マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ (日記)今日で悪夢の8月も、終わりだぁ〜〜


今日で、悪夢のようだった8月も終わりになる。
生涯の内で、一番辛かった8月でもあり、又、人々の本物の優しさや、ずるさや、汚さにも触れる事が出来た8月でもある。

私は、自分の周りを、優しさと、ある種の正義感と、善意に満ちた人間関係だけで、埋めて行きたい。
そして、何時もそんな人達に助けられてばかりいる私も、何時かは、そんな人たちの助けになれたら幸せだと思っている・・・・・・。

人間は、一番どん底の時に、優しくしてくれた人の事は、決して忘れられないものである。そして、又、そんな時、人の弱みに付け込むような、いやしい人間の事も、又忘れないものである。

この辛く、苦しかった8月を乗り切れたのは、善意の眼で見守ってくれ、応援してくれた、様々な愛すべき友人達のお陰である。

本当に、ありがとうね〜。皆
この感謝の気持ちを、何時か必ず形に変えて、皆の所に届けるつもりです。

今、真っ先にしなくてはならない事は、自分達の生活を早く立て直して、皆を安心させる事だと思ってる。

そして皆と、笑い合いながら、楽しいひと時を過ごしたい・・・・・・。


本当に、ありがとう。心から感謝しています。



彼方たちが居たから 私は生きられた

彼方たちが居たから 苦しい中でも 私は笑えた

彼方たちが居たから 秋風の心地よさを 思い切り 吸い込める

だから・・・ だから・・・・・・

今度は 彼方たちの為に 私は 活きよう


              by マキュキュ











2002年08月31日(土)
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■ (日記)ぬみに来て〜〜。【?】 


昨夜、余りにも店が暇だったので、2〜3人の友達に携帯のメールで、営業を掛けてみた。
お盆開けとあって、皆、結構お金を使い果たした後なので、この所、閑古鳥が鳴いているのである。
チーママの立場としては、「これではいけない!」と思い、せっせとメールを打つのだ。

しかし、薄暗い店内の事、近眼に加え、乱視でもあり、さらに少しずつでは有るけれど、老眼までもが入り乱れた私の視力には、余りにも小さ過ぎる携帯の文字・・・・・。
しかも、一組客が居り、慌てふためいて入れたため、確認さえしていなかった。


暫くし、一人の友人(S)がニタニタと、底意地悪くほくそえみながら入って来た。

「キャ〜ッ!! やったぁ〜。来てくれたんだ。うれぴい〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」

抱きついて、キスの雨は降らせなかったものの、私は嬉しくてその友人を手厚く歓迎し、カウンターへと案内した。

「ぬみに来て〜〜〜〜! に吊られて、思わず来ちゃったよ!」

「へっ?? なにゅにゅ??}

「いい年して、何時までもこういうみっともない事してるんじゃないよ〜。まったくぅもう・・・・・・(・・,)グスン」

「だ・か・ら〜・なにゅにゅ?」

(S)は、ニタニタしながら、携帯の履歴を私に見せた。

よく見ると、本当に「ぬみに来て〜〜!! 暇なの〜(^^;」と入っていた。

アチャ・・・・・!!(^^; 恥 !!!!!

で、で、でも・・・・・・だ・・・・・・。

間違えたからこそ、面白がって(S)は来てくれた訳である。
まともにメールを打ってたら、果たして来たのだろうか・・・・・・?(大謎)

はぁ〜っ! アリガタヤ〜誤変換♪♪ 天晴れ天晴れ〜誤変換♪♪ 明日もついでに誤変換♪♪ 何はさておき誤変換♪♪ タラリラシャバドゥビィ誤変換〜♪♪

(S)は、私の作ったオムライスをむさぼり食い、「うまいっ!!」を何度か連発し、焼酎のボトルを一本追加し、
「今日はこのオムライスと、ぬみに来て〜〜〜! だけでも、来た甲斐があったよ」と、一万一千五百円の料金を支払い、「明日も来れたら来るから」と、僅か一時間足らずで、満足げに帰って行ったのだ。

マァ・・、なにはともあれ(^^; 私に幾らかのバックも入り、チーママとしての面子も保て、又明日が食いつなげるというわけだ。(≧▽≦)うひゃひゃひゃひゃ!!!


