母のタイムスリップ日記
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2003年08月20日(水) ぴゅうっと来た友人


 「夏休みだから…」とふるさとから友人がやってきた。
おばさんの所にお泊りだけど、今日は 私のために時間を作ってくれた。
おばさんが、待ち合わせ場所までいらした。
お初にお目にかかる方である。
彼女は、いつも「おばさん」と言っているのでもう少しお年を召された方かと勝手に想像していた。
でも、年齢的にさほど変わらなかった。

「一緒にお食事でも…」とお誘いした。
快く受けて頂いた。
大きなビルが観光名所となっていて まだ 一度も行った事がない所に出かけた。まあ、夏休み 混雑していた。若い子が多かった。
この近くで、昔 お仕事なさっていらしたという事だったので、近辺もそぞろ歩いた。お食事を済ませ、後はタリーズでお茶。
娘のお勧めの場所でもあるので、一度位行ってみるか…となったのだった。
お話をしている内に このおばさんも お子様はお嬢様お一人だけと知った。 年齢も近い。
子供の仕事の話になり、親としては やはり「苦情、不満をひたすら聞く役目」と言われていた。娘さんも 昨日は、というか今朝6時に帰宅して 朝 また出勤なさったと言われていた。この超過密勤務は、やはり 娘だけではないのだ。
娘の友人の同様である。
ほんとに「8時間労働」は、在って無いような状態である。

似たような年齢の人が集まれば、当然介護の話にもなる。
おばさんは、友人から私の話を聞いていたので介護の話にシフトして行ったのかも知れない。
もう、ご両親の介護は卒業なさっておられた。
それでも、ちょっと もたつきも在ったと話された。
でも、異口同音に、相手が理不尽でもそこに拘り続けているとストレスになり過ぎて体調まで崩してしまうので気分を変えるようにしていたと話される事。
そうやって、平静を保つ事が取りも直さず自分を支えていく事になるねぇとの言葉に「そうだよね」と思った。
怒りをパワーに変えていける人もいるけれど、私などは とても出来そうにない。優しさとかではなく、抱え込むストレスに耐えられないのである。
情けないかな まったく、駄目人間である。

友人とは、4年ぶり位に会ったかな?
電話は、やり取りしていても、なかなか 会えなかった。
彼女は、私を見て「逞しくなったね」と言った。
「年を重ねたからね」と笑うと「年の話はなしよ。みんな、おんなじ」と言われてしまった。
父の事、母の事、家族の事、兄弟間の事 悩みに悩んで自分を追い込んでいた頃とはやはり違ってきているのかな?

場所を変え、別のビルへ。
こちらは、ゆとりがあり 優しさを感じた。
建物の持つ、空間、雰囲気…ってそれぞれあるのだなぁ。

3人とも後に訪ねたビルのほうが好みだった。

びゅうっと来た友人は、楽しい思い出を作ってくれてふるさとへと帰って行った。秋には娘を嫁がせるのだなぁ…。




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