第10節最終試合、新潟vsG大阪は新潟が1−0で勝った。新潟が、若手の中原のクリーンシュート一発をを守りきった。G大阪は過密日程によるコンディションの悪さがたたり、出場選手にきれがみられないまま、追いつけなかった。 新潟には代表選手がゼロ、一方のG大阪には代表候補が多い。戦力的にみれば、個人レベルではG大阪の優位は揺るがないものの、組織的な守備と運動量、ホームの3万人を超える応援が相俟って、新潟が勝利を手繰り寄せた。90分間、新潟が強豪・G大阪の攻撃力に耐えた形だ。 いい試合だった。新潟の勝利は先述のとおり、守備だった。相手が攻めあがってきた時は、G大阪の得点源のマグノアウベスと、攻撃の基点、ボールの出所である二川にマンマークに近い形でつき、二人を自由にしなかった。相手ボールのときは、センターラインより自陣に引いてスペースを消した。そのため、G大阪の右サイド・加地が上がれず、G大阪のサイド攻撃を不発に終わらせた。 新潟の戦いぶりは、G大阪のコンディションの悪さ及びG大阪の西野監督の選手交代の迷いを考慮しても、強豪に勝つための戦法として理に適っていた。サッカーでは、個人に対して組織と運動量がいかに重要かを認識できた試合だった。
清原が28日、左内転筋痛で出場選手登録を外れた。病院には行かず、調整するらしい。俗に言う肉離れであれば、そう簡単には治らない。再発防止には下半身に負担をかけないことだ。つまり、切り返し、ダッシュ、ブレーキなどの衝撃を与えないことだ。やっかいだが、痛みが引いても、すぐ再発する。清原は読売時代、出たり休んだりを繰り返した。オリックスに移籍しても、変わらなかった。完治できないまで悪化していたのか。 読売を自由契約になったオフシーズン、彼はどんな調整をしたのだろうか。下半身を鍛えなおしたはずではなかったのか。筆者には合点が行かない。どうも、オフに徹底した減量、走りこみをしなかったようだ。シーズン中にどのくらい休むのか知らないが、これでは戦力にならない。キャンプでは客寄せパンダ、シーズン中には報復宣言・・・の話題先行では淋しいが、完治するための時間はない。 さて、報道によると、どうも「報復宣言」を反省しているらしい。登録抹消期間に「頭を冷やす」という。結構なことだ。でも、登録抹消期間に下半身を完治させ、内角球に当たらない技術を磨くことがはたしてできるだろうか。
| 2006年04月26日(水) |
清原は引退したほうがいい |
今年のプロ野球のキャンプ時、スポーツマスコミ各社は、読売からオリックスに移籍した清原を「もちあげていた」。その一方、筆者は、2006年02月05日(日)付けで「清原の復活はない」を書いた。結果は、開幕25試合目にして、下半身の故障で清原は離脱しそうだ。2月当時、筆者は、開幕50試合くらいで清原の下半身は故障すると書いたのだが、その半分だった。もちろん、ずっと清原の下半身が動かなくなるわけではないし、復活の可能性がゼロと断ずることもできない。とはいえ、清原がトレーニング方法を変えない限り、下半身の故障は避けられない。故障は、清原が三遊間を抜けるかのようなゴロを放ち1塁に全力疾走をしたことだった(結果は1塁アウト)。全力疾走で腿の筋肉の肉離れなら、回復にはかなり時間がかかる。 その清原は、前にも書いたことだが、内角攻めに「報復宣言」をした。しかし、その翌日のロッテとの試合では、ロッテ投手陣は内角球を有効に使って、清原を完全に封じ込めた。これまた、筆者が書いたとおりの攻め方だった。内角攻めと故意死球は違う。清原がダルビッシュから受けた死球は故意死球ではないどころか、清原のスイングに近い。 清原の「報復宣言」は的外れで品のない発言だった。内角が打てないことを自ら宣言してしまったようなものだ。自分で自分の弱点を晒してしまった。 プロ野球においては、清原だけが「生活がかかっている」わけではない。投手は「生活のために」打者を封じなければいけない。もちろん、合法の範囲において。清原は、打撃技術で投手に「報復」しなければいけない。内角攻めに対して、マウンドまで殴りに行くと宣言するのは、野球人として許されない。 清原が「生活のため」にしなければいけないのは、まず、上半身の無駄な筋肉を整理して下半身の負担を減らすこと。つまり、まともな走りが可能な体に改善すべきなのだ。軽い体になれば、内角攻めにも対応できる。シェイプアップの努力をしないで、イージーな筋トレで、筋肉ばかりをつけようとするから、体が重くなって走れなくなる。しかも、見当違いの「報復宣言」までして人を殴りたいのならば、格闘技に転向すればいい。野球人は野球に適した体づくりをして、野球技術において、互いに競い合うべきだ。肉体、精神において野球人でなくなった清原に対して、筆者は引退を勧告する。