                      by マキュキュ




2002年08月30日(金)
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■ 【エッセイ】忘れられないCMの話PART��


昨日に引き続き、CMの話をさせていただこうと思う。

猫キチガイの私にとって、見る度、涙せずにはいられないCMがあった。
マルハペットフーズの「民子が忘れられない・・・」で始まるアノCMだ。

売れない作家の傍らで、『民子』と名付けられた猫だけが、何時でも彼の作品を読み、励まし続けていてくれた・・・・・・。
やがて、彼の作品が売れ出した頃、民子は安心したかように突然姿を消してしまう・・・・・。
幾日も待ちわびる彼だが、民子は帰ってこない・・・・・・。
時が経ち、彼が長編物に挑戦し、出来栄えの不安に苛まれていた雨の日、ボロボロになって帰って来た民子は、再び彼の傍らにぴったりと寄り添い、手放しで、その作品を誉めてくれるのだった・・・・・・。しかし、それは最後の力を振り絞って帰って来た、民子の永遠の別れでも有ったのだ・・・・・・。
『ステキよ、すばらしいわ・・・・・・』民子はそう言い残し、振り向きながら去っていった・・・・・・。そして民子が再び帰り着く事は無かったのである・・・・・・。
確か、こんなCMだった。

私はこのCMを見た時、物凄いショックを受けた。
アノ凝縮された、僅かな時間の中で、どうしてアレほどまでに寸分の無駄もなく、人の心を打って止まない物語が書ける物なのだろうか・・・・・・。
それと同時に私の書く文章は、何て無駄ばかりが多く、その割には、全然言いたい事が伝わっていない・・・・・・と、反省せざるを得ない。

私も何時の日か、あんなにも、人の心を打つものが書けるようになりたい・・・・・・。

あのCMは、見る度に涙が止らない。そして原作者に心から敬意を表する。

最近では、余りあのCMを見掛けなくなってしまったので、「あぁ・・・、何で、ビデオに撮っておかなかったんだろう・・・・・・」と、大変後悔していたのだ。
あんなに素晴らしいCMは、是非、葬り去らずに、新作と交互にでも永遠に放映し続けて欲しい・・・・・・。
もう、二度と見られないとしたら、余りにも哀しすぎる。

そんな中・・・・・。

何と、昨日、行きつけのお蕎麦屋さんで、そのCMの原作本を見付けてしまったのだ。

私は(「会いたい・・・・・・!!」と深〜〜〜〜〜く心で念じた物には、必ず出会えるんだ・・・!) と言う事が、これで確信できたような気さえした。(笑)

何時か、纏まったお金にも、絶対に出会いたい・・・・・・!!!!【切願!】

【磊楽】という、以前、『松本食べ歩る記〜』というエッセイで紹介した、猫大好きのママさんが経営している、お洒落なお蕎麦屋さんである。
そこに、正にその原作本が有ったのだ・・・・・・。
浅田次郎原作 「民子」
その本を見つけた瞬間、涙がじわ〜っ・・・と、浮かんで来た。
写真と文章で構成されたその本を読んだ時、私はまたまた、蕎麦をすすりながら、大泣きしてしまったのだ。(^^;
あのコマーシャルが、そのまま本になっているのである。

作者は、自ら「猫好きではなく、自分は猫なのだ」と豪語する程、猫が好きな作家の浅田次郎さん。
他の作品を読んだ事はないが、実際に本人が体験した話をモチーフに作ったCMだと言う。
彼の書くものは、全て読んでみたい気持ちになった。
そして、この物語(CM)の原作は、本当は3本有ったのだと言う事も、初めて知った。
他の2本も「もう一つの民子」と言う題名で、その本に載っている。
猫好きの方には、是非お勧めの本である。

私ははやる気持ちで早速、本屋さんに注文した。


                     by マキュキュ





2002年08月29日(木)
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■ 【エッセイ】私の好きな(嫌いな)コマーシャル PART��


コマーシャルを見ていると、慌ててチャンネルを変えたくなるような、不快な物と、「へぇ〜今のCMってすごっ!」と、思わず感心させられてしまう物と、タダ、好きなタレントが出ているので思わず見入ってしまう物と、何度見ても抱腹絶倒してしまう物とがある。

