もともとタケダもラザも文章を書く意思は大いに持ち合わせていたようだ。特にタケダは思うところの多い人間で純文学まっしぐら。もっとも彼を「マジメ」などと形容する人間に出会ったことはないが(笑)。
彼らが入部して間もなく私も1階の渡り廊下の端っこにある部室へ連れて行かれた。タケダは私がよく本を読んでいるのを知っていたし、女性ともっと接するべきだとでも考えていたのだろうか?(笑) 文芸部は先輩に男が1人いるだけであとは女性が10人強といったところでした。 そこで出会った女性の先輩達はみなさん気さくな人ばかりで、人間関係の見えていない自分にとっては過ごしやすく感じる空間でした。といってこの学校に来てからというもの、面識のない人間と能動的に会話した経験はなく、ただ質問されることなどに相づちを打ったり答えたりしていただけで自分から話を振る発想などはなかった。
そんな中、私はふと一人の女性の視線に気がついた。
その女性は会話の輪の中では控えめでいちばん外側で参加していたので、部外者の私と同じような位置にいたといえる。
何の下心もない満面の笑み。私とその子の視線が初めて交錯した瞬間がこの時だった。
「どうだった?」その日の帰宅時にそうタケダが評価を求めてきたのは、ラザの意中の人に対する返答を求めたものだった。
そうか、あの子か...
私は「きれいだね」と無難に評価したのを覚えている。それ以上に私の脳裏にいつまでも印象の深いきれいな笑顔に小さな疑問を抱いていたのだった。
「どうしてあの子はあんな表情をしていたのだろう?」 今まで出会ってきた数々の私に対する好奇の視線とは明らかに性質の違うそれが、この先10年以上忘れ得ないものだとは全く思いもよらないことであった。
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