| 2006年04月23日(日) |
「走るサッカー」に幸あれ |
第9節、甲府vsF横浜は、甲府がロスタイムに劇的な決勝点(バレーのヘディング)を上げ、1−0で勝った。甲府には、現元を含めて日本代表はいない。レギュラーで名前を知っているのは、元ヴェルディのMF林くらいだ。そんなチームが元現日本代表をそろえた横浜Fにホームで勝った。これこそがサッカーの醍醐味だ。 甲府の特徴は、�)�富な運動量、��一対一の強さ、�A粟�への押し上げ、�だ擇蠡悗┐梁�さ――にある。テレビ中継の解説者・M氏が「こういう試合をすればサポーターが納得しますよね」とコメントしていたが、まったくそのとおり。見ていておもしろいし、感動を覚える。人間って、鍛えれば、90分間、こんなにも動きまわれるのだなーと。 筆者が会社に務め始めてから数年した後、会社のバスケットボール部に籍を置いたのだが、不摂生がたたって、試合では5分もたなかった。サッカーのグラウンドとバスケのコートの広さを比べるまでもない。甲府の選手はみな、バスケの選手のようにピッチを走り回る。驚異的だ。 「走るサッカー」といえば、オシム氏が4年前に日本にきて千葉の指導をはじめてから浸透した概念だ。日本では4年経過していないことになる。それまでの日本のサッカーは「つなぐ」が全盛だった。 W杯フランス大会の日本代表監督を一時務めた加茂氏がJリーグの横浜フリューゲルスの監督だったとき、「ゾーンプレス」を掲げ、前線から守備をするスタイルで好成績をあげた。このあたりから、パス中心の日本サッカー界に意識改革の萌芽が認められるものの、日本サッカー界を根底から変革したのはオシム氏の登場によってだ。 甲府と千葉はよく似ている。しかも、22日の磐田vs千葉を見ていたら、若手に切り替わりつつある磐田が「走るサッカー」を実践していて興味深かった。磐田の「走るサッカー」を代表するのが、右SBの太田だ。磐田の中で最も運動量豊富で、この試合では彼が得点シーンを切り開く可能性が最も高かった。千葉では坂本、羽生、佐藤、山岸・・・とほぼ全員だ。FWの巻も守備をする。 22日には、首位をいく浦和が若手中心の清水に不覚を取った。下位の清水が、「日本のチェルシー」浦和を凌駕したのがスピードと運動量だった。清水では、前線のマルキーニョスのスピードが光ったが、DF青山、MF枝村、兵頭らの運動量を無視できない。 ことほどさように、サッカーでは「個」の技術が劣っていても、組織化され規律を保ち、豊富な運動量とスピードを武器にすれば、勝つチャンスがあるし勝てる。このことは何度も当コラムで書いた。日本が豪州、クロアチア、ブラジルに勝つには、豊富な運動量とスピードに活路を求めるしか方法がない。だが、ドイツに行くジーコジャパンには、その2つをもった選手が選ばれることはない。そのことを否定して代表チームをつくったのがジーコ監督だったからだ。代表選考決定の期限は5月15日に迫っている。手遅れだ。失われた4年間は返ってこない。
| 2006年04月22日(土) |
清原には内角攻めで決まり |
オリックスに移籍した清原が死球で試合に出ていない。パリーグの投手が故意死球をしでかしたのかと心配したが、テレビのスポーツニュースを見る限り、当てた投手に罪はない。ニュース映像では内角球に清原が振りにいって手に当てたように見えた。主審の判断次第だが、スイングをとってもおかしくない。振りにいって手に当てたということは、打撃の意思があったということだ。 清原のヒットゾーンは真ん中から外側。高さは関係ない。高めなら本塁打する力がある。だから、スピードのない高めのスライダーなどが餌食になる。その一方、内側は詰まるか空振りだ。だから、清原は内角球を避けない。避ければバッティングアイに狂いが生じ、外側も見えなくなる。ホームベースから離れる位置を固定して立ち、軸を決めて外側を狙う。内角球に逃げれば、彼の打撃イメージはガタガタに崩れる。そのことを恐れて、清原は内角攻めをする投手を暴力的に威嚇することになる。「当てたら、ぶ・・・すぞ」と。パリーグの投手が、筋トレで鍛えられた「番長」と喧嘩はしたくない、と逃げれば、清原の計算どおりだ。 つまり、清原対策としては、巷間言われるとおり、徹底した内角攻めでいい。パリーグの投手は、清原の弱点である内角を徹底的に攻めるべきなのだ。清原はそれでも、内角球を逃げずに当たりにいくのならば、それこそ自己責任というほかない。ストライクではないが、打者の視覚を幻惑させたり、軸を崩す内角球は正当な投手の攻め手だ。それに当たってしまうのは、打者の運動神経の方に問題がある。打者の頭部を狙った故意の投球は許されないが、清原に投じた内角球は投手として当然の投球なので、問題にならないし報道する必要もない。
