マキュキュのからくり日記
マキュキュ
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■ (日記)占い(�供�


先日、別のサイトランキングで1位になっている占いのルームにお邪魔した。
陰陽道という占いらしい。
初めて聞いた占いなので、ドキドキ、ワクワクしながら入って行った。

無料鑑定の項目があったので、早速メールを出してみた。

と言うのは、フゥーリィーと知り合ってから、こんなにも苦労続きで波乱万丈な癖に、今まで離れないで来たと言う事が、良い事なのか、悪い事なのか、是非とも見てもらいたかったのである。

ご承知の通り、私とフゥーリィートは別姓夫婦である。
彼は、遊びまくっていたらしく、一度も結婚していないし、私も離婚してから十年も過ぎていたので、スタートも別段、略奪愛でも不倫でもないのだが、彼の仕事運の無さ加減、責任感の無さ加減に、入籍すべきかしないべきか悩んでいる内に、あっという間に年月が過ぎたのだ。(笑)
ちなみに、今では、せっせと早出、残業をし、天変地異でも起きるんじゃ無かろうか・・・? と言うほど、人が変わったように、働いてくれている。

彼は長男ではないし、私の息子ももう隣町で独立しているし、今更入籍に拘る必要性も無いわ・・・・・・、と思っていたのだけれど、この所に来て、急にフゥーリィーが『マキュキュ、籍でも入れてみるぅ?』なんて言い出したので、果たして良い物なのか悪い物か、見てもらいたかったのである。

(そんな大事な事を、無料鑑定で頼むか?・・・ってか?(笑))

案の定、十数行に渡る、私の文章に比べ、返って来た鑑定は、ホンノ2行。(笑)
でも、そこに、とても重要な事が書かれていた。

【貴女の陰陽に影響を与えているのは彼です。影響は良い方向にも貴女を導いています。開運を希望するなら、始めに彼との「縁」を確認する事が重要です。】
そして、HPの【運命の糸】を見るように書いてあった。

そして、その【運命の糸】と書かれた部屋をクリックしてみると、こんな事が書かれていたのだ。

以下、陰陽道の本文から文章を引用(ダジャレではないです)させて頂きます。


「結婚」「離婚」「不倫」「略奪愛」この状態になった恋愛を成就させ、それを生涯の幸福に結びつけるには「縁」が重大な意味を持ってきます。
弥生時代には人口100万人だった私達先祖の源を遡ると、中国、韓国経由で土着した50%、アイヌ、沖縄経由が25%、日本固有の人種4.8%で構成されていました。
先祖が土着した時代から現在まで、基本的に中国系の日本人と、アイヌ、沖縄系日本人の相性は最悪です。
同じ血を持つ先祖同士が前世で結ばれている関係が「縁の人」なのです。
結婚の場合、「縁」で結ばれた30%は生涯を幸せの内に過し、縁で結ばれなかった70%の内、35%が離婚し、残りの35%が愛情の無い結婚生活を続ける不倫予備軍になります。
「前世の縁で結ばれた」この言葉から受ける印象は「非科学的」な響きがします。
しかし100万人の先祖が1億2000万になった現在、祖先同士が現実的な「恋愛関係」「夫婦」であった可能性は充分に考えられるのです。
前世の記憶は、ある時、突然蘇り、「縁」で結ばれた二人は、たとえ不倫であっても、略奪愛であっても恋は成就します。

(本文より)


なるほど・・・・・・と私は思った。
もしかしたら、私とフゥーリィーは、その【縁】とやらで、結ばれているのかもしれない・・・・・・。
【コン畜生!もう別れてやる!】【アッチ行けシッシッ!】【アタシの青春とお金を返せ!】
等と、過去、何100万べん思ってきた事か・・・・・・。
それでも、何だかんだ言いながらも離れずに来たし、未だに大好きで仲良しなのは、きっとこのせいなのかも知れない・・・・・・。
だから、お互いに、棄て切れないのかも。(朝からのろけ)

もう少し詳しい鑑定をしてもらう為には、少しお金が掛かるようなのですが、お給料を貰ったら、是非お願いしてみようかと思っています。

ちなみに・・・・・・。
北野たけしと、タモリが好きな人は、100% 【縁】が無いそうです。
何でだろう〜何でだろう〜な、な、な、何でだろう〜♪(爆)

※もう直ぐ、カウンターが12345になるね!(*^_^*)
商品は出ないけど、何だか面白いなぁ〜。ゲットしたらBBSに一言頂戴?



2003年04月30日(水)
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■ (日記)占い


私は占いが大好きだ。
二十年も前から信じている占いが有る。
それは、細木数子先生の六星占術。
(人間的にはチト苦手なタイプだけど・・・【汗】)

アレは本当に良く当たる。
例えば興味深い芸能人や友人、知人が亡くなったり、大きなアクシデントに見舞われたり、何か事を始めたりしようとすると、先ずその人の生年月日を調べる。
そして、六星占術で見てみると、やはり、とても悪い時期に亡くなったり、何らかの不幸に見舞われている事が、圧倒的に多い。
なので、良い運気の時に何かを始めてくれたりすると、ホッ!とする。

私は1999年の5月に癌になった。
それから5年後の生存率は、確か85%くらいだと言われた。
(微妙〜に細かい(笑))
そして、私は細木先生の占いだと、水星人の【−】である。

去年が、癌になってから一番危ないと言われる3年目で、しかも運気が健弱(健康を害する周期)だったので、絶対に癌が再発するんだわ・・・、と、内心ビクビクしていた。
そして、最も悪い月が、12月・1月・2月【大殺界】
注意が必要な月が、6月・8月【小殺界】

癌が再発しているのか居ないのかは、正直言って今も解らない。
なぜなら、ここ2年半程、大学病院の定期検査に行ってないからだ。
詳しくは(行けていない)と言った方が正しいかもしれない。その理由は簡単。
検査はとても高いのだ。(爆笑)

取り合えず、酷い腰痛がある意外には、これと言った症状も無いので、多分大丈夫なんだろう・・・・・・、と思っている内に無事(?)健弱の時期は過ぎ去った。
しかし、癌の再発よりも、遥かに苦しい状況が、【小殺界】であった去年一年間、ずっと続いて居たのは確かである。
しかも、大殺界月である12・1・2月は、その名の通り、最悪だった。
(お暇な時間に、今年の1月10日の日記【年間絵巻】参照願う)
そしてその日に書いた、【微かな希望】さえも、2月に虚しく打ち砕かれた。

しかし今年の運気は【達成】と言う、最高の運気。
しかも、最悪の2月を過ぎ、3月に入った途端、本当に運気が向いてきたのだ。
日記の人気が徐々に上がり始め、上位を占めるようになり、HPのアクセス数もグンと上がり始めた。
そして、人気サイトランキングの【1位】も、ほんの短い間だったが(冷汗)達成した。

しかし、待てよ・・・・・・!?

ま、ま、まさか・・・、こんな事だけで、私の【達成】の運気は終わっちゃったんではないだろうねぇ・・・・・・。【脂汗!】


今までの長年に渡って来た【玉突き式踏んだり蹴ったり】の割には、たった半月ばかりの【1位】←コレだけじゃ余りに淋しすぎる、余りに虚しすぎるではないか・・・・・・(泪)

お陰様で、大手出版社の人からも、私のエッセイにお褒めの言葉を頂き、未だ人気も少しづつ上がり続けている。
コレは、まだまだ本当の意味での【達成】が訪れる兆しと受け止めたい。

だから、お願い・・・、運気の良い内に、誰か、拾って救い上げて・・・・・・(悲願!)
ちなみに、来年の運気は、マタマタ悪く(乱気)に入ってしまいます。
今の内に誰か私を、だぁじぃげぇでぇぐぅでぇえ〜〜〜〜。(笑)


ま、ともかく仕事も見付かった事だし、少しは生活にもゆとりが持てるようにはなるとは思います。
たった一年間の短い幸運期の今年に、私は全力投球して、頑張るぞ!

最近、ネットで興味深い占いを見付けたので、又明日書かせていただこうと思ってます。


皆様にも幸運が訪れるよう、松本から祈っています。



2003年04月29日(火)
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■ (日記)BBSが後20人ほどで、10000アクセスです。


BBSのキリ番10000ゲットは一体誰の手に?!

後20人ほどで、BBSも10000人目になります〜♪

サテ・・・何をプレゼントしましょうか・・・・・・。
HP・TOPのお味噌とダブりそうなので、安いものですが、何かしらを送らせて頂きますね〜。
ゲット者のお名前が無い時は、無効とさせて頂きます。m(._.)m ペコッ
尚、ゲット者の方は、BBSにご報告の後、メールにて、住所とお名前をお書きくださいませ。
この続きは、後ほど書きますね〜。

ではでは・・・・・・。取り急ぎ、ご報告まで。


↑の続き


今日は、待ちに待ったフゥーリィーの給料日だったので、今銀行関係及び溜まってた分の支払いして来たら、もう、1万8000円しか無くなっちゃった・・・・・、しかもまだ払えない所2件も有る・・・。(大泣き!)
取り合えず、私の初給料(来月の15日)まで待ってもらってるんだけど・・・。
何か、虚しい・・・・・・。
先週は、初めて質屋に行ってきました〜♪(2度目) 指輪入れて来た〜(爆)
40万もした指輪入れて10000万借りて来た。
15日までお泊りです。(爆)

あっ!もう、こんな時間だ。
仕事に行って来ます〜。
今日行けば明日又休みだし・・・。
長野近郊の皆様、お電話掛け捲りますが、どうか、お手柔らかに・・・・・・。
あんまりガチャッ!! って切らないでね? 悲しくなるから・・・・・・。

あぁ〜、忙しい忙しい・・・・・・。
この続き、及びBBS10000ゲットの発表は、仕事から帰ってきてからね〜♪
それでは、後ほど・・・・・・。
アタヾ(・・;)ノヾ(;・・)ノフタアタヾ(・・;)ノヾ(;・・)ノフタ


↑の又続きです。

今日は【さえら】ちゃんと言う美女が、10000人目をゲットしました〜。

BBSのキリ番10000ゲット( ^-^)★*☆オメデト〜♪

う〜ん・・・。何が欲しいでしょうか?
マキュキュのチュッ! (笑) イランわなぁ〜。(笑)
では、松本ならではの物を送りますので、メールに住所お願いね〜。


サテ・・・、日記の続きですが。
今日のテレアポは、成績はチト駄目でした。(3本だけです)
でも、良いお母様たちが多くて、ちゃんと話を聞いてくれた人が何人も居て、同じ断られるにも嬉しかったです。
中には、ちゃんと最後まで聞いてくれて、結局は断られたんですが「大変な仕事でしょうけど、負けないで頑張ってくださいね! 今は他の教材を買ってしまったばかりので無理ですが、そんなにお安くて、安心な物なら、来年考えさせてもらいますね〜」等と、優しい声を掛けてくれた若いお母さんなどがいて、泣きそうになるくらい嬉しかった。

今日は朝から忙しかったので少し疲れました。
明日ユックリ、愉しい日記を書きますね〜。
(あぁ〜腰が痛い・・・・・)



2003年04月28日(月)
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■ 【エッセイ】私の好きな男・嫌いな男


私には、子供の頃から一生涯を通して、愛して病まない一人の男が居る。
もう、恋焦がれて、心臓が張り裂けそうになる。
例えば、その人が望むなら命さえ捧げても良いと思うほど、惚れ切っている男・・・・・・。

頭が飛び切り良くて、シャイで、どうしようもなく危なっかしくて、キカンボウで、浮気っぽくて、ユーモラスで、優しくて、時にCOOLで・・・・・・。
何処を取っても、理想の男・・・・・・。

そう・・・。その人の名は【ルパン三世】
あの映画を見る度、胸がキュン!と、切なくなるほどなのだ・・・・・・。

銭形のとっつぁんなんかも好きだなぁ・・・・・・。
次元もまぁまぁ、好き。
五右衛門は、チト勘弁かな・・・?(笑)

ともかく私の惚れる男の、永遠のテーマは、【どうしようもないけれど、何処か憎めない、味がある男】なのだ。(笑)

こんな私でも、恋多き時代があり、若い頃は結構モテた・・・・・・。
(イヤ! 本当・・・!)
男どもをブイブイ言わせてた頃も有るんだぞ〜〜!

では、私が、峰不二子のように良い女かというと・・・・・・お門違いである!
ごめんなはい・・・・・・でふぅ。(泪) 

ま、ルパンにいくら恋焦がれても、実際に居るはずもない架空の人物だし、私の事を『マキュキュちゅぁ〜〜〜〜ん!』などと追い掛け廻してくれる訳でもないので、映画を見る度、ひたすらルパンに片想いをし続けただけである。
決して報われることの無い想いに、何十年間、切ない溜息を吐いてる事やら・・・・・・。

そこで少し現実的に理想を語ると・・・・・・。
例えば芸能人で好きなタイプをあげるとしたならば、若手ではGTOの鬼塚役の反町隆史。
役柄とは無関係で、魅力を感じる芸能人は、萩原健一・役所宏司・明石家さんま・個性派の竹中直人・柄本明・(変かなぁ・・・・・・?)
少し年配では、藤村俊二さんなんかは、もう、大、大、大好きぃ〜。
一緒に居たら、とても愉しそうで可笑しそうで、大好きなのだ。
後、変り種では、ローリー寺岡とかも大好き。(ヤッパ変かなぁ・・・・・・?)(笑)


一般人で、私が好きになる男の条件は・・・・・・。


※声がセクシーな男。どちらかと言えば、くぐもった低い声の人が好き。

※食べ物を旨そうに、小気味よく平らげる人。

※酒が飲めて、煙草の吸える人。
(好きな男と、酒無しで楽しく会話するなんて、考えられないもの・・・・・・)

※少年ぽくて、きかん坊で、ロマンチストである事。

※シャイで、優しい灯が、心の奥に点っている事。

※チョット浮気っぽい事。

※人を思いやれる事。

※粋な人。センスの良い会話が出来て、愉しい人。

※ユーモラスな人。

※決して音痴では無い人。



逆に、生理的に絶対にダメな人は・・・・・・。

※人を見下してる人。威張り屋・偉ぶった男。

※物を食べる時、クチャクチャ音を立てる人。

※ケチ。

※しみったれ。

※スケベェ過ぎる男。

※甲高い声の男。

※神経質過ぎる男。

※無神経な男。

※真面目過ぎる男。

※夢の無い男。

※歯の抜けた男。

※馬鹿過ぎる男。

※利口過ぎる男。

※etc・・・・・・数えたらキリがないかも・・・・・・。

んで・・・・・・、この所の私の理想の男は・・・、と言うと。
最近、やたらビックラコイテしまうほど、がむしゃらに働き出し、やっと男とは何たるか・・・と言う事に目覚め始めた、夫のフゥーリィーな訳でして・・・・・・。

(こん位、胡麻を擂っときゃぁ、もっと稼いでくれるでしょう・・・プププ!)



















