前アテネ五輪男子代表監督の山本昌邦氏(46)が28日、Jリーグ1部(J1)磐田の新監督に決まった。報道によると、山本氏の契約期間は11月1日から2008年1月末までの3年3カ月。磐田は会見で、山本氏を取締役会などで発言できる執行役員とし、チーム再建を託すと発表したという。山本氏がJリーグの監督に就任したことは喜ばしい。私もそれを願っていた。 山本氏はアジア地区におけるアテネ五輪予選を勝ち抜き、日本のスポーツマスコミでは“名将”と評価されていたが、私は当コラムでそのことに異を唱え続けてきた。日本五輪代表はメダルが期待されたが、本番の予選リーグで「死のグループ」に入ったこともあり、2連敗して早々と消えたことは記憶に新しい。 山本氏の弱点は、言うまでもなく、監督経験がないことだった。日本代表チームではトルシエ監督の下、ヘッドコーチを務めたけれど、監督ではない。だから、結果にこだわる泥臭い勝負を知らない。アジア予選から采配に甘さが目立ったものの、中東勢の自滅に助けられて、予選を突破してしまった。結果責任は果たしたものの、本番ではパラグアイ、イタリアにあしらわれた。 そんな山本氏がJリーグの荒波にもまれる道をいよいよ、選んだわけだ。お手並み拝見、期待して見守りたいところだが、一つだけ気に入らないことがある。それは、磐田が山本氏に執行役員の肩書きをつけたことだ。他人の進路について文句をつける筋合いはないが、勝負に生きる監督稼業に「役員」は似合わない。執行役員の任期は監督を辞したときに切れるのならば問題ないけれど、磐田が山本氏が成績不振で監督を辞することになった場合でも、役員として磐田に残れるよう配慮したのならば、残念というほかない。選手は成績が悪ければお払い箱、監督だって成績が悪ければ、同じだろう。退路を断たなければ、真剣勝負はできないのではないか。 私は日本サッカーの弱点は、いい指導者がいないことだと思っている。日本人選手は欧州等に進出できているが、日本人指導者には、まったく声がかからない。サッカーの歴史が浅い日本だから、この弱点はそう簡単に克服できるものではない。だから、いまは海外からいい指導者をつれてくる時期に当たる。でも、そのような状況にあって、山本氏は日本サッカー界において、海外で活躍できる可能性の最も高い指導者の一人だと思う。 日本サッカー界では指導者になるためにS級?ライセンスとかを設けていると聞く。そうした制度が不要だとは言わないが、いまのJリーグの日本人監督たちが、海外の代表チーム等から呼ばれるようにならなければ、ライセンス制度が効果を発揮しているとは言えない。世界のサッカー界において、日本人選手とともに日本人監督が活躍するようにならなければいけない。 「監督」が、ライセンス制度や執行役員という身分で守られているのなら、Jリーグがスポーツ官僚を召抱えているににすぎないではないか。
報道によると、読売の上原投手が、プロ野球使用球の国際基準化を訴えたという。「世界大会をやるのだったらボールを統一してほしい。(国際)試合をやる以前の問題」と、使用球の“統一化”を求めたようだ。 日本のプロ野球では、メーカーによって飛び方に差が出るというのはいまや常識。なかでも、東京ドームの読売主催ゲームが最も飛ぶボールで、中日主催の名古屋ドームのゲームが最も飛ばないボールだと言われている。このことは、かなり前だが、当コラムで取り上げた。 ホームラン打者が最も多いのが読売、しかも最もよく飛ぶボールを使用し、チームホームラン最多の記録を更新しながら、優勝したのは最も飛ばないボールを使用した中日だった。今シーズンのセリーグの順位が、ホームラン数が多いからといって、必ずしも優勝できるとは限らないことを証明した。言うまでもなく、野球が必要としているのは有効打であって、ホームランの数ではない。 アテネ五輪においては、ナガシマジャパンと呼ばれた日本代表は銅メダルに終わったことは記憶に新しい。その五輪で活躍した読売の上原投手が、11月5日開幕の日米野球に向け、8月のアテネ五輪での使用球で練習中だという。「これをそのまま使うのも1つ。今年はいろいろな問題があったから、どうせなら全部見直せばいい」と改革を訴えたようだ。 読売のエース・上原投手は、自らが所属する球団の使用球を批判したことになるのだが、正真正銘の力勝負を求める“スポーツマン”なら、当然の発想だ。上原発言は、読売が描く「プロ野球像」の崩壊を示す現象の1つだ。読売は、怪しげな飛ぶボールでホームランの量産を狙い、「ファンの夢」を叶えたつもりだろうが、本格的なスポーツとしての野球を求めるファンにとって、バブリーな「ホームラン」など見たくない。読売が力と力の正当な勝負の原点を追求しないのならば、「読売プロレス野球」は自壊する。読売=日本プロ野球機構は、スポーツマン・上原の提言に耳を傾けることができるのだろうか。
サッカー日本代表のジーコ監督が、ワールドカップ(W杯)アジア1次予選最終戦のシンガポール戦(11月17日・埼玉)に、元代表ベテラン選手を召集しようとしている話は既に書いた。 報道によると、日本サッカー協会とJリーグ各クラブの強化担当者会議が27日、東京都内で開かれ、ジーコ監督のプランを疑問視する意見が相次いだという。会議では「来年につなげるための試合にしてほしい」など、代表強化を目的にした招集を求める意見が大勢を占めたようだ。日本協会の田嶋幸三技術委員長は「(ジーコ案には)ほとんどのクラブが反対の立場だ」と話したという。 当然だ。日本代表には1試合といえども、無駄な試合などない。すべてが貴重な国際試合なのだ。さらに言えば、代表選手は、実力を評価されて召集されるべきであり、その実力という言葉には、潜在能力が含まれる。日本代表がドイツに行くためには、一次予選を突破したからといって油断してはいけない、アジアの小国、欧州・南米の強豪国を問わず、最終予選突破を決めるまで、万全の対応をとるべきなのだ。 