マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ 【怖〜い話】深夜の二時十四分 


 私が、まだ、洋風居酒屋をやっていたころの話・・・・・・。

 その日、最後まで店に残っていた客は、確か3人程だった。
 客といっても、身内のような存在で、しょっちゅうグループで来ては、ワイワイガヤガヤやっている、大常連だ。
彼等は、中学か高校時代からの同級生で、10年以上経った今でも密接な付き合いが続いている、10数人前後の仲良しグループである。
その中の一人は、私の店のアルバイトの一人でも有る。だから、そのお陰で、皆、ちょくちょく顔を出してくれていたのだ。

 他に残っていたのは、私と、私の息子と、アルバイトの(E)が一人。
 夏だったので、確か、皆で怖い話かなにかをしていたと思う・・・・・。

もう、看板を消した後で、皆、てんでんバラバラに座り、だらだらと、惰性でカラオケを歌ったり、だべったりと、マッタリ気分だった時だ。

 すると、(E)が、「あっ・・・! もう直ぐ2時14分だよ、その時間って、霊界の扉が開く時間なんだって・・・・・・。一番霊が出現する時間だそうよ〜」
 と言った・・・・・・。

 フト皆で、時計を見ると、13分を指している・・・・・・。
 何となく、それぞれが寒気を覚え、皆の眼が時計の秒針を追っていた。

 そして、14分を指した瞬間!
 カラオケのテレビ画面が、不気味な緑色に変わり、異様な気配と共に、ガタン! という奇妙な物音がしたのである。

 「ぎゃぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

 皆、バラバラに座っていたのが、一気に寄り添い固まった。(笑)

 しかも、私は或る恐ろしい声まで、ハッキリと聞いたのだ・・・・・・。
 余りの怖さに、その時点では、口にも出せないでいたのだが・・・・・・。

 そして、後で解ったことだが、皆が同じ瞬間、同じ声を聞いていたのである。
男のくぐもった声で、「さぁ・・・、行こう・・・・・・」と言う声を・・・・・・・・・・・・。


 その日以来、その時間の前後になると、カラオケ画面が緑色になったり、無気味な気配を感じたりということが、暫くの間続いたのである。


           (一部脚色あり)       by マキュキュ

 


 


2002年07月31日(水)
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■ 【夫への手紙】絶対に出せない手紙 


ねぇねぇ・・・・・・
私たちの出会いを まだ 覚えてる?


そうそう、アノ店の片隅に、何時も彼方は 座っていた
彼方と初めて 会話を交わした日 私は恋をするんだ・・・って感じたの


友達でいる事を 選んだのは 彼方を永遠に失いたくなかったから
だから 彼方の視線に 灯が点っているのを感じても
わざと しらんぷりしてたのよ


でもね?
ずっと友達でいる事が やっぱり 辛くなったの
何も起こらずに 後悔するよりは 何かを起こして 失う方がいい


それからだったわね


私たちが 愛しみ合ったのは


もう アレから13年か・・・・・・

本当の事を言うとね?
私 未だに彼方に 恋をしてるみたいなの・・・・・・


彼方がいない時 彼方を感じて 愛しさで涙が出ちゃうことだってあるんだから
そんなこと 彼方 知らないでしょう?


喧嘩も良くしたわね〜
何度別れ話をした?


彼方 その度に シュンとしちゃって・・・・・・
その顔が余りにも可愛そうで 結局 もう一歩と言う所で 引き戻されてしまう


でもさ
別れないで良かったなぁ・・・・・・って思うよ


もう、こんなに 何時までも好きでいられる人とは 二度と巡り合えないもの
彼方だって そう思うでしょう?


頭も薄くなってきたし
人に向かってオナラはするし
相変わらず 痛風にも気をつけないし
何時までも 子供みたいでだだっこだけど


そんな彼方が 今でも 大好きだよ


ねぇ?
後何年 彼方と 夫婦でいられるのかなぁ・・・・・・



                   親愛なる(F)へ












2002年07月30日(火)
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■ 【友人への手紙】お帰りなさい〜。フリンジ&リカ


昨日、私のHPの元の家主さんの、フリンジ君と、リカちゃんが、無事に治療を終えて帰ってきました。

お帰りなさい〜。フリンジ&リカ!
お疲れ様でした〜。良く頑張ったよねぇ〜。 偉い! 偉い〜っ!!

彼女は、今年の3月、とあるチャットルームで知り合い、同じ痛みから仲良くなり、彼女が私の�戯酩覆髻�読んで共感してくれて、それがきっかけで、自分のHPに、私の作品を載せさせてくれるようになったのです。

勿論、その頃の私は、インターネットに繋げたばかりで、PCについても、ネットについても、何も知らない赤ちゃんでした。(今もそうだけど)

そんな私に、作品を発表する場所を与えてくれたリカちゃんに、とても感謝したものです・・・・・・。

初めて、私の為に作ってくれた、お洒落で素晴らしいページを見た時、私は感激で、嗚咽したのを、今でもはっきり覚えてる。

彼女はその後も、メールをくれたり、叱咤激励してくれたりと、フリンジの治療の傍ら、励まし続けてくれました。

しかし、この6月、急に彼女から、フリンジの長期治療に当たるので、HPを閉じる為、引越しして欲しいと言われてしまったのです。
しかも、なるべくなら今週中の内に・・・と言う事でした。

私は大いにパニクリました。
一体何をどうしていいのやら・・・・・・(^^;

リカちゃんに、メールを送っても、返って来るのは、今は、精一杯で、それどころじゃない・・・みたいな返事が多かったのです。
一瞬では有るけれど、私はリカちゃんの事を(私が思っているよりも冷たい人かもしれない・・・)と感じ、正直言って、解らなくなってしまったのです。

でも・・・・・・、よ〜く考えてみたのです。
そして、私なりに反省もしてみました。

それは、当然のことなのです。私を含め、皆それぞれが少ない時間の中で、必死なんだなぁ〜と、思い知りました。

何時までも彼女に甘えていてはいけないんだと・・・・・・。
これは、タイムリーな彼女の、愛の鞭でもあるんだと・・・・・・。

そして私だったら、あれほど感動する事も書けないだろうし、又、あれほど、命がけで、自分の愛すべき物を、必死で守れるだろうかと・・・・・・。
果たしてそこまで、出来うるかと・・・・・・。
そして、努力も何もしないで、チョットでも不満に思ってしまった自分を、大いに恥じました。

それが彼女のHPを読んで行くに連れ、ヒシヒシと伝わってきます。
彼女のHPが賞を取ったのも、彼女の努力と、愛が全国に伝わっているからなのです。とても、私には真似が出来ないと、本当に脱帽しました(^^;

リカちゃん・・・・・・、一時でも、貴女の事を、見失ってしまった自分を、今、心から恥じています。
ゴメンネ? リカちゃん。
貴女はやっぱり、素晴らしい人だぁ〜。大すきだぁ〜。

そして私は、リカちゃんの愛の鞭に答える為にも、自力で頑張っていくよ〜。

そして何時か、リカちゃんのHPを目指して、少しずつでも、リカちゃんに近づけるよう、努力していくつもりです。

これからも、フリンジ&リカちゃんを、心から応援させてくださいね?
そして、私の事も忘れないでいてください。

フリンジに奇跡が降りて、フリンジの病気が完治する事と、リカちゃんの感動がもっともっと世界につながっていく事を、心から願っています。


http://www.fsinet.or.jp/~m-east/
リカちゃんのHPです。
余りにも素晴らしいページなので、皆様も広げて下さい。m(._.)m ペコッ


                         by マキュキュ





2002年07月29日(月)
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■ (日記)明日からPC教室に通います


今日は、淋しがるフゥーリィー(夫)を尻目に、イソイソと一人でお出掛けして来ました〜。

 先ずは、PCの救世主でも有る友達の(G)に、赤ちゃんが産まれたので、新米ママを見舞いがてら、赤ちゃんとご対面してきました〜。

(G)は、まだ学生の頃に、私の店でアルバイトをしていた、チト、へんてこりんで、悪ふざけばかりしていた、心優しい男の子でした。(笑)
アルバイトを辞めてからも、お金がなくなるとひょっこり表れては、皿洗いをするフリをして、ただ飯を食いに来た(G)
そんな(G)が、お父さんになったなんて・・・・・・、何だか物凄く不思議な気分。
嬉しいような、ホッとしたような、淋しいような・・・・・・。

まるで孫が産まれたみたい・・・・・・。(爆)

これじゃ、私は年を取るわけだわい!!

産まれ立ての赤ちゃんて、見ているだけで、本当に心が癒える。
あの、無邪気で汚れの無い寝顔を見ていると、天使に遭えたような神聖な気持ちになって、思わず涙ぐみそうになる・・・・・・。
涙が溜まる前に、早々と切り上げて、病院を後にしました。(^^;


その後、先日も書いた、気功の治療をしている(I)達に落ち合い、出世払いで治療をしてもらうわ、楽しくおしゃべりをさせてもらうわ、オマケに山ほどの新鮮な野菜を貰うわで、本当に感謝、感謝・・・・・・。


何か最近、涙もろくて・・・・・。
コレは、哀しいかな、完璧に年のせいみたい!


人の優しさに触れれば泣きたくなるし、夕焼けを見れば泣きたくなるし、星空を見れば泣きたくなるし、明け方の美しい空を見れば泣きたくなるし、ルパン3世を見れば泣きたくなるし・・・・・・(大謎)

ともかく、年を取ると、泣き上戸になるって言うのは本当の事だと、恥ずかしながら実感してしまいました。(・・,)グスン

そんな訳で、こんな感性が、まだまだ衰えないうちに、少しでも良い物を書けるようになりたいと願っています。

尚、文章力も乏しく、ネタの乏しさもカバーする為、せめて少しでもHPの見栄えを良くする為、明日からPC教室に通うことにします。
少ない学費で、何処まで出来るか、あまり期待は持てないけれど、少しでもましに出来ればいいと思います。

勿論、それだけに頼るような事はしませんって・・・・・・(^^;
日々、少しでも、良い物を書く努力も、決して惜しみませんってばぁ・・・・・・。
イヤ、本当・・・・・・(^^; 信じて?


