母のタイムスリップ日記
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2003年09月08日(月) 老いて暮らす心持


 今日は、月曜訪問日。
娘は、体調不良で通院。娘の事も気になりながら訪問に出かけた。

利用者さんは、お元気で先週の湿疹が良くなった事を報告してくださり「妹も心配して電話をしてきて…」としっかり話してくださった。
これを見る限り、「痴呆」とは思えない。

「今日はね。お散歩したいの」と言われた。
大急ぎで家事を済ませ、そろそろ出かけるかなと思い始めた頃 利用者さんに電話が入った。親しい友人からのようで、ご主人の介護をなさっておられる方のようだった。

聞かないようにしていたけれど、かなり長くお話なさって居られるので否が応でも耳に入ってしまった。散歩に出たら時間オーバーすると思われたので先に活動報告書の記入をした。

電話が済み、お出かけである。
いつもは使わないようにしている杖だが 今日は 周到に準備なさっておられた。歩く事をきちんとシュミュレーションしておられる様である。
河原に行きたいという希望だったのでそちらに向かった。
河原の土手に彼岸花でも咲いているかな?と思ったけれど未だった。
それでも、夾竹桃が咲き、長ささぎ等を見た。
今日のお散歩は、お話が中心となった。
ご家族の事、息子さんやお嫁さんとの関係、娘さんの事。お母様の事、ご兄弟との事、老いて行く過程で必然的に選択した事等いろいろである。
相槌を打ちながら ひたすらお話を伺った。

一人暮らしは ご自分で選択なされたようだと知った。

決して、気難しい方ではない。
いろいろの方を訪問しているのでその辺の事は大体言葉の端ばしから想像できる。強く自分の主張をなさる方でない方である。
一度だけご家族とお会いしたがご家族も難しい方では無いと感じた。

普通のありふれた家族関係である。
でも、同居とは お互いの都合を押さえ込むのだろう。

母との同居だって「してやる」とは思わなかったけれど 暮らしている内に「してやっている」と言う思い上がりが生じてきて来たのだから…若い世代の考えがどうしても優先されてしまう。
この辺りが、同居の難しい処だなと感じている。

いや、利用者さんとお散歩しながら、電話の相手の話も「同居の悩み」だったらしく、それを含めてお話なされたので「同居」という事を考えて見たのだった。

気なった言葉が、たくさんあった。
「命を絶つもね…」「流れに託していくしかね…」「80を超えて生きるっておまけなのよね」さらりと話されるけれど 手を借りる側の心が見え隠れした。自分の先にもこういう事に直面する時があるだろう。人は、介護する事は免れても介護してもらう事は避けられないのである。

活動を20分近くオーバーしてしまったけれど、自発的に外に出たいと言われたのでそれを嬉しく思い同伴させて戴いた。

娘の事を気にしながら戻るとまだ病院だった。
受付の不手際で、今日一日で検査等が終わらず、半休の筈が全休になり 更に明日あらためて通院という事になってしまった。
忙しく仕事していて、来週辺り 治安の悪い海外に出張も予定されて居るのだから きちんと検査をして不安は無くして置いたほうが良いだろう。
何事も無いように…と親としては思う。
という事で母の所に面会に行かなかった。
明日は、ちゃんと出かけよう。



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