恋文
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雲も 丘も 同じ色に 暗くて 空と 丘の あわいも 交じり合うように 重なっていた
眠りから覚める前の 闇のようにも みえて 今朝の夢を 思い浮かべている
乾いている あぁ もうからからで
ないから 欲しいの だから わたしのものに したいの
わたしのもの だったのに だれが 奪ったのか
埋めたい すきまを くるくる抱いて
わたしも まるくなる
空に背を向けて 夕暮れのベランダに立つ
乾きかけた髪を うなじから絞る その
目の前に映る 姿を
いとおしいと 思う それは
ずっと 失い続けている わたし
なんにもしない どこにもいかない
ひたひた うろうろ 歩いているだけ
でも ここにいる
ぽつりと そこに いた こんなにも おおぜいの ひとがいるのに
とおくの もりに そこにだけ ひかりが さしている そこに ゆきたいと おもった
そうしたら わたしも ひかりの なかに いるかしら
取りかえしがつかない ことを 気に病んでも しかたない けれど
あのときに
だれも のぞまなかったのに
あれも これもと 考え始めると どこまでも とまらなく なってしまう
あれから ずっと まだつながっている おもりのように
もうすぐ暮れる 窓から透かしてみえる 風景は きっと 水槽のなかから見るように たわんでいて 誰かが行きすぎると ちらちらと 揺れるのだった
ただよっている わたしは さかなのように ふわりと 身をかえしてしまおう
枯草の匂いがする 湿った風 あしたは 雨になるだろう
まだ暗い明け方の ベッドの上で きっと雨の音を 聞いている
とおい海に いるように 雨の中に うかんでいるだろう
かくれんぼの鬼は どこにいったのかしら
みどりの野原に くもが翳る
木立のあいだにも 光がきえる
わたしを探して どこかに行った
わたしはいまも まっている
背中に 胸に落ちる 髪を 感じる
もう一人のわたしの からだになれそうなのに
いつも ずっと遠かった
ふくらみかかった 胸も それは まぼろしで
小さくとがった 乳首だけ シャツから浮き出ていた
風がわたって 川面の緑の影が揺れる 小魚が からだを返す 鴨が 水面を過ぎる
岸辺を被う木々の向こうから 子供たちの声が 聞こえてくる 葉擦れの音が ずっとついてくる 船べりに 波が小さく砕ける
からっぽになってゆく わたしが 嬉しかった
朝は 雨だったよ ほんのりと 明るかった
ベッドの上で ぼんやりとしていた
からだなんて いらないと 思った
綿毛みたいに 飛んでいけたらいいな
空の下を歩く 玉蜀黍は 真っ直ぐ伸びている 麦は刈られてしまった
林檎の実が 小さく生っている 馬は草を食む
雨の後の落ち葉は もう ふんわりと乾いている
一人歩く 汗ばんだ わたしの 匂いが 風に過ぎた
目覚めの時には 一人で丸まっているのが 好きだ
不思議な夢や こわい夢 懐かしい夢や 悲しい夢
まだ 覚めない からだの その動きを じっと確かめる
いつのまにか 雨になった
音もなく 草は濡れそぼっていた
灯りをつけない部屋のなかで あなたは うたた寝をしている
その後ろ姿を 見ている
空を 少しづつ 切りとって ひこうき雲が伸びる
青い空に滲むように 残っている雲を 横切って 伸びてゆく
きっと 打ち上げられてしまうのか ずっと 流されてしまうのか
まだ ぼんやりと 浮かんでいる
波が わたしを運ぶなら 揺られていようか
ばたばたと あがいてみたり してみようか
きらきらと 波は 輝いているんだろうな
わたしたちは お互いに 触れないのに 同じように 感じる
血の繋がりはないのに 性のつながりはないのに ましてや 会うこともないかもしれない
細い その根っこから わたしたちが 一緒だったら 嬉しい
突然に 雨は降るよね 風は吹くよね
いつか ふっつりと あなたはいなくなる わたしもいなくなる
風がもぎ取って 雨が叩いた 葉っぱも 枝も 横たわっている
もう 湿った 穏やかな風が 冷んやりと 吹いている
もう とうに失われていた 思い出しても 戻ることはないはずの そこにあった わたし
でも もっともっと 遡ってしまおうか いつか わたしに たどりつくまで
雨の匂い 好きだった 草が濡れて 草の匂い
あなたの匂い とか わたしの
抱き合っているときに 感じていた 柔からで 暖かい 匂い
いつかしら 眩しかった 光が消えていた まだ 空は明るいのに 雲に覆われてしまっている
遠くから 話し声や 車の過ぎる音が 聞こえる 教会の鐘の音が 鳴っている
水だけがはいったガラスの花瓶に 水蘚のついた 小さな鉢が 沈んでいる
主は いま いない
夜の色 朝の色 移り変わるなかに あなたは眠っているのだろうから
ここから 見送ろう
明日 きっと いい夢とともに 目覚めたらいい
いつか 音が聞こえたので 目を向けると 雨が降っていたのだった
空には光が残って 明るい芝生に 降り注いでいる
鳥の声もない ただ 雨の音が 聞こえる
おかしいような 悲しいような 不思議な夢の中で 浅い眠りのなかにいた
おかしいような 悲しいような もどかしさは 夢の中だけでもなくて
何処か暗闇の中に 沈んで行くのかと思った
暗い底から見える 空は 明るいのかな
見ている夢が 心地よいなら こっちを現実にしてしまおう 目覚める前に
今のわたしは 置き去りにされて ずっと眠っているだろう
あなたが そんなにも激しく話すから わたしも 同じようになってしまう
気持ちを落ち着けるように 声の調子を落としながら 黒い澱のように 落ちて行くものがある
わたしも行くだろう 思い出の海に
いつも満ちている 海に
陽射しと 冷たい水と 塩の味と
身近に感じていた その 肌の感触と
火照った肌を 過ぎて行く風も
みんな身近に ある
枯草の匂いのする 髪を風にうけて
まだ暮れない 夕べの空は青い
光に透けて 髪が踊る
麦は藁色になって 玉蜀黍は緑のままで
笑いながら行ってしまった
黙っていると 澱のように 沈んでしまう 気持ちは
また 沈黙に誘う
あなたが そんな表情をするから 間違ったことを 言ってしまったんだ と わかった
それが わたしには 間違いではなかったから たじろいだ
わたし自身が 間違いなのだろうか
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