2002年07月28日(日)
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■ (日記)奇妙に愉しい一日だった・・・


 昨夜は、奇妙では有りながらも、ものすごく愉しい一日だった。

 昨夜、仲良しの(T)と二人で、行き付けの店『風来坊』(仮名)で、久々に飲む事になっていた。

彼女は、その昔、舞台照明の本業(今も現役)の傍ら、私のやってた洋風居酒屋で、アルバイトをしてくれていた中性的女性(?)で、私が店をたたんだ後も、ずっと付き合いが続いている親友の中の一人なのだ。

そして、『風来坊』・・・・・・。この店は、私の亡き母が、まだ現役で自分の店を切り盛りしていた頃から、母とは密接な付き合いの有った店で、双方に共通する客も多かった。

最近こそ、貧乏で、もう何年もの間ご無沙汰してたのだが、4月にこの店のママに、バッタリ出遭って以来、再び財布が許す範囲で来ようと思っている。
母子代々、大変お世話になっている、アットホームで、美味い物を食べさせてくれる、言わば、ホームグラウンドのような店である。

(T)も、元々は母の店の客でもあり、『風来坊』の客でも有ったのだが、私の店がオープンする時、無理やり口説いて、アルバイトに引きずり込んだのである。(笑)

(T)とは、前々から飲む約束はしていたのだが、中々お互いのスケジュールの都合が合わなかったり、暇でもお金が無かったりで、実に、(T)と飲むのも、4年ぶりくらいなのである。
 本当ならば、先週飲む筈だったのだが、先週は丁度、大型の台風が松本に上陸する予定日で、(T)の、「日を改めようよ・・・」という携帯への留守伝は、前の晩、勤め先の店に携帯を置き忘れてしまった、大バカ者の私の耳に入る事もなく、イソイソと喜び勇んで出向いた私は、ママとマスター相手に、一人淋しく飲んだのだった。
そんな理由だったから、(T)にやっと会えた喜びはひとしおだった。

早速(T)と二人でワイワイ、ガヤガヤ飲んでいたら、店に一本の電話が入った。

マスターが、私の顔をチロチロ見ながら、「ウン・・・、今、丁度マキが来てるよ・・・・・・」と受話器に向かい言っている。

「誰?誰?」
私と(T)は、興味深々。

「(N)が今から来るってさ・・・・・・」
マスターが私たちにそう告げた。

何と、電話の主は、やはり母がやっていた店の大常連で、当時は、一緒に飲んだり、歌ったり、互いの家に泊まったりと、物凄く仲良しだった、(今は飯田市で活躍中)人気女流漫画家の(N)だったのだ・・・・・・。

(N)とは、今年の4月に行われた『風来坊』の20周年記念のパーティーで、やはり十数年ぶりくらいでバッタリ再会し、ワーワーキャーキャーで2次会に繰り出し、HPのアドレス交換などをし合い、最近PC上での交流が復活したばかりである。
彼女は私のHPを読み、本音のアドバイスをくれたり、感想をくれたりと、忙しいにもかかわらず、時間を割いては何かとメッセージを伝えてくれている。

近くに居れば、しょっちゅう会えるのだろうが、遠いので、会いたくても中々会う事は難しい。心の中で、(ゆっくり(N)とも飲みたいなぁ〜)と、強く願ってはいたのだが・・・・・・。

「へぇ〜。物凄い偶然もいいところ・・・・・・。つい3日ほど前だよ? たまには『風来坊』でも行くじゃん、なんて、メール送ったばかりなの・・・・・・」

(T)と、(N)も、勿論、昔からの顔見知りである。

やがて、(N)と(N)のお母さんが店に登場し、思いがけぬ再会を果たしたのだが、本来(N)母子は、飛騨高山に一泊の旅行をする予定で車を走らせていたのだと言う。途中、松本に差し掛かった所で、軽い貰い事故に遭い、やむなく第二の故郷である、この松本に一泊する事となったそうだ。

(N)は、愛車が傷付いた事と、高山行きが駄目になった事で、なり落ち込んでいたが、双方怪我も無く、無事にこうしてビールを片手に、親愛なる私達(?)にも再会出来たのだから、不幸中の幸いなのだろう・・・・・・。(プププッ!)

フト私は感じざるを得なかった・・・・・・。又やってしまったのかな?・・・・・・と。

もしかしたら、又、私が、逢いたさから、テレパシーで呼んだのかもしれない・・・・・・なぁ〜んて・・・ね・・・。
以前からそういったことは普通の人に比べ、数多く有ったのだが、特に癌になって以来、増したような気がするのだが・・・・・・?
果たして気のせいだろうか・・・・・・?

(N)も、「お前が呼んだんだろう〜」などと、ジョークを言いながら、私の頭をもみくちゃにしていた。(笑)

以降話題は、アジア大好き(T)に寄る、『カルカッタは重かった(笑)』旅行秘話やら、食いもんの話やら、人間の出遭いの不思議さに付いての宗教的話やら、はたまた、テレパシーの話に変わり、最終的には怖い話などにコロコロと発展しながら、『中性呑んべぇトリオ』ドモの夜は更けて行くのだった・・・・・。










2002年07月26日(金)
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■ エッセイ集【私をそそる者達】より〜 死にたい!!


私とフゥーリィー【夫】との間に、ある種の恥じらいや気取りが、全く無くなってしまったのは、一体、何時の頃からなんだろう・・・・・・。

元々私達は、気心の知れた、長年の友達だった為、ロマンチックな『出会い』から結婚に至る・・・・・・、と言う過程を踏んで来たカップル達と比べれば、かなり、付き合い出した頃から、緊張感に欠けていたのは、事実なのだが・・・・・・、そんな気楽さや、安心感や、例えば、(座薬も入れ合える仲)と言う親近感が、何時までも、仲良しでいられる理由かも知れない。

『オナラが出来ないようでは、本物の夫婦とは言えない』という、持論(?)が、ハナから二人の間に在ってか、私達が、まだ同じベッドで眠っていた頃、(今は、フゥーリィーの鼾と歯軋りが酷い為、別々に寝ている)「おはよう」の挨拶代わりが、オナラだった時期が有る。(爆)

どちらが、より大きなオナラを出せるかで、勝敗が決まる。

負けた方が、コーヒー係や、朝食係をさせられるのだ。(変?)

私は負ける事が多く、大体何時も、ご飯作りをさせられていたが、たまには勝つ事も有ったのだ。(笑)



サテ・・・、時は、遠かりしその頃の早朝のこと。

私は、何時ものように、思いっきり、目覚めの一発をかもし出したのである。

その時に限って、自分でも、正に、改心の一撃! と言えるべく、それはそれは、立派な音だった。

『プゥ〜!』とか『ブゥ〜!』、の域を越えてブゥワオ〜〜ッ!!っと、辺りの物が揺れ動くかと思われるほどの、それは爽快で、完璧な音だった・・・・・・。

「ダハハ・・ハ、今日は勝っただろう!」( ̄^ ̄)

そう、ほくそ笑み、うっすらと目を開けた私は、余りの事態に我が目を疑った。


「う”・・・、家じゃない・・・・・・!!!!!」

私は、自分の置かれた状況を把握するまでに、しばしの時間を要した。



その頃私は、深夜まで『洋風居酒屋』を経営しており、昨夜、(正確には今朝方)自宅で寝入りばなに入った処、若い大常連客の(K)から、自宅に電話が入り、たたき起こされたのだった。

「ごめん、マキ姐(ねぇ)。もう寝ちゃってた? こんな時間に悪いけど・・・、頼む!実は、大至急付き合って欲しい所が有るんだよ・・・・・・」
と、彼は何やら、何時に無く深刻な口ぶり。
(ノーと言えない日本人(^^;である私は、待ち合わせをする為、彼の指定する某ファミリーレストランに、早朝にも関わらず、わざわざ出向いて行ったのである。

寝ぼけていたせいか、ドジな私は、時間を間違え、約束の時間よりも、三十分も早く着いてしまったのだ。

ハデハデ茶髪の男性店員に、カプチーノと、ケーキを注文し、単行本を目で追っている内、睡魔が襲ってきた私は、つかの間ではあるが、つい、居眠りをしてしまったらしい。

そして、何時もの癖で、目覚めしな、ついつい大きな一発を、かもし出した訳である。

(聞こえちゃった・・・・・・?・・・か・し・ら・・・・・・( ̄_ ̄ i) タラー・・・)

幸い、平日の早朝だったせいか、ファミレスに、客はまばらだったが、早朝向けの静かな音楽の中、まさか、聞こえないワケが無い・・・・・・。

私は恐る恐る、辺りを見回した。

私を凝視する者・・・・・・。

慌てて視線を逸らす者・・・・・・。

ハデハデ茶髪の店員は、下を向いて唇を噛みしめ、肩を揺らしながら、何かと必死に戦っている様子だった・・・・・・。

明らかに、恐れていた事態で有る事は確かだった・・・・・・。

私は闇雲に、伝票を鷲掴みにすると、茶髪の店員に「お、お釣りはいいから(^^;」と、千円札を押し付けて、逃げるようにその店を後にしたのだった。

その晩、案の定、店にやって来た(K)は、「マキ姐、待ってたのに何で来てくれなかったんだよぅ」と、ブゥーブゥーで、私を責めた。

「あぁ・・・、あの、実は、チョ・・・、チョット急用が出来ちゃって・・・・・・。あはは・・・。ごめん、ごめん。電話しようかと思ったんだけど、携帯、店に忘れちゃったらしくて、番号、解かんなかった物だから・・・・・・」と、私は苦しい言い訳に冷や汗をかいた。

「で、一体、用事は何だったのよ?」

気を取り直して、そう聞く私に、彼は、重い口を開き出した。

「うん、実は、直美(妹)の事なんだけど・・・・・・チョット気がかりな事が有って・・・・・・」

彼の妹は、まだ高校生の筈である。彼は大変、妹と仲良しで、彼の妹思い振りは、仲間内でも有名である。

「ふむふむ・・・、で、直美ちゃんが、どうかしたの?」

「直美の友達に聞いたんだけど・・・、実は今朝、マキ姐と待ち合わせをしてたファミレスに、付き合い始めたばかりの彼氏が勤めてるらしいんだよ・・・・・・。でも、友達に言わせると、そいつ、ド派手な茶髪で、かなりの遊び人らしく、評判が今イチなのさ。・・・で、マキ姐なら、先見の目がありそうだし、どんな奴だか一緒に観察してもらおうかと思ってさ・・・・・・。ねぇ・・・、今晩店が終わったら、チョットだけ付き合ってよ」

(∇ ̄;;; ゲゲゲのゲ!

私は、思わず、飲みかけの水割りグラスを、落としてしまった。










2002年07月25日(木)
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■ エッセイ集【私をそそる者達】より〜 友達


友達

 

 友達と言うものは、真にありがたいものだ。

ずっと疎遠になっていても、いつ何時現れて、又、どんな風に繋がっていくか、どんな風に助けになってくれるか、計り知れないのが、友達の楽しさ、不思議さでもある。

私は、経済的な理由からしても、本来の、怠慢さからしても、決して、自分から出向いてマメに友人たちとのコミュニケーションを図ろうとしている訳ではない。
自分の方からは、めったに誘わない。いえいえ、誘いたくても誘えないのが内情。(苦笑)

ニモカカワラズ、友達は、私を見捨てないでくれている。皆、内情を知ってる為、私に会いたくなると、向こうから、お呼びを掛けてくれるのだ。(申し訳ない・・・)(^^;

だから、友達から誘いがあれば、尾っぽを振って付いて行く。(情けなっ・・・!)

