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■ そうか
今日は金曜日だったんだな
今更ながら気付く。
こんな時間になって気付くなんて相当哀れだ。
明日はバイトが早朝からなので、今宵は寝ないで読書と音楽にしけこむとしよう。
今日の朝まで僕は友達と飲み明かしていた。
学校のこと。
将来のこと。
恋愛のこと。
隣家から「ドンドン」とされて、それで静かにするのかしないのかということ。
下らない話でその場の時間が進んでいった。
価値観が違う。
それだけのことをわざわざ理屈を捏ねて言われた。
人それぞれに、違う価値観が存在するのは当たり前ではないか。
何故か?
決まっている。
人は精子と卵子が結合し生まれた瞬間から、独自の「意思」を得てそれを自らの行動を決定付ける指針としているからだ。
その「意思」というものは強固であり、また脆くもあるのだ。
具体的に言えば、「主張」が強固な部分であり、「納得」が脆弱な部分である。
価値観とは、行動することによってそこから経験的に得られる観念の一つである。
その価値観という観念そのものは、強固にして脆弱な「意思」によって保護されているものに過ぎない。
しかし、自己の中に存在する価値観というものがその「意思」というオブラードによって内部にゆっくりと浸透し、いずれは独自のものとして変化・位置付けがなされるのである。
これによってその価値観は、その人にとって独自の観念として成立するのである。
だから、全く同じ価値観を持たれていちいち同意されては、こちらの身がもたない。
そんなことを声を大にして述べる必要など全くないのだ。
だって違うんだもん。
そんなことをされるのは逆に不愉快である。
次第に飽和していく頭でそんなことを考えながら僕は友達と語った。
全くもって失礼な奴だな、俺はと自嘲する。
最後には、一人が帰り、残った者の内二人が寝て、僕とその酒会の行われた場の家主が起きていた。
彼は僕にこう言った。
「あの(彼は以前、三角関係で悩んでいた)時、お前が相談に乗ってくれて本当に助かったと思ってる。お前もすごい辛い時期やったのにな(僕はその頃付き合ってた彼女と最悪な別れ方をして半ば病的だった)。ほんまありがとう」
僕は引き攣った笑顔を返すしかできなかった。
そんなことはないんだよ。
お前も知ってるだろう?
俺は楽しいことが、人間臭くてどうしようもないドラマが、大好きなんだよ。
友達のSのように
「ああいうタイプの女はほっとけ」
なんて言えないんだよ。
俺は面白がってたんだ。
自分じゃ起こらないことを他人がしてると、面白がって火に油を注ぐような言動に出るんだ。
一層苦しめたのは俺でもあるんだよ。
俺がやってたことは偽善だよ。
悩み相談なんて全部偽善のようなもんさ。
それが人に対するサポートとなるかどうかは、そこに愛があるかに懸かってるってだけのことさ。
俺には愛が足りなかった。
面白がって、三人を陰で煽ってただけなんだ。
ここまで言ってなんだけど、俺はお前に謝る気はない。
謝ったら、あのときドラマを感じたくてしたことに意味がなくなるから。
他人への配慮が足らないんだ、俺は。
それでいろんな人に迷惑をかけてきた。
それは謝る。
こんな大迷惑な俺でごめん。
僕はこう思う。
人間関係、こと男と女ってのは、体力、気力、精力全てを費やし自分を少しずつ削りながらドラマを生み出すべきなんだ、と。
相手が好きでたまらないという不安は好きになった時点で背負うべきものなんだ。
むしろその不安があるからこそ、男女関係は面白いのだ。
だからドラマティックなんだ。
恐れや不安から逃げてはダメなんだ。
そんなことを思いながら、僕は今日も日記を書く。
・・・今宵は満月。青白い光がきっとどこかの誰かを照らしていることだろう。
月満ちて 蒼色深き 夜なれば 昂ぶる身にて 君と踊らん
2003年01月17日(金)
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