先のアジア杯優勝と今回のW杯アジア1次予選突破は、まぎれもなく、強化されたJリーグに負っているのであって、就任当初ジーコ監督が率先して起用にこだわった海外組ではない。ジーコ代表監督は、Jリーグ強化担当者をはじめとするJリーグ関係者に感謝してしすぎることはない。ジーコ監督が、Jリーグ強化担当者の反対を押し切ってまでベテラン起用(イベント)に執着するとしたら、恩を仇で返すに等しい。 協会とクラブに不毛な対立・混乱を引き起こした責任は、思慮浅きジーコ監督の思いつきの結果に過ぎないが、欧州等の強豪国では、有力選手自らが代表引退を宣言するケースが多いように思う。たとえば、三浦(カズ)、ゴン(中山)は、自ら代表引退声明を発したジダン(元フランス代表)、フィーゴ(元ポルトガル代表)らに倣ってもよかった。 一方、南米では、悪童ロマーリオ(元ブラジル代表)がブラジル代表復帰を狙って現役を続行していると聞く。ジダン、フィーゴといった超一流が代表引退声明を出したと聞くと、なんだかもったいないように思う反面、潔さ良さも感じる。代表復帰を目標として現役を続けるという目標設定方法がないとは言わないが、代表を辞してなおクラブに貢献してこそ、名選手である。サッカーは、「代表」(国家)よりも「クラブ」(地域)である。ジーコほどの世界的選手なら、サッカーにおいてクラブの重要性を知らないはずがない。
Jリーグがおもしろい。昨日は、若く才能溢れるプレイヤーを発見できて、満足している。その一人は、FC東京の鈴木だ。鈴木については前に書いたことがある。重複するけれど、彼の左足のキック力は天性のものだ。ポジションは左サイド。4−4−2なら左SBに入る。和製ロベカルだ。きのうの横浜戦、彼のフリーキックが見られた。サポーターも知っていて、スタジアムが沸きあがる。いい光景だ。残念ながらGKに阻まれたが、枠に行っていた。彼が順調に育てば、代表入りは間違いない。FC東京の原監督は、一時期、鈴木を右サイドに起用していたが、左に戻したようだ。当然だ。右には石川がいるのだから、左は鈴木でいってほしい。代表に入るだろう。 もう一人は、市原の水野だ。きのうの名古屋戦で私は水野のプレーを初めて見た。高校を卒業したばかりというが、日本のトップリーグで堂々たるプレーを披露していた。技巧的かつ柔軟、天才的プレイヤーだと思われる。右サイドといえば、レアルマドリードのフィーゴが有名だが、水野の方がやわらかさがある。オシム監督の下、大きく育ってほしい。彼も大きな怪我をしなければ、代表入りは時間の問題だろう。 久しぶりに現れた大型サイドプレイヤー二人――彼らが日本代表の明日を担う。
元明大野球部・一場靖弘投手(22)の獲得を巡り、横浜の砂原幸雄オーナー、阪神の久万俊二郎オーナーと野崎勝義球団社長が22日、相次いで辞任を表明した。両球団とも同投手に担当スカウトが現金を渡していた事実を公表、日本学生野球憲章に抵触したとしてオーナーが引責するもの。8月には巨人・渡辺恒雄オーナーが同じ問題で辞任しており、まさに異例の事態となった。 報道によると、この事件には、外部からの告発状の存在があったことが伝えられている。この怪文書によると、横浜と阪神が金銭を提供していたことを明らかにし、さらに、すし屋、韓国バーでスカウトや現役選手(明大OB)が一場選手と“懇談”しているのも見届けていること、さらに、金銭授受の際の領収証とみられる書面のコピー、スカウトが「ここにサインを」と求めている録音テープ、一場投手がサインをしている写真――の3点を持っていると書いてあったらしい。 「一場事件」から、いま現在表面化していない疑惑の存在をいくつか推測できる。第一は、裏金をもらっているアマチュア選手は、一場投手にとどまらない、ということだ。 第二は、一場投手への金銭提供が読売、横浜、阪神と複数あるということは、提供側ばかりでなく、受領側(つまり一場投手側)にも、金銭受領を容認する姿勢があったのではないかということだ。一場投手のプロ側との交渉窓口は、明大野球部の関係者だともいう。 そのことと関係するが、第三は、明大野球部の体質だ。明大OBといえば、阪神元監督のH氏が有名だ。H氏は阪神のオーナー付きシニアディレクターで、「熱血漢」としてCMにひっぱりだこ。「理想の上司」ナンバーワンに選ばれたり、読売が推進した「1リーグ制」に反対して正義の味方のような評価を受けている。しかし、明大OBで阪神のシニアディレクターのH氏が、この事件と無関係だと断じることは不自然だ。かりに無関係だったとしても、阪神球団オーナーの久万氏が辞任したならば、当然、H氏も辞任すべきだ。もちろん辞任する前に、事件との関係について、明らかにしてほしい。 このコラムで何度も書いてきたことだけれど、日本プロ野球は「文化」ではないし、娯楽として、常に「ファンの夢」を裏切り続けてきた。有力選手の入団にまつわる疑惑としては、「別所事件」「長嶋事件」「江川事件」が有名だが、西武はM投手の、読売はT外野手の父親の借金を球団が肩代わりして本人達を入団させているし、読売のK投手自身の借金を球団が肩代わりしていることは有名だ。 制度については、ドラフト制度廃止、逆指名制度・自由枠制度の新設から、このたびの裏金事件が発生している。しかも、裏金については何度も、ミニコミや夕刊紙が取り上げていたにもかかわらず、スポーツマスコミ、大新聞は無視してきた。その一方で、大新聞は企業の私財にすぎないプロ野球球団を公共財だと言いくるめ、その自由な売買の流れを阻害してきた。 このたびの裏金発覚が怪文書をきっかけとしていることは、日本プロ野球と大新聞・スポーツマスコミとの癒着を象徴している。新聞が書かないのなら仕方がない、怪文書というカタチで出すしかないではないか。ライブドアのアダルトサイトどころの話ではない。プロ野球球団は赤字だというが、球団は、裏金を会計上、どう処理していたのだ。明らかにコンプライアンスに反している(法令違反)。