女だてらに、結構飲めるので、特に、飲み友達は多い。

 つい先日、私の古くからの親友で、ナイトラウンジを営んでいる(T)から久々に呼び出され、彼女に、店の『チーママ』敵役割を担ってくれないか・・・・・・? との相談を受けた。

「え〜っ? こんなババァにかぁ? 客逃げるぞ!」

 ま、元々私は、三十人ほど収容出来るような洋風居酒屋を、長年にわたり経営していた事もあり、一応その道の、プロではある。

が、しかし、彼女の店と、私の店とは、チト様子が違う・・・・・・。

 私が経営していた店は、若者向けの、今で言う、『カフェバー』の、走りのような店だった。

飲んだり食べたりしながら、カラオケも歌えて、ピアノが置いてある為、時たま、Jazzやシャンソンのライブ等のイベントも行っているような、小(こ)洒落(じゃれ)てはいるけど安くて気軽な店だったのだ。
スタッフもジーンズだろうが、モンペ(?)だろうが、良かったのである。

 一方、(T)の店は、カワユ〜イお姉ちゃんが、隣に座り、「ハイ、お口、あぁ〜ん!」等の接客をしてくれる、いわゆる、クラブに近い、高級スナックだ。

『う〜ん・・・・・・デモ・・・自信ないなぁ〜』

 私は迷いに迷った。

 彼女の話では、昼間のパートより、時間が短い割には、全然時給も良いし、体力的にも楽でしょうが・・・・・・、との事である。

『う〜ん・・・・・・デモさぁ〜』

貴女には、沢山のお客も付いている事だし、料理も上手いし、(これは、社交辞令?)もし、貴女のお客がくれば、売上の何パーセントか、バックしてあげるわよ、とも言う。

『う〜ん・・・・・・まぁねぇ』

極め付きに。

「貧乏から、開放されたくないの?」

とも・・・・・・。

『う〜ん・・・』

 と、もう一度悩むフリをして、私は即座に、OKを出した。(爆笑)

取り敢えずは、昼間のパートをすぐに抜ける訳にも行かないので、次のパート社員が見つかるまでは、夜の十時半くらいまで、様子伺いで手伝う、と言う事で、彼女も納得してくれた。

 ただ、だ・・・・・・、問題なのは、今まで、三千円くらいで飲み食べ出来ていた私の店の若い客達が、その倍以上は取られてしまうような、高級な店に、果たして来てくれる物だろうか? と言う不安が有った。チーママと名がつく以上は、少しくらい客が呼べなくては、サマにならない。

が、蓋を開いてみれば、なんのその・・・・・・、やっぱ男は、スケベェなもので、(失礼!)カワユ〜イお姉ちゃんたちには、めっぽう弱いものなのですなぁ〜。

 『なぁ〜んだ、結構来てくれるもんじゃんかぁ〜。この、ドスケベどもが〜』
(≧▽≦)うひゃひゃひゃひゃ!!!

 そんな具合で、昼間の仕事場にも、新しいパートが無事に見つかり、つい先日から、夜一本。晴れてチーママになった訳です。

 やはり、私は、根っからの深夜族なのか、この手の店では、水を得た魚のように(?)イキイキとしてくるんですねぇ・・・、コレガ。

 得意な料理の腕前も振う事が出来るし。大好きな歌も歌えるし・・・・・・。

私の店の客達も、私との再会を望んでいたらしく、『そうだよ〜。早くこういう場所を持って欲しかったんだよなぁ〜。婦人服売り場じゃ、俺たち行ってもしょうがないし・・・、やっぱ、マキ姐ぇは〜、こういう雰囲気じゃなきゃ・・』と、大喜び。

          嬉しい・・・・・・。本当に、嬉しい。

 (T)には申し訳ないが、(T)の店を借りながら、私の店を再オープンさせてもらったような気分である。

最も、愛しい店をたたんだのも、道路拡張で、已む無く立ち退きになったからだ。

 他所での出店も考えたが、異次元から現れた幻のBARのように、アノ、奥まった場所に存在する、アノ、レトロっぽい、アノ、何とも言いがたい雰囲気が私は大好きだったのだ。
僅かの立ち退き料では、私が望む店作りは無理に等しい・・・。
場所や、店の雰囲気を換えてまで、店をやり続けていく自身も気力も無かった。

 そして、運良く(?)立ち退きになった直後、私は子宮癌になってしまったのだから、これで良かったのかも知れない。(^^;

 その後、一年半程、静養しつつ、のんびりと暮らしていたのだが、これは余談だが、その頃にPCを買い求め、初めて文章なるものを打ち始めたのだった。
やがて、貯金も底を突きはじめ、それでブティックのパートに出るようになったのだ。

 接客業は好きなのだが、やはり私は、夜の雰囲気が合っている。
客達とのリラックスしたコミュニケーションが持ちたかった。
昼間のパートでは、何時も何処かに物足りなさを感じていた。

 こうして、再び夜の世界に返り咲いたのも、再び私の仲間達と、楽しい時間を持てるようになったのも、(T)が声を掛けてくれたからである。

 本当に友達とは、何時なんどき現れて、どんな世界を与えてくれるか計り知れない。
だから友達は、大切に付き合いたい。

(T)に感謝感謝である。

                       by マキュキュ


※ このエッセイは、今年の4月に書いたものです。




2002年07月24日(水)
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■ エッセイ集【私をそそる者達】より〜 盲導犬


【盲導犬 】

私は、大・大・大・だぁ〜〜〜〜〜い、の、動物好きだ。

犬や猫はモチロン。何しろ、大人の人間以外の動物は、何でも皆、可愛いと思う。(謎)

物を言えない分、彼らは色々な形で、感情を訴える。例えば、耳や、目や、舌。尻尾や、鳴き声などを、さまざまに使い分けて、その喜怒哀楽を何の装飾も無く、思いのまま表現する。そんな所が、動物の健気な所でもある。

わざと意地悪をしてみた時などに、あの、何ともいえない、恨めしげで、落胆的な上目遣いなどで見詰められたりすると、もう〜、可愛くて可愛くて、そのまま食っちまいたくなる〜っ!! 【←危険!?】


そこで、今日は、何気にか、時々出会うことのある、盲導犬のお話をさせていただこう。



私のパート先は松本の駅前なのだが、怠慢な私は、家からたった十数分のところに在るバス停まで歩くのが億劫で、軽の愛車でパート先に通っている。

但し、駐車場を月決めで借りると、何と、一月、二万円もするのだ。二万円も駐車場に掛けていたのでは、何の為に、安いパート代を稼いでいるのか解らなくなるので、私は、制限付きの駐車場を借りている。

制限付きとは、平日のみという奴だ。

元々日曜日は、パートが休みだし、そちらの契約だと、半分の一万円である。

そんな訳で、土曜と、祭日は、バスで通っているのだが、帰りのバスの中で、時々、若い女性に連れられた、盲導犬が乗り込んでくる事がある。

私はその犬と遇えるのが、唯一、バス通いでの愉しみの一つなのだ。

私が乗り込む路線は、赤字路線(又々失礼)らしく、何時も数えるほどしか乗客がいないので、私は、あえて前の方に座り、(彼女と犬の座る場所に合わせて)その犬が乗り遇わせる事を、毎回、密かに心待ちしてるのだ。

偶さか、彼女と犬が乗り込んでくると。

(あっ、今日も会えた!)

と、嬉しくて仕方が無い。

盲導犬の首輪には、その犬の名前、『カレン』(仮名)と共に、(勤務中なので、私に触らないでね)という、注意書きが書かれている。

しかし、私は、ついつい嬉しくなって、彼女に内緒で、ひと撫で、ふた撫でしてしまう。

カレンも段々、私を顔見知りと認めてくれているのか、愛想良く尻尾を振って、ひとナメ、ふたナメしてくれるのである。(クスッ!)

カレンは、バスが揺れようが、急停車しようが、必ず彼女を守るように、彼女の脇に、じっと寄り添っている。

(偉いなぁ〜。賢いなぁ〜。頼もしいなぁ〜)

私は、いつも感心するのみだ。

一方、彼女は、何時も大抵は、小さな声で、歌を口ずさんでいるのだが、それが又、とても上手なのだ。

何処かのカルチャーセンターで、コーラスか何かを習っていて、その帰りなのかも知れない。(想像)

彼女達は、ほんの3つ先のバス停で、何時も降りてしまうのだが、彼女はカレンを労わり、カレンは彼女を労わりながら、楽しそうに家路(?)に向う姿を、微笑ましい気分でバスの中から見送る私なのだ。

二人(?)の仲が、とても信頼し合った、良い相互関係に成り立っている事が良くわかる。



しかし、或るパチンコ屋で、やはり、盲導犬を連れて、良く遊びに来ている男性客を、過去、五〜六度見掛けた事がある。

視覚障害を持った人は、他の感覚が研ぎ澄まされているせいか、通り様見てみると、彼は何時も、ドル箱を山済みしている事が多い。【←羨ましい限りだ】

或る日丁度、彼等の隣が空いていて、私は、(ラッキー! 犬を撫でられるかも・・・)とばかり、そこに座ってみたのだが、何とも、時間が経つにつれ、その犬が哀れになってしまって、もう、パチンコどころではなくなってしまったやるせない想い出が有る。

その犬は、イスとパチンコ台との、ほんの僅かな隙間に大きな身体を横たえ、じっと我慢をしているのだが、少しでも動いたりすると、何と、飼い主が足で蹴飛ばしているのであ。

(あっ! 何てことすんのよ・・・・・・)

ふと見ると、今日も彼は、沢山のドル箱を積んでいる。

あぁ・・・、この犬は、一体、何時間の間、こんな体制のまま、ここに座り続けているのだろう・・・・・・。

きっと、彼が愉しんでいる間中、水も飲めず、トイレも出来ず、このヤニだらけの、喧騒の中で、ずっと我慢をしているのだろう。彼が満足して、打つのを辞めるまで、じっとこの体制を保ち続けなければ、又、叱られたり、蹴られたりするのだろう。

その犬は、哀しげに私の顔を見ると、同情を乞うように、上目づかいで溜息を吐いた。

(可哀相・・・だ・・・・・・ね・・・・・・)

 私は見ているのも辛くなり、滲み出てきた涙を拭くと、居た溜まれずにパチンコ屋を後にした。

(決して障害者の人全てが、善良で健気な訳では無いのだ・・・・・・)

私の中に、この時初めて、そんな意識が生まれた。

別に、盲導犬を連れてパチンコをするな! と、言ってる訳では無い。勿論、障害者の方が、いろいろな愉しみを持つのは良い事である。

でも・・・、でも、だ! なにも、蹴っ飛ばさなくたっていいだろうがぁ〜!!