2003年04月27日(日)
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■ (日記)もう直ぐTOPのカウンターが10000だぁああああ


HP・TOPのキリ番10000ゲットは一体誰の手に?!

あれれ? という間に、後、15人ほどでHPのキリ番が10000になりそうです。
7月11日の一周年までには、10000は無理なく越すでしょう・・・・・・。
などと、2日3日前に書いたばかりなので、ビックリデス。

10000をゲットした方は、恐れ入りますが、BBSにご報告ください。
m(._.)m ペコッ
微量ながらも、信州のお味噌を送らせて頂きます。
(貧乏だから、気は心としてお受けくださいねっ!(^▽^;))

・・・・・・と、こんな事かいてる間にも10000になってしまいそうなので、取り合えず日記の続きは後で書きますね。
取り急ぎ、ご報告まで。


此処からは↑の続きです〜。

お陰様で10000ゲット者は、まりあっちゅさんと言う、お友達がめでたい事にゲットしたようです〜。

まりあっちゅ キリ番ゲット やったぁ〜!!(*'J'*)パオーンパオーン♪ オメデトウ♪('-'*)ピヨピヨ♪!!


お約束どおり、お味噌を送らせて頂きます〜。

サテ・・・次はBBSがもう直ぐ10000アクセスなので、皆さんも頑張ってください!

その時の懐具合で、又【気は心記念品】を送らせて貰いますよ〜〜♪

しかし、私が今朝HPを開いた時は、まだ9950くらいだったのに、今見たらもう既に10045くらいになってた〜。
と言う事は、今日だけで80人も来てくれたんだぁ〜。
嬉しいじゃ有りませんか・・・・・・。
もう少し、人気サイトランキングの投票と、エンピツの【文芸部門ランキング】投票箱をクリックしてくれると、尚更ありがたいのですが・・・・・・。(爆)
上位を占めて、是非、何処ぞかの出版社からお呼びが掛かるのを待ち望んでおりますので、皆様どうかご協力を・・・。
ルームに入るたびに、忘れずに【ポチッ!】と、押してくださいね〜。

色気サイトに押され気味なので・・・(^▽^;)

この↓の投票箱ですよ〜〜。(爆)





2003年04月26日(土)
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■ 【エッセイ】ポジティブシンキング&ネガティブシンキング


私は、どちらかと言うと、長年の間、ネガティブシンキング一直線だったんだと思う。
物事に期待をしなくなってから、もう、どのくらい経つのだろうか・・・・・・。
上手く事が運ぶに決まってる! などとは思えなくなってから、もう、どれくらい経つのだろうか・・・・・・。

期待をすれば裏切られるから、はなから期待しない・・・・・・。今度こそは大丈夫! と思ってやってきた事が、尽く崩れ去っていくから何も出来ない・・・・・・。信じ切ったた人に酷い仕打ちをされたから、人を信じきれない・・・・・・。ちょっと良くなれば、又、奈落の底に突き落とされ続けていたから、幸せな状態が怖い・・・・・・。
幸せな状態に身をおいて置くと、不安になって来て、自分から壊してしまう事もある。(アタシャ、マゾかい!)(笑)

そんな半生を生きて来たから、何時しか、物事に全く期待をしなくなって行ったのだ。

今度こそは大丈夫! って思っていた事がダメになると、失望感は倍増してしまうでしょう?(男に関しても、その傾向があるけど・・・笑)
最初からさほど期待してなければ、裏切られても傷つかないもの・・・・・・。

でも、ダメだ、ダメだ・・・と思っていた事が、成功したり、良い結果をくれたりすると、嬉しさも又倍増するのである。
だから、何時も自信を持てず、ダメ元みたいな感じで、オドオドと物事に対応して来た。

只、何が救いだったかと言えば、物事を突き詰めて考えるのが苦手な方なので、暗く落ち込む時間も短い。ケセラセラ的に、事なかれ主義で有った為、他の人なら自殺に追い込まれそうな深刻な事でも、神経を病んだり、又、怖がりなので、その方向に走ったりはしなかった。


そして、私の一番の悪い癖は、やりもしない内から、諦めてしまう所である。
【どうせ、私なんかが、今さら始めてみたって、もっと以前から才能ある人達がやり尽くしていて、それでも難しい事なんだから、無理に決まってるわよ・・・・・・。】

そんな感じで、何も進まないのだ。
文章を書く事もそうだった。書いてみたい気はするんだけど、自信が無い。

【どうせ続く訳が無い。どうせ大した物が書けるわけが無い。どうせ読んでくれる人なんか居やしない】そう思っていた。
【どうせ病】は、一生涯の私の持病みたいな物なのだ。(笑)

でも何故か、何でもいいから、書いてみたくて、書いてみたくて仕方が無かったのだ。(何かを吐き出したかったのかもしれない)
そして、そんな風に書き始めた文章が少しずつ溜まって来た頃に、HPに載せる誘いに乗ったのだけれど、乗ってしまってからも、どうせ病がちょくちょく顔を覗かせ、まるで自信が持てないで居た。

やがて、文章を人目に晒すようになり初めて、数ヶ月が過ぎた頃から、この日記サイトであるエンピツの投票箱に、ポツリポツリと投票してくれる人が出て来出し、【すごい! 私の文章なんかに票を入れてくれる人が居たんだ〜】などと、物凄く喜んだものだった。

一番ペケでも、私の名前が載るようになり、それが嬉しくて、少しずつ、上に名前が載っている人を目標に、書き続けて来た。

遥か彼方に名前を連ねてる人達を見ては溜息を吐き、(あんな所に行けたら夢見たいだなぁ〜)なんて思っていた。
そして最近になって、最大の目標だった、ひと月100票が達成し、次の月には、何と、その倍の200票が達成していた。
そして、今現在では、文芸部門で10位以内に私の名前が載っているのである。
この私がだよ? 信じられないでしょう? 
私だって信じられないもん・・・・・・。

私が今日、こんな事を書いたのは、別に自分の自慢をしたかった訳ではない。
私は以前も書いた通り、【努力・根性・忍耐】が最も苦手な人間なのだ。
私の座右の銘は、【馬耳東風・他力本願・棚から牡丹餅】と言う、酷い物である。

でも、好きこそ物の上手なれ・・・。と言う言葉のように、本当に書く事が好きで、夢中で書いていたら、知らない内にそうなってた・・・・・・。っていう感じなのだ。
だから、決して根性や努力の賜物ではないのだ。
自分で読んだら楽しそうな事を、私風に書いてるに過ぎないのだから・・・・・・。

だから、何をやっても自信が無い人や、ダメだと諦めている人が居たら、本当に元気を出して欲しいのだ。私だってやっと、ずっと続けられそうな物が、50才間近になって見付ける事が出来たんだもん。

何をやっても飽きっぽく、長続きしなかった私だけど、これに関してだけは、何時かプロになりたい!と言う目標を掲げながら、多分死ぬまで続けられそうな気がする。

夢のままで終わるかも知れないし、もしかしたら、ひょうたんからコマ、なぁ〜んて事もありえるかも知れない。と、微かな期待をしながら、楽しく書き続けようと思う。

あれほどネガティブだった私が、物を書くようになってから、こんなに明るく、ずうずうしくなったのだ。(笑)
だからあなたも何かの目標を持って、やり続けられそうな事を見つけてみてよ?
続けていれば、元からの才能なんかが無くたって、何かの答えが付いてきてくれるんだから。

今頃になって私は、徐々に自信を持ち始め、したがって、意欲も湧き、少しずつポジティブな考え方が出来るようになって来た所です。











2003年04月25日(金)
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■ (日記)飛んだ勘違い!!


つい先日の4月2日、皆様からHP一周年の、厚い祝福を受けたばかりだと言うのに・・・・・・。
私ったら、大きな勘違いをしていた事に、今になって気付きました。

よくよく考えてみれば、日記(文章)を掲載し始めてから1周年だった訳で、HPのTOPを見てみたら、何と、【2002年07月11日 17時01分59秒】という記述が・・・。
『この時計まるで使い物にならないわ! ずっと止まったマンマじゃない!』・・・なぁんて思ってたんですが、これはHPを立ち上げた日を表していたんですねぇ〜。【冷汗】

只今全国から ばぁ〜か♪ ばぁ〜か♪ ばぁ〜か♪ ばぁ〜か♪ と言う声が、輪唱の如く私の耳に鳴り響いています。(爆)

そう言えば、独立してHPを立ち上げる前に、友人のHPに間借りしていた時期があったんですものね〜。

アタシって、本当にドジ・バカ・マヌケ。&アルチューハイマー。(笑)

なので、本当のHPのお誕生日は、7月11日だったんですね。

と言う事は・・・・・・? 【ニタリ】 わ〜〜い♪ わ〜〜い♪ 又、皆からお祝いしてもらえるんだぁ〜。超〜LUCKY!!

↑救い様の無いアホ・・・。

今、TOPのカウント数見たら、9785だったから、この計算で行くと、一周年には、無理なく10000アクセスは突破してるだろうなぁ〜。(嬉しいなぁ〜)
単純計算で、一日、約30人もの人が私のページに足を運んでくれている訳だわ・・・・・。

どきっ!! 

嬉しくもあり、不安でもあり。

一周年までには、何とか、HPのリニューアルし直したい所だけど・・・・・・。
でも、単純明快さが私のページの見やすくて良い所だよ! なんて言ってた人も居るし・・・・・・。
皆様はどう思います?

しかも、未だPC技術&HP製作知識の進展、まるでなし!(泪)

なれど、せめて、【私のお勧め読み物ルーム】位は作りたいな〜♪
後、【童話達のお部屋】とか、【詩のお部屋】とかも良いかも・・・・・・。
そして、何か皆が遊べるお部屋も作りたいなぁ〜。


少し余裕が出来たら、家庭教師でも雇おうかなぁ〜?

と、

何の技術もないくせに夢だけは膨らむ、マキュキュでした。













2003年04月24日(木)
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■ (日記)昨日の答え&極限状態の貧乏替え歌


皆様、おはようございます。
昨日に引き続き、松本は物凄い寒さです。灯油が無くなって、既に10日以上が過ぎ、もう買うまい、もう買うまいと思っていたけど、辛いっす。
なんだか霜注意報が出ているほどだそうですよ。
桜も散ったというのに・・・、どういうことなんでしょうかねぇ・・・・・・ったくぅ。

サテ・・・昨日のクイズの答え、まだ掲示板には一つも書かれていませんでした。
(淋しいなぁ・・・・・・)
皆さん忙しくて、まだ読んでなかったのかなぁ・・・? (笑)

それでは、答えを書きましょう。

� 擇討�ない】の答えは、しんどい・辛いという意味です。

�◆撻坤�なし&マテイ】の答えは、ズクなし>やる気がない・根性がない。などを意味します。
まてい>丁寧・マメなどを意味します。

��サテ・・・、問題の・・・【いちゃついてなぁ〜で、お○んこしょ〜】は・・・・・・。
いちゃついてなぁ〜で>ぐずってないで
お○んこしょ〜>おんぶしなさい
と言う意味だそうです。
何かに微かな期待を寄せてた方・・・・・・、ごめんなさい。(笑)

私も、初めて聴いた時には、度肝を抜かし、コシが抜けました。(爆)
今でも、田舎の方に行くと、未だに使ってるお婆チャマが居るそうです。


サテ・・・次の話題・・・・・・。

全財産64円になってっから(ww)既に5日目(泪)
でも、今日は給料日の2日前。
後、2日だけだ〜〜〜〜〜〜〜〜!! 嬉しいなぁ〜〜〜。
本来は28日がフゥーリィーの給料日なのですが、28日が連休なので、あさっての金曜日になるそうです。LUCKY!!!
(とうとう食い繋いだぞ〜〜〜〜〜!)

でも、本当に今月は辛かった・・・・・。今も、払いきれなかった3社から電話が有りました。(冷汗)
各種返済だけでひと月15万も有るので、その他、家賃・電気・ガス・水道・電話・各種保険・ガソリン・新聞【安い小新聞】・煙草・食費となると、やっぱり二人で40は稼がないと厳しいのだ。
フゥーリィーの給料日の5日後には、殆どなくなっちゃうんだけど、せめて生活費として2万だけくらいは取っておかないと、生きていけないんだもん・・・・・・。
だから、仕方なくも、払いきれない所が幾つかは出てくる訳で・・・・・・。(大泣き)
今まで、私が2ヵ月半も無職状態だったので、毎月15万づつ赤字だった。
あぁ〜、惨め・・・・・・。
でも、もう大丈夫!
私が首にならない限り、再来月辺りからは、二人で40万は行くと思うので、贅沢さえしなければ、少しは余裕が出そうです。(ニコッ!)
来月は、私の初給料が半分くらいしかないので、又、チト厳しいかなぁ・・・・・・?
そこで、今日は、今の心境を替え歌にしてみました。


【替え歌】

お米もねぇ コーヒーもねぇ おかずも殆ど残ってねぇ
灯油もねぇ 暖炉もねぇ   寒くて毎日ブ〜ルブル

お酒もねぇ 煙草もねぇ 楽しみ何にも残ってねぇ
お金がねぇ 財産ねぇ 借金だけしか残ってねぇ

オラ こんな暮らしやだぁ〜 オラ こんな暮らしやだぁ〜
エッセイを 書くだぁ〜

エッセイ書いたら 一発当てて 松本で店やるだぁ〜〜〜〜〜♪


誰か、拾ってくらはい・・・・・・。(泣)


皆様も、多重債務には、くれぐれも、お気を付けてくださいね。
私のようにならぬよう、お祈りしています。(笑)








2003年04月23日(水)
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■ 【エッセイ】私が松本に来た理由、及び、松本のオモシロ方言


もう松本に来てから、早くも24年が経ってしまった・・・・・・。
と言う事は・・・、私が今、32だからぁ・・・・・・

ンなぁ〜訳ないか・・・・・・(爆)
(ゴホン!)え・・・っとぉ、私が今47歳だから、もう人生の半分以上を松本で過ごした事になる訳ですねぇ。(ショボン)

私が松本に来た本当のきっかけは、元の旦那様と別れるか別れないかを、旦那様と離れた場所で、冷静にジックリ考える事がそもそもの目的。

若気の至りで21などと言う若さで結婚し(相手は26の時)、新宿に在る彼の会社【広告代理店】を挟み、彼の実家(横浜)と私の実家(中野)を、半分ずつ往復するような結婚生活が続いていたのです。
互いに母子家庭に育った為、二人とも親は大事にしていたし、彼の仕事上、中野の家に寝泊りしていた方が都合が良い事も有ったから・・・・・・。でも、これは先方の親の了解を得ての事です。

