浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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2001年12月25日(火) |
シティボーイズのコント/言葉の背景の共通の認識 |
物心ついてから数十年ひそかに悩んでたんで、思い切って尋ねてみてよかったわ。(笑) 見えるモノと見えないモノのことを考えていたら、シティボーイズの大昔のコントを思い出しました。 3人がキタキツネ3兄弟に扮してて、大竹「オマエ、まさか目が見えてないんじゃないか」きたろう「そんなことない。見えるよ」大竹「じゃ、空はどんな色だ」きたろう「青だよ」大竹「青ってどんな色だ」きたろう「そ、空の色だよ」大竹「だから、その空の青色はどんな色か説明してみろよっ」斎木「ちょっと待て。青ってどんな色だ」大竹「....そ、空の色だろ」斎木「だから、どんな色だ」大竹「....誰にも説明出来ねえよ、そんなもん!」 斎木しげるときたろうの大ボケふたりに切れまくる大竹まこと、シティボーイズは今も好きですが、これは妙に記憶に残ってます。
言葉は共通の認識が存在することを前提にしていて、それがなければそれぞれが感じる世界を言葉であらわすことは難しい。文化や時代が違えば、言葉のもつ意味もかわってくる。 作品や言動を通じてそれを表現する人もいる。表現する能力、受け手の感覚、それぞれに違いがあっても手探りで近づこうとする。 互いが実際にどんな世界をその脳内に描いているのか、推し量りかいま見ることもできても、正確にはわからない。わからないからこそ、驚きがある。日々変化し続ける心の鍵穴に、差し込まれた鍵の一部がぴたりとはまりこむ瞬間。心が共振する感覚に、打ちふるえこみ上げる思い。得がたい宝物ですにゃ。
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