ジーコの日本代表監督の続投は正式になくなった。よかった。当たりまえの人選とはいえ、Kキャプテンが明言したのだから、正式に、続投が否定されたとみていい。ほっとした。 ジーコ体制は、筆者には空白の4年間に見える。けれども、表面上の実績は上がっている。アジア杯王者をキープし、W杯アジア予選を1位通過しドイツ行きを決め、コンフェデ杯では欧州王者のギリシアを破りブラジルと引分けた(けれど決勝進出ならず)。FIFAランキングは一時、15位まで上昇した。 ジーコの実績は一見評価できるように見えるが、基層では崩壊の予兆が色濃く認められる。ジーコ体制の4年間の成功は、何度も当コラムで書いたことだけれど、トルシエ時代の遺産だ。また、Jリーグの活況、充実がそれに重なり、実績を押し上げた。Jリーガーはリーグ戦できわどい戦いを経験し、他のアジアの選手よりたくましくなっていた。 さて、日韓大会前後に海外に「進出」した代表中心選手の鈴木、柳沢、稲本、ヒデ、小野、中田浩(日韓大会では代表に招集されなかった高原、俊輔を含めて)は力を伸ばせず、選手として下り坂に向かっている。彼らを補う新戦力として、平山(オランダ一部)、松井(フランス一部)、大黒(フランス二部)らが海外で活躍しているが、日韓当時の海外組の躍進を上回ってはいない。ジーコ監督が行う最終選考に残る代表選手は、トルシエ時代の代表中心で構成されるに違いない。 筆者が指摘したいのは、その4年間の空白のことだ。ドイツ大会日本代表チームを組成するには、日韓大会でフランス大会代表を主軸から外した、トルシエのような「決断」が必要だった。 2ヵ月後にドイツに行く日本代表チームのコンセプトを考えてみよう。これまでの流れから推察して、ドイツ大会の日本代表のサッカーは、ポゼッション重視だと思う。 ポゼッション重視のチームコンセプトは、今年初めの米国戦、ボスニア戦のアウエーの2試合で惨状を晒した。この4年間の日本代表は、ホームの親善試合において、引いて戦う海外「代表」を相手にポゼッションサッカーを展開してきた。日本にやってくる海外の「代表」は大方二軍、寄せ集め、時差ぼけ、体調不良の相手だった。彼らは90分間辛抱することで、経済的恩恵に与る。そのためには、惨敗をしないよう、守備重視でカウンター、ロングパスの戦法を選ぶ。そんな相手に1−0程度のスコアで日本代表は勝ってきた。何度も書いたけれど、それがFIFAランキング上昇のメカニズムだった。 ところが、日本が海外遠征で戦う場合、相手は必ずしも守備的とは限らない。日本のポゼッション重視には猛烈なプレスでボールを奪おうとする。自由を奪われた日本代表は自分達のサッカーができなくなる。真剣勝負のW杯アジア予選では、北朝鮮との初戦で日本代表の欠陥が露呈された。結果は北朝鮮のスタミナ切れと経験不足が日本を救った。その後もレベルの低いアジア予選で苦戦を重ねたものの、どうにか予選突破できたため、日本代表のポゼッションサッカーが修正されることはなかった。 代表選手の質をみると、右SBの加地はスタミナと判断力はあるが、スピード、キレがある選手ではない。FWでは大黒、玉田、佐藤寿にスピードの共通性があるが、3人が選ばれる可能性は少ない。それだけではない。3−5−2と4−4−2の2つのシステムの併用は悪いとはいわないが、スピードとパワーで押し捲ってくる相手と戦っていないので、どちらが安定して戦えるかがわからないままだ。アウエーの親善試合数を増やせないまま本番に近づいてしまったので、2つのシステムの耐久性がつかめていない。これでは、相手に先取点を取られてからでないと試合の形が定まらないのと同じことだ。ドイツで豪州、クロアチア、ブラジルと戦う前に、自分達のスタイルを定められないままということは、戦う前に負けているに等しい。 いまの日本代表の悪口は散々、このコラムで書いたきたのでこのくらいにするけれどJリーグオールスターで、佐藤寿(広島)、巻・阿部(千葉)、長谷部(浦和)らが多数のファン投票数を獲得していることは、日本のサッカーファンの健全性の象徴だ。 ドイツから南アフリカまでの4年間は、日韓からドイツまでの4年間の失敗を繰り返してはいけない。日本が世界の強豪と真剣勝負で勝つためには、スピード、キレ、運動量(スタミナ)の豊富な選手を代表に選ばなければだめだ。そのためには若い選手を積極的に抜擢する勇気をもった人物が日本代表監督に就任する必要がある。マスコミの批判に潰されない、リスクをとれる監督でなければだめだ。