自分の命綱になってくれている盲導犬に対する、尊敬と感謝の気持ちを失い、あんな酷い仕打ちをしている身勝手な彼に、私は、強い憤りを感じざるを得なかった。

彼のような自分本位な人間に、一生懸命使えている盲導犬は、とても不憫である。

私は、彼の(盲導犬)鎖を切って、今直ぐ、解き放してやりたくなった・・・・・・。

後々の、噂によると、『彼らはほぼ毎日のように、どこかのパチンコ屋に居るらしい』との事。



(何で、パチンコしながら、私が泣かなぁ〜アカンのよ! まったく、もぅ・・・・・・)



バスの中の『カレン』と、パチンコ屋の彼(盲導犬)とでは、多分、盲導犬としての、尊厳も、幸福度も、全く違うと思う。

私がそれ以来、暫くの間、パチンコ通いをピタリと止めたのは、視覚障害者の彼が、山ほどのドル箱を積んでいて、私が一万円ものお金を、気もそぞろの内に、スッテしまったからでは、決してないのだ。

                   by マキュキュ


※ このエッセイは今年の4月に書いたものです。


2002年07月23日(火)
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■ エッセイ集【私をそそる者達】より〜 母のテレフォンカード(後編)


  母のテレフォンカード(�供�



数年後、中野に一人残してきた母が、気掛かりになり、『お父さん』の許可も得て、母も松本に呼び寄せ、夫と、義母と、(夫も母子家庭に育った為)母との、不自然な四人の生活が始ったのだ。

やがて、共働きで頑張り、松本市の郊外に、家も新築し、全ては順調に運んでいた。

しかし、突然、最大級の不幸が訪れたのだ。

私が身篭ると共に、収入が激減し、私が出産を間近に控えた頃、夫は女性を作り、多額の未返済を残したまま、自分の母親を連れ、その女性と逃げてしまったのだ。

結局、『テッチ(息子)』を産んで間もなく、悲惨な形で離婚をし、折角、建てた家も、手放さざるを得なかった。

母と、テッチを連れ、路頭に迷うわけにも行かず、一先ず、不本意ながらも、産まれたばかりのテッチを乳児院に預け、私と母は、住居を借り直し、それぞれに仕事を見つけ、再出発をしたのである。

私には、家を処分した時の、差額の借金が沢山残ってしまった為、よそで働き、母は母で、伯母からお金を借り、松本に小さなカウンターだけの店を持った。

その店も、東京の店と同様、若い客達で、毎晩盛り上がっていた。

私には厳しくとも、他人には、事の他、話の分かる母は、学生達や、少々毛色の変わった(?)愉快な客達に囲まれ、愛煙していたセブンスターを燻らせながら、何時でもコーヒーを片手に、在る時は、人生相談に乗り、在る時は、カラオケで歌い、在る時は、快活なジョークを飛ばし、楽しそうに店を切り盛りしていた。

私は私で、昼は保険の外交、夜はレストランパブで働き、パブが終ると、母の店も手伝い、一日も早く、テッチを引き取る為、賢明に働いていた。

二年が経ち、ようやくテッチを、乳児院から引き取り、母と、私と、テッチとの新たな生活が始った。

更に数年後、兼ねてからの私の夢でも有った、ちょっと小(こ)洒落(じゃれ)た、二十坪程の『洋風居酒屋』を、私自身で経営出来る事となり、母と、テッチと、私は、やっと現実となった夢に、三人で抱き合って喜んだのであった。

ピアノを置き、ジャズや、シャンソンの小ライブも出来るその店を、私は『ジャニス』(仮名)と名付け、幾人かのアルバイトも使い、順調な好スタートを切ったのだ。

しかし、それもつかの間・・・・・・。

私の店がオープンしてから、僅か一ヵ月後、母は、重い子宮癌に掛かって居たのだ。

病院嫌いだった母を、何とか説得し、病院に連れて行った時は、もう、すでに手遅れ状態だった。

これから、っていう時なのに・・・・・。

やっと、ここまで二人で頑張って来たというのに・・・・・・。

私は、パニックに陥った。

店は開店したばかりで、大忙しだったし、テッチはまだ、小学校に入学したばかり。

身内は全て東京で、誰の手を借りるわけにも行かない。

仕方なく、泊り込みで来てくれるオバサンを雇い、私の留守中、彼女にテッチを見てもらいながら、母に手術を受けさせ、店の切り盛りと、テッチの世話と、食道楽だった母への料理作り等、母の世話と、へとへとになりながらも、何とかこなしていた。

それでも母は、何度か元気を取り戻し、小さな旅行などにも連れて行った。母は、結構楽しみながらも四年にわたる闘病の末、平成三年の二月、多くの親族が見守る中、大学病院の一室で、穏やかにそっと息絶えたのだ。



でも、私に後悔は無い。

なぜならば、母は、亡くなる直前、枯れ枝のような、か細い手で、孫(テッチ)と、私の顔や頭を、交互になでくり回しながら、「アリガトウネ・・・。テッチの事や、店の事で忙しいのに、本当にアンタは、よくやってくれたよね・・・・・・。しょっちゅう喧嘩ばかりして来たけれど、アンタは最期に、ちゃんと私に親孝行してくれたからね? 感謝してるぞ? 後はしっかりテッチの事、めんどうるのよ。ガンバレ、ガンバレ・・・・・・」そう言って、ブイサインを送ってくれた・・・・・・。

在る意味、好き勝手に生き、好き勝手に病気になり、好き勝手に死んでしまった、わがままだった母・・・・・。

大好きな人間達に囲まれ、奔放に生き抜いた母は、贅沢で、洒落た生活は最期まで与えられはしなかったけれど、多分、とても幸せだった気がする。



母はとても、ダンスや歌が上手かった。

母の歌うジャズや、シャンソンや、ポップスは、多くの年齢層の客達を魅了し、松本での母は、一寸した、『アイドルおばちゃん』だった。

若者達に混ざって、サザンオールスターズの、『オー、ミス、ブランニューデイ』を熱唱していた母の姿が、今も鮮明に目に浮かぶ。

母が経営していた店も、私の店も、今はもう、取り壊され、跡形も無い。

懐かしき、良き想い出が残るばかりだ。

あれから、十二年が経ち、孫のテッチも、今年成人式を迎えた。

やはり、私と同じ頃に親(私)に反抗し、今は喧嘩友達のような気楽な存在である。



 私も、三年前、母と同じ癌に掛かった。

親子って、不思議。

結局は、何だかんだ言っても、母と同じ運命を辿っているんだなぁ・・・・・・。

つくづく、そう思う。



テッチがまだ幼稚園の頃、テッチと、母と私の三人で、松本城に良く桜を見に行った。

私は缶ビール、母は缶コーヒー、テッチはオレンジジュースで、乾杯をした。

桜が大好きだった母の、一番好きだった季節が今年もやって来たのだ。

この季節になると、とても母が恋しくなる。



サテ・・・、今日あたり、フゥーリィーが帰って来たら、ワインの一本もぶら下げて、松本城に、夜桜見物にでも行こうかなぁ。

母のテレカと、母が好きだったコーヒーも持って、母にも桜を見せてあげよう。

母のテレカで、天国に電話を掛けてみたら、もしかして、母の声が聞けるかも知れない。

そうしたら、きっと母は、こう言うだろう。

「あんた、いい加減にしなさいよ!

いい年こいて、いつまで、そんな自堕落な生き方をしてるつもりなのよ」・・・・・・と。


                      by マキュキュ

※ このエッセイは今年の4月に書いたものです。


2002年07月22日(月)
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■ エッセイ集【私をそそる者達】より〜 母のテレフォンカード【前編】


母のテレフォンカード(前編)



今、松本は、まさに桜が満開である。

ポカポカ陽気に恵まれた今日、私は、家の近所を散歩中、チョイと拝借して来た桜の小枝を、仏壇に供え、「仏様達、放っとけ様にしっぱなしで、ごめんね?」と、心の中で詫びつつ、手を合わせたのだった。

フ、と思い、私は引き出しに手を掛ける。

仏壇の引き出しの中には、多分、今後も、決して使われる事は無いだろう・・・、と思われる、一枚のテレフォンカードが入っているのだ。

そのカードには、「昌子ちゃんを忘れないでね・・・・・・」そんな台詞と共に、コーヒーカップを前に、セブンスターを燻らせながら微笑んでる、母の遺影が写っている。

母の追悼パーティーの時、皆様にお配りした物だ。

コーヒーとタバコが、大好きだった母の、(私は、プラス、飲んベエだが)最も、母らしい、遺影である。

もう、十二年か・・・、早いもんだなぁ―。

私は、そのカードを手に取ると、しばし、母との想い出に戯れた。



私の母は、若い頃、女優をしていた。

私の記憶では確か、私が幼稚園にあがる頃まで、テレビに出ていたような気がする。と言っても、女優とは名ばかりで、一本の準レギュラー(NHKドラマ)の他には、これと言って仕事もなく、副業で、銀座で雇われマダムをしながら、一家五人(祖母・曾祖母・私・父・母)の生活を支えていたのだ。

母は、美人で、、勝ち気で、口うるさく、それでも、結構、チャランポランで、跳んでるところも有った。

やはり、全く売れない、喜劇俳優だった父は、ストリップ劇場の前座コントや、怪しげな小劇場で芝居をする傍ら、得意な料理をいかし、飲食関係のバイトもしていた。

父は、寂しがりやで、飲んべぇで、とてもユーモラスな人間味溢れた人だった。しかし、ギャラを貰っては、家には入れず、ほとんど仲間達に奢りまくってしまうような、そんな、バカが付くほどの、お人好しでも有った。

オマケニ、大の女好きと来ているから、母も堪ったものではない。

そんな理由からか、負けん気の強かった母は、ほとほと父に呆れ果て、幼い私を連れて、家を飛び出てしまったのである。

(どうしようも無いけど、憎めない・・・・・・)

そんな父が、私は大好きだったのに・・・。

「どっちについて行くの?」と、残酷な選択を迫られ、大好きだった父と母との間で板ばさみになり、幼心にも、私は随分と、辛い思いをした物だ。

今思えば、母の言い分は最もな話だが(離婚理由について)一時期、父を見限った母を、強く恨んだ事がある。

やがて、母にも愛人が出来、私は何時しか、不本意ながらも、その人を、『お父さん』と呼ばされるようになり、それを理由に反発し、思春期に入った頃、私は、お定まりの、(生真面目で、優しい)不良少女になった。

最も、その『お父さん』と言う人も、中々の良い人で、私も年月がたつに連れ、段々と打ち解けるようにはなった。が、『お父さん』には、本妻が居た為、母は日陰の身のまま、母が亡くなるまでの二十年数年間、二人の関係はずっと続いていたのだ。

サテ、話は前後するが、私が生真面目な不良少女だった頃。母は、東京、中野の、川島商店街と言う場所で、若もの相手のスナック喫茶(住居付き店舗)を経営していた。

母の店は、結構繁盛していて、仕事に追われ、忙しがっている母の目を盗んでは、私は裏口から、コッソリと抜け出しては、華の新宿で、仲間達と遊びまくっていた。

あの頃の新宿は、ヒッピー族やら、フーテン族(区別は、いまだに解らないが)が溢れかえっていて、街中がサイケデリック一色だった。

十六・七から、ゴーゴー喫茶(古っ!)や、深夜喫茶に入り浸っては、踊り狂い、ヒッピー仲間達と、音楽や詩について語り明かしたり、恋をしたり・・・・・・。と、そんな毎日が、楽しくて楽しくて、仕方なかったのだ。

そんな不良娘を、いくら跳んでる母親とはいえども、何時までも放たらかして置く訳も無く、辛辣な母は、私に向って、ダラダラと、辛口の説教をし始めたのだ。

「あんた、いい加減にしなさいよ! 女の子の癖に何時まで、そんな自堕落な生き方をしてるつもりなのよ」

「あんた、いい加減にしなさいよ!」は、母の口癖でもある。

反抗期真っ盛りの私は、母と大喧嘩になり、川島商店街のど真ん中で、人目も憚らず、殴り合いになった事も在る。(爆笑)

やがて私は結婚し、理由あって、母を中野に残し、松本に移り住んだのだ。



                    (―次回に続く―)


※ このエッセイは、今年の4月に書いたものです。




2002年07月21日(日)
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■ エッセイ集【私をそそる者達】より〜 納豆


納豆



私は、無類の納豆好きである。

随分と安上がりで、色気もそっけも無い女だと思われるだろうが、そんな事、一向にお構いなし。(アッカンベーだ!) 

