短いのはお好き? 
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2003年12月05日(金) 連載2

「はぁ? あんたそんなもん好きだったっけ? まあいいけどさ。…え、わかってるって。あとチョコ・コルネでしょ、あたりまえじゃない、何年一緒にいると思ってるのよ」
 レジに向かいながら気がついた。有り金全部使い果たしてたっけ。
 ごめんなさい、お財布忘れちゃって、とパンを戻そうとすると、レジの向こうで店員がにんまりとほくそえんだ、ように見えた。
 「お客様、そのまま、そのまま。もしおよろしければ、ひとつ残らずパンを買っていただけないでしょうか。そうしていただけるなら、御代は結構でございます」
「え! それどういうこと? 私にはおたくのお店で一番安いパンを買うお金もないのよ」
「ええ、わかっております。その上で申し上げさせていただいておるのでございます。全部お買い上げくださるのならば、御代は要りません」
「だから、私にはいま一円もないの。一円もないのにここにあるパン全部買うなんてこと出来るはずないじゃありませんか」
「ええ、ええ。ですから全て買っていただけたなら、御代は無料とさせえていただきます」
「あんたも訳わかんない人ね。お金がないのになんでここのパン全部買えるわけ? 後で払いに来いってこと?」
「いえ、そういうことではございません。ただ一言、この店のパン全部を買うと言ってくださればいいのです。そう言ってくだされば御代は結構でございます」
「わかった。…いえ、わからないけど、じゃ、この店のパン全部ちょうだい」
「毎度ありがとうございます。しめて、六万と三千八百二十四円となります」
「ええ! だってお金は要らないんでしょ」
「それはそうでございますが、当店も道楽でパンを焼いているわけではございませんので」
「キィィィ、ふざけないでちょうだい! いまあんたここのパン全部買うといったら、ただにしてくれるって言ったわよね」
「はい、申しました」
「じゃ、なんでお金とるのよ」
「ですから、うちも伊達や酔狂でパンを焼いているわけではございませんので。真心込めて焼き上げたパンを皆様にご提供し、その代価といってはなんですけれども、それに見合ったお金を頂戴しております。六三、八二四円耳を揃えてお支払い願います」
「耳を揃えてって、あんたどこかで頭でも打ったの? あんたが全部買うと言ったらただにすると言ったから買うと言ったのよ。なんで六万も払わなきゃいけないのよ。あたしが買いたいのは、チョコ・コルネとあんドーナツと、バケット。この三つだけなの。これだけなら幾らになるの?」
「そうしますと、チョコ・コルネが百二十円、あんドーナツが百円、そしてバケットが二百八十円となりますから、御代は、その合計金額を全体の六三、八二四円から差し引いた金額となります」
「キィイイイイ、どういうことなのよ、それ! 支払金額は三つのパンの合計でしょう、なんで全体から引いた差額になるわけ?」
「ですからそれは、お客様がそうお望みになられましたから。だから申し上げているわけでして。全てお買い上げいただけるのでしたなら、御代は頂戴しませんと」
「あのね、自分がどういうこといってるのか、わかってるの? あんた毎日イースト菌でも食べてるんじゃないの、アンパンマンみたいな顔しちゃってさぁ。そっちがそうくるなら、こういうのはどうよ? あなたもここの売り子ならこのパン全部食べてみせなさいよ。そしたら私も全部買うわ」
「あら、お客様、なかなかおっしゃいますのね。でもそれってあまりにも見えすいていません? 仮に私がここのパン全部たいらげたとしたら、お客様にお買い上げいただく商品がひとつもなくなってしまう。みえみえですよ、そんなの。もし、食べられなかったら全部を買うという約束は果たさなくってもいいんだし、どちらにころんでもお客様はパンを買わなくて済むのに対して、私の方といえば、いずれ、麦わらをお尻の穴に突っ込まれて今にも破裂しそうなほど、パンパンにお腹を膨らませた雨蛙みたいに悶え苦しまなくってはならないのですから、ご遠慮申し上げます。それで、…それでというのもなんなんですけれども、お客様がお食べになられるというのではいかがでしょう」
「はぁ?」
「本来は全部食べていただきたいところですけれども、それはやはり無理というものでしょうから、お好きなだけ食べていただくということで結構でございます。残りはお持ち帰りください。それで、六万ぽっきりでいかがでしょう? 出血大サービスということで勉強させていただきます」
 いつまでも言ってなさい、と呟くように言い捨て私は店を出た。すると、追いかけるように『あんな電波系に売るパンはうちにはないのよ』そう言っている売り子の声が聞こえたような気がした。
 なんかとっても、むしゃくしゃした。このイライラを払拭するためには、生半可なことでは済まされないことが、はっきりとわかっていた。ていうか有り体にいえば、これほど誰かを殺したいと思ったことはない。



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