母のタイムスリップ日記
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2003年09月17日(水) 娘からの電話


 出先でヘルパー利用できた方をお訪ねした。
行く先の情報は、妹さんから調べて貰ったと話されていた。
そういう人が、いない時は、役所に問い合わせれば良いだろうとの事だった。私も、ふるさとの役所に電話して情報を得た事もあるので大丈夫と思う。
「面倒ではなかったですか?」とお尋ねすると「判らない事が多いので教えてください」と大変好意的だったという事だった。
これも、介保開始当時と比べるとずいぶん変わってきていると思った。
彼女の場合、生活援助だったので比較的容易に利用できたのかも知れない。
でも、身体介護だって本来は同じだと思う。
そのあたりの具体性は 当たってみないと判らないかもしれない。

用があって役所に電話。
疑問にぶつかり、更に調べなければならない状況になった。
この事は、はっきり わかってから ご報告という事で…。

母のところに出向く。
今日も母の意識レベルは低かった。
靴を履き替えてから「ちょっと待って」と部屋に物を取りに行ってる間にテーブル定位置に靴を履いたまま戻ってしまったりした。
「出かけるよ」とも「ここで、待っててね」ともきちんと指示していたのに記憶から消えてしまっているのだろう。

でも、今の今の会話は可能である。家に連れて帰る途中 デパートに寄って見て回る。母は、お店が好きだから色々のものを手にとって見ていた。
ワンフロアのみで帰ろうとしたが「もう少し見たい」と言ったので更にうろちょろした。

家に着いて、休息。
ふるさとの教会から敬老のお祝いのメッセージとクッキーが届いていたので
母に渡した。母は「へーっ」と言う風にメッセージを読んでいた。
幾度も幾度も読んでいた。
お返事を書いて貰おうと思ったけれど 今日の様子では無理と判断。
後日ゆっくり書いてもらう事にした。
おやつを摂り、水分もたっぷり補給して入浴。

髪、体を洗って浴槽に浸かって貰った時「体を洗うタオルとかがあれば…」と言い出した。「今 洗ったよ」と言うと「そうか。なんだか忘れているね」と言うのだった。

少し生活に変化を与えたほうが良いのかもしれないなぁ。
ゆっくり、何処かに連れ出すのも良いかなと思った。
予定が組み込まれてなかなかできないけれど、何とかしないと…。

夕方、「連絡あったか?」と夫からの電話。
娘の事が気になる様子。「こちらから、後で電話してみるよ」と答えて電話を切った。
その後直ぐに 娘から電話が入った。
多少疲れの見える声だった。
「治安は、やはり良くない。けれど不便は無く五つ星のホテルに宿泊してるので安全。異業種の現地企業の日本人の人々との交流会もあり仕事を終えても忙しい…これから夕食会」と言っていた。
明日は、まっすぐ帰路に着く予定だったけれど、仕事してから帰路に着くように予定変更となったようである。
ひとまず、安心した。


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