あたろーの日記
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夢を見た。 懐かしい感じのする淡い夢だった。 私は、高校1年の時に好きだった美術部の先輩と、夢の中でなにやら楽しそうに話していた。ただ話している夢だった。
彼はもともと野球部員で甲子園にまで行ったのだけれど、3年になって美大への進学の準備のために、美術部にも顔を出していた。 放課後、教室で友達とのおしゃべりしすぎてから慌てて美術室へ飛んで行き、そおっと教室のドアを開けると、部屋の片隅で彼がカンバスに向かってデッサンをしている。・・・そんな毎日だった。 廊下ですれ違えば挨拶をする程度で、親しく話した記憶はない。 田舎の女子高生で、恋愛というものに対する憧ればかりが大きく膨らんで、そのくせここ一番の行動力がなかった。でも、放課後、ほとんど人気のない美術室で油絵の具の匂いに囲まれながら、先輩と同じ空気を味わっていることに密かな喜びを感じていた。・・・そういう恋だった。うん、恋だったと思う。
秋の文化祭で、先輩のクラスが発案して「ミス○○高校」というのを決めることになった。ぼけぇっとして全く垢抜けないのに、いつの間にかクラス代表に選ばれてしまっていた。だいたいミスコンなんてものが嫌いな上に、好きな先輩のクラスの教室に写真が貼られてしまうという。それが嫌で嫌で、彼のクラスメートがカメラを持って追いかけるのから逃れて、そっと美術室に隠れた。 昼休みで、学校中文化祭の準備でなんだか舞い上がっていた時だったけれど、校舎の外れの美術室では、先輩が熱心にデッサンをする後ろ姿があった。ドアを開けたとき、心臓が飛び出すかと思った。 彼は、私に軽く挨拶してくれて、またカンバスに向き直った。 結局私の写真は彼のクラスに貼り出されることなく、ミスコンのクラス代表は友達がバトンタッチしてくれた。
彼は現役で大学に合格し、美術の教師を目指して進学していった。 特別親しくなったわけでもないし、たぶん私のことなんか1年生の部員3名のうちの1人、程度にしか思ってないだろうし、とまあ、そういう恋だった。最初からその人とどうこうなんて期待はぜんぜんしてない恋だった。 彼が卒業して半年位たったある日、家族で夕食をしに、近くの町のレストランに出かけた。 食事が終わるかな、という時、いつもさっさと席を立とうとする父が、珍しく、「パフェでも食べるか」と言い出した。 食事どきは外でも厳格な父がそんな風に言ったものだから、私達子供は嬉しくなって、「うん食べる食べる!パフェ!」と何度も口にして喜んでいた。 ・・・テーブルの傍らで、若い男性のウェイターさんがニコニコといつまでもこちらを見ていた。 ・・・よく見たら、先輩だった。 あれから先輩には会えずじまいだけれど、今はたぶん高校の美術教師もすっかり板について、たぶんたぶん、とうに結婚して子供もいるんじゃないかな。 あの日レストランで思いがけない再会を果たして、初対面の両親と先輩が挨拶し合うのを見て、なんだかとっても不思議な気がした。 美術室でも親しく話したことがない相手なのに、いきなり自分の家族を披露して、しかも自分の食べ物の嗜好までばらしちゃったような気分がした。 恥ずかしくて、でも嬉しかった。
ただ、先輩にはそれきりもう会うことはないだろうな、とは分かっていた。 今朝起きて、どうして今頃先輩が夢に出てくるのかなあと、不思議に思っていた。 もう、下のお名前すらしっかり忘れてしまったのに。
ふと、気がついた。 先輩の姓と同じ姓の人が、今、私の心の中に棲みついてしまっているのだと。 たまたま、先輩と姓が同じだというだけで、他にはなんの共通点のない人だけれど。 その男性と先輩の名字が同じだということにすら、気がついていなかったけれど。 私の脳の記憶をつかさどる部分が、ちょっとだけ、甘酸っぱくて淡い恋の思い出を、引っ張り出してくれた。 眠っている間に。 あんな頃もあったんだな。
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