しかし、半年ばかりの付き合いで結婚してしまった私達は、徐々に正体を表し始めた性格の不一致だの、互いの親の事で揉めたりが多く、又、元の旦那様も貧乏だったり、やきもち焼きだったり、甘ったれだったりで、(ねっ? 私って、金持ちの男とは、ほとほと縁がないでしょう?)結婚してから僅か1年で、もう、全く自信を無くしていました。

当時は、母が中野でレスト喫茶を経営していた頃で、そこの常連客に、松本出身の女子大生が居たのです。
私より5つ上の彼女は、ほぼ毎日のように、母の店に通い、私も自然に仲良くなり、一人っ子だった私は彼女を姉のように慕い、旦那様の悩みなども愚痴るようになって行きました。

それで彼女が卒業し、実家である松本に帰省する際、一緒に付いて来たのがきっかけなのです。
しかも、彼女の伯父さんにあたる人が、松本の教習所で教官をしていて、免許も安く取れると言うので、是非とも自動車免許が欲しかった私は、それも兼ねて(本当はそれがメインだったりして・・・)一ヶ月ほど彼女のアパートに居候させてもらい、冷却期間を置きながら、ジックリと、元夫との結婚を維持するべきか、傷の浅い内に別れるべきかを考えるつもりでした。
それで私は、見ず知らずの松本に来たのでした。

その先のドラマチックな波乱万丈人生は、又、オイオイ書くとして・・・・・・。(笑)
松本に来てから、真っ先に聞いた方言で、私は飛んだ赤っ恥を欠いてしまったので、それも今日のテーマの一つとして、書いてみようと思います。

それは、お世話になる彼女のご両親に、ご挨拶をしに行った時の出来事。
詳しくは、彼女の実家も喫茶店を経営しており、御母さまは喫茶店の方に居たので、玄関先に出て来たのは、お父さまだったのですが・・・・・・。

手土産などを持ち、玄関先で一礼し、「これ・・・、つまらないものなのですが・・・」と普通は差し出しますわよね? 手土産を・・・・・・。

そしたら、お父さま、手の平を上下にひらひらさせながら、「ま、置きましょ!」って言うのです。

『・・・・・・?』

私は、なにやら訳が解らず躊躇したのですが・・・、それも此処ならではの風習かと、持っていた手土産、並びにハンドバッグ等を、僅かにプ〜ンと匂いを放つ、彼女の弟などの靴どもが並ぶ玄関に、直接置いてしまった訳でして・・・・・・。

そしたら、今度はお父さまが、「・・・・・・?」のような顔をされていました。

『・・・・・・?』というまま、暫く二人で見詰め合ってしまった時の、あの気まずさは、未だに私の脳裏から離れません。

後に聞く処によると、「ま、置きましょ!」と言うのは、「そんな気を使わないで下さい」という意味らしく、遠慮を表す表現なんだとか・・・・・・。

それにしても、知らなければ置いちゃうわなぁ〜。(笑)

後々、その一説は、有名な語り草となり、今は亡きお父さまとお酒を飲む度毎に、酒のツマミにされた物でした。

他にも印象深い方言は、幾つか有るのですが・・・、では、今日は皆様にクイズです。(笑)皆様はこの方言の意味が、お解りになりますか?
中にはきわどい物もありますが、決してトンチではございませんし、大真面目です。ハイ・・・・・・。


では・・・。
【問題】
次の方言の意味を書きなさい。尚( )内は用いる時の例え、及びヒントです。


�,討�ない。
(昨夜は徹夜で飲んで、もう、てきなくて、てきなくて・・・・・・)

�▲坤�なし&まてい。
(しかしアンタはマテイだねぇ・・・、アタシなんてズク無くて、ズク無くて、最近は店屋物ばっかりだいね)

��ささ!何時までもいちゃついてなぁ〜で、はやぐ、お○んこしょ〜。
(これは現在は使われてなく、かなりのお年寄りが使う言葉だそうです)

サテ・・・答えはBBSにドウゾ。(笑)
全問正解の方には、私のサイン入り色紙をプレゼントいたします。(笑)
↑(いらないってか・・・・・・)

※ 答えは、明日の日記の冒頭に書きますね。
その代わり、今日投票してくれた人にしか、教えてやら無いんだから(笑)



2003年04月22日(火)
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■ (日記)スクラッチ製の宝くじ


この前、スクラッチ製の宝くじを5枚買ってみた。
仏壇に置き、祈りを捧げて早速削ろうとしたけれど、(愉しみは全て平等に分け合う)がモットーの夫婦なので、抜け駆けをするとフゥーリィーが臍を曲げると思い、暫く仏壇に置いたまま忘れていたのだ。

TVのCMで、スクラッチの事を思い出し、「ドレドレ・・・削って見るべかねぇ〜」と、ワクワクしながらジャンケンポン!
勝った方が三枚を後から、負けた方が二枚を先に削る事になった。

そして私は最初に削った物が200円当たっており、次に削った物は外れだった。

いよいよフゥーリィーの番。

2枚があえなく外れで、残すは最後の一枚。
それが・・・・・・、な、な、なんと、1と4のダブルリーチ♪
もったいぶって外側から徐々に削って行ったので、後は真中を残すのみとなったのだ。


1で当たれば100万円。
4で当たれば、1000円だ。

チビチビと、ど真中から削っていくフゥーリィー。
そして、フゥーリィーが叫んだ。

「マキュキュ!! マキュキュ!!! これは絶対に1だよ?! 100万当たった・・・・・・! 完璧! ・・・・・・見てご覧よ・・・・・・」
ど真中から途中まで数ミリ削られたソレを見てみると、確かにハッキリと縦棒が一本引かれているのが見える。

「うひょ〜、マ、マ・・・、マジで???」
私達は視線を絡め、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「だってもう、これは、1か4しかありえないでしょう・・・・・・。俺・・・怖い・・・! あぁ〜ドキドキだぁ〜・・・・・・」

フゥーリィーの息遣いが荒くなって来た。
鼻の穴がオッ広がって居る。
(多分私もであろう・・・・・・)
フゥーリィーの顔を見ると、興奮からか、球のような汗が吹き出ている。

真っ直ぐに線が引かれているという事は、確かに1か4しかないのである。

『100万当たったら、店出来るね〜』

「うんうん。細かいカードローンもいくつか整理できるしな!」

『うんうん、もときの蕎麦も食べにいけるね〜』

「おう! すし屋も行けるぞ!」

『フランス料理なんかも行っちゃう?』

「俺は勘弁だなぁ〜、ああいう雰囲気、食った気がしないもん」

『じゃぁ、思い切って温泉ぐらい行っちゃう?』

「おお! いいなぁ〜 マキュキュと二人で浴衣着てさ〜」

・・・・・・と、しばし夢心地のおしゃべりが続く。


サテ・・・・・・。
いよいよ続きを削る段階に・・・・・・。

もう二人の視線は数字に釘付け!
先ずは、右側だけを削って見る。

「何もないぞ・・・・・・!」

『オイオイ・・・・・・。(ゴクリ!)どうしよう・・・どうしよう・・・、100万円だ! 100万円だ! 神様・仏様・哀れな私達にお恵みを・・・・・・どうか100万で在りますように。頼みますから1で有りますように・・・・・・』


そして・・・、いよいよ左側へ・・・・・・。





すると、な、な、なんと、そこには、短い斜めの棒があるではないか・・・・・・。

【ガクッ!!!! 超ショック〜〜〜!!(泪)】

結果は、悔しい事に4だった・・・・・・。

「・・・・・・!」
『・・・・・・!』

『本当に、アンタの完璧って、当てになったためしがないんだから、もう!!』
「まぁ、そう言うなって・・・・・・」


ま・・・、それでも、たった5枚買って、1200円と言う事は200円の儲けである。凄い凄い!

「まぁ、よしとしよう・・・」
『うんうん・・・・・・、次は絶対に100万当たるような気がして来たわ!」

私達は、幾分引き攣りながらも、仲良く微笑み合った。

そして、その1200円は、次回のスクラッチの購入資金として、夢を託されたまま貯金されたのであった・・・・・・。



2003年04月21日(月)
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■ 【エッセイ】 やりたかった餃子Bar


 私は4年前の癌になる前、二つの店を持っていた。
(ジャニス【�機曚函▲献礇縫后抬供曄法擇匹舛蕕皺礁勝�

私がメインでやっていたジャニス【�供曚蓮■隠個擇曚匹療垢如▲團▲里鮹屬い疹�洒落た洋風居酒屋。

内装は私が業者に頼み、元々和風だった店をがらりと洋風に変えてもらい、店内も黒とグレーのモノトーンに統一した。
しかし、かつての内装を所々そのまま活かし、天井に在った白木の格子の梁と、それと揃いのカウンター上の灯り取り、大きな白木のカウンターと柱等の全てを、まっ黒に塗り直してもらった処、洋風のペンダント型をした洒落た照明と良くマッチし、まるで大正ロマンの頃の雰囲気を醸し出しているような、暖か味のある不思議な感覚の店になった。

ジャニス【�供曚蓮�客の年齢層も若く、40〜50種のオリジナルな手作りフードと、外国産のBeer・各種ドリンク・カラオケを置き、値段も安く、皆が気楽にガヤガヤ集まれるような、そんな店だった。
ピアノを利用し、偶にJazzやシャンソンのミニライブなども企画していた遊び感覚豊かな店だ。

もう一つのジャニス【�機曚蓮�元々は母が一人で始めた5坪程の小さな店。
カウンターだけで、収容人数10人強の、やはり、造りは洋風なのだが、そこも山小屋のロッジ風の内装で、小さいながらも暖か味のある店だった。

【�供曚鮨靴燭乏�店するまでの数年間は、私も自分の仕事が終わると母の店を手伝ったりしながら、徐々に顧客を増やしていたのだった。
その成果があり、母の店だけでは顧客を収容しきれなくなり、私が銀行から多額の借り入れをし、新たに店を始める事となったのだ。

双方の店は徒歩3分程の場所にあり、母は母、私は私で、張り切って互いの店を経営していくつもりでいた。

しかし私が【�供曚鬟�ープンして僅かひと月後、母が癌の病に倒れ、ジャニス【�機曚盪笋坊弍銚△�移り、それからは、病気の母の世話・当時小1だった息子の世話・ジャニス【�供曚琉飮�にと、てんやわんやだった私は、【�機曚諒�までは手が廻らず、学生のアルバイトなどを使ったり、代理責任者を雇ったりしながらジャニス【�機曚盂諒櫃径海韻突茲燭里澄�(発病4年後に母は亡くなったが・・・)

信頼して任せていた学生たちの卒業や、その後、中々良い人が見付からず、ただただ無駄に家賃を支払っていた時期も、少なくはない。
それでも、母の想い出が沢山詰まった店を、何とか確保しておきたかった。


それから十数年・・・・・・。

バブルも弾け、世間が不況に喘ぎ始めた頃から、諸事情が重なり、私も多額の借金に喘いでいた。そんな折、運が良いのか悪いのか、1999に道路拡張で、13年間愛され続けて来たジャニス【�供曚�立ち退きしなくてはならなくなり、借金の面では、何とか一命を取り留めた。
(もし、立ち退きになっていなかったら、心中してたかも知れない・・・・・・)

私はもう、大きな店をやる気などさらさら無かった。
私は、残された故郷のジャニス【�機曚如△海造鵑泙蠅函�餃子BARをやるつもりでいた。


餃子は私が十九歳の時に亡くなった、料理好きだったパパ(父)の、一番の想い出の逸品なのだ。

私が子供の頃、パパのアルバイト先の中華料理屋さんにしょっちゅう連れて行ってもらい、厨房でパパの餃子作りをじーっと見ていた。
両親が離婚してからも、パパとは交流が有ったので、やがてパパが始めた居酒屋でも餃子を出しており、アルバイトがてら、良く餃子作りを手伝わされたりしていた。
特にパパの餃子は天下一品で、皮の作り方から具の作り方まで、全ての手順を私は叩き込まれた物だった。

その経験と、パパの想い出の味を活かし、外国製のBeerとJazz。そんなお洒落な雰囲気の中で、若い女性客でも気軽に美味しい餃子をぱくつきながら、楽しく飲めるような、そんな店をやるつもりで、準備万端整えていたのだ。

10万もする餃子専用の焼き台まで用意した・・・・・・。それなのに、今度は私が癌になってしまったのだ・・・・・・。

そのお陰でジャニス【�機曚泙任癲⊆衒�さざるを得なくなったのだ・・・・・・。
癌の治療に何年掛かるか解らず、治るかさえも解らなかったので、その時点でジャニス【�機曚眥�めて、引き払ってしまったのだ。


やりたかったなぁ・・・・・・、餃子Bar。

パパとの想い出を、母の残した店で、何とか合体させたかったのだ。(笑)
それが私に残された、ささやかな夢だった・・・・・・。
二人の想い出に包まれながら、もう一度再出発をするつもりで居たのに・・・・・・。

餃子の他には、メニューには載せない私のオリジナル料理をお勧め品として2〜3置き、客達とワイワイガヤガヤ交流できるような、そんな小さくて、心の触れ合える店を、是非、私の城としてもう一度やりたかった・・・・・・。


今、我が家の台所の棚には、あの時意気揚揚として購入した餃子焼き機が、手付かずのまま、所在無げに横たわっている。


2003年04月20日(日)
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■ 【おまじない】効果テキメン! 猫が居なくなった時のおまじない!?