W杯開催年だといのに、筆者の心は燃えていない。その理由は当コラムで何度も書いたので繰り返さない。先の短いわが人生、4年に1度のW杯を経験できる回数は限られている。ドイツ大会をこんなにも虚ろな気分で迎えようとは想像だにしなかった。そんなわけで、Jリーグを見ると、どうしても2010年に心は飛んでいく。 筆者の虚ろな視線に対して、いくつかのJリーグクラブが光を与えてくれている。とりわけ、清水、F東京、名古屋、千葉、鹿島がいい。光とは、若手の抜擢・起用にほかならない。清水では青山、枝村、兵頭、藤本らが、F東京では徳永、鈴木、伊野波、梶山、栗沢、増嶋らが、名古屋では本田、平林らが、千葉で水野、山岸らが、鹿島では内田篤、増田、青木、田代らが出場し活躍している。ドイツ大会終了後、彼らのうちの多くがきっと、2010年を目指した、新しい代表チームの主軸になっているはずだ。2006年のドイツ大会では彼らの先輩に当たる、阿部、巻、今野、茂庭、駒野らの世代で代表の主軸を構成してほしかった。 なんとなれば、2006年、ドイツ行きメンバーに100%選考されるであろうヒデは29才にして、所属クラブ・ボルトン(英国プレミア)から戦力外扱いされたという報道があった。Jに復帰した柳沢、小野はケガ、体調不良が原因とはいえ、Jリーグで結果を出していない。2002年(日韓大会)で活躍したヒデ、稲本、鈴木、中田浩らの海外組は峠を越えた選手のように筆者には見えてしまう。 さて、2002年フランス大会直前、当時の岡田代表監督はカズ、北澤を代表から外した。カズ、北澤は、フランスへ行く代表チームの目指す方向性と合致していなかったからだ。さらに、その2002年・フランス大会代表チームが解散した後、新任のトルシエ監督は柳沢、鈴木、稲本らの新しい才能を発見し、彼らを主軸にすえた。もちろん、最終選考でゴン、秋田の2人のベテランを選んだものの、筆者には二人が日韓大会のピッチに出た記憶がない。日韓では余興ではないけれど、人気者・俊輔の落選があった。高原の病気落選という悲劇もあったっけ。 W杯は4年に1度。その4年という年限が曲者だ。W杯出場メンバーを4年間さらに鍛え上げ経験を積ませれば、4年後にはより強大な代表チームができあがると考えがちだが、どうもそうではないようだ。たとえそうであったとしても、筆者は4年前と同じ顔ぶれの代表チームを見たくない。 “新しければすべて良し”とはいわない。けれど、サッカーチームは4年程度を時間の単位として切り替わることの方が自然であり、見る側に期待を抱かせる。 なにもかもが「劇場型」の世の中、サッカーW杯の代表選考にドラマがないなんて・・・ドイツ大会は退屈そのもの。このまま幕が下りたんでは「カネ返せ」でしょう。おっと、本番は選考ではなく試合だったけ。
春の高校野球大会(センバツ)で関西の投手・斉藤が2日間連投で400球を超える投球数を記録した。結果は早実に負け。日本のポーツマスコミは斉藤の闘志を賞賛する報道ばかりだが、筆者には、愚挙、狂気にしか映らない。ハイスクールベースボールの投手は1試合・100球を超えてはいけない。プロが行う先のWBCでも、1人の投手が1試合に投げる球数を80球までに制限した。当然の措置だ。 関西の斉藤投手が予選でどのくらいの試合数をどのくらいの投球数で投げ切手てきたかわからないが、本大会の400数超を考えると、1000球を超えただろう。この球数で肘、肩に悪い影響を及ぼさないわけがない。高校の指導者が真にハイスクールベースボールをスポーツとして位置づけるのならば、野球部に最低5人の投手をそろえなければいけない。 もっとも、高校野球を高校経営の広告宣伝手段と考えるのならば、野球部員である高校生に相当の報酬を支払うべきだ。関西の斉藤には、彼の肘・肩の磨耗分に相当するギャラを支払わなければ理屈に合わない。 高野連が真にハイスクールベースボールをスポーツとして考えるのならば、未成年のアマチュア選手の健康を最優先とする制度(ルール)を創設しなければいけない。高校生を酷使するのがセンバツや夏の甲子園の「伝統」ならば、そんな悪弊はいますぐにでもやめなければいけない。高校野球は日本の大新聞が販売促進で開催するイベントだ。大新聞は高校生の健康をどう考えているのか。
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