| 2004年10月20日(水) |
ベテランまとめて、代表引退試合ってか |
13日のオマーン戦に日本が勝ったため、シンガポールとのワールドカップ(W杯)1次予選最終戦(11月17日・埼玉)が、消化試合となった。そのシンガポール戦に、ジーコ監督は、三浦知良(神戸)、中山雅史(磐田)ら元代表の功労者を招集したいとの意向を日本サッカー協会の川淵三郎会長に伝えたという。 報道によると、協会の技術委員会ではベテラン招集への慎重論が大勢を占めたというし、同じ日のJリーグ理事会でも「違和感があるという意見が出た」(鈴木昌チェアマン)という。 オマーン戦に勝って、プレッシャーから解放されたジーコ監督、ついつい気持ちが緩み、サービス精神を発揮しようとしたのかもしれないが、消化試合とはいえ、W杯予選を余興と考えてはいけない。 その理由の1つは、言うまでもないが、こういうときこそ、普段起用していない控え組、若手、Jリーグで活躍している選手にチャンスを与えるべきだからだ。 2点目は、代表選考の最重要基準は、(J)リーグで活躍している選手ではなかったのか。この原則を簡単に破ってほしくないことだ。 3点目は、呼ばれた選手への配慮が足りなさすぎることだ。消化試合に呼ばれた選手は気の毒というほかない。Jリーグを引退しないベテラン選手たちは、いつか、実力で代表復帰を果たしたいと願い、その思いに支えられて練習に励み、控えに甘んじているのではないのか。 消化試合のシンガポール戦に呼ばれたということは、元代表ベテラン選手たちに、「君達は、実力での代表復帰はないよ」と宣告したことに等しい――実質上の死刑宣告(引退勧告)ではないのか。W杯予選を「代表引退試合」にしてはいけない。ジーコ監督の「配慮」に感激するベテラン選手は、おそらく一人もいないだろう。
| 2004年10月19日(火) |
ソフトバンクの売名行為 |
ソフトバンクが18日、福岡ダイエーホークスの買収に正式に名乗りをあげた。ダイエー本社が産業再生機構に支援要請し、球団を売却する可能性が出てきたためで、来季からの参入を目指すという。 同社の孫社長は、「一昨年前から球団については、水面下で非公式にコンタクトをとっていた。われわれは福岡が創業の地。球団を所有するなら九州のホークス1本に絞っていた」と言うが、本当だろうか。 保有資産2兆円、現有預金5000億円という豊富な資金力を有する同社は、今年8月に3400億円で日本テレコムを買収。球団買収には200億円程度が必要で、年間10億円の赤字を計上する。 孫社長の思惑は、今後の新事業計画の円滑な推進のためには、球団保有による、ブランド(企業)イメージアップ、知名度アップが重要との認識がある。ホークス買収表明を日本のメディアが一斉に報じたことにより、孫社長の思惑通りになった。 報道によると、ダイエー本社や球団に話をしないままの記者会見で、しかも、球団買収に名乗りをあげた以外は「これから」と歯切れの悪い応答に終始したという。専門家によると、孫社長が球団を手に入れるには、産業再生機構が公募したスポンサー企業がダイエーホークス球団を売却することが前提になり、日程的には来季参入は不可能というのが一般的な見方だ。 プロ野球球団が企業の名前を冠する限り、こうした、「球団買います」騒ぎは続く。前にも書いたとおり、プロ野球球団が公共財でない理由は、「球団買います」と名乗りを上げた球団がマスコミに大々的に報じられ、名乗りを上げた球団に注目が集まり知名度が上がるからだ。そうであるかぎり、プロ野球球団は、企業の宣伝媒体という役割から逃れられない。 さて、ここで改めてマーケティングの基礎を復習しておこう。消費者が商品を購入する段階(構造)を公式化して、「AIDMAの法則」と呼ぶ。Attention(知名)→Interesting(理解)→Desire(確信)→Memory(記憶)→Action(行為)の頭文字をとったものだ。人は知名度だけでモノを買うわけではない。高額の商品ならば、カタログを熟読したり、セールスマンの説明を聞いたりする。そうして、理解・確信を深めるわけだ。しかし、消費者の購買行動を決定するファクターとして、Attention(知名)の力は大きい。人が小売店でモノを買うとき、同じ環境に陳列されていれば、名前を知っている商品を買う確率が高いし、名前を知っている企業に問い合わや資料請求をすることが多い。だから、企業は商品名・企業名を連呼するCMを毎日毎日テレビで流す。 CMは一般に広告(有料)と呼ぶが、新聞、テレビがニュース記事や番組で商品・企業を紹介してくれることがある。これをパブリシティーと呼ぶ。パブリシティーは記事、番組なので、広告料はいらないし、パブリシティーは広告よりも消費者に信頼感を与えるので、パブリシティーを装う広告が企画される場合もある。 日本のプロ野球の球団名には、企業名が付いている。それをマスコミが報じる以上、プロ野球球団は、マーケティング戦略に規定された価値である。だから、何度も記述するように、それを公共財と呼ばない。 ここで本題に戻ろう。孫氏がダイエーホークス買収声明を出したのは、日本シリーズ開催中の移動日。JリーグやサッカーW杯予選もない月曜だった。その夜のテレビのスポーツニュースや翌日火曜日の朝刊のスポーツネタは希薄だ。そんな日に買収声明を出せば、マスコミは動く。しかも、前述したように、専門家によれば、ソフトバンクが来シーズン、ホークスを保有することは日程的に不可能に近いらしい。孫氏ほどの経営のプロが、そんなことを知らないはずがない。ということは、孫氏は手に入らないものを買いたい、と言ったに過ぎない。そんなことはだれでも言えることで、報道されれば、言った者勝ちだ。 