短いのはお好き? 
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2002年05月03日(金) Pink Floyd

  

 彼女は横浜に住んでいた。

 横浜国大を見下ろせる小高い丘の崖っぷちに、ちんまりと建っている彼女の家は、ピンク一色に塗りかためられていたという。
 ショッキング・ピンク、その名のままに青空をバックにして、どピンクの三角屋根が見えたとき、彼女を家まで送っていったというデザイナーのY氏は、その異様さに思わず絶句してしまったということだった。
 後日そのことを聞いたぼくは、以前住んでいた町でまっ赤な家を見たことがあったことを思い出した。
 たしかにその家は、まっ赤といっても赤一色ではなく、ドアだけは黒く塗り潰されていたと記憶しているけれど、通りに面した家だったのでどうしても目に入ってしまい、いつもなるべく足早に通り過ぎるのだけれど、前を横切るのでさえ何か、はばかられるほどの奇異な印象を受けた。
 それは、赤と黒の異様な配色によって、醸し出される奇異な雰囲気というものではなく、その家の内にこそ問題があるように思われた。
 そこに漂っている何ともいえぬ無気味さは、ただならぬものを感じさせた。
 彼女の家がそれと同様とまでは言わないけれど、いずれ何から何までピンクに統一されている家に住むものが、ごく普通の神経の持ち主とは、ちょっと考え難かった。
 こんな風に考えてしまうは、そのことを裏付けるような異様さを図らずも身をもって経験してしまったからかもしれない。

 それは、彼女の家に電話したときのことだった。
 彼女はまだ家には帰っておらず、彼女の母親と思しき人物が電話に出た。
 問題は、その母親と思われる人の応対だった。
 とりあえず会話は成り立ったものの、応答の間中その声の主は、あえぎ続けていた。
 ぼくはそれを耳にして、鳥肌が立つような気色悪さを覚えたのだけれど、それはまるで心臓を患っている人が、発作を起こして悶絶しているかのように、あるいは、ひどい低血圧の人が眠っていたところをたった今起こされたかのように、引きずるような喘ぎ声が太く低いかすれ声の言葉の合間、合間に響いて来るのだった。
 ほんの1分にも満たない電話だったにもかかわらず、そのインパクトは強烈だった。
 声のみのコミュニケーションである電話は、相手の様子が一切わからないだけに想像をかきたてるすごいマシンなのだ。
 電話を切った後も、その生々しい声が耳に張り付いて暫く離れなかったけれど、もしかしたならあの切れ切れの喘ぎ、というか吐息は、苦しみのためのものなどではなく、歓びの……女性の歓びの声だったのではなかったのか、などと思えて仕方なかった。
 そんな訳で、それ以降二度と彼女の家には電話しなかったけれど、翌日彼女に、「電話くれたんだってね」と、言われたぼくは、うなずいて笑顔でとぼけるのが精一杯だった。


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