先ほど、親しい友人から泣き声で電話が有り、「どうしたのよ?」と聞くと、飼っている猫が行方不明になってから、もう3日目になると言う。
彼女の心配及び不安は、手に取るように解る。

以前この家に越して来たばかりの時、わが愛娘のミュウーも居なくなってしまった事があった。
まだ越してから3〜4日目の事で、荷物が片付く間は人の出入りが激しいので、人間嫌いのミュウーの事。可愛そうだけれどゲージに入れておいたのだ。

初めてゲージから外に出してあげた日の事、丁度季節は今頃のポカポカ陽気で、空気の入れ替えに窓を少しだけ開けておいたのがいけなかった。
ミュウーは窓から飛び出し、そのまま姿を消してしまったのだ。

その日も、その翌日も、翌々日もミュウーは帰って来なかった。
私もフゥーリィーも、それはそれは心配だった。子供より数段可愛い(子供!ごめん)ミュウーなのだ。(笑)
毎日毎日、必死で探し、動物病院から警察から保健所から、ありとあらゆる機関に連絡し、新聞にたずね猫として広告も出した。それでも愛しのミュウーは全然帰ってくる気配は無かった・・・・・・。

当時私はブティックに勤めていて、仕事も何も手に付かず、気もそぞろ。
ボーっと放心状態でいる私に、同僚が「どうしたの?」と心配げに声を掛けてくれたのだ。

事情を話すと、その同僚が「物凄く良く効くおまじないが有るのよ。騙されたと思って試してみる?」と、彼女はメモにおまじないを書き、その貼り付け方法を丁寧に教えてくれたのだ。

既にミュウーが居なくなって8日も経つので、私は半ば諦めながらも、家に帰ると早速そのおまじないを試してみたのである。

そして・・・・・・。
そのおまじないを貼り付けてから、何と2日目の、家出から10日も経った夜の事。
不思議な事に、本当にミュウーは、無傷で帰って来たのだ。
フゥーリィーと二人で抱き合って、歓喜の涙をヴォヮ〜ヴォヮ〜流した事は、言うまでもない。

そんな経験から、さっき、その友人に、そのおまじないを教えてあげた所である。
トマトちゃん、無事に帰ってくるといいなぁ〜。


そこで皆様にも、そのおまじないをお教えします。
是非、メモに書いてどこかに大切に保管して置いてください。

(方法)

先ず、その猫を一番可愛がっている人が、自筆で2枚のメモ用紙などに、縦書きでこう書くのです。


たち別れ
いなばの山の峰とうる
松としきかば
今帰らん

その紙を、一枚は正面玄関のドアの内側、ないし引き戸の内側に逆(さかさ)に貼ります。
そして、もう一枚は、玄関の真裏にあたる外壁に、正位置で貼ります。(雨に流れないようにラップか何かに来るんで貼ると良いでしょう)
そうして、ひたすら無事に帰るよう祈るのです。

もし、今現在、愛しい猫ちゃんが迷子になっている方が居ましたら、諦めないで試して見て下さい。100%とは言えないですが、きっと帰ってくると思いますよ。

もし、このおまじないをして、本当に猫ちゃんが帰ってきた人が居ましたら、ご面倒でも、ご一報くだされば嬉しいです。

猫ちゃんが無事で居る人も、どうか参考になさってくださいね。




2003年04月19日(土)
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■ (日記)ハテ・・・? 今日は何を書くべかね・・・


こう毎日毎日、日記を更新してると、段々書く事が無くなって行くわけで・・・。
しかも、今朝はチョットした野暮用で六時起きだと言うのニモカカワラズ、昨夜、チャット仲間のお話についつい入り込んでしまって3時までお付き合いしていたので(汗)、うららかな今日の春の陽気にひたすらネムイ・ネムイ・・・・・・。
今にも前頭葉から脳みそが溶け出しそうです。(怖っ!!)
仕事中に寝ちゃうかも・・・・・・。

そう言えば最近、何気に懐かしさと淋しさから、急に従姉妹(従兄弟も)に電話を掛けたり、東京に住んでいる90をとうに過ぎた祖母(チト複雑な人間模様アリ)【通称バァバ】と、電話で話したり、たった一人きりになってしまった叔母と話したりしている。

松本に移り住んでからは貧乏ゆえ、数年に一度くらいの割合でしか東京に行ってないので、しかも、冠婚葬祭の、葬ばかりが増えつつある年代で・・・、(汗)親族と顔を合わせると言えば、そんな時くらいになってしまった・・・・・・。

一人っ子で、父も母も当の昔に仏になっている私としては、血縁関係と呼べる者は、今では他人よりも冷たい息子意外には、淋しいかな、そのくらいだ。

誰も、「元気にしてるの?」なぁ〜んて、優しく電話を掛けてなどくれない全く持ってCOOLな親類ばかりなので(淋)電話代を気にしつつも、こっちからセッセセッセと掛けるしかないのである・・・・・・(泪)

それでつい先日も、そのバァバと話したのだが、いかんせん90過ぎのお婆様。
全くボケてなど居ないのですが、やはり、お耳もご不自由になりつつあって、私の話に、所々、的を得ぬチンプンカンプンなご返事が返ってくるんです。(笑)

例えば「今、松本は桜が満開なのよ〜」なんて言った矢先「そっちは桜はどうなのよ?」(泪)とか、「仕事がやっと見付かってさ〜」と言うと、「早く何でも良いから仕事を見つけなさいよね」とか・・・・・・(又もや泪)

しかも、お年寄りだから、お話が異様に長くなる訳で・・・・・・。
ありがたい事に、私の電話を歓迎してくれているのか、バァバの優しいサービス精神からなのか、心のたけを一気に話しまくる訳なのです。(苦笑)
オマケに途中で♪ピンポ〜ン♪ 等と誰かが来たらしく「・・・・・・」のまま、十数分。
私の心の中は、(電話賃高くなる・電話賃高くなる・電話賃高くなる・・・・・・・・・)と、この数文字が呪文のように渦巻いている訳でして・・・(冷や汗)

やっとこさ、戻って来たと思いきや、マタマタ長いお話の続きとなったわけで・・・・・・。

子機の電池は切れそうでピーピー鳴るし、出勤時間は迫ってくるし、それでも、何だか嬉しくて電話を切れずに居る私でした。(笑)

でも、元気そうで嬉しかったぁ〜。
このバァバという人は、一言では語れない聖母のような人なのです。
後日バァバの事に付いては、時間が有る時、改めてエッセイに書こうと思っていますので是非ご覧下さいね。


そして従姉妹の一人のPCがようやく完治したらしく、昨日初めてお写真ペッタンBBSに足跡を残してくれたらしいのですが・・・・・・見事に写真の貼り付けに失敗したご様子。(プププ!)
再度チャレンジを望む!
それと、普通のBBSにもカキコしてね〜。

子育て奮闘記、楽しみにして居りまするぞよ。

これからも宜しくね〜。

皆、私が居る事を忘れないで、偶には相手にしてよね〜〜(笑)






2003年04月18日(金)
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■ 【ミニエッセイ】 母のブロマイド


今朝、久々に母の夢を見た。

まるで、集金人か何かのように、突然母が家にやって来たのだ。
ピンポ〜ン♪ とチャイムを鳴らして・・・・・・。

母の姿は、若く美かった。
私が幼かった頃の母だった。

私は嬉しさと懐かしさで胸を詰まらせて「久しぶり・・・・・・。一体どうしたの? どういう風の吹き回し?」
そう聞いた。

母は普段通りの口調で「チョット探し物・・・」
そう言って、部屋中の引出しを開けている。

「何を探しに来たのよ?」
そう聞く私に苦笑し

「ほら、ほら、私のブロマイド用の写真が有ったでしょう? アレ知らない?」

私は微笑んで、「ああ・・・アレならアソコのアルバムの中よ?」
そう答えると、母は嬉しそうに「映画のオーデションが有るのよ・・・・・・。それに必要なの」と、子供みたいな笑顔を向けた。



母は写真をアルバムから剥がすと、大切そうに封筒に入れ帰って行ったのだ。

「何時も、私の事書いてくれてありがとう・・・。でも、悪口を書いたら承知しないわよ」
そう言い残して・・・・・・。

たったそれだけの夢である。


私は自分のしゃくりあげる声で目覚めた。
枕がびっしょりと濡れていた。


良い夢だった・・・・・・。 愛しい夢だった・・・・・・。


母は黄泉の國で、女優時代に戻っているのだろうか・・・・・・。


その母が探していた写真を、今日のBBSにUPする事にしよう。
きっと母は、それを飾って欲しかったに違いない。


母が大好きだった桜の季節が、今年もまた、松本にもやって来た。







2003年04月17日(木)
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■ (日記)テレアポ実践初日の感想・・・・・・・


いやぁ〜〜。昨日は疲れましたぁ〜。
と言うよりも、アレほどまでに、テレフォンアポイントメントに関し、世間の警戒心が剥き出しだとは、正直言って驚きました。
お陰様で初日にしてはマズマズでしたが、肩は凝るし目は疲れるし、急に視力が落ちてしまい、帰りの運転が怖かったです。

しかし、世間のテレアポアレルギーは、定着しつつあるようで・・・・・・。(苦笑)
社名さえも聞いてくれ様とはしないし、たまさか社名を出して、『あの・・・このたびは中学2年生のお子様を対象に・・・』と、説明をし始めると、その途端に無言で『ガチャッ!』
中には『バァ〜〜カァ!!』等と、ご丁寧なご挨拶をお吐きになった上、お宅の受話器が壊れるのではないか・・・と心配するほど、激しくお切りになられる奥様も居りました。(笑)
(何と心貧しきお方でしょうか・・・・・・、もしかして、かなりな欲求不満?)
何処そこの何々さん。 貴女ですよ、貴女! (笑)


内容の説明までをちゃんと聞いてくれる人は30人にたったの2〜3人。

まぁ、残念な事に、世間には本当に悪どいテレアポも多い事は現実で、そのくらい警戒しないと漬け込まれたり、返事の仕様によっては断った事にならない・・・。なんて言う詐欺的な物もあるらしいですね。
そんな酷いところが有るから、きちっとした会社までもがそんな目で見られるようになってしまう事に、遺憾の意を表したいです。ホント・・・・・・。
でも、大体は、ニュアンスとか売り物の製品で、悪どいか、ちゃんとしたアポかは判断できるはずですもの。

危ないものとしては、突然、おめでとうございます〜。何々が当たりましたぁ〜。とか、たったのウン百円でお試し出来る、なんたらかんたらがございます・・・と言うもの。(←これは、あくまでも今までの経験、及び、私の推測です)
そういうものは「ありがとう、でもその商品には、興味がないのよ。ごめんなさいね」と言って私も切ります。
中にはきちっとした物も多数ありましたし、後で購入した友達に聞いてみて、アァ・・・断らなければ良かった・・・なんていう物も有りました。
本当に良心的なもので、使ってよかったなぁ〜というものも有りました。

私の場合、社名、商品の種類までは、(自分がやっているからではなく)聞きます。それはきちっと断りきる自信が有るうえで、それでも、いろんな事に興味深々だからです。(笑)
テレアポの人にもサービス精神旺盛なので、「大変だろうけど、頑張ってね!」等、ねぎらいの一つの言葉も掛けてあげてしまいたくなっちゃうのです。(笑)

昨日はまるで、地獄の底から掛かってきた電話かのように、、、、まるで犯罪者か悪魔から掛かって来たかのように、手酷い切り方をする方が、多数いらっしゃいました。(笑)

かと思うと、本当に優しく、楽しく、受け答えしてくれる人も居て、同じ断られるにしても、とても後味の良い方もいらっしゃいました。
そんな人達は、きっと、キッチリした心豊かなステキな奥様なんだろうなぁ・・・。等と空想してしまいます。

テレアポをやっている方の中には、色々な事情を抱えてる人も居ます。
育児の合間を縫って、せめて住宅ローンの足しにしたい・・・と、やってる若奥さん。年齢的、健康的に、もう、長時間働けない人。急に会社をリストラされてしまった人。定年した人。嫁に阻害されて、ただ単に、淋しくて人と会話をするのが好きな人。病気の親の入院費を稼ぐ為、本来の仕事が終わって、なおかつアルバイトをしている青年。
私もそうですが、、皆さん、生きる為に必死でやっているのは事実なのです。
アポインターに罪はないのです。
そして、本当に、ちゃんとした商品を、ちゃんとした方法で勧めている会社も多いのです。

そこを少しでもご理解くだされば、嬉しいです。
少しでも、我々テレアポの心情をお察しください。


大体、私のような人間が、悪どい物などのテレアポが出来る訳も無いじゃないですか・・・・・・。(笑)
以前、知らずに詐欺のようなテレアポの会社に入ってしまい、一日で辞めました。
自分の良心が咎めるようなテレアポは、例え餓死したとしても、絶対に致しません。

清く、優しく、憎まれず・・・が、私のモットーですもの。










2003年04月16日(水)
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■ (日記)初仕事は研修に始まり研修に終わりました。【+オマケ付き】


昨日、仕事始めだったんですが、和気藹々とした研修のみ。
缶コーヒーや何かも飲みながらでよし、会社の概要を聞いたり、他社との比較を勉強したり、アポの取り方の説明を聞いたりビデオを見たり・・・・・・。

取り扱うのは中学生用の教材。教材と言うと山ほど送られて来るように感じるが、ほんの少しだけ。
年に5〜6回あるテストに出る問題だけを、集中して勉強する新システム。
教科書の著作権もちゃんと買ってあるし(これは他社一軒とわが社だけらしい)
アポを取る電話番号も、ちゃんと正規に役所で閲覧し、一つ一つ電話帳で調べた健全の物。
値段にしてもとても安い。教材が5教科全てで月5千円なら、年間で6万円。
一年単位で購入出来るから、ダメだと思えば止められるし・・・・・・。

塾と同じくらいだし、私も買って勉強しなおしたいくらい。
これなら誇りを持って、安心してアポが取れるとほっとしました。


今日から早速アポ取りをするようだけど、o(^o^)oドキドキ
なんか、話してるうちに、愚痴聞き屋になっちゃいそう・・・(笑)

おい! 諏訪に居る息子よ。
教材買って、二人で中学から勉強しなおすか? (爆)


と・・・・・・、ココまで書いて、一応日記を閉じたのですが、これでは、何か会社の宣伝だけ見たいで気がひけたので、(笑)オマケにチョコッとした超簡単・超リーズナブルなツマミ系おやつを一品紹介します。
(サービス精神豊かでしょう? ウッシッシ!)