私が苦手なCMは、「ポポポット ポット 消臭ポットォ〜♪」と言う、少年合唱団(?)系の男の子達が踊りながら歌っている、・・・・・・まんまのCMだ。
アレを聞いただけで生理的に不快になって、思わずチャンネルを変えてしまう。
(制作者の方ごめんなさいm(._.)m ペコッ)

後、愛知葬祭のCMも、わざとらしく苦手である。
たしか、高田美和が、亡き父の生前を思い出しながら手を合わせる・・・と言う物だ。
(本当に死んだ人まで利用するか〜?!) と言った胸の内だ。

かなり昔だが、松雪康子が出ていた、顔と身体と手足が反対に付いたような、ヘンテコリンなCMが有ったが、アレが3日3晩、夢に出てきて、魘された事があった。

アビバのCMも、変だ。
合格者が「ガッッ石松」のまんまなのだ。
普通、合格発表等には、本名が載るはずだ。
サリナが「オメデトウお父さん」と言ってると言う事は、アノ家はガッツ家なのか? それとも石松家なのだろうか・・・・・・? と、真剣に悩む。

ビューネ君のCMは結構好き。
あんなカワユイ男の子に画面に引きずり込まれたい。
それを思わず主人に言ったら、「マキュキュの身体が画面に入るか!」と、軽くいなされた。
出演者の女の子達が、余り美人ではない所が(失礼)またまた良い。


極め付きに、私の大好きなCMがある。
何度見ても又見たく、恋焦がれてしまい、とうとうビデオに迄撮ってしまった。

モッ君のギャッッビーのCMで、「人生色い〜ろ♪ 男も色い〜ろ♪」と、三人の男の子が物凄いモヒカン頭をパカヒラさせながら歌っているアノCMだ。
始めてみた時は、余りの可笑しさに腰が抜けそうになった。
もう完全に、何かを捨て去ったとしか思えない、モッ君の思い切りが素晴らしい。
「もう、完璧〜〜〜〜〜!! 愛しそう〜〜〜っ!!」
アノ顔付きといい、歌い方と言い、切れ方と言い「まぁ、良くぞ、アソコまでやったよ〜!」 と、手放しで誉めてあげたい。
此処までやるにはそれ相当に、吹っ切ったものがあるのではなかろうか・・・・・・等と、モッ君の心情を考えると涙さえこぼれそうだ。
「もう、最高〜!! 完璧〜!!」と、何時もゲラゲラ笑いながら、釘付けになってしまう。
本当は、あれこそが本来のモッ君がやりたかった事なのかも・・・・・・?












2002年08月27日(火)
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■ (日記)今日は私の誕生日 〜生まれ変わったつもりで〜


悪夢のような一ヶ月も、もう後少しで、過ぎ去ろうとしています・・・・・・。

先月の今頃は・・・・・・、こんな事になるなどとは知る由も無く、私は貧乏ながらも、新しいHPを立ち上げる為、イソイソとPC学校へ通い始めた所でした・・・・・・。

ところが今月の一日・・・・・・、突然、深〜い深〜い谷底に、私達は一気に突き落とされてしまいました。

 7月末までに、可能な限りの支払いをしてしまった為、僅か155円という、スッカラカンの財布を睨みながら、【毎月そうなのですが(^^;】主人と主人の給料を心待ちにしたいたのです。
本当は末日が主人の給料日なのですが、その当日、「社長の都合で、急きょ給料が明日になっちゃった・・・」と言われ、仕方なく、吸いたいタバコも我慢し、155円のまま、丸一日を過ごし、8月1日はPC学校もあったので、友達に2千円ほど借りて、学校終了後、さっさと家に帰り、主人の帰りを今か今かと待ちわびていました。

その夜は私の仕事も休みをもらっていたため、久々に、主人と二人で、外食でもしようかなぁ〜、と勝手に決め込み、ワクワク、ドキドキ待っていたのです。

夕方暗くなっても主人が帰らず、おかしいな・・・? と思った所で主人からメールが入りました。
「マキュキュ・・・・ゴメンネ・・・さようなら。愛してるよ・・・・・・」
(???!!!)

