浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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『その日』
その日は、いつかやってくる。 予期することもできず、あまりにも唐突に。
まだ走れる。歯車がかみ合わなかっただけ。 彼は、まだ競争力を失ってはいない。 彼は、もっと力を発揮できるはずだ。
そう思っている最中に、真昼の雷雲のように襲いかかる。 サヨナラをいう間も、ありがとうをいう間もなく、 愛しいドライバー達は、去っていくかもしれない。
巨大な金の動くマーケットは、無情な世界。 リザルトをチームにもらたしても、 彼らはベスト・オブ・ベストは誰かと探し続ける。 経験をもってチームに批判を与えれば、 従順で新たなヒーローの登場を求める声があがる。
ある者は、まだ実績が、速さが足りないと。 ある者は、もう若くはないからと。 あるいは、シートを得るにはあまりに高価すぎると。 噂はさらなる噂を呼び、不安は胸に渦巻く。
若さはミスを呼び、F1サーカスはその習熟を待ちはしない。 成長と成熟の頂。経験がミスをカバーすることができる頃には、 さらに若く安いドライバー達とのシート争いが待っている。 かつて彼らも、そうやってシートを、チャンスを得てきたのだ。
私たちにできるのは、ただ祈ること。 ただ見守っていくこと。 彼らが彼ら自身の価値を証明し、 その手にするにふさわしい場所を掴み取っていくことを。
ああ、時は流れる。 刻みゆくタイム。 どの1周回も、かつてたどった周回と同じではあり得ない。 彼らのたどるであろう、幾万、幾十万の周回のどれひとつとして。
同じ時代に生まれ、出会えた喜び。 その成長を見つめ、その不運に嘆き、 その成熟を祈り、もぎ取ったリザルトに歓喜した。 見つめ、見守り、慈しみ続けた。 大切な思い出をくれた人。 愛しい、愛しい人。
この目に焼きつけておくんだ。 同じ時を歩み、苦しみや喜びをともにした人の。 その走り、その姿、その生き様。 けっして後悔などせぬように。 記憶の中に焼きつけて、いつでもこの手に抱きしめておけるように。
幾千の旗が打ち振られ、歓声がサーキットを包む。 その歓声にこたえるように、エンジンが高まる。 轟音が、目の前を駆け去っていく。 愛しいドライバー達の走りが、その血を熱くする。
その日。 いつかはやってくる、その日。 愛しい、愛しい人。
サヨナラは言わない。 また、いつか。 きっと、どこかで。 出会える日が来ると、信じていたいから。
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『雨』
低くたれ込める雲。 風は冷たく、路面の温度は上がらない。
タイヤのグリップはどうか。 セッティングのバランスは、どうするか。 ピット戦略は、どうするのか。 雨になるか、それとも晴れ間が続くのか。 データを睨みながら、下された決定。 ダイスはすでに投げられた。
雲が空を横切り、駆け去っていく。 かわりつつある天候。 人々の思惑を、あざ笑うかのように。
バイザーを、雨粒が濡らす。 雨は激しくなるのか。 濡れているのは、コースの一部なのか。 コントロールできる範囲内なのか。 決断を下さねばならない時間は、あまりに短い。 リスクは大きい。失敗は許されない。
ピットに映し出される画面には、コース全体の濡れ具合はわからない。 ドライバーの刻むタイムをたよりに、その変化をとらえているのだ。 彼らは、その目で雨を、路面の状態を見極め、 その全身でマシンの挙動の乱れを感じ、修正していく。 無線で状況を知らせ、ピットが混乱しないことを祈る。 ライバルとの差に、互いのマシンの状況を知る。
濡れた路面は混乱を生み、 乾きかけたレコードラインがさらなる迷いを呼び起こす。 多くのミスと混乱。 起こってしまったミスを補い、この状況を自らのチャンスにかえねばならない。 タイム差は、アドバンテージは、どうか。
テストコースに大量の水を撒き、開発してきたタイヤ。 どれほどの雨量で、どれほど挙動がかわるのか。 どれほど路面が乾けば、タイヤが限界に達するのか。 どの段階でタイヤを替えるべきなのか。 膨大な時間をかけたテストは、すべてこの一瞬のためなのだ。
コントロールできるぎりぎりまで、あなたはアクセルを踏み込む。 マシンが唸りをあげる。 幾年ものつらい戦い。勝機は常に雨の中にあった。 チャンスを逃すな。勝利の女神は、瞬く間に通り過ぎるのだから。
水煙を上げ、ライバル達を追い、バンクを駆け上がっていく。 追い、追い上げ、追いつめて行く。 1ポイントでも多く、タイトルのためにもぎ取らねばならない。
雨の中に輝く、赤いマシン。 年若い挑戦者達よ。 そう、これこそが、幾多の闘いで、 雲を呼び、雨のただなかに勝機を掴んできた男の姿。 変化し続ける路面を感じとり、 何度となく、逆転の好期を見出してきた男。 水煙の中、水滴と泥ににじむバイザーに、 紅のマシンは、ひときわその色を輝かせる。
レインマイスター。 赤い皇帝。 その伝説は、まだ終わりを告げはしない。
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エディのいないスズカ、エディのいないロッポンギを思って、寂寥の感に打ちふるえる今日このごろ。(泣) 移籍、引退という言葉が心にしみる季節です。おかげで今回の架空OPは、トーンが暗くなっちゃったねー。(^^;) いや、ホンマ、後悔などしないように、思いっきり観戦を楽しみに行って下さいましよ。>スズカ行きのみなさま
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