孫氏のようなパブリシティー狙いが許されてしまう背景には、プロ野球球団を手放す企業(経営者)を「悪玉」、反対にそれを買収する企業(経営者)を「善玉」と断じ、しかも、マーケティング戦略の一ツールにすぎないプロ野球球団を「文化」だとか、「庶民の夢」だとか美化してみせる日本のマスコミの誤った価値観・報道姿勢がある。何度も繰り返すが、企業名の冠されたプロ野球球団は、公共財ではなく、それを所有する企業の私財にすぎない。私財である以上、それを譲渡、買収する自由がある。 スポーツ評論家のN氏がテレビ番組で、大リーグでは球団の売買は自由であり頻繁にあり、それが騒動になることは少ない、という意味のコメントを出していたが、まったくその通りだと思う。資本主義の米国にあって、プロ野球球団は公共財だとする観点から、オーナーやスポンサー企業を球団名に冠することはない。だから、孫氏のようなパブリシティー狙いの買収声明が出る余地がない。 私は日本のプロ野球が、建前上はともかく、企業の宣伝媒体として球団運営を行うというのなら、それも1つの方法だと思う。孫氏のような売名行為も織り込み済みという姿勢も構わない。その方法でいくのならば、公共財と規定せず、球団所有のマーケティング上の価値を掲げ、売買・撤退により活力を維持すればいい。アダルトサイトだろうが、大新聞社だろうが、鉄道会社だろうが、業種など問わなくていい。へんな規制を設けないで、宣伝に必要だという企業に自由にやらせればいい。 企業活動(市場)が本来善なのか悪なのかは、私にはわからない。アダムスミスが「神の手」と言うのなら、自由な経済活動の結果、神の手が、最高のプロ野球リーグを日本に“おつくり給ふ”に違いない。
| 2004年10月15日(金) |
アダルトソフトで何が悪い |
まったく、日本プロ野球組織(NPB)の審査小委員会(豊蔵一委員長=セ・リーグ会長)は笑わせてくれる。 新規参入を申請しているライブドアと楽天の第2回ヒアリングが14日、東京・港区の品川プリンスホテルで開かれた。その場で、ライブドアはアダルトサイトの問題点とともに、アダルトゲームソフトの製造、販売を手がけている点を指摘されるたという。 アダルトソフトだろうが同サイトだろうが、それが合法的な範囲であれば、娯楽の1つであって、まったく問題がない。新規参入者に企業倫理が求められる一方で、既存球団を所有する企業(オーナー)の倫理は問題にされないのだろうか。 たとえば、ダイエーホークスの親会社は、総額数兆円の負債を返済していない。銀行の債権放棄は、銀行に税金が投入されているから可能なのだ。加えて、このたびの産業再生機構入りで、国家管理される。ということは、資産査定から入札等の事務等を税金で賄うことになる。国費を投入されている企業に、球団所有の資格があるのだろうか。 そればかりではない。西武ライオンズオーナーの堤氏は、親会社である西武鉄道の有価証券報告書に長年にわたって虚偽記載をしていたことが発覚して辞任した。 読売ジャイアンツ(巨人)は、アマチュア選手に裏金を渡して、自由枠での入団を勧誘した。日ハムは数年前、BSE牛の…と、既存球団の中には、企業倫理はもちろん、コンプライアンスに反している企業だってある。 ライブドアのヒアリングが始まり30分が経過したとき、豊蔵委員長が「ライブドアには健全育成に妨げとなるコンテンツはありますか?」と質問したそうだが、豊蔵氏は既存球団のオーナーの一人に対して、「借りたお金はちゃんと返していますか」と質問すべきだ。さらに、審査小委員会の一人・清武委員(読売ジャイアンツオーナー)は、「ここに1つソフトがあるんですけど、製作・販売、ライブドアと表記されています。実際に製作などは行っていないんでしょうか?」と聞いたという。ならば、「読売新聞系のスポーツ紙・報知新聞に、アダルト記事や同広告はないのでしょうね、読売ジャイアンツは、アマチュア選手に裏金を渡していませんよね」と尋ねるべきだ。 聞くところによると、このたびの新規参入球団の審査基準の1つに、「公共財としてふさわしい企業、球団か」という事項があり、審査小委員会が重点項目として位置づけていたという。野球協約の第3条にも「野球が社会の文化的公共財となるよう努める」と記されており、清武委員は「公共財としての役割があるので尋ねないわけにはいかなかった」と説明したらしい。 その論理に従うならば、有価証券報告書に虚偽報告を記載した企業をオーナーにする西武ライオンズは、公共財を運営する企業として、ふさわしくないどころではない。西武鉄道は、犯罪を犯した疑いがもたれても不思議ではないのだ。 楽天やライブドアーのサイトに、アダルトサイトの広告が載っていることが問題となるのだろうか。世の大新聞系のスポーツ新聞と称するスポーツジャーナリズムには、アダルト記事、同広告は満載されている。プロ野球を娯楽として楽しむ人間が、アダルト記事や同サイトに興味を持つことは自然であり、健全だ。アダルトサイトはいかん、というのならば、新聞社は、18才未満の者がスポーツ新聞を購入できない制度を設けるべきだ。野球少年がスポーツ新聞を読む確率は、ネットでアダルトサイトを覗く確率と、ほぼ等しいと私には思える。
