短いのはお好き?
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ニューハーフ・バー『ルネ』の薫ママは、その日めずらしく早く出勤してきた。
その薫ママを見て何を驚いたものなのか、チーフの源さんは危うく磨いていたチェコ製飾りグラスを取り落としそうになったが、間一髪、なつめが優雅な身ごなしで手刀を繰り出すようにして手を伸ばし、すっとグラスを受け取ると何事もなかったかのように源さんに手渡した。 それを目ざとく見ていた薫ママ。 「ちょっと、源さん気をつけてよ。それ高いんだから」 源さんは、愛想笑いしながら、頭を掻く。 「どうしたんです、今日は。やけにお早いことで」 「なにいってんの、今日はポンさんがくる日でしょうが」 「あっ、そうか」と源さんは掌を額に打ちつける。 「ったく。だからいやなのよね、忘れっぽいのとオカマは」 源さんも負けてはいない。 「ちょっとちょっと、そういうママもオカマでしょうが」 「ちがうわよ。いつまでそんなこと言ってるわけ? あたしはオカマじゃないの、ニューハーフ!」 「そこがあっしにゃあ、よく呑み込めねえんですがね。オカマとニューハーフとじゃ、どこがどうちがうんで?」 「あのね、あたしは忙しいの。そんなくだらないこと講義してるひまはないのよ」 「さようで……」源さんの目は笑っている。 「源さん、そんなこといいから今夜は頼むわよ」 「へいへい。わかりやした」といいながら、源さんは仕方ないなあという風に薄い頭髪を手で撫で上げた。 「なつめも頼むわよ、ポンさんは上客なんだから」 「わかってるって」 なつめは、薫ママの実の娘であり、高校を出てすぐ『ルネ』を手伝っている。 そこへ麗子と南が、おはようございまーす、と出勤して来た。 「あら、あなたたち早いのね」と薫ママ。 「だって今日はポンさんが来る日でしょ?」と麗子。 「えらい! 麗子ちゃんはニューハーフの鑑ね」 「えへへ。それほどでも」麗子と南は互いにVサインを出し合っている。 「じゃ、あたしちょっと忘れ物しちゃったから、また出掛けるけど他のみんなにもポンさんが来るからって言っといてちょーだい」 すると源さんがとぼけた顔で言う。 「あれ? 薫ママなにをお忘れで?」 「え。クリーニング出したの取りに……」 「へへ。忘れっぽいのとオカマは嫌いじゃなかったんで?」 「あら、そんなこと言ったかしら」軽くいなして、なつめを振り返る。 「じゃ、なつめあと頼んだわよ。すぐ戻ってくるから」 「うん」
ママと入れ違いに早苗ちゃんと、少し遅れて花梨(かりん)もやって来て『ルネ』のニューハーフたちは、これで全員が揃った。
いや、ほんとうはもうひとりいるのだが……。
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