私は訳がわからず、嫌な予感がして、折り返し主人の携帯に電話をしてみたのです。
取りあえず主人が出たので、何かホットしました。

「今、何処に居るの?」と聞いても、「何か有ったの?」と聞いても、主人はただ辛そうに溜息を吐いているだけです。そして、「俺はもう、ダメだ・・・・・・、死ぬしかない・・・・・・最後に声が聞けて良かった・・・」そう呟きました。

「どうしたの?! 一人で死ぬなんて卑怯だよ! 何があったのかだけでも説明しに帰る義務があるでしょう!!」私はパニックになってそう叫んでました。何とか主人を説得し、何が何でも帰ってくる様、主人に約束させました。

死刑宣告を受けるような気持ちで待つ事40分・・・・・・。

ボロボロになった主人が、首筋に赤い痣をつけて帰ってきました。

話を聞くと、ある失敗をして、6月の26日付けで、会社を首になっていたのだと言う事でした。
「じゃぁ・・・、き、給料は全然無いの・・・・・・?!」
私は余りのショックで、全身の力が抜けて行き、震えが止りませんでした。

今回の仕事は、主人にとって、最後の砦のような仕事でした。
痛風と言う持病のせいで、何度か仕事を変えてきた主人にとって、願っても無い仕事だったのです。
得意なユニットバスの組み立ての仕事と言う事もあり、給料も良く、物凄く喜んでいたのです。
以前から、その仕事一筋だった主人ですが、仕事が増えると痛風が出たり、不況になってからは、殆ど受けで仕事を取っていたため、仕事も少なくなり、安定収入が得られない故、泣く泣く他の仕事に変えさせていました。

その仕事は、ハローワークの募集で見つけた地元の肉屋の仕事。
そかし、ハローワークの利用法を知らなかった主人は、紹介状を持たずに、直接面接に行ってしまったのです。採用されたのは良い物の、当初の約束とは裏腹に、結局正社員にしてもらえる事もなく、最後まで(2年近く)バイト扱いのままでした。

格安の給料で散々こき使われた挙句、8時間と言ううたい文句の労働時間も、毎日10〜12時間も会社に束縛されていたのです。しかし、残業手当も一切もらえず、ついには狂牛病が理由とやらで、2年足らずで、勝手にリストラされてしまいました。
そんな会社でも、不憫とは思いながら、生活が有るので辞めさせたくても辞めさせるわけには行かなかったのです。
結局、労災も何も入ってない、いい加減な会社だった為、失業保険さえ貰えず、あの時も、死ぬか生きるかの瀬戸際だったのです。

 その後、2ヶ月ほど間があき、今年の3月、主人の高校時代からの親友の紹介で、やっと好条件で、その仕事に着けたのです。
親友と同じ職場と言う事もあり、心強く、やる気も満々で「俺にとっては、最後の仕事だね」と、主人も大変張り切っていました。

3ヶ月の見習い期間が過ぎ(その間も、貰い事故に遭ったり、痛風の持病が出たりと、まともな給料を貰えた月がないのですが・・・・・・(^^;))
やっと7月分の給料から、正社員としての契約に変わり、まともな給料がもらえるという、記念すべき、待ちに待った給料日でした。しかも、僅かながらのボーナスも8月には付く筈でした。

私も5月から夜に仕事を変えたため、給料も倍近くになり、これでやっと、余裕をもてる暮らしになるね・・・と、喜んでいた矢先の出来事だったのです。

6月26日のその日、上手くはめ込めなかったユニットバスの壁を、何時ものように思い切り叩いたら、何と、壁にヒビが入ってしまったのだそうです。
しかも、そのバスは大変高級な物でした。
主人は、(やっとここまで来たのに・・・・・・)と言う想いからパニックになり、思わずそのヒビを、コーキングで隠してしまったのだそうです。
それでも、良心が咎め、社長に正直に謝ろうと社長宅に向かう少し前に、業者に見付かってしまい、怒った業者が社長宅に先に通報してしまったとの事でした。
社長も、会社の信用に穴をあけたということで、辞めさせたくは無かったようですが、泣く泣く首を切ったそうです。
給料や、ボーナスはおろか、弁償金も半分負担と言う事で、主人は生きる気力さえ失ってしまったのです。