【ポテトのバカウマ焼き】

材料  ジャガイモ(大きめ)2個
    玉ねぎ       1個
    粉チーズ      大さじ二杯
    ナツメッグ     少々
    塩         適当
    粒コショウ     たっぷり
    バター       大さじ2

【作り方】

ジャガイモ2個は、マルチカッターの様な太千切り用のカッターで千切りにし、そのままボールなどに入れてておく。(刺身のツマ用の細千切りでもOK)
【注:ジャガイモのでんぷん質を利用して焼く為決して水洗いしてはいけませんよよよ】
玉ねぎ1個も薄くスライスし、バター少々・塩・普通のコショウで炒めておく。

ジャガイモが入ったボールに、炒めた玉ねぎ・粉チーズ・塩・粒コショウ・ナツメッグ少々を振り入れ、手でゴニョゴニョゴニョゴニョと良く混ぜる。

それをテフロン加工を施した、焦げないフライパンで、たっぷりのバターで焼くだけなんですが、この時、ピザ・又は、お好み焼きの要領で、形を円く整えながら平たくし、蓋をして、中よりチョットの弱火でこんがり裏面がキツネ色になるよう注意しながら焼くのです。
そして、焼き色が付いたらひっくり返し、バター少々を足し、もう片面を同じ様に焼くのです。最後に蓋を取って水分を飛ばすように、両面をカリカリに焼いて出来上がり。
焼きあがったら、お皿に移し、ピザのように切り分けてガブッ!(笑)

ジャガイモのシャキシャキ感が多少残っててもOK!
何度も作っているうちに、焼き加減が自然に解って来ます。

これはとても美味しいので、是非作ってみてくださいね〜♪


【オマケのオマケ】
しかし、何時までも寒い・・・・・・。
灯油がスッカラカンになった我が家は、火の気が無い。
こうして長時間PCに座っていると、腰から足がジンジン痛い。
そこで私は今、毛布を胸から足元まで巻き付けて、この文章を打ってるんですね〜。
何ともまあ、ミズボラしき事でしょうか・・・【号泣】
何方か灯油のお恵みを・・・・・・。アーメン


2003年04月15日(火)
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■ 【エッセイ】  マキュキュの想い出箱(中学生編)後編


今日、日記を書きにココに来たら、何と日記のカウンターが【11111】になっていた。
キリ番、自分でゲットしちゃった!(笑)
仕事始めにふさわしいようにも思えて、何か嬉しい気分。


サテ・・・昨日の続きを書きましょうかねぇ・・・。
私が、一番愛しかった日々の想い出なので、思わず力が入ってしまってますが、何とか今日で締めくくりたいと思います。



 狭くて真っ暗な宇宙の中で、私達は不安と恐怖に打ち震えながら、じっと息を殺していた。しっかり(S)と手を繋ぎ、耳だけを研ぎ澄ませ、ひたすら外の気配を探るしか成す術はなかった。
自分達の心臓の鼓動が、はっきりと聞こえてくる。

ドアの開く音と供に数人の男たちがなだれ込み、ケント達に罵声を浴びせ掛けてている。

「テメーラ何時だと思っとるんじゃい!」 「浚うぞテメーラ!」 「金出さんかワレ!」
声の様子から、相手は少なくとも3人以上は居るようだ。

『ヤ、ヤ、ヤクザ・・・・・・?!』
『・・・・・・!?』

私達は声にならぬ声で囁いた。
私達は余りの恐怖でお互いに抱き合った。
「どうしよう・・・・・・どうしよう・・・・・・やられる・・・・・・売られる・・・・・」
私は心の中で、呪文のようにそう繰り返し叫んでいた。

「確か他にも女の声がしてたなぁ〜?」
一人の男の声に、私の体に、かつて経験した事のない恐怖の旋律が走った。
「神様お願いです。どうか気付かれませんように・・・そして、何事も起こらずこの悪夢が直ぐに覚めますように・・・・・・」私は必死で祈った。

「テープよ! テープを流してただけよ!!」
マリコさんの声がし、やがて、殴る蹴るの音と供に、ケントとタクボの苦痛に歪む声。それに被るように「何すんのよ! 止めてよ!!」というマリコさんの悲鳴が聞こえて来た。

やがて急に静かになり、ケントとタクボは外に連れ出されてしまった様子。

そして次に聞こえてきたのは、マリコさんの悲痛な泣き叫ぶ声。

たった一枚の襖の向こうで、マリコさんが今、数人の獣たちに、一体何の洗礼を受けているのかは、幼い私たちにも察しがついた。
必死で抵抗しているマリコさんに平手打ちを浴びせている残酷な音がする。
やがて時を置いて、マリコさんの泣き叫ぶ声も、ピタリと止んだ・・・・・・。

ピンクフロイドの【ユージン斧を振れ】の旋律が、まるで恐怖映画の効果音のように流れ、獣たちの卑猥な息遣いと、テーブルのグラスがリズミカルに触れ合う音だけが聞こえてくる。
きっとマリコさんは、順番に襲い掛かる獣たちに、歯を食いしばりながら、憎悪で冷め切った視線を投げ、獣達を嘲笑って耐えているのだろう・・・・・・。

私はここから出て行くべきか迷った。同じ仲間として苦痛を共有するべきだと思ったのだ。そうしなければならないと・・・・・・。
でも、そんな勇気は無かった。
出て行けば、きっとマリコさんと同じ目に会うだろう・・・・・・。
もしかしたら、それだけでは済まないかも知れない。
どこかに売り飛ばされてしまうかも知れない。
(S)もきっと同じ気持ちだったに違いない。
私達はただただ、声を殺して泣いた。限りない恐怖と、マリコさんへの申し訳なさで、心が張り裂けそうだった。

暫くすると獣たちが出て行く音がし、堰を切ったようなマリコさんのすすり泣く声が聞こえてきた。
直ぐにもう一度ドアの音がし、『マリコ・・・・・・』という聞きなれた暖かい声がした。
それでも私達は、怖さで身動き一つ出来ないで居た。

やがてタクボの手で押入れが開かれ、「もう大丈夫だよ」と痣だらけの顔をしたタクボが微笑んだ。
恐る恐る押入れの外の出てみると、全裸で毛布に包まったマリ子さんの身体を、やはり蒼痣だらけになったケントが優しく抱きしめ、無言であやすように揺すっていた。

「あいつ等は、誰なの?」
「あいつ等は、隣に住んでるチンピラとその仲間達さ。大丈夫、もう居ないよ。俺たちが渡した金で、どっか行ったんだろう、何時ものことなのさ」とタクボは首をすくめている。

マリコさんは私達に向き直ると、「ごめんなさいね、あなたたちに、こんな怖い思いをさせてしまって・・・」と、本当に申し訳なさそうに苦笑した。
私達はその言葉を聞くやいなや、マリ子さんに抱きついて、オイオイ泣きじゃくった。
言いたい言葉は山ほどあった。でも、私達に付いて出てくる言葉は『ごめんなさい』と、『ありがとう』の二言だけだった。
「気にしなくていいのよ。あなたたちが無事で居てくれて、こんなに嬉しい事は無いわ。さぁ、今日はもう帰りなさい。あいつ等が帰ってきたら大変!」
そう微笑みながら呟くマリコさんを、私はその時、【聖母】だと思った・・・・・・。

私達の恐怖に満ちた、長い、長ーい夜。
そして、初めて触れた本物の優しさ・・・・・・。
皆は身体を張って、仲間入りしたばかりの私達の事を、守り抜いてくれたのだ。


   ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ 
 
 
そんな事が有り、私達はその後も暫くの間【ダリ】に通い続けていた。
マリコさんは、あの後、自分の貯金と皆のカンパで、家を引越した。
サムライの宇宙は、マリ子さんが買った新しい襖と交換され、ずっと【ダリ】の壁に立て掛けられていた。

マリコさんは何事も無かったかのように、アンニュイな大人の微笑を浮かべ、何時ものカウンターの隅の席で、お気に入りの黒いノートに、私にはチョット難しすぎる詩を書いていた。

ケントは某ディスコの人気バンドのボーカルに引き抜かれたと、有頂天になっていた。

タクボは相変わらず【ダリ】にやってくる若い女性客をとっ捕まえては、「可愛いから、ただで占ってやるよ。どう?」などと言いながら、タロットカードを並べていた。

マサは何時も渋みの効かした顔で、マスター相手に穏やかにジントニックのグラスを傾けていたし、リミはトッカエヒッカエ、男を連れて来ては、マスターに「新しい彼よ」などと自慢していた。

麗美もマスターに「偶には手伝いなさいよ、偶には・・・」などと小言を言われながらも、私達のグループにすっかり収まり、サムライはマスターに頼まれ、トイレのドアにキリストのイラストを描いていた。
後にサムライはプロのイラストレターになったという。

酋長はマスターに叱られて、完璧にドラッグを止め、今度は電気ブランという酒にはまり、相変わらずラリっていた。
チョボはあちらこちらのディスコで主催するダンスコンテストで、何時も自慢のステップを披露している内、とうとうディスコの店員になってしまった。

その後、私は九段中学を卒業し、又中野に引越した。
大親友の(S)とも離れ離れになってしまい、私がトリマーの専門学校に通い始めた頃から、徐々に【ダリ】への足が遠のいていった。

そして、数年たった或る日、急に【ダリ】が恋しくなり、私はわざわざ出かけて行ったのだ。すると、もう【ダリ】は、跡形もなくも無くなっていた・・・・・・。


アレは私の理想の幻想だったのだろうか・・・・・・。

いや、確かに【ダリ】は存在し、皆があの店に居た。
あの店で笑い、あの店で泣き、あの店で怒り、あの店で成長した。


私は今でも、しょっちゅうあの頃の事を想い出す。
皆が家族以上の絆で結ばれていた。心優しい仲間達。

みんなどうしているんだろう・・・・・・。
皆、今でもどこかで元気に暮らしているのだろうか・・・・・・。

あの、なんとも不思議で、幻想的で、優しくて、温かで、愛しかった日々に、たとえ一日だけでいいから、もう一度だけ舞い降りてみたい・・・・・・。

あんな掛け替えのない優しさに触れる日々は、私の人生の中で、もう二度と来ないだろう・・・・・・。

私はフ・・・と、サムライの宇宙の行方が気になった。
もしかしたら、あの宇宙の中に、皆の想いも星となって、溶け込んでいるかもしれない・・・・・・。












2003年04月14日(月)
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■ 【エッセイ】  マキュキュの想い出箱(中学生編)中編


中3になった私と、高校に進学した(S)は、夏休みを期に【ダリ】の大常連になっていた。

双方の母達も、そんな不良振りに感づいてはいたらいが、話の解る親と言うか・・・、放任主義と言うか・・・、私達が決定的な悪さはしないだろう・・・と言う確信(?)が有ったのか・・・、私と(S)の母は、私達に内緒で【ダリ】に出向いていたらしく、『今は止めても無駄なようなので放って置くけれど、くれぐれも娘達が馬鹿なことだけはしないように、私達の変わりにちゃんと厳しく叱り付けてね!?』と、マスターと仲良くなって、ちゃっかりマスターに私達の見張り役を頼んでいたらしい。
さすが私達の親だけの事は有る。
天晴れ!母ドモ。(爆)

当時の【ダリ】の集合メンバーは約11人。

一番年上で、私達のママ的存在だった詩人のマリコさん。黒いロングドレスがお気に入り。何時も気だるそうな微笑を浮かべ、チンザノを片手にカウンターの隅で詩を書いていた。

若い占い師のタクボは、調子の良いナンパ師。私からはお金を取るくせに、ちょっと可愛い女の子にはタダで見てあげている所が気に食わなかった。

ミュージシャンでボーカリストのケントは、ミックジャガーに狂っていた。歌い方までそっくりで、ケントのシャウトはかなりセクシーで、私もファンの一人だった。

ビートルズに狂い、何時も幻想的なイラストを描いていたサムライは、チョット気難しくて、同じメンバーの酋長と、良く宗教の話で遣り合っていた。

マリファナと頭痛薬で始終ラリっていたインド狂いの酋長は、年は若いが何処から見てもじいさんポイ。ガリガリの身体に長い髭を生やした容姿は、酋長と言うよりも、年老いたキリストみたいだった。

可愛くてみんなのマスコット的存在だった孤児のリミは男好きな女の子。
最年少の私を捕まえては、男の口説き方を伝授してくれる。
でも、私はその手に掛けてはオクテだった。
私が処女だと告げると、ものめずらしそうに私を見ていた。

踊りが最高に上手なチョボは、所構わず踊り出す。確かにチョボのステップは見事だけど、ユアーズで踊るのだけはやめて欲しい。

マスターの娘さんで、大学生の麗美は、とても真面目な学生さん。でも何故か私達のグループに興味深々でいつのまにかグループの一員になっていた。

私達のパパ的存在だったマサは、私達子供には全然興味が無いようで、私達の顔を見れば説教ばっかりしている。「子供は早く帰って寝なさい」だとか、「人攫いに会うぞ〜」等と言いながら渋い顔をしてマスター相手にポーカーなどをしているだけ。でも、笑った顔が何とも暖かくて、本当は優しい人なんだと思う。

そして一番最年少の私と(S)。
(S)は飛び切りの美人で、お色気もあるので、皆に人気が有った。
リミと(S)は男ドモの人気を二分してたと思う。

そして私は、何故か皆から『チビスケ』と呼ばれていた。
犬じゃ有るまいし・・・・・・ったくぅ・・・・・・。


皆、気のいい仲間達で、家族以上に優しく、信頼出来、誰もが皆温かだった。

そんな奇妙なメンバー達が、【ダリ】に集まっては、毎晩のように色々な事を熱く語り合ったり、六本木のディスコ(ゴーゴー喫茶とも言うが・・・【汗】)などに繰り出したり、仲間の安アパートに押し掛けては、男女の関係には発展し得ないファミリィー的な意識の中で、雑魚寝したりしていたのだ。


ある日、何時ものように【ダリ】で盛り上がっていた私達は、閉店後も話し足りなくてマリコさんのアパートに遊びに行ったのだ。
私はマリコさんに憧れていたので、誘いを受けた時は、初めて一員として認められたみたいで、物凄く嬉しかった。

確か、その時のメンバーは、ケントとタクボと私と(S)の5人だった。
マリコさんのアパートは【ダリ】から歩いて十五分程の場所にある、古いコーポ式のアパートだった。それでも、マリコさんが仲間内では一番リッチでお洒落に暮らしている人だった。
部屋に入ると先ず最初に目に飛び込んで来たものは、押入れの襖全体に描き変えられた見事な宇宙の絵だった。(仲間のサムライが描いた物だという)
とても神秘的で美しく、部屋の電気を消すと、宇宙だけが浮き出て見える。
私は一瞬でマリコさんの部屋の虜になった。
「此処を出る時、さぞかし大家さんが度肝を抜く事でしょうね〜」マリコさんは可笑しそうに笑っていたっけ・・・。
アンティークな家具が置かれ、サイケデリックなイラストや絵画などに囲まれたその部屋は、とても不思議な魅力があって、私はただただあんぐりと口を空けて、見惚れていた。

そして暫くの間、ピンクフロイドをバックに、マリコさんの詩について、皆でワイワイ雑談していた時だった。
突然ドアを叩き破るようなけたたましいノックの音がしたのだ。

『け、警察か!?』
ケントの声に未成年の私達は蒼ざめた。
でも、それは警察ではないと直ぐに解った。それは、もっと恐ろしい物・・・・・・。
「又あいつ等だわ!」マリコさんは吐き捨てるようにそう言うと、「この子達を早く押入れに隠して!」とケントたちに叫んだのだ。

「いいね? 死んでも声を出しちゃダメだよ!」皆で私達を宇宙の中に押し込めると、「心配しなくて大丈夫! 此処は聖域だから!」と、そっとウインクをしたのだった。

(今日で終われそうも無かったので、又明日、この続きを書きますね)



2003年04月13日(日)
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■ 【エッセイ】 マキュキュの想い出箱(中学生編)前編


 しかし、何時までも寒いですねぇ・・・。今年の春は一体何なのでしょうね?
もしかしたら、もう一回くらい雪でも降るんではないか? というほどの寒さです。今日の松本はどんよりと曇り、今もファンヒーターのお世話になっています。
(アァ、灯油が後わずか・・・。しかも、もう今年は買えそうもない・・・【泪】)

そして、こうして自由な時間にパソコンの前に座れるのも明日まで・・・・・・。
あさってからは、今までの遅れを取り戻すべく、仕事に精を出します。
でも、日記の更新は私の命なので、極力続けますので、これからも応援して下さいね?

