母のタイムスリップ日記
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2003年07月17日(木) 木曜の訪問再開


 言い訳
実は、昨夜 日記を更新しようとしたら言語バーが消えていた。
capsの表示も出てなく 焦って思考力ゼロ状態。
その前にネットサーフをしていてフリーズしてしまいあちこち触りまくった。
訳もわからない状態なのに…。一度切って再起動させて方がよいのに…。
お馬鹿な私。

それで、今朝 気を取り直して チャレンジ。ようやく再開。
笑ってください。ドジでした。

木曜の利用者さんは、リハ入院していた。
ちょっと、頭の痛い利用者さんである。
周囲は、もう少し 入院リハを続けてほしい所なのだが、「もう退院したい」と希望して在宅に戻った。
一人暮らしで、生活はすき放題なので、在宅ではまた「もとの木阿弥」
いや、今回の入院だって著しい回復はなかった。
生活改善をしなければいけないのだけれど、本人にその意思が不足しているから…。
こちらから見ると、勿体無いのである。
60を超えたばかりなので、これから楽しめる事はいっぱいあると思う。
その方が「いや、入院中 高齢者の人をいっぱい見てきて 自分の行く先がそこかと思うと辛いよ」と言われた。
「だからぁ。前から言っているでしょ。勿体無いって」と思わず言ってしまったけれど…。利用者さんは、そういう言葉は、スルーされるのである。
自分の思いは、積極的に話されるけれど、改善に向けては、今の生活を変える気持ちにならないのだ。
訪問していて、無力感にとらわれてしまうのである。
これは、個人の生き方の問題だから「お手上げ」である。
結局の所、言われたままのサービスをして行くしかないのである。

ま、私も だてに年を取っていないから、着替え等 できる部分では一人でするように仕向けてしまうのだけれど…。
もっと、もっと動かしてあげたい。
例えば 外出。
今は、車椅子を押しての外出である。
室内歩行ができるのだから、痛くてももう少し歩かせたいのである。
こちらは、車椅子を押したほうが短時間ですむし面倒でない。
でも、それは、利用者さんのこれからを考えると良くないのである。
この辺が、とっても難しい。

再開の委託が来た時、もう断ろうかと思った。
でも、確か トラブルばかりで訪問者が嫌がって直ぐ辞めてしまわれたのだった。きっと、私が降りてしまったら代わりはなく次々新しい人が訪問になってしまうだろう。
それを思うと、断り切れなかった。
あー。また、気の重い木曜日が始まってしまった。

活動を終えて、その足で母の所に向かった。
母は、ホールでぼんやりしていた。
居室に入ると、Fさんが母の引き出しやらをごそごそしていた。
まるで、自分のお部屋のように…。
母が折り紙などを紙に包んでしまってあるものも広げてみたり…。
テーブルの上のものに触れたりとしているのである。
当の母は、所在無げにホールである。
少し複雑な気分となった。

いや、仕方のないことだけれど…。
Fさんが楽しめているならそれもいいんだけれど…。

外に出ようとしたら、母のサンダルが下駄箱になかった。
数日前 気がついていたが、そのうち戻るだろうと思っていたが…。
職員に言うと「あっ。わかります。誰が持って言ったか…」と言っていた。
その言葉で、誰かは直ぐ想像がついたけれど…。
これが、散歩から戻っても元には戻っていなかった。
衣類の行方不明もずいぶんある。
母の女物のポロシャツをそれも記名されている物であっても、なぜか男性が着用している事もある。
集団での生活は、こういう事が多い。
少人数であってもこうなのだから大きな施設だともっと、多くなるだろうな。
介護の質が高い施設であっても、全員が安全かつ満足できないと言う所はこの辺から見ても想像できるのである。

母は、多量の水分を欲した。
散歩で お茶や、アイスなどで補充したけれど、戻ってからも「ただの水」を
コップで2杯もがぶがぶ飲んだ。
昼食後どの程度の水分補給が成されたのかな?とふと気になってしまった。

気になりながらも、活動後の疲れた体の自分をカバーするためにスタスタと家路についてしまった。


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