度々旅
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祖父のことで、いろいろな方からお言葉を掛けて戴きました。この場を借りまして、改めて御礼致します。ありがとうございました。葬儀、告別式と終わり、しっかりと見送ることができました。祖父は、89歳で、今年の夏には90歳を迎えるはずでした。もう、15年以上前から、「じいちゃんは、もうすぐ死ぬんだからな」と言っておりましたが、入院しても元気に戻ってきてくれていて、こうやって100歳越えるんではないかと思っていました。なんだかんだ言っても、私の子供を見れるまで生きていてくれるのではないかと思っておりました。去年の脳梗塞から、だいぶ壊れてしまって、歩くこともできず、私のことをわかってくれたのも、本当に数回でしたが、それでも、自分で食事をとり、もりもり食べていたこともあり、本当にこのまま生きていてくれると思ってました。だから、なんでこのタイミング?というかんじなのです。まだ、いてくれても良かったんじゃないの?どうして今いなくなるのさと。 けれど、インドに行ったときに、インドの家族から腕に巻いてもらってずっとつけていた紐が、私が祖父に最後に会った日に切れたことを思い出しました。そして、ある意味、すごい計算してこの日を選んで祖父は亡くなってしまったんではないか?と思えることに気付きました。友引や、寺の関係で、葬儀の日まで日があり、施設から自宅に帰ってきて3泊することができました。ずっと祖父は家に帰ってきたかったのです。また、本来ならば、私はタイに行っていたわけで、裏を返せばまるまる予定が空いていたわけです。葬儀を手伝ってくれた私の友人は、祖父に会ったことがあり、彼とタイにも行くはずでした。その彼は、日曜日に出勤しており、会社帰りに家に帰ってきてくれたばかりの祖父に会いにきてくれました。もし出勤してなかったら、彼はわざわざ会いに来てくれるような人ではありません。そして、タイに行くために会社を休む予定でしたから、会社を休んで葬儀も手伝ってもらえました。最後に驚いたのは、祖父の戒名に、その友人の一文字が入っていたことです。祖父の名前からとった一文字の上に。私にとって一番大切な人が祖父でした。だから、祖父は新しい名前の中に友人の一文字を入れることによって、今度はこの友人を大切にするよう教えてくれたような気がしました。その他にも、アメリカに住んでいるいとこがずっと子供に恵まれなかったのが昨年生まれ、もう一人にいとこも結婚する相手とめぐり合うことができ、私と両親の仲もだいぶ良くなり安定してきていました。 そんなこんなで、安心して出発してくれたのかもしれないと思います。 祖父の骨は骨壷に入りきらない程の量で、棺おけに入れるときも苦労しました。89歳にしては、身長は高く、骨もとてもしっかりと太いものでした。それらはすべて、父や母の看護のおかげで本当に感謝してます。 葬儀には、父の会社の人がお断りしたにも関わらず大勢かけつけてくれ、母の友人も大勢来てくれ、両親がどれだけ多くの人に助けられ、そして愛されているかを知ることができ誇りに思うことできました。祖父のためにあれだけ大勢の人が泣いてくれて本当にありがとうという気持ちでいっぱいでした。父の姉が最後に母に正座して「長いことありがとうございました」と言ってくださり、今まで本当に母は感謝の言葉をもらえずにいたので、私は嬉しかったです。施設に祖父が入ってからも、母は毎日犬と一緒に施設に通い、祖父だけに声を掛けるのでは、他の方が良い気持ちをしないと、みんなに声を掛け、名前を呼び会話してました。普通できることではないなと思います。だから、後日施設に伺ったときに、老人から祖父はどうした?と聞かれ、こうやって入れ替わり激しい施設で痴呆老人から祖父が心配してもらえるのは、全て母、そして父の祖父への周囲への配慮のおかげだなと思いました。 葬儀に来てくださった方々から、母はよくやったよ、悔いはないはずだよと言葉を掛けていただき、本当に私はこの母、そして父の下で生まれ育ったことを誇りに思います。 これからも、祖父と行ったことがある場所、一緒に食べた物、いろいろなことによって祖父を思い出すと思います。どこかへ行ったときに土産を選べないこと、クリスマスや誕生日、バレンタインにあげる相手がいないこと。そういうことで、寂しくなります。一番大切な人を失うというのは、悲しいというより、寂しいのだ、横にいない、気にする相手がいないってのはこんなに寂しいことなのだと痛感です。けれど、まだ祖父に出された課題はたくさんあるということも思い出し、頑張ろうと思ってます。 そういえば、祖父が骨になって帰ってきたとき、犬が出迎え、祖父を抱えている私に一番最初にとびつきました。ちなみに、犬と私は不仲で、あれだけ大勢の中でいろんな人のところをうろうろして私のところにやってきたことに驚きました。祖父は呆けてからも犬のおかげで散歩できていました。犬は後ろを振り返りながら祖父の歩調に合わせて歩き、ちゃんと連れ帰ってくるのです。そして、土手では大勢の方がそんな祖父に声を掛けてくれていました。○○君のおじいちゃんと。祖父が知らない人から写真をもらったと祖父と犬の写真を持ち帰ってきたことがあります。土手で祖父のことを見守ってくださっていた方です。その方とは、縁があり、今ではとても親しくしてますが、その写真がその方がとってくれたことを葬儀の場で知りました。そして、その方が祖父が旅立つときの浴衣を縫ってくれました。 そうやって、いろいろな人に生かされ、助けられ人間は生きていくことを学びました。祖父が残してくれたものは、とても大きいです。 長くなりましたが、皆様、お気遣いしていただき、ありがとうございました。
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