度々旅
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昨日、珍しい程酔った。2軒目は行かず帰宅。電車の中でオヤジのようにつり革につかまってた。座れたので、寝てしまったら降りるべき駅は越えていた。しょうがないので、タクシー。。。。どうしてこんなに酔ったんだろうと思いながら、寝る。 朝、母からの電話。「おじいちゃん危ないから」。準備をしながら、昨年のときよりもずっと冷静な私。準備をして、家を出たところで再び母からの電話。「ダメだった。」 私は、おじいちゃんと仲良しだった。とっても仲良しだった。実家に帰ると、祖父は施設から戻ってきていた。初めに、母にはありがとうと言った。私が、家を出て勉強していられるのは、おじいちゃんが生きていたお陰である。けれど、そのおじいちゃんの面倒を最も見ていたのは母だ。だから、ありがとうと素直に伝えた。そんな中も親戚の子供が、あまりにもうるさくて私は怒ってしまった。 おじいちゃんの顔を見れるか不安だったのだけれど、お別れをしようと思ったら、寝てた。いや、いつもどおりの寝顔だった。昔、昼寝をしているおじいちゃんが、いびきも呼吸も聞こえなくて、「おい!生きてるか?」とよく声をかけた。おじいちゃんは、「ウガアァウ、なんだぁ?生きてるぞ」とびっくりして声をあげた。なんだか、その時と変わらない顔だった。 おじいちゃんと二人きりになったときに、いろいろ話した。あと、ひ孫見せれなくてごめんよとだけ言った。おでこをベシッと叩いたら、また「ウガガオ」と起きてくれそうだった。 親は葬儀の打ち合わせで、気付けば私しか近所の人の応対をできる人間がいなかった。私はこの家の孫であり子供なんだと当たり前のことを痛感した。もう家から離れて6年たつが、私はまだこの家の人間なんだと思った。ご近所の人は、誰もが母によくやったと声をかけていた。父の弟が一言も言わない言葉をみんな母に言っていた。父の弟は、人の借金の保証人になっても一円もお金を出さないような人間のくせに、こういうある意味イベントみたいなときだけしゃしゃり出てくる。 彼は先週、祖父をやはり施設で歩かせたらしい。それを、先週はゲンキだった俺が立たせたら歩いたとなんだか、自慢げにさも俺はおじいちゃんを見てたというような言い方をしたので私は腹がたった。そのせいで、翌日自分で立ち上がって転んだと私は言ってやった。彼は無言になった。月に一度しか来ないような人間は、何もわからない。私だって、祖父に対して自分でいろいろしてあげたいことはあったが、私は持続して看病できる環境ではないので、余計なことはしなかった。ただ、母から状況を聞き、祖父と母がするように戯れるだけだった。 その叔父が、昼過ぎに今度は祖父の横で酒を呑むという。酒好きのおじいちゃんのために。その気持ちは私もわかる。けれど、それは夜すればいい。まだお客さまが来る時間だ。それを、祖父の横でおでんをつつきながら酒を呑むと言い出す。私はぶちぎれた。申し訳ないが、父にぶちぎれた。酒を呑みたい、祖父との最後の時を楽しみたいという気持ちはわかる。けれど、祖父の葬儀までまだ日があるのだから、夜、一晩中祖父と呑み語ればよいではないか。それを、まだ祖父に会いに来てくれる人が入れ替わり立ち代りの状態で、それはないだろうと。そんなに祖父と語りたいと思っていたならば、生きているうちにやれと私はどなった。まだ生きて家にいた頃に遊びに来ても1時間くらいで帰り、それも年にたった1.2回。それを、死んでからさも俺は親父を思っているというような態度は私には許せなかった。大好きな祖父だけに、許せなかった。正月などに、嵐のように帰っていく叔父家族を見て、祖父が「みんな帰ってさびしいなぁ」と言っている姿を見ていただけに許せなかった。結局、叔父がなぜそんなことを言い出したのかは、自分が夕方には帰るためだった。自分が帰るために、人のことなどおかまいなしに、そういうことをしようとしたのだ。祖父のためではなく、自分のためなのだ。すべて。彼はそれを何もわかっていない。もちろん、介護も供養もどこかしら、当人よりも周囲の自己満足的なものであることは私もわかる。けれど、それが人を不快にさせたりするのはどうだろうか。自分の子供が人の死の場でありながら騒いでいる。そういう子供を怒ることもできないのだから、しょうがないかとも思うが。 祖父のことが私はとても大切だ。こんな場でこんなことを書くのはおかしいかもしれないけれど、どうしても私には許せなかったのだ。 夕方、私の友人が会社帰りに寄ってくれた。まだ祖父が元気な頃に会ったことがあったのだ。葬儀の受付もやってくれるという。とても嬉しかった。昔から、私はこのおじいちゃんが死ぬ時、私はどうするのだろうと思っていた。現実になってみたら、涙は止まらないけれど、悲しいけれど、ちゃんとお別れできそうだ。といっても、寝顔そのものなので、これからもずっと一緒に仲良しでいると思う。おじいちゃんのくれたちゃぶ台を大切にしながら。そして、大切な人とこのちゃぶ台を囲み続けたい。
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