パラダイムチェンジ

2006年01月29日(日) 博士の愛した数式

今回は映画ネタ。見てきたのは「博士の愛した数式」
この映画を一言でいうなら、「ああいう授業を受けてみたかったなあ」で
ある。

私もおそらくは多くの方の例にもれず、高校時代に数学に挫折して、文系に
進んだクチである。
数学の先生に、「数学を勉強したからって、社会じゃ役に立たないし」なんて
直接言ってしまったこともあるし。

今から思うと、数学の理論がさっぱり理解できなかった、という事もある
けれど、その一方で自分自身が、理解しようと努力しなかったし、反復も
しなかったからだ、という気もする。
この映画、および原作の小説は、そういう数学挫折者に対して、数学者が
捉える数学の世界の秩序の美しさ、について教えてくれる作品なのだ。


映画を見た時点では、原作はまだ読んでいなかったんだけど、映画と原作
の一番の違いは、物語の冒頭、ルート(√)とよばれた少年が成長して学校
の先生となり、自分と博士と母親の話を振り返るところから話が始まる所
である。

博士とは、家政婦である母親が世話をしている元数学者であり、普通の人
と大きく異なっているのは、交通事故に遭ったせいで彼の記憶が80分しか
もたないということ。
だから、毎朝母親が博士の所を訪れるたびに、「新しい家政婦です」と挨拶
しなければならない。

そしてもう一つ変わった点は、彼が人と会話を交わす時に、数字を媒介さ
せるということである。
だから、母親は毎朝、靴のサイズを聞かれ、電話番号や誕生日を聞かれ
る。
そしてその母親の靴のサイズ、24は、「4の階乗で、実にいさぎよい数
字」であるらしい。
4の階乗とは、自然数、1から4までを全部掛け合わせると24になる。
1×2×3×4=24

こんな風に、日常にありふれたように思える数字の中に潜む美しさを、
母親とルート少年は発見していくのだ。
高校時代の私が思った、「数学なんて勉強しても何も役には立たない」
という言葉に対しても、博士は物語の中でこう語る。


「実生活の役に立たないからこそ、数学の秩序は美しいのだ」
「素数の性質が明らかになったとしても、生活が便利になる訳でも、お金が
儲かる訳でもない。もちろんいくら生活に背を向けようと、結果的に数学の
発見が現実に応用される場合はいくらでもあるだろう。楕円の研究は惑星
の軌道となり、非ユークリッド幾何学はアインシュタインによって宇宙の
形を提示した。素数でさえ、暗号の基本となって戦争の片棒を担いでいる。
醜いことだ。しかしそれは数学の目的ではない。真実を見出すことのみが
目的なのだ」



映画では、大人になったルート少年を吉岡秀隆が、博士役を寺尾聡、
そして家政婦の母親役を深津絵里が演じている。
で、博士役を演じる寺尾聡がうまくはまっていると思う。
普段は気難しいんだけど、小さな子どもの前では相好を崩すあたりがいい
しまた、彼の声で語られる数学の世界はどこか優しい感じがして。

また、吉岡秀隆演じる数学教師は、ややもすると複雑になりがちな数学に
ついての解説をうまく挟み込んでいて。
で、やっぱり彼の語る数学の世界が、まるで本当に博士に薫陶を受けた
人が語っているように、優しく私の心に響いてくるのである。

だから原作の持ち味を損なうことなく、役者さんたちが登場人物たちに
うまく血肉を与えていると思うのだ。
ルート役の子役も、吉岡秀隆の小さい頃、「北の国から」の純君をほう
ふつとさせるくらいに似ていたし。

博士が昔は野球をやっていた、という風に変えた脚本もうまいと思う。
映画を見て泣き出すほどの感動の名作、ということはないけれど、
ほんの少し心が温かくなるような、そんな映画でした。


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harry [MAIL] [HOMEPAGE]

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