| 2004年05月14日(金) |
今の時代なら虐待といわれる行為も? |
カラッとしている夏日。
相変わらず自転車の調子が悪い。購入以降、なんか調子のいい時の方が少ないという新車である。…ワイヤーが切れたり、こんだけブレーキの故障が多いということは、売れ残りである公算は高いけど。もうちっと頑張れ、サイクロン号改めハリケーン号。
金曜ってことで心療内科へ。なんか効果らしきものがないので精神安定剤の投入も考えますか?と言われるのだが、なんか相手の先生(李ではない)ったら相談時間は長いのだが話を絞れない。こちとら素人さんなのだから、アドバイスをしてくれる分にはいいんだけど、Aという選択肢があって、でもBもあります。もう少しなんとかするとCもあります。今、Aをやっていますが効果がないのであればBにします? それとも人によって効果が出るのが遅い場合もあるからAを続けてみます。って、精神状態が不安定だから医者に相談に来てんのに、分かるかよ。やはり医者を信じられないと治療というものははかどらないものである。
症状の話をしている最中、どうも過去のことを話す度に先生は驚く。かなり長い年数、欝を引きずっているのかも知れない。もう自分の中では、何が一般的で、何が特別なのか分からなくなってきた。ひとつ言えるのは、親が必要以上に世間体を気にする人だったので、歪んでるってくらいに躾には厳しかった。それが根本的な原因であろうってことらしい。自分が子持ちになって、子供というものの動きを見ているとよく分かる。
「今の世の中、正常な意識を持ってる人というのは苦労するものです。みんなが同じ道徳をもっていれば間違ってる少数を駆逐できるんでしょうけどね」
駅や、自転車で走行中にタバコを吸う輩へ注意する時など、何で躊躇しなければいけないんだろ。注意された方も悪いという意識があるなら「すいません」とくるはずだが、逆ギレを心配しなければならないというのは…なかなかにストレスのたまることである。最近は本来、道徳にはうるさいはずの年寄りも注意する対象というだけに困ったもんだ。なんか気分がまた急降下してしまう。…って、昨日も同じことを書いて気がする。
「とにかく積極的に気分転換をしましょう」
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