サテ・・・、昨日に引き続き、マキュキュの想い出箱、中学生編を書きましょうかね・・・。


 九段小学校を卒業し、九段中学に入学した私は、相変わらず、夕方になると自分の店へ出掛けてしまう母との二人暮し。
最も、私と母が世田谷の家を出て、幡ケ谷の叔母の家に間借りしていた頃から、母には妻子持ちの恋人が居た。(昨日はその事に触れるのを、ついつい、忘れていたです(笑))
その人は母より一回りも年上。処が実にマメな人で(笑)、ちょくちょく家に来ては、半分は私達と一緒に暮らしているようなもので、本妻と母との間をあしげく通い、私に【お父さん】などと呼ばせていたのだ。【後にこの人と母は、母が亡くなるまでの長〜い付き合いが続く事となった】

 当時母は、九段の一口坂という場所に、銀座の有名店から引き抜いた職人3人を雇い、素晴らしく美味しい焼き鳥&釜飯をメインに、数々の肴でお客様をもてなす、小さいながらも、和洋折衷のチョット小洒落た居酒屋と、その店の2階で、高級雀荘を経営していた。
客の中には芸能人も多く居て、お忍びで来るには最高の店だったらしい。

そして中学生になった私は、急に悪友も増え、【親より友達!】の世代になって行く。
当時の私の親友は、母が九段の人気芸者・父がマフィアの大Bossという、一級先輩の、筋金入りの超美人(S)。
家も近く、親に対する虚しさや反発、淋しさなどを語り合う内、互いの家に寝泊りするほどの親密な付き合いをするようになって行った。
双方の親同士も身内的な付き合いをしていた。

互いの親が夜居ないのを良い事に、互いの家に勉強をしに行くと嘘を付き合い(笑)中学生の分際で化粧を施し、夜の街へと【本格的不良デビュー】を果たした訳だ。

1970年代は、ハードロック真っ盛り。わが国でも、グループサウンズ真っ盛り。
街中に愛と自由のムードが流れ、超ミニスカートにマキシのベスト・ロンドンブーツ姿のヒッピー俗やら、絞りのTシャツに裾をほどいてヒラヒラにしたピチピチジーンズのフーテン族やらが、(ヒッピー&フーテン族の違いは未だ解らぬままだが・・・)街のあらゆる所でたむろし、サイケデリック真っ只中。街のあっちこっちで幻想的な音楽が流れ、【皆でラリれば怖くない】とばかり、何処を見てもラリパッパァ〜♪な人々で溢れかえっていた。

ジャニスジョプリン・ディープパープル・ピンクフロイド・ユーライアヒープ・ローリングストーンズなどに囲まれ、私と(S)は、親しくなったディスコ仲間のお父さんが経営するという、【ダリ】(仮名)という神秘的で風変わりな深夜喫茶に出入りするようになり、徐々に怪しげな世界へとのめり込んで行くのだった。

(長くなりそうなので、この続きは、又、明日書かせていただきます)



 


2003年04月12日(土)
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■ 【エッセイ】 マキュキュの想い出箱(小学生編)


ともかく、私は大の勉強嫌いな子供だった。
勝手気ままな母のせいで、2度も転校を余儀なくされたのも、その理由の一つだけれど、幸か不幸か、私は母子家庭で鍵っ子暮らしが長かった為、我が家には『少しは勉強なさい!』などと口うるさく言ってくれる人も居なかったのが、勉強嫌いに拍車を掛けた。
これ幸いと、漫画三昧、TV三昧の自堕落ぶり。

それでも、世田谷の家を出るまでは、決して勉強嫌いではなかった。祖母が国語や算数は結構見てくれていたし、パパもママも家に居る時は勉強に付き合ってくれていた。
本来、【誉めてもらいたがり屋さん】の私は、3年生までは、中の上くらいの成績だったのだ。
しかし、両親の離婚を期に、半年間、間借りしていた幡ケ谷の叔母の家に移った時点で、勉強という二文字に、完全に【さよなら】を告げたのである。(笑)
それから中野に一年半、それからマタマタ九段にお引越し。(忙しいわ・・・)

これも言い訳がましいが、何故か科目の進み具合が、転校する度に以前の学校より数段上を行っていて、もう、何の教科書を開いてもチンプンカンプンだった。
九段時代は、もう、見知らぬ外国にたった一人取り残されたような感じ。(笑)

遠慮深く、内気だった私は、友達作りもあまり得意ではなかったので、自然にクラスの落ちこぼれになったのだ。(笑)

勉強もわけが解らず、特別な友達も居ないと言う事になると、学校に行っても全然つまらない。
九段小学校に転校したばかりで、5年生だった私は、或る日、どうしても学校に行くのが嫌で、溜め込んでいたお小遣いと、内緒で作ったお弁当をランドセルに入れ、母には学校へ行くフリをし、初めての【不良】デビューを果たしたのだ。

最初の行き先は九段探索。靖国神社・千鳥ヶ淵から武道館の周辺をプラプラ宛てもなく散歩していた。
北の丸公園のベンチでお弁当を食べたり、漫画を読んだり、ボートに乗っている人々を眺めたり・・・・・・。
午後になって、退屈した私は、一人チンチン電車【都電】に飛び乗り、初家出。

行き先は、新宿の伊勢丹デパート。
コインロッカーにランドセルを仕舞い、代わりにランドセルからお出かけ用の小さなバックを取り出す。(←用意周到)
そして、デパートの屋上下のぺットショップにまっしぐら。

何時も日曜の度、母と買い物に行っているデパートなので、勝手知ったるなんとやら・・・・・・。
買い物に明け暮れている母に「アソコに居るからね」という暗黙の了解で、楽しみな外食の時間が来るまで、そこで一人、可愛いペット達を何時間でも飽きずに眺めているのだった。

犬や猫はもちろんだけど、その頃は、真っ白な大きなオウムが私一番のお気に入りだった。
人が近づくと、「こんにちわ・ごきげんよう」と、ちゃんとお話もしてくれる。
人懐っこくて、鳥篭の隙間に手を入れると、頭を掻いて・・・と、首を摺り寄せて来るのだ。それが本当に可愛くて仕方なかっなぁ〜。
そして、悪戯っ子だった私は、そのオウムに会うたび、ずっと前からコッソリ内緒で、ある言葉を教えていたのだ。

「三越・三越・三越・・・・・・」と。(爆)
それを、ようやく言えるようになったオウム君に一目会いたくて、思わずチンチン電車に飛び乗ってしまった訳だけれど、平日の昼過ぎ、小学生が何時間も一人で居る事に不信に思った店員に尋問され、しどろもどろの嘘を付いてもバレバレで、母に連絡されてしまい、あえなく私の初家出は失敗に終わったのだ。(爆)

オマケに、【伊勢丹】のオウムに【三越】と教えたものだから、店員に白い目で見られ、大恥をかいた母に後々こっぴどく叱られた・・・・・・。

以後、ペットショップへの立ち入りが禁止されてしまった事は、いうまでもないです。ハイ・・・・・・。
後、デパートのマネキンのカツラをずらしたりもして、良く叱られてました。(当時のマネキンは、ちゃんとカツラを被っていたのです)

そんな不謹慎で、どうしようもない小学生でした。(笑)




2003年04月11日(金)
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■ (日記) 書くって難しい・・・・・・。


私は毎日毎日つらつらと、この日記に色々な思いを自由自在に馳せている訳だけど・・・・・・・。
此処で、「チョット待てよ?」と思いはじめた。

私の場合、物を書く時、先ずはBBSに書き込みをしてくれている人の事を頭に思い浮かべる。
次に、ネット繋がりの色々な人達・・・・・・。
そして最後に、身近な友人たちの顔。

あぁ〜、あの人が読んでくれているだろう・・・。あぁ〜、この人も読んでくれているだろう・・・。
そう思いながら書いている事が多い。

そう言えば、誰かさんが今度ナニナニの事を書いて〜って言ってたなぁ、と思い出し、リクエストに答えて書く時もある。

でも、昨夜、友達とオンチャをしながら聞かされた事で、私はハタ・・・!と、今更ながら気付いた事がある。
当たり前田のクラッカーなのだが・・・、【←古過ぎて、解んない人の方が多いんだろうなぁ・・・・・・(笑)】

それは、私に全く触れていない観覧者が、実に多いのだと言う事だ・・・・・・。
要するに、ネット上、接触の全く無い観覧者だ。
(多分その方が遥かに多いだろう・・・・・・)

それを考えると、何処のどんな人達がこれを読んでくれてるのかなぁ〜?
今日の、この文章は、誰が共感してくれて、誰が【オイ!アイツ、又こんなくだらない事書いてるよ】などと思ってるのかなぁ〜? なんて、思わず想像を巡らせてしてしまう。(笑)

それが魅力でもあり、又、チョット恐ろしい気もする。

私はプロの物書きではないので、自由気ままにくだらない事を書き連ねていれば良い訳だけれど、自分の書いた物の中には、【これって、もしも私がプロ作家だったら、そこいら中から講義の電話が殺到するんだろうなぁ・・・】とか、【良くこんなもん書いて、金貰ってるよなぁ〜】なんていう声も聞こえてくるようで空恐ろしい。

それに加え、カウンターの数や観覧者が多くなれば多くなるほど、なんか当り障りの無い、つまらないものしか書けなくなるようで、それはそれで自分らしさが徐々に無くなってしまうような気もする。

ハテ・・・・・・? こんな事を考えるようになったのは、私の成長かな?
少しは、プロに近づいているのかな?
なぁ〜んて、自分勝手に感じてるんであります。(笑)

誰も傷付けず、誰の反感も買わず、暖かく、読み心地の良い、楽しく笑えて、泣けるマキュキュワールドを書く・・・・・・。

これが私のコンセプトだけれど・・・・・・。

誠持って難しい・・・・・・。
無茶すぎる・・・・・・。



※PS 【お知らせ】

最近、ネットサーフィンをしてたらたどり着きました〜。と言うBBSの書き込みで、ウイルスを振りまいている方がいるから気を付けるように・・・と、ある方がアドバイスをしてくださいました。
そこで、私の大切なBBSのお客様達に、もしもの事でご迷惑をお掛けしたく無い為、初訪問の方はURLを書いてくださっても、書き込みごと削除せざるを得ない場合がございます。どうかお気を悪くなさらないで下さい。

嫌ですね・・・・・・。何の悪意の無い方の事まで疑って掛かるのって、大変心苦しいのですが、そういう悪戯が多いのも又事実なようで、とても残念です。
そういう意味からも、安全第一を考えたいので、どうかご理解くださいませ。

HPの宣伝をなさる方は、ある程度常連さんになってから、URLを貼り付けてくださいネッ!






2003年04月10日(木)
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■ 【ご報告&料理エッセイ】お陰様で仕事が決まりました〜。


皆様、お陰様で仕事にありつけました〜。
月曜日から働きに行きますぞ〜。
これでホッ!と、一安心。肩身の狭い思いをしなくて済みます。(笑)

我が親友が助けてくれたので、何とか給料日まで食い繋げそうだし、ガソリンも入れられる・・・・・・。
なんせ、仕事決まっても、仕事場に通うガソリン代も無かったほどなので・・・・・・。

給料日もフゥーリィーと半月程ズレているので、凄くLUCKYです。

あぁ〜〜、何だか仕事してなかったのは2ヶ月だけなのに、何年もサボってたみたいに後ろめたい気持ちだったから、物凄く嬉しい。

これでやっと、ド貧乏から、普通の貧乏くらいにはなれそうです。(笑)



サテ・・・今日の本題です。

最近私は何故かうどんにハマっている。
元々私は蕎麦キチガイで、うどんはあまり好きじゃなかったんだけど、最近、特にお酒を飲んだ後はさっぱりしたうどんが恋しい。

スーパーに売ってる、カトキチとかの冷凍のうどんで充分。(汁は付いていないやつ)5タマか6タマ入りでたしか200円〜300円くらい(?)

たっぷりのかつおとコンブで、ちゃんとダシ汁を取るのは不可欠だけど、そこそこコシも有って、安くて美味しくて馬鹿にならないものなのです。
後は赤穂の天然塩を少々、醤油もほんの一回しで出し汁に味を付け、うどんをそのまま入れる。(極々品の良い薄味に)
うどんがほぐれたら、増えるワカメ少々、揚げの千切り、ネギの薄斜め切り5枚、タマゴ一個を割り入れ、ほんの少しだけ煮れば出来上がり。
仕上げに揚げ玉を入れれば、京風さっぱりうどんが完成。

御出しが効いてて、旨いウマイ・・・・・・。

私の子供の頃、母や祖母が作るうどんは、蕎麦つゆのような甘じょっぱい出し汁のうどんが多かったけれど、私は断然、天然塩とほんの隠し味程度の醤油のダシが好みだ。

このうどんを、私の店で出したかったんだよね〜。
サッパリ京風鍋焼きうどん¥800円で。(笑)
絶対に売れる自信あるもん。

旦那様が酔って帰ってきたら、是非作ってみてください。
きっと喜んでくれると思いますので・・・・・・。








2003年04月09日(水)
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■ (日記)明日は仕事の面接に行ってきます〜。


神様今度こそ、仕事に付けますように〜アーメン・・・。
・・・と言う訳で、明日待ちに待った面接に行ってきます。

今日も3軒ばかり、返済の督促の電話が掛かって来ました。

『あの・・・、大変申し訳ないと思っています。今、私が無職なもので、遅れ遅れになってるんですが、明日面接行きますので、今度こそ仕事決まると思うんですね。だから、もう少しだけ待っていただけないでしょうか・・・?』

「ハイ・・・。皆様それぞれにご事情がおありなのは解ってるんですけれど、これ以上お支払いが遅れると、一喝返済と言う事になってしまいますが・・・・・・」

『でも、本当に今は無いんです。私は逃げも隠れも致しません。生活費としてのストックも無いほど、順番に支払って行ってる事は確かなんです。主人の給料の殆どを家賃と返済に回してるんです。でも、今はそれでも足りなくて・・・・・・。決して贅沢をしながら無い無いと言ってる訳じゃないんですよ。精一杯の事はしているつもりなんですが・・・・・・』

「ええ、ええ、ご都合はおありでしょうが、当社といたしましても・・・・・・」

『だから、余裕が出来次第、ちゃんと多めに払いますから・・・・・・。本当に今現在、もう2000円しか・・・・・・』


こんなやり取りを毎月してると、もう本当に、洞穴でも掘って、その中で干乾びちゃっても良い・・・って気持ちになってくるものなんですよね〜。(爆)

私だって何とかしなきゃ・・・ってそう思い続けて頑張って来たじゃないですか。
だからこそ、良かれと思って選んで来た道が、ことごとく崩れて行けば、本当にもう、どうしていいか解らなくなるもの・・・・・・。
言い訳がましく聞こえるかもしれないけれど、人間の長い道のりの中で、嘘のような本当のアクシデントが、立て続けに起きる事もあるでしょう? 
本人達が幾ら頑張ってても、幾ら頑張る気持ちが有っても、どうにもならないことだってあるでしょう?