日本サッカー運命の分かれ道、W杯ドイツ大会アジア一次予選、対オマーン戦は日本が1−0で勝利。日本の一次予選突破が決まった。ジーコジャパンに、まずはおめでとうございます。 試合の方は報道の通り、日本の安定した試合ぶりが目立った。オマーンは対日本戦3試合中、最も出来が悪かった。勝てば…という意識がプレッシャーとなったのか。 日本の勝利は、DFの勝利。とりわけ、相手のクロス、ロングボールをことごとく弾き返した中澤、相手のゴールを身を挺して防いだ田中が殊勲者だ。攻撃では、もちろん得点を上げた鈴木とアシストの俊輔。 それにしても、オマーンはふがいなかった。市原のオシム監督の表現を借りれば、「相手を尊重しすぎ」というやつだ。イエローカードはまずいけれど、激しさがなかったし、プレスも弱かった。日本はガツガツ、ゴリゴリくる相手に苦戦することが多い。オマーンは、総攻撃のスタイルにこだわりすぎて、日本を力とスピードで圧倒するサッカーをしなかった。反則覚悟で日本の中盤を激しくチェックしていたら、日本はここまで、試合をコントロールできなかっただろうし、逆に、オマーンにしてみれば、こんな一方的な結果で終わることはなかっただろう。 報道のとおり、この試合は経験の差だった。私はオマーンが経験を積んだ、と当コラムで書いたけれど、だめだった。経験とは、国内リーグのレベル、国際試合の数。このところ、Jリーグに好試合が多くなったことを、当コラムで書いてきた。真剣勝負、公式試合の積み重ねが大一番の結果を左右する。数試合では経験にならないことを知った。マチャラ監督にも、経験の浅いオマーンの選手のプレッシャーを緩めることは出来なかった。前のコラムで書いた「監督の差」も出なかった。私の予想は悉く外れたことは事実。反省、反省・・・ 日本もオマーンも、強いのか弱いのか、わからなくなってしまった。
| 2004年10月12日(火) |
プレーオフは成功なのか |
パリーグのポストシーズン、今年から新設されたプレーオフが終了し、リーグ戦2位の西武が1位のダイエーを破り、パリーグチャンピオンとなった。プレーオフ期間中、スタンドは大入りで、興行的には成功というのが、スポーツマスコミ等の評価のようだ。 パリーグのプレーオフのレギュレーションを大雑把にみると、1stステージが3位と2位の3回戦(2勝)、次に、勝ちあがったほうと1位の5回戦(3勝)が2ndステージという構成だ。 私はこのコラムでプレーオフについて書こう書こうと思いながら書けなかったので、“結果論”という非難を承知で書くが、この制度であれば、1stステージの勝者が優勝する確率が高いと見ていた。けして、結果を見て言ってるわけではないのだが… スポーツにおけるトーナメント経験者は分かると思うが、シードが有利とは限らない、むしろ、待つのはいやだし、勝ち上がってくるチームの勢いは止めにくいものだ。 プレーオフのような短期決戦がおもしろい理由は、“後が無い”という切迫感だ。長期のリーグ戦は実力、確率的な勝者。一方のトーナメント戦は、運・不運、好・不調、ラッキーボーイの存在等々、偶然の要素を伴った勝者。プロスポーツでは、その両方を観客に見せるものが多い。日本のプロサッカーの場合、リーグ戦(=Jリーグ)とカップ戦(=ナビスコ杯、天皇杯)があるし、大きな大会、たとえばW杯の場合は、予選リーグと決勝トーナメントの2つが準備されている。 日本のプロ野球では、ペナントレース(リーグ戦)と日本シリーズと呼ばれる短期戦のメニューが準備されてきた。大リーグの場合、地区優勝とワイルドカードの4チームずつ(計8チーム)が覇を競うトーナメント式のプレーオフを考案し、ポストシーズンと称して成功している。広い国土と強いローカリズムを土台にしたチーム数の多さが、大リーグのプレーオフ制度の基盤になっている。 日本プロ野球の場合、6チーム中3位でプレーオフに進出できる。私はこの制度に合点がいかない。なぜならば、このたびのプレーオフ制度は、リーグ戦の観客動員数にまったく反映しないと思うからだ。おそらく、終盤に3位争いを演じた、日ハムとロッテの観客数が伸びたかもしれないが、トータルでは減少していると思う。では、リーグ戦にプレーオフの動員数を加えて、どれだけ動員数が伸びたのかということになるのだが、リーグ戦の減少をプレーオフの増加で補うことはできなかった、というのが私の推測。パリーグの今年の制度では、ファンは長いリーグ戦を無視し、せいぜい、3位、4位争いとプレーオフにだけ、関心を示す方向に流れていくように思う。 このあたり、私の感覚的な受け止め方なので、客観的な数字で判断しなければいけないわけで、プロ野球機構は、来シーズンから、正確な入場者数を公表することを球団に義務付けるべきだ。 パリーグ方式のプレーオフ制度の欠陥は、リーグ戦の1試合、1試合の緊張感が希薄になることだ。つまり、1、2位争いに意味がないとは言わないが、あまり、興味がわかない。3位、4位争いには多少、興味があるが、参加チームが決まれば、プレーオフに関心が向く。プレイオフ制度がない場合、リーグ戦の1位、2位が優勝争いをして終盤までもつれれば、そのほうがプレイオフより価値があるし、ドキドキする。ゲーム差、マジック、残り試合…といったデータ的な興味も残るし、プレーオフの勝者よりも、優勝争いで勝ったチームの方が、真の優勝者と呼ぶにふさわしい気もする。
| 2004年10月11日(月) |
ダイエーはプロ野球から撤退すべきだ |
ダイエーは従業員2万3千人弱(連結)の大企業。パートアルバイトを加えれば、3万人を超える従業者を抱えていると思われる。取引先も多い。従業員の平均年齢は38.3歳で平均年収は473万円にすぎない。彼らはプロ野球球団のダイエーからいかなる利益を得たのだろうか。プロ野球選手会がストをして、年収1億円を超える選手の雇用が守られたというが、ダイエーの従業員達は、日々、数円単位の利益を出すために命を縮めて働いている。私には、このアンバランスが理解できない。ダイエーがダイエーホークスという球団を譲渡することで、2万人を超える従業者が少しでも楽になるのならば…ホークスの選手の合計年俸を削って、従業員一人ひとりに還元できたならば…と思うのが庶民感覚だ。 ダイエーは、産業再生機構に入るか入らないかを問わず、プロ野球から撤退してほしい。パリーグが5球団になろうが4球団になろうが、「文化破壊」といわれようが、「ファンの夢を壊すな」といわれようが、従業員2万人余、パートアルバイ、取引先の家族の生活を防衛するための一助となるならば、球団経営に係る経費を削減して従業員の賃金の一部に回してほしい。 