短いのはお好き? 
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2002年05月14日(火) 真希

  
「さあ、出来たわよ。食べよう」
 

 ぼくはテーブルに移り、真希のはす向いに座る。

 浅黄色したランチョンマットの上で、大ぶりな器にもられたうどんが、うまそうな湯気をたてている。

「いただきます」と合掌して、ぼくは食べはじめる。

 斜めに切られた笹蒲鉾と青ねぎ、それにしめじも入っていた。

「あ、これ平たいね。きし麺なんだ」

「そう。あたしこれが好きなの」

「麺類はなんでも好き?」

「うん。おそばも、パスタも大好き」

「そりゃいいや。おれもね肉は駄目なんだけどパスタ類は大好物だから、外国でもイタリアなら食べるものには困らないだろうなって……ま、行くことはないだろうけど」

「そんなことはわかんないわよ」

「でもね、飛行機苦手だしさ」

「そうなの? 飛行機だめなんだ?」

「だめなんだよね。北海道に行ったとき一度だけ乗ったんだけど、あんまり気持ちいいもんじゃないね、あれは」

「あたしはぜんぜん平気。でも、船はだめね、すぐ酔っちゃうの」




 うどんを食べ終えると、真希は食器を手早く洗って片付けた。

「ごちそうさま。おいしかったよ。気分はどう?」

「うん。食べたら少し落ち着いたみたい。昨夜から何も食べてなかったの」

「もしかしたら眠ってないの?」

「うん。うつらうつらしたけど」

「少し眠ったら、おれはかまわないよ」

「ありがと」

 そう言って真希はステレオの前に座ってレコードに針を落とした。

「これ、きのう買ったの」

 スクラッチ・ノイズの音に、ぼくは思わず耳をそばだてる。

 マイルスだった。

 『kind of blue』

 マイルスのペットの音が、部屋のなかをゆっくりとたゆたいはじめると、とたんにぼくは、静寂を意識した。

 心のなかが澄み清まっていく感じ、といえばいいだろうか。フラグメントが、像を結んでゆく。

 ぼくのなかで窓枠に縁取られた、燃えるような若葉が音もなく揺れている。ぼくは真希といることも忘れ、一心にそれを見つめ続ける。

 無音の世界。

 そうしていつしか、身を切るような切ない調べが、陽炎のようにゆらゆらと立ち現われる。

 『blue in green』

 ぼくはこの曲がいちばん好きだ。

 気の遠くなるほどの甘美な旋律。その底知れぬはかなさは、暗黒のがらん洞のなかで生まれ、虚無の深淵へとふたたび吸い込まれてゆく。

 とらえようとして手を伸ばしても、どこまでも届くことはなく、引き潮のように厳かにひいていくその宿命(さだめ)を、とめる手立てはない。ちょうどそれは、ぼくと真希のように。








 ターンテーブルがその回転を止め、音たちが彼岸へと消え入ってゆくと、真希も静かな寝息をたてて夢のなかへとたゆたっていった……。




 真希、アイシテル……。




シオン |アバクロ☆カーゴパンツトミー☆ヒルフィガーヴィヴィアン☆ウェストウッドMIUMIU☆ミュウミュウROXY☆ロキシーフレッド☆ペリー

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