『ねえ、何か音楽かけてよ。そうね、ジャズなんてどうかしら?』 と、彼女は言った。一瞬ドキッとした。ジャズと聞くとどうしても思い出してしまうエピソードがあるからだ。 2年前の僕の誕生日には今とは違う女性が隣にいて、その女性がプレゼントとしてくれたのが僕の唯一持っているジャズのCDだからだ。あまり普段音楽を聴かない僕にどうしてもこれだけは聞いて欲しいとくれたものだ。…それから僕はこのCDを何度か聴いて胸の奥底に閉まっておいた。いつか思い出したらそのときは笑っていられる気がしたから。僕たちはそのときは本当に幸せだったし、音楽無しでも十分に楽しめた。もう2年も前の話だけど…。彼女は出ていってしまった。理由は何となく分かっていたけど、それを確かめようとせずに終わってしまった恋。出ていった朝隣には彼女はいなくて少し控えめな音量でジャズが朝を告げる様にゆったりと流れていた。…もう2年前の話だ。 『ねえ、聞いてるの?私の話?ねえ?ジャズが聴きたいの!』 僕は今幸せなんだ。 『うん、ちょっと待って。少し時間がかかるかもしれないけど今出すからさ。 ねえ、誕生日にはジャズのCDをプレゼントしてほしいな、新しいのが欲しいんだ。』 『あなたそんなにジャズ好きだったの?』 『新しいエピソードを作ろうと思ってね。何時までも一緒にいられるお話を手に入れたいんだ、君との。』
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