あたろーの日記
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2003年04月28日(月) オソロシイ思い出

 小学校時代の恐ろしい失態を思い出して、一人赤面しながら帰って来た。
 
 あれはたしか県境の山の中の、全校生徒400人に満たない小さな小学校に転校して来て2年めの、6年生の春。
 私はその日朝からずっと級友達1人1人に訊ね回っていた。
 誰も教えてくれない。
 ニヤついて「知らないの?ホントに?」と言うくせに肝心の答えとなると話を上手くそらす人、もしくは赤面してうつむく人。私に「この意味知ってる?」とふっかけた友達は、どうやらはじめから答えを教えてくれるつもりはないらしい。だったら、と、教えてくれそうな級友に片っ端から聞き回っていたのだ。
 けれども、誰も教えてくれない。
 だんだん、知らぬ間に自分がクラスの仲間外れにされているような気がしてきた。なんだかんだいっても転校生だ。山の中の、ほとんどみんなが幼い頃から顔見知りのような地域なのだ。きっとそれは、よそ者の自分が知らないその地域独特の言葉で、私が知らないのをいいことにみんなでこの無知な転校生をからかっているのだ、と思えてきた。
 クラスで最も物静かで最もまじめな男の子にさえ無視されてしまったことにも、ショックを受けた。
 なにもそこまで徹底して厳戒態勢を引かなくてもよいではないか。一体私がどんな悪いことをしたっていうんだろう。。
 とうとう私は、「もういいよ。先生に教えてもらうから」と言って、授業が終わって教壇を去ろうとする先生のところにつかつかと歩み寄って、「先生質問があります」と捕まえたのである。
 何人かの級友が、面白いものでも見るようにニヤつきながら教壇の周囲に集まってきた。
 担任の、37歳の恰幅のいい男の先生は、「おう、なんだ?」とにこにこしながら大きな声で私が何を言うのか待っている。
 私はそばで笑いをこらえるようにしてこちらを見ている級友達に少し腹を立てながら、質問の答えには必ず答えてくれるであろう先生の顔をまじめに見上げて訊ねた。
 「先生、セッ○スって、どういう意味ですか?」
 
 しばらく沈黙があって、呆けたような表情のまま固まっていた先生がようやく口を開いた。
 「誰から聞いた?」
 「○○さん達からですが、みんな知ってるようなんですが、教えてくれないんです」
 「・・・そうか・・・」
 「教えてください。セッ○スってなんのことですか?」
 先生は「うーん」と唸って考え込み、やがてこう言った。
 「それはな、もう少し大きくなったら分かるようになるから、今は深く考えなくてもいいぞ」
 先生もやっぱりニヤついて、吹き出したいのをガマンしているような表情だった。
 今思えば、あの時の先生の気持ちがよく理解できる。自分で言うのもなんだが、だいたい転校生というのは妙に生真面目な子供が多い(たぶん転校するたびに注目を浴びるから自然と優等生然と振舞うようになっていくんだろうなあ)。加えて私は転校生のぶんざいで学級委員長なんかになってしまうほどくそ真面目でお堅い文学少女だったんである(一方で駄洒落連発のひょうきん者の顔も持っていた)。そんな女の子が、授業が終わってつかつかと教壇に歩み寄ってきて、これまたくそ真面目な顔で聞いたのが、それである。保健の先生ならまだしも、当時37歳の男性の先生が答えに窮したのを責めることはできない。

 ・・・で、その後どうしたかというと、担任にも見捨てられたと思った哀れな私は、掃除の時間や、放課後の体育館で、よそのクラスの先生方を捕まえて同じ質問を繰り返し、最後は帰宅して台所で包丁を握っている母の傍らで再び同じことを訊ねたのである。
 母は包丁の手を止めて、「え?」と言って私の顔をまじまじと見て、「誰がそんなこと言ったの?」と聞いた。で、やっぱり、担任の先生と同じようなことを言っただけだった。
 仕方ないから、仕事終えて帰宅して、晩酌している父に聞いた。
 父は、ビールをぶっと吹き出して、急に不機嫌になって、「そんなことはまだ知らんでもいい」と言った。今でこそ娘に妙に優しくなっちゃってちと気持ち悪いが、私が子供の頃はすんごく厳しくて叱るときは口より先に平手打ちが出る父だったので、私もそれ以上は聞けなくなって、おずおずと引き下がった。
 それでもやっぱりほとぼりが冷めなかったので、あとで親の国語辞典をめくって意味を調べた。が、あんまりよく理解できなかった。ただ、どういう分野の言葉なのかはだいたい掴めた。そこで、数日後、母に「本を買いたい」とねだっておこずかいを貰い、町に1軒しかない小さな本屋に行き、「大人になること」という、ティーンズの女の子向けのイラストがふんだんに入った本を買った。
 。。。それからしばらくたって、父の職場の同僚の奥さんが我が家にお茶にみえた時、母が子供部屋に彼女を連れてきて、私の本棚からくだんの「大人になること」を取り出して、「こんな本ちゃんと買ってきて勉強してるのよ」「へーえ、ちゃんと書いてあるのねえ」なんて言いながら二人でページめくりながらくすくす笑っていた。私はちょうど学校から帰ってきて、自分の部屋に向かう階段を上がりながら、その笑い声を聞いた。人の部屋に勝手におばさん入れてる!とちと憤慨し、それから恥ずかしかった。
 だいたい、私は橋の下で拾ってきたって言ってなかったっけ?
  
 それにしてもしかし、6年生の春のあの日は、あまりにもオソロシイ思い出で、今でも時々思い出しては赤面して、その後クスクス笑ってしまう。。
 ありゃちと汚点だったなぁ。

 
 
 


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