あたろーの日記
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2003年06月29日(日) 勉学ノススメ・2

 ・・・というわけで、今は私が知人の大学生に、十数年前に自分が言われたのと同じことを言っている(笑)。
 でも、当の学生にはそれはうまく伝わらないと思う。だって自分が前はそうだったから。
 本当の意味で勉強の楽しさや面白さが分かるのは、実際は、学ぶための組織や枠組みである学校からいったん出てしまったあとなんじゃないかなあ。
 働くというのは、労働力を提供する、経験や能力を外に出す、いわゆるアウトプットの行為。もちろん働きながら身につけていくこともとても多いけど。それを続けていると今度はインプットの行為をしたくなる。無性に。人によって、それは仕事に関係する分野の勉強だったり、資格試験の勉強だったり、芸術方面のことだったり、もっと生活に密着した分野だったりとさまざまだけど・・・義務感からではなく、自分の意思で始めた勉強は、妥協も疲れもストレスもない、自由にとことんできる分楽しいのだなあと、周囲の人を見ていて思う。
 話はちょっとずれるかもしれないけど、私は身の回りのことなんでも学問だと思う。その人が学問だと思えばなんだって学問になるんじゃないか。例えば目の前のストローの包み紙から、お酒の種類まで。カフェで見かける人達の生態について。アイロンのかけ方、江戸時代のやくざの生活、節約術、銭湯の研究、ラーメンの食べ方に性別世代の違いはあるのかとか。狭く深くも、広く浅くも自由自在。自分の興味を持ったことを面白がって追究したり身につけていく、これって学問の王道だし、最高の人生の楽しみ方なんじゃないかなあって思う。。。たまたま歴史もあり多くの人が勉強したい分野は大学などの学校があって、先生と呼ばれる人達もいるけれど、ほんとうは、先生とか教授に値する人達はゴマンといるんじゃないかって思う。肩書きもお給料ももらってないけど。路地裏の教授、路地裏の研究者。好きなこと極めれば誰だってなれるものだよね。
 あれ、話を元に戻さなくては。そうそう、「勉学ノススメ」ですm(_ _)m
 「社会人になっても勉強する」と聞いて、「偉いなあ」と思った方は甘い。偉くなんてちっともないんだもん。苦しいとかラクとか、あんまりそういうレベルの問題でもない。休日に一日中盆栽の前に座り込んでチョッキンチョッキンやってるオヤジを誰も「偉い」などとは褒めない。やってることはそれと同じ。とにかく自分がやりたいから、面白いからやってるだけ。資格試験のための勉強はまた異なるけど、大人になってからの勉強は、趣味との境目がない。
 誰かに言われて始めるのでもない、教科書や試験範囲で区切られてるわけでもなく自分のやりたいところまでとことんできる、人と自分の理解度を比べる必要もない。また、学ぶ場を自分のほうから求めて探すのも楽しいし、受身にならずに且つ自分のペースも守れる。社会人になってからの勉強は、こんなにおトクでわくわくする。もし、毎日つまらないなーマンネリの日々だなーなんて思っている人がいたら、ぜひ何か始めてみることオススメします。楽しめること請け合い。


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