でも、何とか自力で這い出したいが為に、文章を書いてみたり、愚痴聞き屋を始めてみたりと、これでも、私に出来る範囲の努力はしているじゃないのよ・・・・・・。

私はそんなにずるがしこい人間ではないし、何年掛かろうが、借りた物は返しますともさ・・・・・・。だから、お願いだから、もう少しだけ待ってよ・・・・・・。

なぁ〜んて言ってみたって通じやしない。(爆)
きちっと返せていた頃は、借りたくも無いのに『借りてください、借りてください』ってペコペコしてたくせに、チョット遅れれば矢継ぎ早の催促・・・・・・。

それだって、元金減らせなくたって、利息だけでもず〜っと、ず〜っと5年も払い続けて来たじゃない・・・・・。もしかしたら、もう、元金以上に利息を払っているかも・・・。

少しくらい、努力を認めてよ・・・。努力を・・・・・・。
少しくらい待ってよ! 少しくらい!

私の一万円が少しくらい遅れたからって、会社潰れないでしょう?
その一万円で、半月も持たせなきゃならないんだから・・・私は・・・・・・。

あぁ〜万事急須。お手上げ状態。(爆)

もう、矢でも鉄砲でも、持ってきやげれってんだ!
好きにしとくれ!
さぁ殺せ〜っ!!(爆)
開き直るつもりなんか毛頭ないけど、私は魔法使いじゃないんだから・・・・・・。


あ〜早くこんな生活から脱皮したい。(泪)
あ〜神様、仏様。明日の仕事、今度こそ、絶対に決まりますように。
そして、こんな私にご慈悲を・・・・・・。

皆様も祈っててください。明日の仕事が採用されるように。

アーメン。






2003年04月08日(火)
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■ (日記)BBS【掲示板】について、暖かいMAILが・・・


昨日、とっても嬉しいMAILを頂きました。
(日記に公開の許可を取っていない為、名前は伏せておきます)

【マキュキュ様、何時も貴女の日記を読んでいます。人気サイトランキングに突然浮かび上がって1位になっていたので、どんな人のどんな日記なのか、興味がありました。今ランキングは落ち着いているようですが、安定しているのは実力だと思いますよ。
去年の4月2日の日記から、時間を掛けて全ての日記を読んでみて、ものすごくマキュキュさんのフアンになりました。
ゲラゲラ笑ってしまったり、オイオイ泣かされてしまったり、フムフムうなづかせてもらったり、よしっ!と励まされたり、夢中で読んでいるうち、読む物がなくなっちゃったんで、今度はBBSを端からずっと読んでます。
ステキなお仲間に囲まれたBBSですね。
マキュキュさんのまわりの人達も、物凄く暖かくて、あなたとのやり取りを見ていると、私も仲間に入りたいと、羨ましく感じました。
でも、私はBBSへの書き込みは苦手だし、あまり好きではないので、当分は観覧者で居たいと思います。でも、入ったら暖かく迎え入れてくれそうなBBSなので、何れ伺うかも・・・。(今、誘惑と戦っていますww)その時は、どうかよろしくお願いします。】

○△さんと言う人からの、このMAILに、私は舞い上がって喜んでしまいました。
嬉しいですよね〜こんなMAILって・・・・・・。
100倍頑張ろう!! って励みになりました。
本当に、一年間育んできた事が報われたような、そんな気がしました。

○△さん、本当にお返事にも書いた通り、私はもちろんの事、からくり仲間達も、皆喜んで受け入れさせていただきますよ〜。
一日も早く【マキュキュのからくり愚痴聞き屋】のノレンをくぐってくださいね。

その他の読者の皆様も、どうかお気軽にノレンをくぐってくださいましな。
きっと、心に暖かな風を送り届けられると思いますよ。

【マキュキュのからくり愚痴聞き屋】従業員並び、スタッフ一同、心より皆様のお越しをお待ち申しておりますので・・・・・・。








2003年04月07日(月)
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■ (日記)脱・顔文字宣言。


私は今まで、この日記に随分と色々な顔文字を使って来ました。
皆様ご承知の通り、私の文章は幼稚で節操が無く、時に暴走しがちだけれど、私が思うに、多分色々な年齢層の方々が、【マキュキュのからくり箱】を読んでくれていると思うのです。

私のサービス精神&スケベェ根性で、若い世代の人たちからも、受け入れられたいなぁ〜、などという願いから、親しみ易さを出す為、今まで顔文字なるものを多様化して来ました。
(実は、文章力の乏しさを補う点でも有るのですが・・・・・・これは、内緒!)

実際、私が書く物の中で、顔文字が活かされている物も何作かはあったと思うのですよ。
顔文字なくしては語れない(←オーバー)読み物も2〜3は有ったはず。

しかし、本当に物書きを目指すならば、安易な顔文字に何時までも感情表現を頼ってちゃいけないんだ・・・と、最近ひしひしと感じていました。
いい年こいた婆さんが、何時までも顔文字使ってどうするよ・・・・・・。と・・・。

そんな時、幸いな事に、私が尊敬して止まないある方から、丁度そのようなご指摘を受けたのでした。

顔文字を無くしちゃったら、味気なくなっちゃわないかなぁ〜?
詰まらなくなっちゃわないかなぁ〜?

そんな気持ちから捨てがたく思い、今までだらだらと使って来たのですが、やっと顔文字にさよならする決心が付きました。

私の今までの文章を読み慣れていた人にとっては、少し、もの足りないかもしれないけれど、これも精進だと思って、勘弁してくださいな。
勿論、これからだって、顔文字無しの抱腹絶倒物も、感動物も書けるよう、努力はしていくつもりです。
『マキュキュって、最近顔文字使わなくなったけど、文章により深みが出たじゃない?』 なぁ〜んて言われたいですもの。ウフッ・・・。

もしも、私の顔文字が懐かしくなったなら、是非BBSに遊びにいらしてくださいね。
アソコは私の息抜きの場所なので、今後もどしどし顔文字使ってますからネ。

そんな訳で、一周年を期に、少しは大人の文章が書けるよう、極力努力を積み重ねて行きたいと思う次第でございます。ハイ・・・。

顔文字さん、今までありがとう・・・。そして、さようなら・・・。


※追伸 (笑)(爆)(泪) くらいは許してねっ?(爆)




2003年04月06日(日)
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■ 【料理エッセイ】 カレーに掛ける我が家の魔法


皆様おはようございます〜。

しかし、なにゅにゅ? 今日の寒さは・・・・・・(ブルブルッ!)
松本は今、雨が降ってるけど、もしかして雪に変わるんじゃ・・・? というほどの寒さです。
皆様の所は如何でしょうか?
東京ではもう、桜が咲き始めてるんですよねぇ〜。
この分じゃ、松本はまだまだ花便りには、ほど遠い感じです。

こんな日って、何故か無性にカレーを食べたくなるのは私だけ?(笑)
私の場合、物凄く寒いか、物凄く暑いかのどちらかの時、何故かカレーが食べたくなるんです・・・・・・。

ウチのフーリィーは、一週間カレーで、それが3週間続いても良いくらい【ほぼ毎日じゃんか・・・】カレーが好きなようです。
ひと月4回は作らないと、ご機嫌斜め。

でも、私はそれ程までに、カレーが居なきゃ死んじゃう・・・、ってほどでもないので、何とか月3回、ってとこで、手を打ってもらっています。(笑)

サテ・・・。

我が家に良く登場するカレー料理は、普通のカレーライス・キーマカレー・チキンとほうれん草のココナツミルクのカレー・カレーうどん、くらいでしょうかねぇ。
普通のカレーライスもズクがある時は(←松本語でやる気の事)ルーから作るのですが、メンドッチィ時は、市販のカレールーを使うんです。

でもでも、市販のルーでも、他のお宅とはチト違うぞ〜〜〜っ!っていう、ちょっとした我が家の魔法をお教えしますので、「もっと上手いカレーを食わせなきゃ、浮気しちゃうぞ!」と、旦那様から言われてる方は、ご参考にしてくだしゃい。
但し、お子チャマがいらっしゃるお宅には、向いておりませんので、悪しからず。

先ず最初に、肉を炒める前に、二欠け分のにんにくと、にんにくの三分の二程のショウガのみじん切りと、玉ねぎのみじん切りをよ〜く炒めるんですね〜。
そこにお肉とカレー粉を少々加えて炒めます。(コレだけでも香りがぐ〜んと違います)そして次に、野菜も加えて炒めますよね〜。
後はコンソメ顆粒を少々入れてジックリ煮込むわけですが・・・・・・。その時にガラムマサラと、シナモンパウダーと、カエンペッパーをお好きな量加えて煮込みます。(ちなみに、我が家は超辛党なので、ガラムマサラもたっぷり・カエンペッパーもたっぷり入れます)

肉と野菜が柔らかぁ〜くなったら、市販のルーを3種類(何でもいいけど)は最低使います。(ちなみに我が家は、バーモント・こくまろ・S&Bゴールデンカレー・何れも辛口を良く使います)

それで、最後に味を見ながら、中濃ソース・隠し醤油・隠し砂糖をチョビット入れて、出来上がり。
偶にインスタントのコーヒーなんかもコサジ一杯ほど入れてみます。これをやるとマタマタ香りが良くなるんですね〜。


あぁ〜・・・マズイ! よだれ出て来た。

よし!決めた。今日の夕飯はカレーにしよう〜っと。

(これを読んでカレーにするお宅、何人居るかな? プププッ!)


※追伸です。
 さっきからウトウトしちゃって、二〜三時間昼寝をして目覚めたら、ビックリ!
やっぱり雪が降ったみたいです。私の車に雪が積もってる・・・・・・。
(4月だぞ・・・・・・!)
やっぱ、寒かったわけだわ・・・・・・。
皆様、こんな陽気なので、風邪ひかないでね〜〜。
フェ〜 フェ〜 フェ〜クション!



2003年04月05日(土)
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■ 【ミニエッセイ】私のマブ達(M)と言う女・・・


2日の日、一周年の感動日記を書き終えた直後の私の元に、仲良しの(M)から電話が有った。Mとはもう、約17年にもなる付き合いだ。

最も最初は、競輪選手をしている彼女のご主人(T)の方と友達だった。
昔、私がバイトをしていたラウンジパブに選手仲間達となだれ込んで来ては、毎回、驚愕的&世にも恐ろしいハチャメチャな馬鹿騒ぎを繰り返していた。(笑)
脱いでオケツ出す人あり、ケチャップを撒き散らす人あり・・・、そんなランチキ騒ぎ振りに、何時店を出入り禁止になるか・・・・・・、と、私は何時もハラハラ・ドキドキさせられていたのだ。

そんなTの奥さんであるMと、近所のスーパーでばったり出遭い、それからの長〜〜い、長〜〜い付き合いが始まったのだ。

互いの家に行き来し、大人達は全員のんべぇなので、直ぐに宴会になる。(笑)
料理好きのご主人Tと私とで、餃子対決をした事もある。
以前私が経営していた店のランチタイムも、Mに手伝ってもらいながら、彼女と一緒にやっていたし、互いの息子たちも仲良しで、正に家族ぐるみの付き合いである。

Mは、実にサッパリした人間だ。

「ねぇ? 明日アタシ仕事休みだから、飲みにおいでよ〜」
『お泊りしてもいい?』
「うん! もち、お泊りしてもいいよ〜ん♪」
『うんうん! じゃ、支度し終えたら直ぐ行く〜♪』

亭主より、友達最優先の私は、夫のフゥーリィーに、超簡単な置手紙を書くと、そそくさと出掛けるのである。(笑)
そして隣町の豊科町まで、私はウキウキ・ニコニコしながら愛車を走らせる。
何時もこんな調子である。


彼女と私は実にウマが合う。女同士と言うよりも、もう男友達みたいなもんだ。
お互いに言いたい事も言えるし、家庭の愚痴も恥部も、全て曝け出し合っている。

それに加え、何が良いか・・・って言えば、彼女の家に行くと、ネコ二匹・犬二匹・人間2匹(息子さんとご主人)が、尾っぽを振って(人間は振ってくれないが)私を出迎えてくれるのだ。(爆)
(最も、この日は旦那様のTは、競輪の仕事でお留守だったけど・・・。)

動物キチガイの私には、正に彼女の家は楽園なのだ。

サテ・・・。
当日、Mと、Mのご子息の(A)君と、私との三人で、カラオケボックスたる所に行った。
私は長年店を経営していて、店にカラオケがあったので、PTAの付き合いぐらいで、滅多にカラオケボックスには行った事がない。

そしてこの日は、久々のカラオケで大いに盛り上がりましたねぇ〜。

Mもとても歌が上手い。
性格とは打って変わった、レベッカのノッコのような歌声で、ブリッコにかわゆく歌う。
選ぶ局もミィーハァもんからど演歌までと様々だ。
A君はまだ、中学生なので、アニメソングやパロディーものがお気に入りのご様子。

私もこの時とばかりに歌う歌う・・・・・・。

【スタンドバイミー】を皮切りに、チューブの前田さんの【虹になりたい】高橋真理子さんの【ごめんね】ビギンの【恋しくて】サザンの【白い恋人たち】などなど・・・。(何気に全曲チョイ古っ!(笑))
酒も良く飲んだし、食べたし、思い切り歌いまくりましたね〜。
あっという間に規定の3時間が過ぎ、延長してもらったくらいです。
飲み放題なのでお酒もたらふく飲めたし、メチャ楽しかったなぁ〜。

そして、彼女の家に着いてから、マタマタ二人で飲みなおし・・・・・・。

次の日は三人でゲームセンターに行って、私とMは麻雀対決に没頭。
A君はコインゲームにご執心。
そして、皆でラーメンを食べて別れました。

お金が全然無い私を承知で、全〜部彼女の奢り。(笑)

『ごめんね・・・。又、イッパイ、借りが出来ちゃったねぇ〜』

「うんうん今の内にセイイッパイ貸しとくよ。(笑)マキさんが物書きで稼ぐようになったら、たんまり返してもらうからさ〜」

『おうおう! 任せろ任せろ!』

そんな調子だ・・・・・・。


Mにしても、他の友達にしても、本当にこんな私をずっと見放さないでくれている。
そんな心優しき友人達の為にも、何時までも甘えていないで、早く恩返しがしたい。早くいい意味で見返してあげなくちゃ。
だから日々、書く事の腕を磨かなくてはいけないのだ。