納豆に恋してる、と言っても、言い過ぎでは無い。

亭主に飽きる事は有っても、納豆は飽きた事がない。(爆笑)

今まで、色々な納豆料理を試してみた。

納豆入りオムレツ(ネバタマ)。納豆入りチャーハン(ネェー、バーチャン)。納豆、ネギトロ、山芋、いかそうめん、いくら、生うに、オオバの千切り等を、大皿に奇麗に盛り付け、大き目に切った海苔の上に適当に取り分け、わさび醤油を降り掛け、巻いて食する、(でも、納豆が主役巻き)。

その他、納豆のゲンコツ揚げ、納豆とカツオの冷製スパゲティー。稲荷納豆。等々、ありとあらゆる納豆料理を試してみた。

どれもこれも、皆美味しく、それなりに愉しめるし、料理によっては、ひきわりから超大粒まで、色々な納豆を使い分ける術も、私なりに学んだ。が、しかし・・・・・・だ。

到達したのはやはり、ひきわり納豆を、そのままポイッ! と、小鉢に入れ、「えーい、これでもかっ!」って言うぐらい、親のカタキのようにこねくり回す。

目安は、ニョグニョグ・・・、と言う、水っぽい音から、ガラガラ・・・という、乾いた音になれば占めたもの。

そこに、卵黄のみと、脳天が痒くなる程の、たっぷりの辛子を入れ、又もや、こねくり回す。そこで、ようやく、微量の化学調味量と、醤油を入れ、駄目押しの如く、こねくり回しにもう少々を費やす。

最期に多めの刻みネギ(決して水にさらしてはなりませぬ)を入れ、仕上げのこねくり回しにもう一分。

いい加減、手首が、タルークなって来た所で、ハイ、出来上がり。

(うんうん、惚れ惚れするほど芸術的・・・。納豆ごときに、十分は掛けたぞ・・・・・・)

この想いが、よけいに、食欲をそそる。

これをアツアツのご飯に、たぁーっぷりとぶっ掛けて、刻み海苔をちらしながら食べるのが、至福の一瞬。

付録に、チョイ古漬気味の、ぬか漬けキュウリが十切れ、それに、豆腐とネギと、油揚げの味噌汁さえあれば、もう、言う事なし。



サテ・・・、先日、付き合いはまだ浅いが、若くて、超美人で、裕福で、良妻(子供は居ないので、賢母ではないが)を絵に描いたような新婚家庭(顧客)に、届け物をした際、「何も無いけど、お昼をご一緒にいかが?」と、誘われてしまったのだ。

勿論、遠慮はしたのだが、「一人で食べるのは寂しいから、ねっ? お願いよ!」と、眼も潤ませんばかりに誘うので、私は、ずうずうしくも、ご好意に甘えさせていただく事にした。

(さぞかし、お洒落なサラダと、パスタでも出て来る事だろうなぁー)

そう、想像を廻らせた時、松島奈々子風の、容貌を持った彼女が、「ねぇ? 納豆は食べられて?」と、聞くので、思わず嬉しくなり、「もちろん! 私、納豆キチガイなの!」と答えると、彼女は、満面の笑みを浮かべ、さっそく納豆作りに取り掛かろうとした。

「私も何か手伝います」と、並んで台所に立ち、フライパン等の洗い物を手伝いながら、見るともなく彼女の納豆作りを横目でチラリ。

彼女が冷蔵庫から取り出した納豆は、藁に包まれた、水戸産の本場ものだった。

(ヤリィ!)
私は、わくわくし、洗い物をする手付きも、心なしか弾んでいた。

すると、何と彼女は、小鉢に納豆を入れたかと思うと、かき回す暇もなく、ネギも、からしも、はたまた、醤油までもを一気に入れ、それだけならまだしも、愕いたのは、生卵を白身ごと割入れたのだ。

(ゲッ! 嘘だろっ!)私は目を疑った。

そこでようやく、彼女は納豆をかき回し始めたのだ。

「この納豆、わざわざ、主人の伯母が、水戸から送って来てくれるのぉ〜。とっても美味しいのよぉ〜」彼女は、妖艶な笑みで語る。

「エッ・・・、そぉ・・・お・・・・・・?」
ずるずると、だらしなく間延びし、粒さえ、ほぐれ切れていない納豆を見た瞬間、味の想像が付き、私は恐怖心に駆られた。

案の定、それは、とても納豆と呼べる代物ではなく、私は込み上げる物に涙ぐみそうになりながら、重い箸を運んだ。しかも、納豆以外のその日のおかずは、ジャガイモと、玉ねぎの味噌汁。(これはまぁ、良い)シーフードのサラダ。ポテトのチーズ焼き。トマトオムレツである。

(ナンダイ! この取り合わせは、エッ?

少しはバランス、っーもんを考えろよ!)

そんな気持ちを、下隠しにして、一通り箸を付けて見る。が、やはり、どの料理を食べても、何とも、間の抜けた味。

こんなに美人なのに、イマイチ、センスの無さが勿体無い・・・・・。

そんな事を考えていると、駄目押しに、彼女が言った。

「ねぇ? さっき、納豆キチガイっておっしゃったわね? さぁさぁ、いいから、私の分も掛けちゃってください。ウフフフフ・・・」

(ぎょえーっ!)



私は、この日ほど、親愛なる納豆が不憫に思えた事はない。

私に作らせてくれたら、彼女は二八歳にして、やっと本当の納豆のウマサを知る事となるのに・・・・・・。そう思うと、残念でならない。

彼女の旦那様は毎日、さぞかし、歯がゆい思いをしている事だろう、と、心から同情した。

でも・・・・・。

(ま、いいか。あれほどの美人だもん。許されるわなぁー。何かが良けりゃ、何かが悪いのも、又、人間らしくてカワユイか・・・・・・)

と、一人納得する私であった。

「ババァでも、不細工でも、貧乏でも、こんな料理上手な女房と暮らせるおめぇは、幸せ物なんだぞ! 感謝しろ、えっ? フゥーリィーよ!」そんな独り言を呟きながら、ハンドルも軽やかに、帰路に急ぐ私であった。

                       byマキュキュ


※ このエッセイは、私がブティック勤めをしていた頃に書いたものです。




2002年07月20日(土)
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■ エッセイ集【私をそそる者達】より〜 地震ノイローゼ


     地震ノイローゼ



私は極度の、地震恐怖症だ。

本当に、地震・雷・火事・オヤジ・の順に弱い。

今まで、地震に遇った中で、最も大きな震度は、多分三ぐらいだったと思う。そう、大した地震の経験は無い。にも関わらず、何故こんなにも地震が怖いのだろう。

東京に住んでいた頃は、結構頻繁に起きていた地震も、信州に移り住んでからは、数えるくらいしか無い。

しかし、最近、日本のあちらこちらで、地震が多発している。今日とて、沖縄で地震が有ったとニュースで言っていた。

ニュースに寄ると、震源地は、台湾だそうで、震度6とか言っていた。

震度1〜2ぐらいでも、ギャーギャーものの私は、もしも、そんな地震が起きたら、その場で、ショック死してしまうかも知れない。

先日、私が勤めているスーパーで、地震の為の避難訓練が行われ、私がテナントの代表で参加したのだが、その時、消防署の人が、こんな不吉な事を言っていた。

「この辺は、いくつかのプレートに囲まれていて、今や、爆発寸前の所にきている。周期的に見ても、断層のズレから見ても、今ここで大地震が起きても、不思議では無い位なのです」

そして、追い討ちを書けるように、つい最近、仲の良い友達と食事の最中、その友達にも同じような事を言われ、しばし、深刻な地震談義となった。

(以下、誰の台詞か解りにくいと思うので、脚本風に書きます)



友人 「ねぇねぇ、マキュキュ。昨夜のニュース見た?」

私 「いんや?」

友人 「ここ三年以内に、必ずと言ってもいい程の確率で、阪神淡路大震災と同規模か、それ以上の地震がこの松本辺りを襲うんだって、ちゃんとしたニュース番組で言ってたのよ」

私 「ぎょえーっ! 本当?」

友人 「うん・・・・・・、しかも、三年間の内で、今年が一番やばいらしい。」

私 「ぎょえーっ! 本当?」 

友人 「うん、だって、ちゃんとしたニュース番組で言ってたんだもん、嘘って事はないっしょ・・・」

 ちゃんとしたニュース番組と、ちゃんとしてないニュース番組があるのかどうかは知らないが、そうだとしたら、大変なことである。

ともかく松本はやばいらしい。

どうしよう・・・・・・。

私 「お米買う金にすら、困ってるって言うのに、何処かに引っ越す金などあるわけも無いし・・・・・・」

友人 「ま、死ぬ時は皆一緒だもん、いいじゃん」

何が、『いいじゃん』だぁー。

地震という物は、いつ何時起こるか解らないから怖い。

「ハイ、今から揺れますよー」と言う予告さえあれば、まだ親切なのに・・・・・。

心の準備も、身だしなみの準備も出来ないまま来るのだぞ。

夫や、ミュウー(飼い猫)と、離れてる時に起こったらどうしよう。仮に、我家で寝ている間だとしても、私の寝室の脇は、道一本隔てて直ぐ山である。土砂崩れで、私だけ埋まってしまうかも知れない。

