母のタイムスリップ日記
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2003年09月18日(木) 母から言われちゃった


 我が家の食器棚、大きめなのでカップも一緒に収納している。
要するにカップボードがないのである。
普段使いの食器は、キッチンの方の棚に収めているものの食器棚は、隙間が無い位の状態である。
それでも、隙間棚を使って上にある空間までつぶす事はしていないけれど…
季節の器は、屋根裏に収納。必要な時に取り出している。

 ほんとは、もう少しゆったりとした収納がしたい。

気にはなっているけれど、欲しいなと思うカップボードにも出会ってなくて…。

で、昨日 母が来ていつものごとく部屋や外の景色をきょときょと見ていた。 と 「あそこ、整理しないとね」とのたまった。
母の視線は…食器棚である。
どひゃーっ そこまでみてたか…。
「はぁ〜い」と返事した。
「ほら、あれは瓶でしょ」「…」
娘が集めたリプトンの大きなコップだった。
確かに瓶にも見えるかも…。

こりゃ、本腰入れてカップボード探さなくては…。

以前の私なら こんな事言われたら「カチン」と来ていたと思う。
母がまだ病の初期の頃 「棚が乱雑」「物が出すぎている」と片付けを始める事があった。
「ほって置いてぇ〜」と言っても しゃかしゃか 動き出すのだった。
「後でまた整理し直す様になるから…」「お母さんが居るからできないんでしょ」と言う言葉を何回飲み込んだだろうか?
「にこっ」として「ありがとう、汚くしてるから気持ち悪いんだね」と言うもののその顔はきっと引きつっていただろう。
母もその気配を察している時もあったから。
直接的な言い方をすると余計に混乱してしまうから正面からぶつかる事はできる限り避けていた。
でも、声のトーンは どんどん あがって行くのだった。

今の母は、自ら片付ける事等ない。
おかしなもので、そうなってみると「後で片付けるのなんて気にならないから動ければ良いのに…」と思ってしまうのである。

寝たきりとか歩けないとか大きな困難に到っていないもののゆっくりと確実に病は進行している。
もし、在宅でいつもの家事を手伝える環境が保たれていたら、片付ける能力は維持できていたのではないだろうか…。
日常の生活の細々とした事の繰り返しって リハ作業だったのではないだろうか?だとしたら、それを奪ってしまうような施設を選んでしまった私の責任は重いなぁ〜。

「できなくなってしまったのか?」「忘れてしまったのか?」
脳出血の後、次々と能力を取り戻せたように、リハで思い出せるようになるのか?

そんな思いが、グルグルと頭の中を巡ってしまう一日だった。




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