ダイエーは、球団経営から得る利益よりも、その出費の方がはるかに多い。なぜなら、ダイエーの経営が怪しくなったのは球団を所有して以降のことだからだ。このことを見ても、球団保有が経営にプラスになっていないことは明らかではないか。 さらにいえば、スーパーダイエーのバブル時代の「躍進」は、小売による利益からではなく、出店により確保した不動産の含み益によるものだ。“含み益というものは、使いたいときには消えている”という諺があるが、そんなことは、経営者ならだれでも知っている常識だろうが。 そればかりではない。ダイエー経営者は、ホークス優勝セールで利益が出た、と主張しているようだが、そんな経営ではだめだ。経営者の言うとおりならば、ホークスが優勝しなければダイエーは利益が出ない体質だということになる。そんな怪しげな経営方針が許されるはずがない。 ダイエーホークスは本体の経営とは裏腹に、九州地区で地道な浸透を見せ、人気球団になっているという。本体はこけたが、球団は立派な財産を残したようだ。ならば、この優良な資産を高い値段で譲渡し、本体従業者の生活防衛の原資の一部としてほしい。いまのホークスの集客力ならば、球団経営を引き継ぎたい企業はいくらでもあるだろう。市民が株で支えてもいい。そうなれば、公共財としての「福岡ホークス」が誕生するではないか。市民の夢も叶うのである。 ダイエーの、そしてホークスの将来を決める臨時取締役会の結果が発表されるころだ。
| 2004年10月10日(日) |
オマーンはカウンターなど狙わない |
フランスW杯出場から日韓W杯共同開催を経て今日まで、順風満帆できた日本(代表)サッカーに、運命の日(13日)が近づいてきた。サッカー関係者、サポーターにとどまらず、日本国民注目の「ザ・ロンゲスト・ディ」、W杯アジア1次予選、オマーンvs日本だ。もし日本が2点差以上で負ければ、FIFAランキング19位の日本が、1次予選敗退という屈辱にまみれることになる。わが目わが耳を疑ってはいけない、《1次予選》で… 日本代表を案ずる気持ちが強い理由は、サッカーは何が起こるかわからないから、ではない。日本がオマーンに対して、結果はともかく、いい戦いをしていないからであり、しかもアウエー(敵地)だからだ。 直近の2試合、日本はオマーンに対して、日本開催の1次予選で辛勝、中国開催のアジア杯で辛勝と、結果的には2連勝しているのだが、試合内容ではオマーンの方が良かった。 まず、走量(=こんな日本語はないが)で日本は劣っていた。無駄な走りはいらないが、攻撃(サイド攻撃、上がり)、守備(フォアチェック、寄せ)で、オマーンの方が量的に多かった。とにかく、いまの日本代表選手は走らない。中盤(ボランチ、サイド)がだめだ。 もう一つは、勢いの差だ。オマーンは発展途上にある。チームが�\鎖静�に1つであり、やるべきサッカースタイルについて��共通の目的意識があり、�6δ未陵�解がある。 一方のわが日本代表は、この3つを欠いている――W杯後、トルシエ氏が退いた後、新しい代表監督としてジーコ氏が就任した。彼は前任者のサッカーを否定して、ジーコ流を打ち出したのだが、結果は散々だった。反省してかどうか知らないが、今度は、徐々に前任者のサッカーに戻ろうと舵を戻した途端、いい結果が出始めた――大雑把に言えば、日韓W杯後から現在まで、日本代表が歩んできた道とはジグザグ路線、ダッチロール路線にほかならない。サッカー協会が、サッカー観がまったく正反対の監督を前後して就任させたことが、混乱の始まりだった。 そればかりではない。アジア杯で日本がいい成績を残せたのは、代表選手たちがJリーグでもまれてきたためであって、ジーコ監督の指導が浸透したためではない。選手たちは、Jリーグという多くの観客が注目する公式試合(実戦)で経験を積み、勝負の厳しさを学んできた。他のアジアの代表選手(韓国を除く)との差は、その一点だった。アジア杯の栄冠は、経験の乏しい監督を経験豊富な選手たちが補った結果だった。 さて、今度のオマーンとの戦いは、監督の差が反映する。オマーンの選手たちは、2連敗という苦杯から多くを学んだに違いない。人は勝利よりも、敗北から多くを学ぶものだ。オマーンの選手と日本の選手との間には、経験において、それほど差がなくなった。となると、監督の経験の差がこの大一番を左右する。オマーンのマチャラ氏と日本のジーコ氏とでは、監督としての差は縮まるどころか、広がるばかりだ。オマーンの成長はマチャラ氏の指導力に負っているのだが、日本の停滞はジーコ氏のジグザグ路線に負っている。 これまでの2試合、オマーンの戦いぶりからは、コンセプト=共通理解とディシプリン=規律の徹底(成長)を感じるが、日本の戦いぶりからは、個的対応と戦術不在という無策を感じる。 もっとも、オマーンの最大の弱点の1つはシュート力=決定力不足。それがどれだけ修正されたかは不明だ。この点については、アジアサッカーの専門家にお聞きしたいところだ。 試合展開はどうなるか――もちろん、オマーンは積極的に攻めてくる。日本のスポーツマスコミは、中東勢といえばカウンター攻撃と決めてかかっているが、それは遠い過去の話。しかも、勝点・得失点差等で劣勢のオマーンがカウンター攻撃に頼っていたら、日本のポゼッションが高まって、時間を消費されてしまう。カウンター戦法では、オマーンはよくて1−0の勝利か最悪の0−0の引分。そんな選択がマチャラ監督に許されるはずがない。ホームで引分狙いのカウンター一本では、誇り高い砂漠の民、遊牧の戦士の末裔、オマーンサポーターが納得しない。消極策で日本に退けられたならば、オマーン国民はマチャラ監督を許さないだろう。 私は、オマーンは前半から先取点狙いの大攻勢をかけてくると予想している。それに対して、日本がカウンターを狙わなければだめだ。日本のカウンターが決まれば、当たり前だが日本の楽勝、オマーンの大攻勢に耐えられず先取点を奪われれば、日本は2点差以上で負ける。 なお、日本代表チームがマスカットに向けて日本を発つ日が、台風の影響で9日から10日に変更になった。10日の遅い到着で13日に試合というと、実質的には滞在2日目だ。直前の当コラムに書いたとおり、最悪の日程となった。成田合宿が裏目と出たわけだが、選手のコンディションが上がらずに負けたならば、日程を決定した者の責任が問われる。