6月27日からずっと、私に言うに言えず、会社に行くフリをしては、ハローワークに通ったり、消費者金融などを転々としたり、(もっとも、仕事を首になっていたので借りられなくて正解だったのですが・・・)この一月余りの間、途方に暮れながら、過ごしたそうです。
それで7月の末日の給料日の日、精一杯の最後の嘘を付いて【社長の都合で給料が明日になった・・・】と言い残し、次の日死ぬ覚悟をし、山へ上ったそうです。

保険には入っているので、それで私にわびるつもりだったと言ってました。

食費以外で、30万というお金が毎月必ず出ていってしまう為、二人の給料を合わせても、返済と生活がギリギリだったので、本当にもう、死ぬより他はないと思ってました。(そんな勇気はないのだけれど・・・・・・)

そんな出来事から、もうすぐ、一カ月・・・・・・。
苦しく、惨めで、絶望的な日々の中で、それでも、あっという間に過ぎようとしている一ヶ月・・・・・・。
正直言って今も支払いの目処は、まだ立っては居ないけれど、何とか無理のない方法で解決したい所です。
近々弁護士にも相談するつもりで居ます。
主人も家族を頼れるわけでもなく、私は、もう身内が居ないに等しいのです。

でも、友達からのカンパや、差し入れや、店からの前借で、何とか今月を乗り切っているところです。
そんな中、やっと主人の仕事が見付かり、21日から働き始めてくれました。20日締めの会社なので、来月の給料日には丸々一か月分貰えるとの事ですし、来月からは正社員にしてもらえるそうです。
大手コンクリートの会社で、保険や何かも全て完備され、給料もそこそこです。
私の方は前借前借で、今度の給料は半分ほどに減ってしまうでしょう・・・・・・。(^^;
でも、3ヶ月もすれば、何とか元の生活に戻せそうです。

こんな恥部を、皆様に曝け出すという事は、死ぬほど辛い事ですが、これを書かないと、今後、二度と文章が書けなくなるような気がしたのです。
それで思い切って書いたのです。
次のステップに進む為にどうしても書いておかなければ・・・・・・そう思ったのです。
正直に自分と言うものを綴って行きたい・・・・・・元々そう言う気持ちで書き始めた文章だから・・・・・・。

もう、大丈夫です。これで明るい作品も、又書けるような気がします。
``r(^^;)ポリポリ


今日も、私は生きてるぞ〜〜〜〜!!
今日は私の、素晴らしい誕生日だぞ〜〜〜〜〜!!
この苦境をバネにして、又、いいものを書くぞ〜〜〜〜〜!!

今日私は生れ変ったんだと思ってます。

                       by マキュキュ









2002年08月26日(月)
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■ 【日本一短い手紙】 〜私へ〜


―日本一短い手紙―

『私へ』

波乱万丈、支離滅裂、孤軍奮闘、悪戦苦闘
そんな人生だったけど
もうチョット、生きてみようか・・・・・・。

            by  マキュキュ



2002年08月21日(水)
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■ (日記)久々に何かを書いて見たい気持ちになりました。


何か、この所、気分的に落ち込んでたりで、さすがの私が、何も書けないで居ました。
一応、書こう、書こうと思って、パソコンには向かってみるんだけど、それから先に進めないで、結局、そのままPC閉じちゃってました。(^^;

私事で恐縮ですが・・・・・・。
実は、夫が或る失敗で6月25日付けで、仕事を首になっていた事を、どうしても私に言えず、一月余りの間、会社に行くフリをしながらハローワーク等に通ったり、死のうと山を彷徨ったり、とても苦しんでいた事を先月末の給料日になって初めて、知ったんです。【無論給料はゼロでした】
過去も、持病の痛風で仕事を長く休んだり、居ずらくなって辞めてしまったり、やっと長く続いた仕事【生肉業】は狂牛病のせいで、リストラされたりと、夫の仕事に関しては、本当に歯車が合わず、何時もギリギリの生活が続いていたので、今回に限っては、私も、大きなショックでした。
やっと親友の紹介で理想の会社に入社出来、見習い期間を経て、今回が初めての正式な給料と、僅かながらのボーナスがもらえる筈だったのです。
夫と私の併せた給料で、やっと少し余裕が持てる生活になるね・・・・・・、と、張り切っていた矢先の出来事だったので、何か、抜け殻みたいになっちゃって・・・(^^;
二人で死ぬか・・・・・・、何て言っていたのです。【もっとも、そんな勇気はないのだけれどネ・・・・・・(^^;】