阪神大震災は、確か、真冬の真っ只中、しかも、真夜中に起きたのだ。あの寒空に、パジャマ一枚で、放り出された人も、さぞや大勢いた事だろう。



友人との会話は、大地震が起きた時、どんな人が一番可哀相か・・・・・・と言う話に発展しつつ、更に続く。

友人 「ビルの窓拭きや、高い所で仕事してたら怖いだろうねぇー」

私 「うんうん、エレベーターの中も、危ないんでしょう?」

友人 「そうそう。特に、大嫌いな人と、二人だけで乗り合わせてたりしたら、最悪!」

私 「うんうん、私良く、大嫌いな人と乗り合わせる〜」

友人 「食前か食後かによっても、生存率はかなり違ってくるでしょうね」

私 「うんうん、『いただきまぁーす』って時にグラッと来たら、可哀相。せめて食べた後じゃなきゃ・・・・・・」

友人 「うんうん、お腹一杯になった後なら、例え長い時間閉じ込められてても、助かる見込みはあるもんね」

私 「ネェ・・・、大地震が起きた時、たまたまトイレで大きい方してた人って、『運のツキ』とは言うけれど、本当にミジメだよねぇ」

友人 「そうだよねぇ。しかも、ふんばってる途中で、トイレの下敷きになったりしたらすごい悲惨じゃん。あんなカッコウのまま、拭く暇も無いまんまで潰されるんだよ?」

私 「そうだねぇ。なまじ救出されたくないわねぇ・・・・・・」

私 「そんなこと言ったら、お風呂入ってる時も、ミジメだろうねぇ」

友人 「うんうん・・・・・・」

私 「Hしてる最中ってのも、悲惨」

友人 「ショックで、膣痙攣起こしたりして・・・・・。お互いに死んじゃえれば、天国にイッタまま天国に逝ける訳だけどね・・・」

私 「でも、助かったりしたら、あのままの格好で運ばれる訳でしょう?」

と、地震自体の話は何処へやら、話は下ネタ一直線。真昼間とはいえ、女同士の会話なんて、こんな、えげつないものである。

ある本に書いてあったが、地震が何故怖いのかというと、揺れた瞬間、大体の人は、「今よりも、もっと揺れが酷く、大きくなる」と、思い込んで、パニックを引き起こすらしい。その自己暗示が、更に恐怖心を煽るのだと言う。

地震という物は、最初の揺れが一番大きいのが普通であって、それより大きくなる事は滅多に無いものらしい。だから、(この揺れが高々、一分間ほど続くだけさ)そう思えば、然程怖くは無い。と、書いてあった。が、本当だろうか・・・・・・?

どちらにしても、地震は怖い。

出来れば、何処かに引っ越したい。

だから、地震に当る前に、宝くじを当てるのだ。


【注】 このエッセイ集は、私がブティック勤めをしていた頃に書いたものです。






2002年07月19日(金)
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■ 【ショートストーリー】或る女の一週間 


月曜日・・・ 

女は新しい朝を迎え この一週間こそ ステキな出逢いが訪れるよう 神に祈った

女はいそいそと町に出掛け 洒落た喫茶店で 落としたてのモーニングコーヒーを飲んだ

女は新しいドレスを買い 新しい本を買い 大好きなアネモネの花を 山ほど買い込んだ



火曜日・・・

女はアネモネの蕾にそっと口付けをし 期待に膨らんだ胸を撫で下ろした

「さぁ 昨日のドレスを着て 町に出掛けてみるわ うんとお化粧にも力を入れたから 5歳は若返ったかしら?」

女はにっこりと微笑むと ときめきながら出掛けて行った



水曜日・・・

女は一人の男を家に招待した   男は部屋に入ると 優しい声でこう呟いた

「なんて不思議な花だろう・・・ アネモネっていうの? この花は 何処となく君に似ているね 花びらの可憐さとは裏腹に、花芯は神秘的なほど艶かしい・・・・・・」

女は 頬を赤く染め 自慢のオニオングラタンスープと 温野菜のサラダと 子羊のソテーをご馳走した



木曜日・・・ 

女は この上なく幸せな朝を迎えていた 女の隣で 軽い寝息を立てている男の額に そっと口づけをすると 女はこう呟いた

「あぁ・・・ 愛おしい私の恋人よ・・・・・・、  何時までも 何時までも この幸せが続きますように・・・・・・」

女は まだ まどろみから醒めきれていない男の腕に引き寄せられると 再び 夢の中へと熔けて行った・・・・・・



金曜日・・・

アネモネの花が開き切った・・・・・・ 女はそれが少し哀しかった・・・・・・
 
「花は蕾に限るわ・・・・・・咲き切ってしまえば、後は散るしかないのだもの・・・・・・」

男の腕に抱かれながら 女は 幸せと不安の狭間で 少しだけ泣いた



土曜日・・・

女はアネモネの花びらにまみれて目覚めた 女の隣では 今日も男の安らかな寝息が聞こえている

女はこの幸せを決して逃したくないと願った   二度と一人ぽっちは嫌だと

女は 上等なcoffeeを入れると、男が目覚めるのをそっと待った



日曜日・・・

女は淋しさに泣いていた   女の隣に もう男の姿は無かった・・・・・・     女は溜息混じりにこう呟いた

「何時だってこうなんだわ・・・・・・ 幸せな日々なんて長くは続かないもの・・・・・・」

女は知っていた 愛の重さに 男が疲れ始めていた事を・・・・・・



月曜日・・・

女は新しい朝を迎え この一週間こそ 何かステキな出逢いが訪れるよう 神に祈った

女はいそいそと町に出掛け 洒落た喫茶店で 落としたてのモーニングコーヒーを飲んだ

女は新しいドレスを買い 新しい本を買い 大好きなパンジーの花を山ほど買い込んだ

そして、ふと・・・、庭に埋まっている男達に 想いを寄せた・・・・・・


                     by マキュキュ

※自分で書いてて怖っ!! (爆)





2002年07月17日(水)
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■ (日記)久々にジレンマに陥ったぁ〜。(^^;


 もう、暫くの間、HP作りの事は、忘れる事にした〜。
(爆)完璧にリタイア。ヽ(*´▽)ノオテアゲー♪ 

 昨日は昨日で、医者に行ったついでに、あの土砂降りの雨の中、あちらこちらの本屋に向かい、HP作りの本を捜し求める事約2時間。
やっとナケナシノお金を叩いて一番解りやすそうな本を買い、本を片手に7〜8時間も格闘したけど、(具合が悪くて店を休んだので・・・)結局は、何にも解らずじ舞い・・・・・・。

例題と、私がやりたい事とが余りに違うんで、そこでもう、操作方法が違い、わけが解んない訳・・・・・・(爆)少し進んではやり直し、少し進んでは、全部取り消し・・・、いじれてべそを書くわ、ダンナに当り散らすわ、この数日間、そんな事ばかりで、もう、完全に魂抜けた〜。(≧▽≦)うひゃひゃひゃひゃ!!!

本当に機械音痴というか、何と言うか・・・・・・。
用語自体が解んないだから、仕方がない・・・・・・。
日記の更新はおろそかになるは、家事はおろそかになるは、夫婦の会話はおろそかになるわ・・・・・・。夜の生活はおろそかになるわ・・・(これは元々だったっけ・・・、(大爆笑))

 ここんとこで、どれほど体力と、気力と視力を消耗した事か・・・・・・(爆)
 一日2〜3時間しかPCに向かえないのに、所詮無理だぁ〜。(・・,)グスン

今までワードしか触った事も無いし、インターネットにつないだのも、つい数ヶ月前だし、それまでは、ただ、文章をひたすら打ってただけなので、家庭教師でも雇わない限り、ムリダァ・・・という事を悟ったよ・・・・・(・・,)グスン
そんなキャネ無いし→【金】

 とりあえず平常心に戻って、文章作りに専念する事にした。
 最近、つまらない事ばかり書いてたもんね・・・・・・。
 数少ないフアンの方・・・、ゴメンネ?

 よ〜し!! 明日からは心機一転改めて、文章作りに専念するぞ!!

 だから皆さんも、HPがいかに酷かろうと、少しの間、我慢してくださいね。
 その内、何とかなっては行くと思いますが・・・・・・。
 なんせ、暇とお金を掛けられない為、しばし待たれよ・・・。ペコリ(o_ _)o))

あ〜ぁ〜。こんな私の為に、ステキなHPを作ってくれるような、白馬に乗った王子様が、現れないかなぁ〜。・・・・・・ってか・・・、現れるわけ無いか・・・【苦笑】


 そこで皆様にお知らせですが・・・・・・。
新しいジオシティーの方の、HPのアイコンは、殆ど無視してください。(爆)
 左下の《お気に入りのサイト》という所の、《私の作品集&日記》という所と、《BBS》という所に、今まで通りの作品と、書き込み欄がありますので・・・・・・。そこだけ見てください。(爆)
 後は、ゲストブックという所も、使えます。(私が、イマイチ設定方が解んないだけで・・・・・・(^^;)

 http://www.geocities.co.jp/Bookend-Christie/2767/←これが新しい方です。
 (下に青い線をつける方法さえも解らない・・・・・・(・・,)グスン)なので、書き直さなければならないんだと思われますが・・・・・・ペコリ(o_ _)o))

 ともかく、明日からは、文作りに専念しますからね〜。
 


2002年07月16日(火)
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■ (日記)夢の不思議さ


 
 今朝、物凄く不思議な夢の中で、私は目が覚めた・・・・・・。

この所の仕事のハードさや、HP作りが訳わからず、ウマく作れない事への苛立ちやらで、身心共に疲れきっていた私は、昨日の休日をいい事に、夜の8時から、今朝の9時まで、なんと、13時間も眠りこけてしまったのである。(爆笑)

 そして今朝方、その、とてつもなく不思議な夢で目覚めたんだけど・・・・・・。
今でもはっきり覚えている・・・・・・。


 大まかに言うと、私の身体と意識が、どんどん後退して行き、30代、20代、10代、幼児期、赤ちゃんに戻り、やがては母の胎盤の中に入っていき、また、再び生まれ変わる・・・・・・と言うような夢。

その時々の懐かしい友達や、恋人、付き合ってきた人々が総出演し、亡き母や、亡き父や、祖母、曾祖母等も出てきた・・・・・・。

そして、胎児になった私は、自分のあげる産声で、目覚めたのだ。

 実際に目覚める時、私は赤ちゃんのような産声を上げて泣いていた。涙をぼろぼろ流し、枕もぐっしょりと濡れていたのだ。

 何か、とてつもなく懐かしくて、暖かで、物悲しくて、それでいて安らかな、そんな気持ちで目覚めたのだか、一つだけ鮮明に覚えている神様らしき人の言葉がある。

 「お前の役目はまだ終わっていない。もう一度生まれ変わって、その仕事をやり遂げるのだ・・・・・・」

  こんな言葉だった・・・・・・。

 ハテ・・・・・・?
これはいったいどういう事なのだろう・・・・・・。

もしかしたら、私は眠っている間に、一度死んでしまったのだろうか・・・・・・?