木を見て森を見ず、という諺がある。既存のプロ野球球団が抱えている問題は、球団経営の赤字ではなかったのか。経営危機を解消できない経営者の集まりである機構とやらが、新球団の申請に対して、適正な審査ができるはずがないではないか。 機構もマスコミも、プロ野球が抱えている問題の本質を隠し、ライブドアーと楽天のどちらが新規参入者として適正なのかに問題を矮小化してしまった。その根源には、マスコミがプロ野球を文化だと言い、球団が公共財であるという(球団はファンのものという意味の)論陣をはったことにある。球団が公共財ならば、サッカーのJリーグのように企業名を外すべきなのだ。そうなれば、球団所有者が近鉄からライブドアーまたは楽天に変わろうが、問題は起きないし、売名行為で参入しようとする企業を入口で排除できる。しかるに、機構はそうした本質的なプロ野球改革の流れを中断して(せいぜい、交流試合の開催を決定したくらいで)、新規参入者2者の動向に世間を注目させることに成功してしまった。この誘導に一役も二役も買ったのが、マスコミだ。 私は、新規参入者に対する審査過程を公開することは間違っていないと思うが、その場合、審査する委員会を構成する委員長・委員の人選過程から公開すべきなのだ。機構はそもそも各球団が抱えている経営に係る問題を解決できず、選手会のスト実施にまで事態を混乱させてしまったのではなかったか。機構に求められるのは、自らの無能を反省すること、これまでの混乱の責任をとって上層部が退陣すること、プロ野球のあり方を原点から議論し、修正すべきところは修正できる者に機構運営をバトンタッチすること――ではなかったのか。 機構は、新たな機構組織を立ち上げる役割を含め、審査委員会に改革者(アドバイザー的人材を含め)を集めるべきだった。審査委員会は新たな申請者の審査を行うと同時に、機構そのものの改革、すなわち、プロ野球改革を断行する役割を担うべきだった。そうなれば、新規参入者とともに、プロ野球の新しい方向性を示すことができただろう。 繰り返すならば、資本主義経済体制下においては、企業は既存事業から撤退する自由をもっている。もしそれを許さない者がいるならば、その体制を資本主義とは呼ばない。 もちろん資本主義体制にも公共的主体は存在するのであって、その代表が地方公共団体だ。プロ野球球団が公共財として社会に位置づけられることを志向するのならば、たとえば、地方団体名(都道府県名、市町村名)を球団名に冠すべきだ。 企業名が冠されたプロ野球球団は公共財ではないし、文化財とは呼ばない。プロ野球機構が球団名に企業名を入れるのであれば、プロ野球球団は企業の宣伝媒体にすぎないのであって、公共的かつ文化的な財ではない。マスコミがそれでも公共財だというのならば、彼らは資本主義体制以外の体制支持者であって、自分が信ずるイデオロギーを勝手にまたは恣意的に、誌上や映像に書いたりしゃっべているにすぎない。 蛇足で付け加えるならば、ライブドアー、楽天の2者は、この間の騒動で、球団所有以上の宣伝効果(パブリシティー)を得た。大手広告代理店が、2者が得たパブリシティー効果を宣伝費換算するならば、もしかしたら億の単位を超えているかもしれない(広告宣伝業の素人なので根拠はないが)。 だから、2者が申請の目論見書で3年後黒字転換等々のもっともらしい収支計画を出したとしても、無視してかまわない。彼らは3年間、球団経営で赤字だったとしても、新規参入以前の現在のドタバタ報道で、本体企業として十分な収益(宣伝広告費換算)を上げている。それでもマスコミがいまのプロ野球球団を社会的公共財だと強弁するのならば、マスコミはライブドアー、楽天からキックバックを得ていると推測できる。
| 2004年10月06日(水) |
クアラルンプール発マスカット行き |
アジアユース準決勝、日本はよく追いついた。あきらめずに戦った日本は評価できる。けれど、アジア(韓国)の壁は厚いのだ、そして、それ以上に世界の壁は厚いのだ。 なんども繰り返すことだけれど、サッカーにおける日本の実力はアジアの10位以内、世界では50位前後だと考えてほしい。そう考えれば、日本(フル)代表が目指すべき代表チームのコンセプトが明確になってくる。 これもこのコラムで何度も書いてきたことだけれど、私は、ジーコ氏が日本代表監督に就任が決まったときから今日まで、06年W杯に日本が行ける可能性は低いと見ている。もうすぐ、マスカットで残念な結果が出てしまうのか、まだ少し先なのかは別にして、いまの日本(フル)代表はチームとしてガタガタだし、この先、いいチームが出来るとも思っていない。 さて、日本(フル)代表は予定していた中東キャンプを中止して、東京近郊でキャンプをはり、試合直前にマスカットに乗り込むという。アウエーの場合、そういう調整もあるようだ。南米ではアウエーを高地(ボリビア、エクアドル…)で戦う国々が、試合前日敵地に乗り込み、すぐ試合に臨むという話を聞いたことがある。人間の身体が環境にいかに適応するかについては、医学の専門分野なので、私にはわからない。 高地ではなく、高温の地で試合をする場合は、早く現地に行って暑い気候になれ、汗腺を開く方がいいという話もある。たとえば、UAEで開催された五輪アジア予選のとき、日本五輪代表は早く現地入りして、UAEの気候に身体を慣らしながら調整をした。