でも、此処のところで、やっと、何とかなりそうな兆しが見えてきました。
多くの仲間達にアドバイスや、色々な助けを受けました。
本当に感謝しています。

(何時も極限状態まで行くと、必ず神様が現れて、助けてくれるんです。(笑)今までも、そんな形でかろうじて何とかなってきたのだから・・・・・・(*^_^*))

やっと勇気をもってPCに電源を入れ、BBSへの書き込みを見たり、沢山のメールを頂いて、それらを読んだ時・・・・・・、書いていないと淋しがってくれる人が居るんだ・・・・・・、書いていたい・・・・・・って、切実に感じました・・・・・・。

何とか、電気とPCのサービスだけは停止させないように頑張ります。(爆)
書くことだけが楽しみでもあり、励みにもなっていたので、コレだけは譲らないぞ〜〜〜っ!!って感じです。ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆

そんな訳で、このところ途絶えていて、ご心配をかけた皆様には、本当にごめんなさい。
又、書き始められそうです。

だから読んでくださいね? 今まで通り。m(._.)m ペコッ



 


2002年08月18日(日)
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■ (日記)もう直ぐ47になる・・・・・・。(・・,)グスン


私は8月26日産まれなので、もう直ぐ47歳になってしまう・・・・・・。
今年の誕生日は、人生の中でも、最も最悪な誕生日になりそう・・・・・・。

何か、虚しいなぁ・・・・・・。( ・( ;( ;_;)(>0<)ワーン

チョットしたアクシデントに見舞われて、この日記も、何時まで続けられる事やら、解らなくなってしまいました。
もしも突然、日記が途絶えたら、ゴメンナサイ・・・・・・。

こんな私の文章でも、結構フアンになって下さった方々が少しは居て、本当に今まで、励ましていただいたり、叱ってくれたり、沢山の人達に応援していただきました。

突然消えた時の為に、今ココでお礼を言わせて頂きますね。

今まで読んでくださって、ありがとうございました。m(._.)m ペコッ

勿論、続けられる限り、続けて行こうとは思ってます。
だって、コレが私の唯一の生き甲斐ですから・・・・・・。(*^_^*)
実の所、私にも、何時まで続けられるのか、今の所解らないんです。(^^;)

もう直ぐ新しいHPがUP出来る予定だったので、とても残念です。

47年間の人生で、数多くの色々な試練を味わって、もう怖いもん無しで来たつもりだけど、今度の今度は、本当に参ったよぉ〜。(爆)
いつも、やっと良くなり掛けると、谷底に突き落とされてしまう・・・・・。
そんな私の人生って、一体何?!

えぇ〜っ? 神様! 一体私が、何悪い事したって言うのよ〜っ!!

ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆

そんな訳で、ココの所、チョットさすがの私も落ち込んでいます。

暫くの間、楽しい文章が書けそうに有りません。・・・ってか、十分書いてるって?
アセアセ( ̄_ ̄ i)タラー

それが私の性分なんだから仕方ないか・・・・・・。(^_^; アハハ…












2002年08月11日(日)
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■ 【エッセイ】漢字が書けない・・・・・


日頃、文章を書く事をパソコンばっかりに頼っているせいか、このごろ、ふとした時に、漢字が書けなくなっていることに気付いたりする。
それも決して難しい漢字ではなく、小学校3〜4年程度の漢字が書けないのだ。
役所や何かで、正式な書類を作っている時など、ずいぶん恥ずかしい思い等をし、赤面する事が多い。

一時期、法務局で二店舗有った片方の店の家賃を、供託していた事が有るのだが、正式な書類なので、誤字が許されない。
例えば・・・・・・。
土蔵造り、瓦葺家屋・・・・・・の、(かわらぶき)とか、係争中の、(けいそう)とか、家賃の受領を拒否され・・・・・・の、(じゅりょう)とか、いきなり読み上げられて、文字にするのだが、いちいち漢字が解らず、その度に手が止まり、かなりこっ恥かしい思いをした。

