浪漫のカケラもありゃしねえっ!
DiaryINDEX|past|will
| 2003年04月20日(日) |
サンマリノGP/大治郎、逝く |
帰宅して地上波放映を待ちきれずにネットをつなぎ、ネット観戦の今日。 ライブタイミングでレースをチェックしながら、シューマッハ兄弟の母の訃報を知る。
彼らの苦悩、彼らの悲しみ。 その胸に抱く思いがどのようなものであろうと、レースは続く。 F1サーカスは巡り行く。 彼らとともにひとつのもののために力を尽くし、彼らが闘いとることを渇望する人々がある。 あまりにも多くの人々の思いが、その肩にかかっている。
初めて彼にひかれたとき、彼の背には、とてつもなく重い荷が課せられていた。 幾度もの失敗と失望と多くの苦悩をこえて、彼は彼自身の誇りを勝ち取っていった。 絶望しそうになるたび、予想をこえた力でチームを引っ張り、信頼を築き上げ、驚くべき軌跡を見せつけていく彼を、私たちは見た。 彼は悩み、彼は泣き、彼は笑い、そして、彼は彼自身を作り上げていく。
勝つ彼に惚れたのではない。 わずかでも勝つチャンスに近づくために、挑み続けることをやめない彼に惚れたのだ。
今日また、彼は闘った。今日また、彼は勝ち取った。 今日また、私たちは見た。 彼を。 彼の走りを。 彼の目の中にかいまみえる、その思いを。
彼は、今日も、彼自身であり続けた。 闘いをやめない、せつないほどに痛ましい生き物であり続けた。
それで充分だ。 こみあげる愛しさに、この胸を張り裂けさせるためには。
--
ネットでのライブタイミングを終え、ニュースサイトの巡回へ。 悲しいニュースに出会ったのは、その時だった。
加藤大治郎は、ついに目を覚ますことなく、逝ってしまった。 あまりにも若く、あまりにも早く。 残念だ。ほんとうに、残念だ。
この2週間、うちの日記にも、彼のニュースを求めて訪問なさった人達がたくさんいらしたことに気づいてはおりました。 たいした情報を書くことも出来なくて、ごめんね。 ずっと祈っていたけれど、祈りが届かなくて、悔しいよ。悲しいよ。
書きかけていた日記も、ネタも、頭から吹っ飛んだ。 ニュースの詳細を探しながら、涙が止まらなくなってしまった。 森に助けを求めに行って、マダムに慰めてもらい、なんとか涙を止める。 ニュースを巡回して、また泣いてしまう。 私自身は、彼のファンというほどではない。 2輪のレースは、時折その映像の断片を目にするおりに、その美しいライディングをただうっとりと眺めていたくらいだ。 何度かTVで目にした笑顔。いくつかのインタビュー。そこに感じていた親近感でさえ、このショックを与えたんだ。彼を愛していた人達にとっては、どんなに恐ろしく悲しい事件だったことだろう。
ニュースを探し求めた先で目にした、慟哭のようなファンの言葉。 かつて失った若いドライバーのことを思い出してしまう。 泣いてしまったせいだろうか。今日も眠れそうにない。
|