短いのはお好き?
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「さあ、出来たわよ。食べよう」
ぼくはテーブルに移り、真希のはす向いに座る。
浅黄色したランチョンマットの上で、大ぶりな器にもられたうどんが、うまそうな湯気をたてている。
「いただきます」と合掌して、ぼくは食べはじめる。
斜めに切られた笹蒲鉾と青ねぎ、それにしめじも入っていた。
「あ、これ平たいね。きし麺なんだ」
「そう。あたしこれが好きなの」
「麺類はなんでも好き?」
「うん。おそばも、パスタも大好き」
「そりゃいいや。おれもね肉は駄目なんだけどパスタ類は大好物だから、外国でもイタリアなら食べるものには困らないだろうなって……ま、行くことはないだろうけど」
「そんなことはわかんないわよ」
「でもね、飛行機苦手だしさ」
「そうなの? 飛行機だめなんだ?」
「だめなんだよね。北海道に行ったとき一度だけ乗ったんだけど、あんまり気持ちいいもんじゃないね、あれは」
「あたしはぜんぜん平気。でも、船はだめね、すぐ酔っちゃうの」
うどんを食べ終えると、真希は食器を手早く洗って片付けた。
「ごちそうさま。おいしかったよ。気分はどう?」
「うん。食べたら少し落ち着いたみたい。昨夜から何も食べてなかったの」
「もしかしたら眠ってないの?」
「うん。うつらうつらしたけど」
「少し眠ったら、おれはかまわないよ」
「ありがと」
そう言って真希はステレオの前に座ってレコードに針を落とした。
「これ、きのう買ったの」
スクラッチ・ノイズの音に、ぼくは思わず耳をそばだてる。
マイルスだった。
『kind of blue』
マイルスのペットの音が、部屋のなかをゆっくりとたゆたいはじめると、とたんにぼくは、静寂を意識した。
心のなかが澄み清まっていく感じ、といえばいいだろうか。フラグメントが、像を結んでゆく。
ぼくのなかで窓枠に縁取られた、燃えるような若葉が音もなく揺れている。ぼくは真希といることも忘れ、一心にそれを見つめ続ける。
無音の世界。
そうしていつしか、身を切るような切ない調べが、陽炎のようにゆらゆらと立ち現われる。
『blue in green』
ぼくはこの曲がいちばん好きだ。
気の遠くなるほどの甘美な旋律。その底知れぬはかなさは、暗黒のがらん洞のなかで生まれ、虚無の深淵へとふたたび吸い込まれてゆく。
とらえようとして手を伸ばしても、どこまでも届くことはなく、引き潮のように厳かにひいていくその宿命(さだめ)を、とめる手立てはない。ちょうどそれは、ぼくと真希のように。
ターンテーブルがその回転を止め、音たちが彼岸へと消え入ってゆくと、真希も静かな寝息をたてて夢のなかへとたゆたっていった……。
真希、アイシテル……。
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