文字を誤って書けば、「あっ、そちらの誤字に、二本線を引き、二文字削消と書いて、訂正印を押してください」などと言われ、その(さくしょう)が又、解らなかったりして、再び冷汗をかく。

私など、PCで文字を打っていてさえ、誤字・脱字を指摘される事が多いので、本当に小学校から通い直したいくらいだ。

近頃、テレビでもそんな事を取り上げ、道行く人々に漢字テストをしていたが、やはり、私のように漢字を書けない人が増えているらしい。
そこで少しはホットする訳で・・・。(なぁ〜んだ・・・、私だけじゃないじゃん)

そう言えば、このPCに、音声認識ソフトが入っている。(正式には居た、である)
PCを購入したばかりの頃は、全くタイピングが出来ず、結構便利だと思い使っていたのだが、殆ど認識力が乏しい為、余り役に立ってはくれず、今では、ゴミ箱入りになっている。(笑)
言った言葉が、その通りに出てきてはくれず、とんでもない文字になって出て来るのだ。
音声認識の誤変換で、私が記憶しているとても面白かった物があるので、ココに少し書かせてもらう事にする。

私としては、応募に挑戦しようとPCを購入し、まだまだ大真面目な文章しか書かなかった頃のことである。
確かその時は、闘病記かなにかの、シリアスな文章を書いていたと思う。

マイクに向かい、「慣れ親しんだ・・・・・・」と、言ったつもりが、文字になって出て来たのは(値上げして死んだ・・・・・・)となっているし、「子宮摘出手術」と言ったつもりが、(至急的出張術・・・・・・)と出て来たり・・・・・・。
「病むに病まれぬ心境だった・・・・・・」が、(ジャムにマーマレードの宗教だった)などと、訳のわからない文字になっていたり・・・・・。

余程私の発音が悪いのか、ソフトがアホなのかは知らないけれど、本当に使えないソフトであった。

一番酷かったのが、「目の当たりに感じた私は・・・・・・」と言ったはずが、何と、(マンの辺りに感じた私は・・・・・・)になっているのである・・・・・・。
思わず、(真昼間っから、なんてぇ〜こったい・・・)と、海老ぞりながら、笑い転げた私で有った。





                   by  マキュキュ









2002年08月08日(木)
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■ 【エッセイ】私が物を書き始めた、本当の理由


私は、余程、神様に愛されているのか、はたまた、物凄く嫌われているのか、本当の所は未だ解らないけれど、過去を振り返ってみると、次々と人生『最大級』のアクシデントに見舞われる事が多かった・・・・・・。
もう、今では、麻痺してるほどだ。(爆)

もちろん、今現在でもそうなのだが、本当に精神的にも参っちゃう事が数多い・・・・・・。
実はこの2日3日、日記が書けないで居たのもそのせいなのだが、特に、神様は、お金の面で、私を極限状態まで参らせてしまう事が多すぎる。(・・,)グスン

私は、皆様も知っての通り、一度離婚してる。
子供を乳児院に預けた事さえ有る。
本人は、優しさを基本に、常に真面目なチョイ不良で、一生懸命生きてるつもりなんだけど、ことごとく神様が私に取り付いては、崖っ淵に立たせるような試練を下さる。

余程、ご先祖様が悪戯な事をしてきたのか、人々を苦しめて財宝を独り占めにし、使い果たして来たのか何かは知らないけれど、本当にコレでもか、コレでもか・・・・・・。と言うほど、定期的、かつ、断続的に実に過酷な試練を下さる。(苦笑)

タダ一つだけ、神様がそんな私を哀れんでか、代わりに与えてくださった、掛け替えの無いものがある。
と、言うよりも・・・・・・。今、フと感じたんだけど・・・・・・、以前流行った『究極の選択』みたいに、それが欲しいから、それを一番欲しいのだと潜在意識の中で、私が強く願っているからこそ、その代わりに他の事で地獄の苦しみを与えているのかもしれない・・・・・・。(爆笑)

