母のタイムスリップ日記
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2003年03月09日(日) 介護者の素人的判断リハ


 母が家で過ごす戻った間、母の状態を私なりに判断した。
私は、脳神経外科医の判断に近い受け止め方をしている。
治るのじゃないかと。

母の実際は、確かに虚ろであり、反応も鈍く精神科医の言う「せん妄」が出ている。空に文字を書いて見たり、言葉にも反応しないか若しくは反応しても動作が伴わない事が多い。一人の世界に入り込んでしまっているように見える。
急に意味も無くすくっと立ち上がったりもある。
話し掛けに反応しても、発する言葉は「○・○・○」と一文字一文字を確認するかのようにゆっくりと話す。抑揚が無い言い方である。
だから、精神科医や、施設の人の言う事が外れている訳ではない。

けれど、母は痴呆であり、尚且つ耳が遠いのだ。
精神科医の聞き取りは 割りに聞き取りにくい話し方だった。
それに比べて、脳神経外科医の話し方は、聞こえが良かったようだ。
「ここが、脳出血の所です」と説明した時 其れまで反応の鈍かった母がぱっと目を開けて写真をじっと見入ったのだ。
同じ場面は、精神科医の所でもあったが全く無反応だった。聴こえてなかったのではないかと思った。

夜、入浴時少し熱めの湯加減だった。ぬるい湯の好きな母は瞬間「熱い」といつも通りの言葉を発した。「あ・つ・い」ではなかったのだ。また、物を投げると其れをキャッチできた。
その事実は、あまりにも普通の事なので此方もあたりまえとして受け止めてしまった。でも、明らかに今出来なくなっている事から考えると不思議な事なのである。

今日の面会であらためて試してみた。洗面所で手を洗う時蛇口の所に手を引っ張り水道水手をつけた瞬間「冷たい」と言った。
何かの拍子で手をぶっつけた時「痛い」と言った。
やはり反射的に発する言葉は普通なのである。

物は試しと掃除する時も私の行動が見えるようにして椅子に座らせ声を掛けてみた。ちょっとの間は目を開く。行動を変えるたびに繰り返しやってみると目を開く回数もちょっとづつ増えた。
次に椅子を離れた所に置いて「椅子の所まで一人で歩いてみて」と言った。
すると、3歩歩き立ち止まり「あの椅子まで?」と言葉を発した。

目を開けた生活が出来る訳ではないが、少なくとも増えてきてはいるようだ。
心許ない母の状態ではあるには違いないが、ここを切り口ににしてリハをして見たらと思った。
明日は、ビーチボールとかでキャッチボールをしてみようと思う。
瞬間なら大丈夫じゃないかな。

目をつぶる生活から3日目4日目辺りは外に出ると目を開いていたし歩けた。その事から考えてもやはり 治る可能性があるのではと思うのである。
家に居る時「りんごを描いて」というと略画ながらりんごと判る絵を描いていた。其れも、気になる。点と点を結べば繋がっていくのではないかと素人的には考える。


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