母のタイムスリップ日記
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2003年07月25日(金) 食事


 以前 母は「食べない」と言う事がたびたびあった。
食事の時間が近くなると「私 食べませんから」とわざわざ断りに来た。
そのころは、食べない=身体の衰弱=病=死という図式があって、ただでさえ細身の母だったので神経に触った。
私は剥きになって食べさせようとした。
「とりあえずテーブルについてよ。みんな心配するから」と席に着かせても、
母は、貝のように口を閉ざしていた。
時に「食べさせてあげないと駄目なの?」と口に押し込んだ。
すると、「ぺっ」と出してしまった。
それから説教を交えてこんこんと説得。
根負けした母は、涙をいっぱいためて「一人で食べられる」と食事をした。
あのころの母の食事って「砂をかむような食事だっただろう」

家族も食事の度に繰り広がれるドタバタにうんざりだった。
私もちっともおいしくなかった。

試行錯誤を繰り返して、食事の時には母が乗りやすい話題つくりをした。
お皿にもほんのちょっとのおかずとご飯を準備して母が余所見をした時に副菜やらご飯を足していった。
そうすると、ちゃんと 予定量を食べた。
ほんとに忙しい食事タイムだった。
それでも駄目なときは、私だけ食事をしてさっと片付けを済まし外に出て気分転換を図った。落ち着いたところでお店に入って食事して貰った事もある。

そんな時は、ステーキだってスイスイ入ってしまうのである。

今の母からは、想像もつかない。

きっと、押し付けられる恐怖みたいなものもあったのだろうと今になって思う。

今は、食べる事が好きで、ほとんど何でも食べる。
時に遅くなって口まで物を運んであげる介助もするけれど、母は嫌がる事もないのである。
こうなると、今度は食事の自立を図るために ひとりで食べるように仕向けなくてはならない。

少し介護も長くなりお互いの信頼関係が出来上がったから拒否もないのかな?と思う。

信頼関係といえば…。
先日、母を連れての外出のとき娘が運転してくれた。
車の中には、娘と母。
私は、シャッターを閉めて車に乗り込んだ。
すると娘はブツブツ言った。
母は、私を置いて車を動かしてはいけないと娘に怒ったようである。
すぐ乗るから大丈夫と伝えても「止めて」とうるさかったらしい。

これも、信頼関係があるからかな?


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