それが何かと言うと・・・・・・。多くの善意な身内である。

本当に、生き方は不器用で、大成功は収められないにしても、しかし、心の片隅に、暖かく優しい、清らで善意の灯が点っているという、私を囲んでくれている多くの愛すべき友人であったり、仲間であったり、家族だったりなのだ。

あぁ・・・・・・そうなんだ・・・、きっと、それなんだ・・・・・・。
何だか、眼からウロコ・・・・・・。
今、これを書きながら、初めて今まで悩んでいた答えを得られたような気がする・・・。
コレは物凄い、悟りだ・・・・・・!←(自分で感心してる訳。)

きっと今の夫を選んだのも、私に取って、息子以外には、最高に愛せる人だからこそ、きっと苦労も絶えないのだと思う。(笑)
一生涯、変わらぬ程に愛せる人間を神様は送り込んだのだ。
命を落とす位の、苦しみと引き換えに・・・・・・。ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆

私は、きっとどこかで、そんな人達だけで、私の廻りを固めて行きたいのだと願っているのだと思う・・・。
そんな人達が、一人増えるたびに、きっと神様から、一つの試練を与えられているのだろう・・・・・・。

最近、急激に、そんな人たちとの再会や出会いを多く果たした為、今回の試練が、又もや、最大級だったのだ・・・・・・。
最後に、そんな人達だけに囲まれて、神様のところへ行けたなら、私は本望である。

話が脱線したけれど・・・・・・。
私が3年前に癌になる前も、自己破産か、一家心中か・・・と言う程の事態に見舞われていた。
もしかしたら、そんな精神的ストレスが癌を招いたのかもしれない。
しかし、癌になったのを心から喜んだのは、世界中で私だけ位かも知れない。(笑)
それ程、金銭的苦しみに見舞われていた。


癌になる前に、店の立ち退きも決まり(有る意味、長年続けてきた店を閉じるのはとても淋しかったけど・・・)その立退き料と、癌の保険金が降りた為、私達は九死に一生を得られたのである。

そんな私の生き様に付いては、自分史と言うほど大げさなものではないけれど、最後まで書き上げて(途中で停止してる)私の新しいHPに何時の日にか堂々とUPするつもりで居る。

立ち退きと、癌になった時も、神様に愛されている事を、私は強く感じたのだ。

極限状態のところで、立ち退きも決まり、私を軽い癌にさせてくれた事で、必要最低限のお金と共に、精神的、肉体的休養を、神様が与えてくれたのだ・・・・・・と。


それで、僅かに残ったお金で、PCを購入し、とてつもなく何かが書きたくなって、文章を書き始めることになったのである。

私は中卒でも在るし、勉強も出来なかった。無論、文章力など持っていない。
人生経験も、他(苦労)の面では豊かであっても、(^^;)外国すら行った事もなければ、世間の事にも疎い。

さっきも書いた通り、目的は、そんな私の無様な自分史を、最後まで完成させる為と、私の周りを囲んでくれている、神様みたいな仲間や友人達、そして愛する息子や、現在の夫に、何かの形で感謝の気持ちや、私の軌跡を残したい・・・・・・。
あわよくば、再発して寝込む前に、少しでも文章力を身に付けて、何とかおかずの足しくらいには出来るようなものを書けるようになれたらなぁ・・・・・・な〜んて事も、実は、ちょっとナイショで思っている。(爆笑)
と言うよりも、もう、こんな体と年では、思うような働き口も無いのだよ・・・トホホ

それが、私が文章を書き始めることになった、本当の理由である。

あぁ〜・・・、何時か白馬に乗った王子様が現れて、私の書いた文章を、本にでもしてくれないものかなぁ〜と、心密かに祈っている。
だから、毎日せっせと、下手くそながらも書きまくっているのである。

                    by マキュキュ


2002年08月05日(月)
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■ (日記)今日は時間がないので一言だけ


皆様〜、暑いですね〜。
毎日こう暑いと思考能力がマイナスになって、PC学校に通っていても、頭が廻りません・・・・・(^^;

でも、来週中には新しいHPに模様替えできそうです。
余り代わり映えはしないでしょうが、今よりはましになると思います。
こう、ご期待!


2002年08月02日(金)

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