母のタイムスリップ日記
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2003年03月08日(土) 2泊3日の結論


 今日の夕方、母をまた施設に託してきた。
この間、頭で判っていての失敗が一つある。
其れは、排尿の事。
今まで、出そうな時は、自分でトイレに行ったり、口で教えてくれたしトレーニングパンツで何とかできた。
でも、今の母は、完全に言えない。だから、4時間くらいじゃ何とかできた事が今は母にまかせっきりは出来なくなった事を実感した。

施設の人が「お母さんの尿量少ないのです。午前中なんて濡れてないです。」と心配そうに言っていた事を鵜呑みにしてしまった事もある。

母の尿量なんて今までと変わりなかった。
通院の日、出掛けにトイレに行き確認してから外出。
精神科医から、急いで次の病院に行ったこともあり、そこが初診という事もあり、トイレの事はすっかり抜けていた。
家に戻ったのが昼過ぎで、昼食のが先としてしまった。
食事後、母をトイレに誘うと、クッションが冷たかった。見ると、もう下半身はぐしょぐしょだった。
慌ててトイレに連れて行き「ごめん。気が付かなかった。冷たかったでしょう」と謝った。綺麗さっぱりして元に戻った。
でも、トイレに誘う度に遅れている。溢れるほどではないのだがタイミングがずれていると思った。
一度失敗したのだから、もうしないと思っていたら…。
今朝、やってしまった。
隣で「アー悔しい。何で…」と言う母の泣く声で目覚めた。
気が付くとパジャマがぐっしょりだった。シーツまで溢れていた。
昨夜、一時ごろまでゴロゴロしていたので途中トイレに行った事もあり油断した。私も、隣に寝ているし何か有ればわかると思った。
でも、ここ一年近くぐっすり眠る事に慣れてしまった。目が覚めなかった。
またしても失敗。
それも、母が「悔しい」と言うほど気持ち悪かったのだろう。
これも、母に謝るしかなかった。

何処が、尿量が減っているのか?
水分摂取量が足りないと言う事が疑わしくなった。
やはり、目の前に母が居ないという事はこれほど不確かなのだと思った。
ちょっと前までは、自分で喉が渇けば水を飲めたのだ。
それも無くなってからは、出された物しか飲めなくなっているのだろう。
「水」とは言うけれど、これは、かなり近くに居ないと聞こえなかった。

施設から言われた事を鵜呑みにした自分がみえた。
痴呆になると、なかなか、過去の話は出来ない。苦情だって言えない。その辺の管理は施設の場合 甘くないのだろうか?
食事だって、下手をすると隣の人にぱくっと食べられてしまうのだ。その現場も私は目にしている。

施設の対応はさておき、こんなふうに私の失敗があった。
きちんと、生活のサイクルを考えうまくトイレに誘導して排尿の意識を高めて行くことが大切に成るかな?


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