 そんな訳は無いだろうけど、ともかく不思議な夢だった・・・・・・。



 

 

 


2002年07月15日(月)
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■ (日記)何か・・・・・・侘しい・・・・・・(・・,)グスン


 昨日は、朝の8時半から夕方4時近くまで掛かって、やっとの事で、アソコまでしか出来なかった・・・・・・。   新しいHPの事・・・・・・。

それも、ただ、いちばん簡単な、1分で作る方法。っていうのを利用しただけでアンナに時間が掛かってしまうなんて・・・・・情けないったらありゃりゃ\(^o\) (/o^)/こりゃりゃ しない・・・・・・。(;>_<;)ビェェン

なんせ、文章は書いた事有っても、コピペや、ウェブで保存、さえも、つい最近知ったくらいだもん・・・・・・。

 改造したい! もっとステキにしたい!  ああもしたい! こうもしたい!

 そんな願いがたくさん有って、自力で何とかしてみよう・・・と思い、HPの製作作画面に行くと、もう、訳わかんなくて・・・・・。

音楽入れたくても、DLまでは出きるけど、それをどう取り入れていいのかも解んないし、大体、あの、HTMLって物自体、化け物・宇宙語に等しい・・・・・・。
やり方の説明自体が、何を意味してるのかさえわかんない。

もう、ギャ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!! って叫びたくなっちゃう・・・(・・,)グスン

もう、イライラしてきて本当に泣いちゃったよ・・・昨日なんか・・・・・・。

余りの解らなさに、心も身体も眼もボロボロ・・・・・・。

あ〜〜。何とかしなければ・・・と、気ばっかり焦って、これ以上先に進めないで居るの・・・・・・。

 誰かぁ〜〜〜〜〜! だぁじぃげぇでぇぐぅでぇ〜〜〜〜〜ぇ!!(自爆)



2002年07月12日(金)
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■ (お知らせ)HPお引越しのお知らせです〜。(*^_^*)


 え〜。この度、家主さんがフリンジ君の長期治療に当たる為、HPを引越し【独立】する事になりました。

 皆様も、家主さんのフリンジ君に、奇跡が起き、早く元気になるように、心からお祈りしましょう。

 何も解らなかった私に、作品を載せる喜びを教えてくださったリカちゃんに、深く深く、感謝しています。ありがとう〜。(;>_<;)ビェェン
本当に、今までお世話になりました。


 まだまだ初心者なので、何も解らないし、HPも慌てて作ったので、味も素っ気もないHPですが、・・・って言うか・・・、此処のまんまよりひどいかも・・・・・・。(^^;)
でも、これから徐々に、色んな人のアドバイスを受けながら、レイアウトして行こうと思ってます。


 とりあえず、日記の枠も、BBSも、慣れてる方がいいとおもい、(本当は作り方が解らないので(・・,)グスン)そのままそっくり移動しました〜。
(゜▽゜=)ノ彡☆ギャハハ!!

どうか、遊びに来てください。

新しいHPのURLはこちらです↓【マキュキュのからくり箱】

http://www.geocities.co.jp/Bookend-Christie/2767/

 ご面倒ですが、URLを書き直してくださいね〜。

 これからも、よろしくお願いいたします〜。



2002年07月11日(木)
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■ (日記)幾つかの出会いと、再会 


 私が、花のお江戸東京から、初めて松本に来たのは、たしか22歳の頃である。

 私は、21歳の時に東京で結婚をし、僅か一年で自信をなくし、(苦笑)当時、色々と相談相手になってくれていた(姉貴的)友人の故郷が松本で、彼女が学生生活を終えて、里帰りをする際、(夫と距離を置いて、考え直そう・・・・・・)と、一緒に着いて来たのが、松本に来るきっかけとなったのだ。

 当時は、彼女の伯父さんが教官をしているという教習所で、免許を取りがてら、離婚するかやり直すかを冷静に考え、運転免許と離婚の答えを持って(爆笑)一月ほどで東京に帰る予定でいたのだ。

所がだ・・・・・・! 結論を出す前に、夫が松本まで追いかけて来てしまい、情に絆され(私は優しいので・・・)、その後の悲惨な修羅場が訪れるのも知らず、そのまま、松本で縒りを戻してしまったのだった・・・・・・。

 結局は、その夫とは、後の6年後に正式な離婚となったのだが・・・・・・。何故だか私は未だに松本に住み着いている。(笑)

そのいきさつなどを事細かに書いていると、ココだけで一冊のブアツイ本が出来上がってしまうので、(苦笑)それは省くとして・・・・・・(^^;)

松本に来た当初、教習料、彼女のアパートでの居候代を稼ぐ為、アルバイトを始めた店で仲良しになったのが(M)と、(I)と、(J)である。

6つ程年上の(M)。同じ年の(I)。一つ年下の(J)。
当時は21〜28くらいの、うら若き乙女達。
皆、男どもをブイブイ言わせるほどのイイ女。(≧▽≦)うひゃひゃひゃひゃ!!!

この4人は、年も近いと言う事や、性格的にもウマが合って、とても仲が良かった。
何時も4人で固まって居たように想う。(笑)

 数年間は一緒に働き、私の妊娠やら、それぞれの結婚やらで、皆がバラバラに辞めて行き、住む所もバラバラで、その後は20年近くも音信不通になっていたのだ。

そんな4人の中の(J)に、私が先日まで勤めていたブティックで、ばったりと出遭ったのだ。実に20年振りで有る。
勤務中に付き、長話が出来ないので、携帯番号を交換し合い、それがきっかけで、又(M)や(I)とも、再会出来たのだ。

仕事の都合上、(J)は橋渡し的な役割を果たしたまま、まだゆっくり話をしたこともないが、先日の日曜日、(M)と(I)とで、とても、ステキな一日を過ごした。

(M)は、ご主人と二人暮しだったのだが、最愛のご主人を、つい先ごろ、癌で亡くしたばかりで、まだ傷心が癒えないで居る。
 私が子供を宿した頃、彼女も同時期に子供を宿し、二人は幸せの絶頂期にいた。
が、しかし、彼女は6ヶ月を過ぎた頃、流産し、私は子供を産んだ直後、悲惨な離婚をし・・・・・・と、有る意味、お互いに色んな修羅場を体験し、強い共感を持ち合っていた親友同士だった。

(I)は、やはりご主人と二人暮しだそうだが、幾つもの資格を取り、氣功の健康診療所を儲け、当時はあんなに頼りなげだった赤ちゃんが、今ではバリバリのキャリアウーマンだ。(爆笑)
 彼女は、昔からとても優しく、明るい子だった。人の為に何かするのが好きな子で、かなり子供っぽいけど、「プププッ!」(失礼・・・)とにかく、アニメの主人公のような(?)清く優しくぅ〜を、絵に描いたような女の子である。(笑)

その、うら若き乙女たちは、今や、もう立派なオバハンだ。(・・,)グスン

(M)と(I)は、私より早く再会していたらしく、(M)は(I)の治療を定期的に受けているとの事。
私のことも気になって、何度も治療に誘ってくれていたのだ。
が、しかし、金欠病と忙しさで、中々踏み切れないで居た。

 そこで先日、意を決して早起きをし、松本に用事で来ていた(I)と落ち合い、(M)の車で三人でドライブがてら、(I)の診療所の有る蓼科まで行って来たのだが、オープンテラスの瀟洒なレストランで食事をし、それぞれ、互いに起こってきたエピソードなどを語り合い、マリーローランサンの美術館を見学し、(I)の治療を受け・・・・と、とても通常では味わえない、健やかで、有意義な時を過ごした。
こんなに疲れた身体や心を癒せた日は、近日ではないだろう・・・・・。


 私は結構忙しく、休みの日と言うと、なんだかんだに追われていて、出かけるとなるとつい、気後れしてしまうのだが、こんなイイ時間こそが、人間には必要なんだ・・・、と、つくづくそう想った。

彼女たちとの再会は、私に希望と元気をくれたのだ。
そしてこれからも、与え合えるようにして行きたい。

これからも、大事に付き合って行きたいと、心からそう想う。
そして、彼女たちと再び出会えた事を、神様に心から感謝している。

                              byマキュキュ




2002年07月10日(水)
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■ (日記)出会うべくして出会う人・・・・・・


最近良く感じる事です。人間の出会いとは、実に摩訶不思議だと・・・・・・。
          
 この世には、出会うべくして出会う人。そう・・・・・・、まるで神様が引き会わせてくれたとしか思えないような、数奇な出会いが有る物なんだなぁ・・・・・・と、最近、良く感じるのです。

 それは別に、愛を匂わせる男と女の出逢いではなく、(今更、運命を変えるような異性と出会ったところで、時既に遅し (・・,)グスン だし・・・)
正に、人生を左右するような人達との出会い。
自分の進む道さえをも変えてくれるような、又は、そのきっかけになるような、重要な出会いのことです。

実は、最近、そんな人々との出会いや、再会が、とても多いんです。

私にとって、この先、とても重要な役目になってくれそうな人だったり、ずっと会いたくて気になってた人達に、実に20年振りくらいで、再会したり・・・・・・。
そんな人たちが、ここ1〜2ヶ月の間だけでも、10人以上居るんです。


ハテ? 私はいよいよ、死期が近いんじゃなかろうか・・・・・・?
等と、思えちゃうほど、素晴らしい出逢いばかり・・・・・・。(笑) 

身体は元気♪O(^▽^* 三 *^▽^)O元気♪のまんまなのですが・・・・・・。

人生を長く(?)生きてると、自然にそうなってくるものなのか、私が特別なのかは解らないけれど、私は、本当に、ステキな人々との出会いに恵まれている・・・と思う。

お金に全く縁がない分、人々との縁は、最強みたいです。(爆)

明日からは、それをテーマに、私の人生を左右した出会い・私の人生を左右しそうな出会い・について書いて行こうかなぁ・・・なんて思ってます。

                      by マキュキュ



2002年07月09日(火)
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■ 【お惚気エッセイ】一卵性夫婦!?


