恋文
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わずかな時であっても 満ち足りたなら それを 覚えている また 戻ってこられる
いつからか ないものを欲しがるように なってしまったとしても
生涯を誓うなどと それがほんとうの意味で 出来たかと 自身に問うと 心許ないのだった
目に見え 触れることのできる この場所にいる あなたに わたしは ほんとうに 近かったのだろうか
思い出す限りの いくつもの それぞれの瞬間に そんなにも わたしたちは 一緒にいて
お互いに ここにいるだけの 今も まだ きしむような 痛みが 通りぬける
くすんだ空の下 草はうなだれて まだ残った花も まばらに 色褪せる
風は冷たく 遠くに見える丘には 雲の切れ目から 光があたる
思い出す 同じような風景の中に いつかいた わたしも
わたし ピンク 暖かな赤い色 と あいだの色
あぁ、嫌いな人は 遠くに行ってくださいな
わたしは あなただけ 待ってるから
なにもかも 委ねることは できなかった
ひとりの わたしは わたしのままで いたかった
だからなのか どこかに 硬い芯のようなものが 潜んでいて
いつか 棘のように 育っている
押しこめたり 引っぱり出したり
隠したり ぼろぼろこぼしたり
やっかいなのにね
張りつめた それも好きだった ゆんわりとした それも好きだった
わたし ひとりでは できなかったもの
雨が降り始めたというのに 遠くには 夕焼けの雲と わずかにのぞく青空が なんんの不思議もなく 交じり合っているのだった
そこから 別の世界に行けそうな 風景に見いっている ひんやりとした 夕暮れ
わたし 半分 女 だけど それは ただ わたしが いっこの男じゃないと それだけの意味で
わたしは いくら女で いくら男なのか わたし自身にも 量れない
身体だけ 男で 心は 女だったら ひとつの答え なのに
わたしは とても ちぐはぐで 心の 女 男 愛しいし この身体すらも 憎いのに 愛しい
真っ直ぐには 行かないから
回り道も するんだろうな
行きつく先は 分からないけれど
まだ 歩いているんだろうな
いつまでも わたしに なれない わたしは いつまでも つまはじきで まいにちのことも おっくうで ちがうことをするのも おっくうで かくれたい すみっこも なくて いつも いじけていて わたしに なりたいのに いつまでも なれない わたし
留めたいと 思うのは遅く するすると ずれていってしまう
あぁ もう 受けとめるものもないまま
乱暴な気持ちは 澱のように とごるので
足を取られたように 身動きが できないのだった
ぎりぎりと 爪を立て かきむしり
なにもない わたしに なってしまえばいいのに
*とごる 「滞る」の、愛知、三重あたりの方言のようです。 この言葉が自然にでてくるので、いくら離れていても、わたしの生まれ育った場所は、わたしの中にあるんだな、と思いました。
日々の移ろいで 花は咲いていていたんだね
花たちは その時の わたしの気持ちのままに 見えていた
思い出と その花が つながる そのときの
あなたたちは その時のままなんだね
かつて秋を知ったように 金木犀の香りはないけれど
遠くの丘の森が 金色に光る 夕暮れ
わたしのからだをも つつんでいる空気は
あの香りを運んできた おなじ肌触りがする
しばらくの 喧騒が聞こえたあと 少し間をおいてから 部屋をでる
追いつかないように 混じらないように
見えないように 見つからないように
邪魔にならないように
視線の先には わたしだけではない 捉えたかった わたしの影
とうに陽の落ちた 外の木立が わたし自身の 薄い身体のシルエットに 重なって映る
闇を透かして 見ていたい
しばらく暮らしていたのに 知らない町
川の向こう岸に 陽にあたっていた 聖堂の塔が 翳ってゆく
ひとり ひとり この町から 去ってしまう 毎日の 日没のように
わたしも 暗闇に消えてしまう前に 帰ろう
まぁだ わたし ぼんやりと してる わたし
いらない わたし
いらないのなら すててしまおうね
やだな すてないでね
すてようね いらないもん
いやよ すてないで
どうしよう すてないでね
裸になって 真っ直ぐに 脚を伸ばして 腕も おもいきり 伸ばして
わたしの からだを 感じていよう
これだけしか ない わたしを
身体中から 棘がでているみたい
身体の中にも ひしひしと 棘が刺さる
ただ一言なのに
かすかに まだ 風には 夏の匂いが 残っているのに
街灯は 舗道を 固く 照らしている
木の陰も いつしか 濃くなっていた
そんなつもりは なかったのに わたしの さびしい あまのじゃく
おもくて かたい のどのおくに つきささる ような
ことばが ひっかかっている
あなたの ことばが まるで 愛撫のようだったから あなたに 会いたかった
あなたに 会ったら やっぱり わたしは 心地よくて 身をまかせてみたかった
一緒に毛布にくるまって 寒い冬の夜を 過ごしたね
わたしが わたしになってゆく 日々だった
そこには 菜の花が咲いていた
それから 麦の青い穂が並んでいた
いま、小さな草が 一面に広がっている
真っ青な空に 真っ直ぐな光り
肌にちりちりと 熱を感じながら
まだ緑のなかを 歩いている
とどかないのに わたし
わたしなのに わたし
わたしを しってる?
わたしは しらない
だれがしってる? だれもしらない
きっと あなたが しってる
わたしは しらない
あらかじめ なかった わたし
いま 知っている
少しづつでも わたしに なりたい
小さな わたしの カケラ
あつめて つないで
わたしに なりたい
くるんと 髪を括る その手を 下ろして 胸で 鼓動を聞く お腹を滑りおりて ゆっくりと 息を感じる
たしかに いる わたし
風が冷たかった 窓が金色にひかっている
光りは まっすぐに やってくる その丘のほうは もう 黒く沈み始めていた
あぁ、指先が わたしを拒絶している
わたしに 語るな と 言っている
だから 消してしまった わたしの気持ち
でも それは わたしが思っていたこと
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