皆、絶対に恩返しをしてから、私はちゃんと、天国に行くからね〜〜〜。
それまで気長に待ってておくれ〜。
















2003年04月04日(金)
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■ 祝 【マキュキュのからくり箱】満1歳の誕生日♪


 一年前の丁度この時期、私は借金苦の辛さから全ての意欲を無くし、(もう死ぬ意外に楽になれる方法はない・・・)という、絶望的な気持ちで、ある、リストカットのチャット部屋に居た。
死ぬ勇気が無い私は、その人達の持つ勇気が、何としてでも欲しかったのだ。
そこに、たまたま、リスカを繰り返す友人の事で相談に来ていた、【リカ】という女性が居た。
そしてそれが、大げさに言うならば、私にとっての運命の出逢いになったのだ。

 彼女と個人的な文字のやり取りをしてる中、彼女は私の書いた文章を、是非読んでみたいと言ってくれたのだ。
私は、当時、何とか賞金を手にしたいと、文芸公募を始め、初めて賞金【5000円だけだが】を頂いた、あるショートエッセイを彼女に添付ファイルで送ってみた。
そして、彼女がそれに感動してくれ、彼女のHPの片隅に私のコーナーを設けてもらい、私の文章が初めてネットで紹介されるようになったのだ。
そして去年の4月2日。第一号のエッセイ『我が家の台風娘へ』を始めてUPしてみた。

でも、文章を書き始めたばかりの私には、書き溜めたストックが有る訳じゃなし、そんなに毎日毎日、新しい文章を編み出す能力も才能も持っていない。
はなから続く訳が無いと、自分自身で自分を見放していた。
それよりも何よりも、度重なるアクシデントや、毎日の返済の催促に、いざパソコンの前に座っても、何の文字も打てない日々が続いた。
書かなきゃいけない・・・、何も書けない・・・、そんな使命感と焦燥感の中、パソコンに向かう事すら恐ろしい時期もあった。

それでも一年があっという間に過ぎた。
日々の苦しさは、私が今現在仕事を探せないで居る為、去年と変わりない。いや、むしろ、悪化しているかもしれない。
でも、そんな中、書き続けてこれたのは、こんな私の駄文を、読みたいと言ってくれる人がたった一人居たからだった。私の文章がチョットお休みをすると、すかさず催促が来るのだ。(笑)

誰かに私の文章が必要とされている・・・、という事が、私は何よりも嬉しかった。そして何よりも、生きる励みになった。
そんな人が一人・又一人と増え、今、何人の人達が私の書いたものを読んでくれているのかは計り知れないけれど、その人達に励まされて、可愛がられて此処まで来れた。

私にそんな思っても見なかった喜びを与えてくれた【リカ】ちゃんと、応援してくれている全ての人達に、心から感謝します。

本当にありがとう。


ここに、もの凄く嬉しい祝辞を頂いたので、それも載せさせてください。

1歳のお誕生日!(/ ̄ー ̄)/‥∵:*:☆*゜★。::*☆オメデトォー!!
マキュキュのからくり箱には夏頃出会い、妊婦を楽しませ、新米ママの疲れを癒し、だめ亭主を持つ妻を勇気づけ、そして暖かく見守ってくれてる。
このHPを知らなかったらきっと私壊れてたかも。。。。
ありがとう、そしてこれからもよろしくね!(*- -)(*_ _)ペコリ
                    by ふぇれちゃん


そして、今日こそは、少しだけ、自分自身の事も誉めてあげたいと思います。
マキュキュ、よく続けて来たね! よく頑張ったね! アンタは偉い!!!(笑)

サテ・・・。今日は、そのHPのきっかけとなった、【最後の桜】を、一周年記念の代表作として是非載せてみたいと思います。以前読んでくれた人も居ると思いますが、もう一度読んでみてください。



            『最後の桜』

『後何回、私は桜の花を観られるのかな・・・』

ポツリと呟く貴女に、「何度でも見られるわよ・・・・・・」と、私は、とても不器用な笑顔を作る。

 貴女と行った、最後の花見での会話。

 結局、翌年の平成三年二月八日、貴女は桜が開くのを待たずして、この世から去って行った。

 花弁の様な雪が舞う中を・・・・・・。

 哲朗(息子)と三人で、よく松本城に桜を観に行ったよね。あの頃八歳だった哲朗が十九になったのよ? 
最近じゃ、私を置いて、彼女と花見に行ってるわ(苦笑)

 ねぇ・・・、又、貴女と一緒に桜を観たいよ・・・・・・。

 昔みたいに小さな小さな御座を敷いてサ、貴女は珈琲、私は缶ビールで、二人で乾杯してサ。

 色々な事を語り合いたいのよ。
 優しい優しい桜の下で。

 去年ね、貴女と同じ『癌』になったの。
 私は、そう簡単にはリタイアしないけどね。
 貴女に抱きしめて、慰めてもら貰いたいのよ。

「ねぇ、私は後何回、桜が観られるの?」

貴女に教えて欲しいの。
 ・・・・・・ねぇ、おかあさん。


※ これからも【マキュキュのからくり箱】宜しくお願いします。








2003年04月02日(水)
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■ 【ショートストーリー】 エイプリルフール


【ショート小説】

エイプリルフール 

 深夜4時。美紗緒は【絶望】の二文字を抱え、早春の繁華街を、あてどもなく彷徨っていた。
再婚して十数年になる夫と、生活費の事で致命的な口論となり、家を飛び出した美紗緒は、タクシーを拾って駅前までやって来のだ。二千二百円のタクシー代を払うと、美紗緒の財布の中身は、5千円札がたったの一枚だけになってしまった。

もう、正直言って、どうでも良かった。
何時だってこうなのだ・・・・・・。
夫の給料日から僅か数日で、全てのお金がなくなってしまう。
美紗緒と夫は、ここ数年にわたる諸々の事情が重なり、自転車操業を繰り返す内、がんじがらめの生活になっていたのだった。
やっと半年前から夫が定職に付いた物の、今度は美紗緒に仕事の宛てがなくなり、そんな事の繰り返しにほとほと疲れ果てていた。

未だ仕事が見つけられないで居る美紗緒に、普段は優しい夫が「そんなに苦しい苦しい言ってるんなら、さっさと仕事を見つけて働けばいいじゃないか!」と怒鳴ったのが、そもそもの喧嘩の原因だった。

「何よ! 私に貯金が有った時は、散々人のお金を当てにして暮らしてたたくせに、一寸仕事をし始めたからって何故そんな事が言えるの? 私が働けて無いのはたった2ヶ月間だけよ! あなたは一体何年間、遊んでたのよ! 私だって必死で仕事を探してるわよ。探してるけど本当に無いんだから仕方ないじゃない。大体、此処まで追い込まれるまで働かなかったのはあなたのせいでしょ!」
そう叫んで、美紗緒は家を飛び出したのだった。

「もう、うんざりだわ・・・・・・」
美紗緒は、声に出して溜息を吐いた。
(たった5000円じゃ、従姉妹の住む東京にも行けやしない・・・・・・。もう本当に、どこかのビルから飛び降りるしかないわね・・・・・)
そんな事を考えながら、美紗緒はもう、松本駅周辺を二時間も歩き続けている。
しかし、いざ死のうとしても、そんな勇気が無い事は美紗緒自信が一番よく知っていた。

さすがにこの時間になると人通りもまばらである。
立ち並ぶビル。所々に深夜営業の居酒屋やバーの看板が点滅している。
早春と言ってもこの時間。コートの中には容赦なく冷たい空気が流れ込んで来る。
(ああ・・・、そう言えば以前、このビルから飛び降りて若い母親が亡くなったと言う記事を、新聞で見た事が有ったっけ・・・・・・)
目の前にそそり立つビルを見上げ、美紗緒がブルブルッと身震いした時だった。

「オバサン、さっきから何ウロウロしてるの?」
そんな声に振り向くと、美紗緒の息子ほどの若者が一人、寒そうにスーツのポケットに手を突っ込みながら身体を揺すっている。
美形の顔を持つその若者は、美紗緒に悪意のない笑みを向けている。
「ねぇ? 君、この辺に屋上まで階段で上れるようなビルはない?」
「あらら? オバサン、もしかして、死ぬ気なの?」
「ええ・・・、そうよ」
美紗緒の即答に少し戸惑いを見せながら、若者は声のトーンを一段変えた。
「ねぇ、ねぇ、それよりさぁ、僕の店に遊びに来ませんか? 僕の店に来たら、きっと楽しくなっちゃって、死のうなんて気持ち吹っ飛んじゃいますよ。いえ、僕が忘れさせてあげますから・・・」

どうやら、何処かのホストクラブの店員らしい。
「ありがとう・・・。それより、こんな遅くまで、毎晩こうやって営業してるの?」
「うん。僕、入店して間もないから・・・」若者は苦笑しながら頷いた。
「大変なのねぇ、こんなに寒いのに」
「うちの店は6時まで営業してるんですよ。でも、不景気で・・・・・・。今現在客数2組。今日中にお客連れて行かないと、僕、首になっちゃうんですよ・・・。お願いです! 来て下さいよぉ・・・」
若者は合掌しながらそういうと、美紗緒の腕を取った。
美紗緒はその腕を柔らかく外すと、可笑しそうに笑った。
「マタマタ・・・、そんなこと言って同情をひこうとしても、オバサンには全てお見通しよ。(笑)それに、営業するなら、せめて『お姉さん』くらいのリップサービスが無きゃ・・・・・」
美紗緒はいかにも可笑しそうに笑った。
「確かに・・・・・・。ごめんなさい」若者は素直に謝ると、親しげなテレ笑いを浮かべ「参ったなぁ・・・」と頭を掻いた。
美紗緒はこの若者に瞬間的に好意を抱いた。

「可哀想だけど無理よ。オバサン、5000円しか持ってないの。それにこれから死のうって人間に声をかけてもねぇ・・・・・・。それにしても・・・・・・」
「それにしても?」
「はっきり言って、あなたはこの商売には向いてないわ」
「なぜ、そう思いますか?」
「だって、余りにも正直過ぎるもの。ウフフ・・・。もっとその気にさせる演技力を身に付けなくちゃ」
若者は素直に頷くと、真顔になって美紗緒を見詰めた。
「ところでオバサン、何故、死のうとなんか思ってるの?」
「大人になると色々有るのよ、旦那様との折り合いとか、生活の苦労だとか、息子の素行だとか・・・色々とね。まぁ、あなたにこんな場所で愚痴をこぼしたって仕方ないけど・・・」
美紗緒はか細く微笑んだ。
「あっ、オバサン、ちょっと待ってて」
若者はそう言うと、数軒先のコンビニに走って行った。

(私ったら、こんな所で、一体何をしてるんだろう・・・・・・)
美紗緒は、フッと自分を嘲笑した。

若者はコンビニから出てくると、美紗緒に熱い缶コーヒーを手渡した。
「僕の奢りです。オバサン、来てくれそうも無いから仕方ないや。今日は此処で乾杯しましょう」
若者はガードレールに腰掛けると、コーヒー缶を前に差し出し、ニッコリと微笑んだ。
「ウフフ、遠慮無く頂くわ。乾杯・・・」
美紗緒も隣に腰をかけ、若者と並んでコーヒーを啜った。

「あぁ〜身体が温まるわ」
若者はこっくりと頷くと、美紗緒ではなく、前を見たまま呟いた。
「オバサン、絶対に死にたいだなんて思わないでください。僕の母は首を吊って自殺したんですよ。僕が中学の時、僕と妹と父を置いて・・・・・・。悔しかったなぁ・・・。悔しくて虚しくて涙も出ませんでしたよ。残された人間の悲しさや辛さがどれほどのものだか、オバサンに解りますか?」

「・・・・・・!!」

美紗緒は、若者の顔を凝視した。
若者も、美紗緒の顔を真剣な眼差しでじっと見ている。
二人の視線が長い時間絡みあった。

そして、二人は同時に言った。
『エイプリルフール!です』
『エイプリルフール!よ』


『プププ〜〜〜ッ!!』二人は指を差し合い、吹き出した。

「キャハハハ・・・・・・。そうよ・・・、そうなの。死のうとしてたなんて、全くの大嘘なのよ。夜が明けて、4月1日になったんで、先ずは手始めに、誰かを騙してみたくなっただけ・・・」
若者も可笑しそうに笑い転げながら、
「僕の母さんが自殺したって言う話も、丸っきりの作り話です!」
二人はしばらくの間、身をよじって笑い合った。

「どうですか? 僕の演技力。コレでも僕はホストに向いてないですか?」
「ウ・・・・・ン、まずまずの出来栄えだわねぇ・・・でも、もう一つってとこかしら?」
「じゃぁ、今度本当に店に来て、モテるホストのノウハウを是非指導して下さいよ・・・・・・。コレ、僕の名刺です」
若者はそう言うと、胸のポケットから一枚の名刺を取り出した。

「誠・・・君か・・・、いい名前ね。そうね・・・、コーヒーのお礼に、一度は行かなくちゃね。その代わり私を口説いてもダメよ。オバサンは貧乏なんだし、悪いけどホストにもあまり興味ないの」
「解ってます。オバサンはホストクラブに通うような人種じゃないって、そう感じるもの・・・・・・」
「でも、一度は必ず顔を出すわ。約束する。それまで首にならないように頑張ってるのよ? 私も絶対に生きてるって約束するから・・・」
美紗緒は若者のかじかんだ小指に、そっと自分の指を絡ませた。

「ありがとう〜。お陰て楽しいエープリルフールになったわ」
美紗緒はそう告げると、タクシーを拾い、それに乗り込んだ。

「南松本までお願いします」
美紗緒は、運転手に自宅の場所を告げると、少しだけ窓を開け、見送る若者に「さようなら」と手を振った。
若者も「待ってますよ」と微笑みながらそれに答えた。

美紗緒は力強く頷くと、暖かい気持ちで、残りのコーヒーを飲み干した。
「ご馳走様。とても美味しかったわ」
その声をタクシーのエンジン音が消して行く。
若者の姿は徐々に小さくなっていった。


若者の話は嘘ではなかったのかもしれない。
美紗緒は直感的に、そう思った。
美紗緒が死のうとしていたのも、又、事実だった。
でも、そんな気持ちは美紗緒の中からとっくに消え失せていた。

(一度は本当に行ってあげなきゃね。でも、まだまだ先になりそうだけど・・・・・・)

人間が、もうちょっと生きてみようかな・・・と思うきっかけなんて、こんな些細なものなのかも知れない。

あんな夫でも、今は一生懸命働いてくれてるんだし、悪い人ではないものね。
私も明日から、もっと本格的に仕事を探してみよう・・・・・。
美紗緒はそう呟くと、タクシーの窓から思い切り春の空気を吸い込んだ。
「寒っ!」美紗緒は首をすくめると、窓を締め切った。


さっきまで漆黒だった空は、少しづつ白味を帯びていた。



2003年04月01日(火)

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