の壁に引っかかりながらようやくの事だった。
玄関まで行くと引継ぎの終ったばかりのSさんが出てくださり、私の靴の履き替えの間母を見てくださった。見送りは、Sさん一人だけ。

外に出ても、母は目を開けずに歩いた。マスクをかけているのでうまく声が届かないのだろうか?
バスが来たので、乗ろうと思った。若者二人がいたので先に乗ってもらった。
私達の番だが、母の足が上がらない。「しまった」と思ったが幸い車内は空いており運転手さんも席に着くまでじっと待ってくれた。
ノンステップのバスだが、それでも母には高いステップだった。
終点で降りる時、運転手さんが気を使って「もっと前に出そうか」と言ってくださった。「何とかなると思います。有難うございます」と配慮に対してお礼を言った。

次にちょっと買い物をしてタクシーに乗った。
手伝いは無かったけど、ゆっくり待ってくださり助かった。
家の門前に止めて貰い、母を降ろした。門柱に寄りかからせてから荷物を降ろした。

玄関までは、数段の階段。そこは何とか出来たけど、玄関からフロアに上がるのにはバスのステップ以上の段差がある。これには閉口した。この前は娘も居たので助かったのだが今日は一人。母を座らせた儘、暖房を入れて荷物を中に入れそれから声をかけながら足を上げてもらった。

今日の母は椅子に座っている事は出来るようなので椅子に腰掛けさせた。
お茶を飲ませて、一息ついて台所に立ち夕食の支度をした。
母の様子は、数分毎にみていた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」と何回言ったかな?
後は、テーブルに突っ伏しているか、何か手で字を書いている。
カタカナみたいで「ナミダデナイ」と文字を重ねて書いている。
なんだか判らないけど、母を見ているとこっちの方の目がウルウルしてしまう。ほんとにどうなってしまったのだろう?

夕食は、ご飯とおかず少しは自分で食べた。目をつぶった儘だが大分学習したのかな?最初の日は、其れさえも出来なかった。

トイレも、入浴も、全盲の人を新しい場所で入浴させる状態だった。
全てが終ったら、此方は汗びっしょりだった。

難関は更に続く。寝室は2階なのだ。
母に「ここは、普通の家だから段差があるよ。よく見てね」と幾度も声を掛けた。でも、階段は思いのほか楽だった。其れは手すりがあるのでしっかり摑まり一歩一歩上れた。やれやれ。
何とか、布団に入ってもらった。

いつもより、遅い時間なので直ぐ寝入ってしまった。やれやれ。





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