母のタイムスリップ日記
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2003年08月17日(日) 雨の晴れ間に


 10時過ぎにzzzzした母は、今朝、5時までぐっすり眠っていた。
障子戸を開ける気配で、母のところに起きて行き、トイレに誘導して、隣で一緒にうつらうつらした。
みんな、折角の休日だから早く起こしたら可哀想に思えた。
母の部屋から望む景色は、実に広々としている。
母は、朝の景色が好きなのだ。

着替え、洗面、やっぱり見守りよりもう少し踏み込んだ形での関わりが必要になっていた。

テーブルについて、朝刊を渡すと一面から声を出して読み始めた。
何処まで意味がわかるかと思ってみていたが、瞬間はわかるようである。でも、持続しないので聞けばトンチンカンになってしまうようだ。

みなで食事して、片付けは、母に。昨夕と同じ順番で…。
でも、昨夕ほどうまくは行かなかった。
ふきんで拭いて、ふきんを洗い、また拭くといった具合である。
こういう事は在宅時に「うつろな時」良くやっていたが、その時とはまた違って「うつろ」と言うより「判らない」と言うように見えた。

「仕方ないね」と思う。でも、作業ができる事、またやろうとする意思を持っていると言う事だけでも やっぱり嬉しい。

雨の晴れ間を縫うように…。
朝食後、昼食後のご近所を散歩。
記憶に微かに残っているようで「知らない所だね」と言っていても「来た事あるよ」と言ったりした。
経験がなくとも、そう言う事もあると聞くが、今日の場合は思い出しているとわかった。

ぼんやりとでは在るけれど、「誰かの家」に来ているという事を認識し、初めてではない事も判っている様であった。
施設に戻る時「学校か」とビルの前を通る度に聞いてきた。
玄関に入るときも「学校だね」と言った。

家にいる時もおかちゃんを時に繰り返した。返事すると「何でもないの」と言った。「○×は何処?」と私の名前を言うとふるさとにいると言う。
「帰りたい?」と聞くと「いや、帰ってもしょうがないんだ」と言う。
この部分は、何処まで理解しているのかわからない。
「判っているのかな?」

そんなこんなで、盛りだくさんの一日が過ぎた。


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