 これは、のろけでも何でもないのだけれど、実に不思議な事が多いので、思わず書いて見ようかと・・・・・・。

 私と、3つ年下のフーリィー【夫のあだ名で、フーリガンから取った物(笑)】は、一緒に暮らし始めてから13年になる夫婦である。【私はバツイチなので】

 これが、未だに、実に仲がよい。

 喧嘩をする時も凄まじいが、仲の良い時も、凄まじい(笑)
(変なイミではないですよ)

 20歳になった息子は、【高校生夫婦】だの、【一卵性夫婦】などと、馬鹿にし、呆れている。
とはいっても、じめっぽい(?)仲の良さではない。
別段、始終、いちゃついてるわけでも、寄り添っているわけでも、ベタベタしている訳でも、労わり合っているわけでもない。
寝る部屋も別々だし、お風呂だって、一緒に入ったりはしない。(笑)

むしろ、悪たれを付き合っている時の方が断然多い。
会話などは実に辛口・辛辣・言いたい放題。【辛辣なのは家系だが・・・・・・】

「うっせ〜デブ!」 「うっせ〜!ハゲ!」の世界である。

 でも、どんなに大きな口喧嘩をしても、お互いにムスッとし合っていても、長くは続かなく、2時間もしないうちに、どちらかが(≧m≦)ぷっ! っと噴出し、やがて、腹を抱えた大笑いになって喧嘩の幕を閉じると言った具合である。

 そんな私達を、友人の占い師は何十万組に一組という、数奇なカップルなのだ。と言う・・・・・・。
 どうやら永遠に、飽きたり、お互いの事が嫌いになったりはしないらしい・・・・・・。【本当かなぁ??】

 喧嘩をする原因は、痛風持ちのフーリィーに、痛風の発作が起きた時くらいなものだ。

貧乏な我が家は、痛風ごときで一週間も仕事を休まれると、途端にお米が買えなくなる。

(^^;

だから、痛風に限っては、(ずさんな自己管理が原因)・・・と言う事で、一切同情の余地がないわけである。(゚ー゚)(。_。)(゚-゚)(。_。)ウンウン

お金の苦労さえない時は、こんなにウマが合う夫婦が居るのだろうか・・・と言うほど、愉しくて、気楽な夫婦だ。

 そして、私達は、なにか、特別なテレパシーでもあるのか、不思議な偶然が余りにも多すぎる。

例えば・・・、13年間中で、初めて、フト、『とうもろこしでもゆでてみようかなぁ〜」などと思い、スーパーなどで買ってくると、フーリィーも、同じ日に買って来る。

13年間中で、初めて、左の親指を包丁でざっくりと切ってしまい、包帯などを巻いていると、フーリィーも、仕事中に怪我をしたとかで、左の親指に包帯を巻いて帰ってくる。

13年間中で、初めて、それぞれが、別のパチンコ屋行っていて(それも、お互いに内緒なので)とても儲かり、余り球でタバコを取って帰ったら、フーリィーも、その日に初めてタバコを取って帰ってくる。


異口同音で、とても珍しい言葉を発する。
等など・・・。今まで数え切れないほどの偶然が重なっている。3ヶ月に一度くらいの割合でこんな事が起こるのだ。

ハテ・・・? これは一体何なのか・・・・・・?


前世が双子だったに違いない・・・。 (←友人の占い師いわく)

ともかく不思議だ・・・・・・。

だから私達は、もしかしたら、死ぬ日も一緒かもしれない。
                            

by マキュキュ


2002年07月06日(土)
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■ 【不謹慎日記】心のセリフ 


 
 何かを書こうと思っても、何も手につかない日が有る。

 ネタは、あちらこちらにゴロゴロと転がっているようにも思えるし、文章力のある人なら、どんなに些細なネタでも、それを面白おかしくする為に、チョットした魔法を掛けることも出来るのだろう・・・・・・。

 でも所詮、毎日毎日同じ事を繰り返している私の日常なんて、さほどな出来事が起こるわけも無く、オマケに文章力の乏しさも加わって、PCとにらめっこをしては、溜息をつくばかり・・・・・・。

 今日は息子が遊びに来ると言うので、又、何かのネタが生まれるかもしれないけど・・・・・・(苦笑)


 あっ・・・、そうだそうだ・・・・。思い出した!

 先日銀行に行った時に、何処かのお爺さんと(どうも、真昼間から、ほろ酔いのご様子でした・・・)女店員のやり取りが、余りに可笑しかったんで、それを私なりの魔法を使って書く事にします。


 振込み用紙の書き方が解らないらしく、そのお爺さんが、若い女店員に、マンツーマンで説明を受けているのですが、余りに飲み込みの悪いお爺さんに、その女店員は、満面の笑顔で説明てはいるものの、かなり、イラついてるようでした・・・・・・。



そこで、私の空想で、(女店員の心のセリフ)を付け加えさせていただく事にいたします。


(注)以降は、あくまでも、私の空想であって、お話を面白くする為に書いた架空のものです。決してご老人に対する悪意や軽蔑で書いたものでは有りませんので、くれぐれも誤解なさらないで下さい。
 


 【女店員】  ですから、お客様・・・、先程からご説明しているとおり、ここには、相手方の口座番号を書いていただければよろしいのですが。(#^.^#)

(おいおい! さっきから何回説明してんだよ〜! 勘弁してくれよ〜! テメ〜ー人に掛かってるわけにゃ〜いかねぇんだよ!)


 【お爺さん】 んで・・・、ネエチャン、ココには、おいらの住所だったかいね?
   

 【女店員】 あっ、はい。えぇ、えぇ、そうでございますよ・・・・・。(#^.^#)

     (チッ! キャバクラじゃあるめーし、ネエチャンはやめろよ! ネエチャンは・・・・・・)  

 【お爺さん】 んで・・・、ネエチャン、金額は、なんて書いたらいいんかいね?

 【女店員】ハァ? そ、それは・・・、私どもでは・・・・・・。オホホホォ・・・・・・、お客様がお振り込みになりたいと思う金額を、お書きくださればおよろしいかと・・・・・・(^^;

   (あほかぁ? この爺い! 振り込み金額を私に聞くかぁ?! やってらんねぇ〜ぜ! 後が詰まってるんだ! さっさと書いてくれ!)

 【お爺さん】 エ・・・と・・・、2万6千・・・・・・

 【女店員】 あっ、お客様、け、け、桁が全然違って居ります・・・・・・。恐れ入ります、もう一度、こちらの用紙に初めからお書き直しください・・・・・・。(#^.^#)

   (テンメェ〜・・・・・!ええかげんにせんかい! 又最初からかよ・・・・・!〇ε≧Å×∞/∂〓§≠)


 ってな具合で、まぁ・・・てこずってる、てこずってる・・・・・・(苦笑)

 あれじゃぁ、店員も、さぞかしストレスの溜まる事でしょう・・・・・・。
私なんかにはとても出来ない仕事だと、つくづく感じさせられました。

 お陰で、ずいぶん待たされましたけど、昔見た、世にも奇妙な物語・・・に、こんな物語がありまして・・・、それが物凄く面白くて、思わず空想してました。
店員さんには申し訳ないけど、結構愉しかったです。 ハイ・・・・・・。





2002年07月05日(金)
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■ 【ショートエッセイ】 チト・・・、良〜い お話


 先日の事です。
街中まで、買い物に行こうってぇのに・・・、車のバッテリーが上がってて(・・,)グスン
仕方がないので、久しぶりにバスに乗ってみたんです。

 赤字路線のバスゆえ、乗客もまばらで、ゆったりマッタリ気分・・・・・・。

 と、そこに乗り込んで来た、一組の母子連れ。

 そうさね・・・。 お母さんは26〜7歳くらいかな・・・?
子供は3〜4歳くらいの女の子。

 今時の 母子で、かなりハデハデ。
ご多分に漏れず、母はロン毛で、茶髪を既に通り越し、金髪、超ミニ、デカショルダー。
子供は全身ミキハウス。

でも・・・、その女の子が可愛いの何のって・・・・・・(#^.^#)

 その母子は、私の座席の二つ前にある、アベックシートに座ったわけですね〜。

しばらくすると、女の子が、
ある※>(^_^*('-'*/†\ ウェディング式場のポスターを指差し、「ママ? あれ、なんて書いてあるの?」って、ヤンママに質問したんです。

「あれはね? みぃちゃん、『愛のウエディング』って書いてあるんだよ」・・・・・・と、ヤンママ。

「愛ってなあに?」女の子は、興味津々。

 (私も興味津々!)(爆) 

 この、どハデママが、一体、何て答えるのか、耳を超〜〜〜〜〜〜! ダンボにしながら、ワクワク((o(゜▽゜○)(○゜▽゜)o))ドキドキ(爆)


「あのね? ここに、みぃちゃんの大好きなプリンが、一つだけあるとするでしょう? タ〜ちゃんには分けてあげたくなくても、ユウちゃんには、分けてあげるよね? そんな気持ちのことかな?」

と、答えている。

ウン・・・・・・まずまず・・・の返事かな? と、私は思っていた。

そこで、女の子が、「さとしくんなら、全部あげちゃってもいいなぁ〜」
と、少し、はにかみながら、答えているのだ。

思わず私は、クスリと、微笑んだ。

「そうそう!それ!それ! それが愛ってことよ〜」
ヤンママも、ケラケラ笑いながら、ウケまくっていた。


と、そこまでは、何気ない微笑ましい会話だったのだ・・・・・・。

ところが・・・・・・。だ。

何と、その女の子は・・・・・・・。

「でもさ、ママ・・・。タ〜ちゃんにも、ちゃんと分けてあげなくちゃいけないんだよ? タ〜ちゃん、いじめるけど、それじゃ、タ〜ちゃん、かわいそうだもん・・・」

 すると、ヤンママは、おもわず黙り込んでしまったのです。


 【そうだじょ・・・・・、それが本当の愛なんだじょ〜(*^_^*)】


 あの子は、あの幼さで、もう、本当の愛を知っている・・・・・・。
 私は思わず、涙が出そうになった。

 天晴れである。

 私は、�靴弔曚鼻�降りるはずの予定だったバス停を乗り越して、とっても嬉しい気持ちでバスを降りたのだった・・・・・・。
                           マキュキュ


2002年07月04日(木)
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■ 【ノンベェ日記】 焼酎の眼からウロコ的味わい方


 私は職業柄、お酒が大好き。

 3歳で母親の留守中、ひょっこり開いた禁断の扉に陳列された、家宝の梅酒の実を盗み食いして以来、ノンベェの才覚(?)が頭をもたげた私は、 17歳で、バーボンと出会い、18歳でボトル一本を軽く開けていた。 【私の酒暦・・・】より。

私       『おまわりさん、ご免なさい・・・』 
おまわりさん  『いや、もう、時効時効・・・・・・(-。-) ボソッ』

 以後、バーボンまっしぐら。

しかし、3年前に大病を患ってからは、ぐっと減らして自重気味・・・・・・(^^;
 最近では、身体の事も考えて(謎)、焼酎やワイン等も、好んで飲むようにはなったんです。
 
 そこで、先日、或 酒通のお客さんから、美味しい焼酎の飲み方を教わったんだけど、ンモォー!! o(*≧д≦)o″))・・・これが、眼からウロコ。ウマイのなんのって・・・・・・。


 皆さんは、焼酎にワサビを入れて飲んだ事がありますか?

 
 先ずは、普通に、乙類の焼酎を、ロックアイスを浮かべたグラスに注ぎ、キンキンに冷やした好みの濃さの水割りを作る。(モチ、ソーダー割でも結構!)(*^_^*)

ま・・・、そこにワサビを入れるだけの話なのですが・・・、まるで魔法を掛けたようにグ〜ンと美味しくなるのですね〜、不思議なくらい・・・・・・。

 この場合のワサビに限っては、少々高くは付きますが、極力本物のワサビを使用してください。
小さなおろし金ですりおろしながら、好みの量を加え、良〜くマゼマゼしてチビチビやる。これが不思議と、和食のツマミにも、さいころステーキなんかの、こってり系のツマミにも、良く合うんです。(ホント)

 知る人ぞ知る、この飲み方。
どうか皆様、だまされたと思って、お試し=( ・_・;)⇒ アレ? (爆)



2002年07月02日(火)

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