母のタイムスリップ日記
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2003年03月12日(水) き・っ・と・で・き・な・い


母のリハを続けながら何処まで有効かなと思うときがある。
母の記憶は数秒前の事さえも消えてしまっていたのだ。
其の事を踏まえると有効性がどの程度かと思ってしまうのだ。

でも、母の残存能力を引き出す事は出来るだろうと思うのである。
塗り絵や絵を描くことだって、初めは興味すら示さずにいた。
でも、ひょんなことから始めたら出来るようになったのだ。

そして今母に「編み物してみる?」と聞くと「き・っ・と・で・き・な・い」と言うのだ。という事は、今の自分を認識できていると思うのだ。
出来ない自分を感じたら、其れはなんとも哀しい気持ちとなりやる気すら起きてこないと思う。
だから、そこは自信を得てもらうために母の頑張りを褒めていくしかないのだろう。

精神科医はこれから行き着く先の話をした。
何れ、生きながらえて行けばそうなっていくだろう事はとうに覚悟している。
でも、介護者は、そこに行き着くまでの道のりを傍観するのでなく何らかの形で関わりを持ち続けたいと願うのである。
その時その時 出来る事を無理なく続ければ 生活の質は状態に見合った程度保っていけるだろうと思う。

生涯施設で過ごして貰うと考えてはいないし あくまでも通過施設と考えているがたまたま出会った方々からの励ましを母はまだ感じる事ができるのだ。
それを、振り切ってしまってよいのだろうか?

今日は、母をファミレスに連れて行った。
外に出た母に「危ないから目を開いていてね」と言うとずっと目を開けて歩けた。信号も「ちょっと急げる?」と言うとすたすたと急いでくれた。
食べる時も、零さないように首を前に伸ばして工夫できる時も増えた。
まだ、普通には程遠いけれど、歩ける事、時に物を口に運ぶ事が出来てきた。
ちょっとではあるけど其れが嬉しい。


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