Spilt Pieces
2002年07月12日(金)  色
「風が強いですね、飛ばされそう」
台風が過ぎた次の日、こんな言葉を発した。
相手は下を向きながら「そうですか」と言った。


なかなか気がつかなかった。
空の色も、緑の色も、その人は見ていない。
ただ麻痺した体を支えるのに精一杯だった。
それでも文句一つ言わずに、私の言葉に「みたい」とつけながらも反応してくれたのだった。


「次は筍を食べましょうか」
そう言うと、黙って口を開けた。
私はスプーンで相手の口の中に筑前煮を入れた。
「おいしいですか?」
覗き込むと、「うまいな」と、一言答えが返ってきた。
どこを見ているのか分からなかった。
しばらく止まっていたら、目の方向は変えずに「どうした?」と聞いてきた。
「あ、すみません」
慌てて私はスプーンに次の食事を乗せて口に運んだ。


「緑がきれいですね」
眩しそうに目を細めて、「そうか」と言った。
色の話をしてもいいのかと思ったが、相手の心の中にはきちんと色があるみたいだった。


実習が終わった。
挨拶もろくにしないで帰ってきた。
また行こうと思った。
だからさようならは言いたくなかった。
この期間中に考えたこと全てに答えが出ていない。
こんなことは久々だった。
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