恋文
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また波のようなリズムが聞こえる 竹の鳴り響く音が 街角で演奏している
聞きながら遠ざかる 背には音を
そうして緑のざわめきを 目にしているようだ
静かに過ぎる一日 なにも変わらない
まだ明るい夕方の陽射しの中を歩く カフェのテーブルではビールを飲んでいる人たちがいて 街頭ではシロフォンを弾いている人がいて 通りには人々がめいめいに自分のことをしている
わたしは、その中の一人だろうか
いくらせつなくても わたしはなにもいえないよ そのひとはひとりで立っているのだから
雨のなかに森は立っている 緑に淀んだ水辺に 白く立ち枯れた幹は 骨のように
思いを掛ける以前に 列車は通りすぎてしまう
背後に遠ざかるその場所に その僅かな間に わたしを置き去りにしてしまった
大きな木の枝の下で 水の音を聞きながら座っている
何もない わたしがいた
朝にまとった香りが残っている まだ、もう少し胸にまでとどかない 髪を手でくしけずる
この重さも
肩や背中に落ちる時の むずがゆいような感触も
わたしが、わたしである証なんだ
雨に濡れた木々や草花は 鮮やかな色を取り戻したようだ
生気に満ち溢れた風景の わたしも その一部であることを願った
いつものような一日なのに 見なれた景色のはずなのに
自分の居場所だけが まだぽっかりと空白になっている
ネガティブなときは なにもかもがうまくいっていないように思うね
こんな気持ちは ライン川に流してしまいたいよ
一緒にわたしも 流れちゃおうかな
あまりにも空が暗かった 雨が今にも降り出しそうな朝
冬を思う この夏の日に
夏の辛辣な陽射しではない 穏やかな冬の
やがて町並みは雨に打たれて
わたしも雨の中を歩く
思い出したら リボンが欲しくなった
レースや刺繍の かわいいの
もう、ずいぶん長くなった髪に 結んでみたい
この香りを身につけるたびに 思い出す
あなたに会いに行った時に この香りを纏っていた 口紅も薄くひいて
もう遅い春だったね
おでこにキスしてくれたの 覚えてる
また今日も 綿毛はトラムに入ってくる
手に受けようとしても しなやかに身を移し
いつか また別の窓から 出ていってしまった
いつのまにか傷ついていても それに気付かなかったら それは傷ではないのだろうか
あるいは、知っていて 気付かないふりをしている
こんなに傷ついているのに
わたしはどこにいるのかしら どこかに忘れられているのかな
今このわたし自身が 置き去りにされているようだ
ここにいるわたしは いったい誰なのかしら
髪を洗っているとき わたしは少しずれてゆく
今は、いつもの自分ではない ただの露なわたしが髪を洗っている
ざんざんと 髪に流れる 流れ落ちてゆく水の流れ
手に感じる髪の重さに なることのできなかったわたしを思う
こんな場所に眠れたらいいな 聞こえるのは
波の音 海鳥の声 風に鳴る草の擦れあい
好きな人たちだけで 一緒にいれたらいいな
わかってもらえること わかろうとしてくれること それに救われている
では、わたしは わかろうとしようではないか
そのためらいと なにもいわなくとも わかりあうこと
ずっと ふれあっていたいと おたがいにかんじている そのことに
だいすきな あなたたちをおもう
ただ一日を過ごすことが 重い荷を背負っているようだと どうして言えるのだろうか
ただ無為に時間を費やすなら その重いという荷を下ろしたらいいではないのか
なにをいじけているのか 馬鹿みたいに
訳もないのに悲しかった ずっと一人でいるような気がした
誰もいないところで 息をひそめていよう
明るい陽射しも 嫌だった
暗い寒い部屋も嫌だったのに
あのね 髪もずいぶん伸びたよ ふわふわしてるよ
きっと 女の子らしくなったよ 自分ではね そう思うの
わかってるけど そんなの嘘って
わたし 女の子じゃないしね
でもね かわいいと言われたい
影絵の中の空は いくつもの線に切り裂かれて
思いに沈むと 風景は影絵のように
わたしは どこかの線の重なりのなかで 切り裂かれて
まだ小さくなってしまいたい もっと
わたしが占める場所も 時間も そんなにいらない
それを本心だと言えるのだろうか
いつも誰かと繋がっていたいのに 孤独な自分を思い描く
わたしは、なんてかわいそうなんだろうと まるで暗闇の底でまるくなるように
わたしは、なにを守っているんだろうか まるくなって
わたしを守れないわたしは やっぱり 孤独だ
まだ明るい夕刻の通りには 誰の姿もない
照り返しが窓に光り 壁には影が差している
どこからか 誰かの声が聞こえる
薄く開いた窓の隙間から もう暮れてゆく空なのに まだ眩しい
猫は、きっと 草を踏んで歩いているんだろう
猫になって この町を歩いてみようかしら
心を雨に濡らしてみよう 渇いているなら
きっと雨に紛れてしまうだろう 泣いているなら
かわいそうなわたしは 雨に流してしまおう
しばらく雨の中にいよう まだ、わたしが戻ってこないなら
今夜、風が吹いている 森の木々を揺らし 街の通りを横切り 川を渡り
わたしの身体を突き抜けて
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