試合数が多いからというのがその理由らしい。フレンドリーマッチで来日する海外の代表チームが試合前日に日本にやってきて、日本代表に負けるケースが多い。だから正解は早めに現地入りして気候等に慣れることだと思うのだが、スポーツ医学の専門家に判断を仰ぎたいところだ。 素人の私の観光海外旅行の経験では、帰るころに調子が良くなることが多い。およそ1週間ほどたったそのころ、時差が解消され食事、言葉、習慣等の環境になじむのだ。その1週間というのは、体力よりも気持ちの方の問題だと思う。ものを買おうにも、お金の単位は違うし、レストランやカフェの注文も難しい、支払方法やチップ制度が日本と違う。でもこうした問題は、場数を重ねれば(慣れれば)なんでもないことなのだけれど。 ということは、アウエーの場合、中途半端に滞在するのが最もよくない、ということになる。このたびの日本代表のように、現地になじむもなじまないもないくらい短い滞在ならば、アウエーのストレスが堪らないですむ。これも一理ありそうだ。行ってすぐ試合をして、すぐ帰るのならば、暑さ寒さは関係ないよ、という判断もある。試合の方は、精神力次第というわけだ。 アウエーの調整として、どちらが正解なのか分からないけれど、結局は試合の結果次第だろう。日本代表が今回選んだ短期滞在で相手(オマーン)に勝てば、「短期間型」を選択したことが勝因の1つとなるし、負ければ、長期滞在をなぜ、選択しなかったのか、ということになる。 素人の私の海外旅行の経験から言えば、1週間以上の「長期滞在型」がアウエーで勝つ調整法だが…
アジアユース選手権、日本はカタールと対戦し、延長、PK戦の末に勝利を収めた。この結果、日本はべスト4入りを果たすとともに、来年6月にオランダで行なわれるワールドユース(U-20世界選手権)への出場権を獲得した。 この試合を見た人ならばだれでも、日本よりカタールの方が実力が上であることを認めるだろう。カタールは強かった。しかし、サッカーとは不思議なスポーツであって、運がなければ勝てない。カタールには同情を禁じ得ない。カタールは、個人技(パワー、テクニック、スピード)及びチーム戦術において、日本に劣るところがなかった。 日本の勝因を挙げるならば、とにかく相手に点を与えなかったことだ。実力に差があっても、守りきって勝つ機会を待つことが、サッカーでは可能だ。<0−0→PK戦>の戦略。ボクシング、レスリング、柔道なら、大差の判定負けだ。 日本ユース代表の戦い方が、若いサッカー選手の将来にどういう影響を与えるかはわからない。けれど、とにかく、ワールドユースの出場権を獲得しなければ彼らに世界への道は開けない。だから、この勝利は貴重と言うほかない。 結果から、両チームの若い選手はまったく異なる結論を導いたに違いない。カタールの若い選手は、サッカーの不条理を恨んだに違いない。砂漠の小国の若き代表は、湿潤な人口1億人を超える国の代表チームを追い詰めながら、勝利を得られなかったのだから。 砂漠の民は遊牧の民であり、世界史とは農耕の民と彼らとの確執の積み重ねのことだと換言できる。遊牧の民は一時、世界帝国を築きながら、農耕の民に滅ぼされる。遊牧の民は嵐であり、農耕の民は土そのものだ。 実力で上回るカタールの若者が世界大会に出場できず、それより劣る日本が代わりに行く。Jリーグ市原のオシム監督は、サッカーは人生だと言ったらしいが、まったくそのとおりだ。敗者には運のない人生であり、勝者には神の存在を確信させる人生だ。ことほどさように、日本の勝利は幸運だった。 アジア杯も含めて、この試合ではっきりしたことは、日本のアジアにおける位置。当コラムで何度も書いているが、日本はアジアで10位以内。そのくらいの認識で妥当だ。 そういえば、W杯予選(フル代表)のオマーン戦がもうすぐだ。オマーンももちろん砂漠の民。日本は相手国に乗り込んでの戦いだ。こちらの試合は引分で日本はいいのだが、引分は神がなす悪戯の1つ。オマーンがいい試合をして負けることもあるし、日本がそうなることもある。
私は当コラム2004年03月28日(日)、“ プロ野球順位予想〜「オレ流」が優勝だ”で中日の優勝を予想したのだが、なななんと、その通りになったではないか。もちろん、あてずっぽうのまぐれ当たりだけれど、うれしい。 落合監督及び選手の方々、おめでとうございます。そしてなによりも、落合氏を監督に起用した、中日球団トップの眼力に敬意を表します。 私は当初、落合氏は監督に不向きと書いてすぐ訂正した。訂正してよかったよかった、落合氏のチームコンセプトは理に適ったものだった。結果論というなかれ、守備重視のプランが、たとえば、読売の金満ホームラン至上主義を寄せ付けなかった。 中日の選手は一見地味だが、スポーツ選手として資質の高い人材が多い。足が速い、肩が強い、ミートがうまい…そして、何よりもガッツがある。プロ野球12球団中、最もベースボールに適った人材を集めているように見える。それだけではない。かつてキューバの至宝といわれた老兵・リナレス、読売をリストラされたバンド職人・川相、そして、私の記憶違いかもしれないが、契約予定選手のわがままで、その代替として日本にやてきたアレックス、肩の手術で奇跡のカムバックをはたした速球派投手平井と、曲者が活躍した。彼らは元エリートのリナレス以外、みな、リストラ経験者と言える。リナレスだって、定年後の活躍のような趣だ。 彼らの年俸はおそらく、読売の清原、江藤、桑田、工藤、ローズ、ペタジーニといった「四番打者」「エース」より格段に低いに違いない。けれど、優勝したのは中日であって、読売ではない。そこが痛快ではないか。野球に限らず、勝負はやってみなければわからない。実績のある選手ばかりをかき集めても、野球は勝てないということだ。
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