note-蒼屋3 2002年08月28日(水)
「──どうして、君はこんな所にいるの?」 それは、彼が発した最初の言葉だった。 蛇屋に勤めて、まだ半年という頃だったか。 洞窟のような黒を基調とした蛇屋の店内で、彼は左腕に絡まった蛇の頭を撫でながら、羊の群れの中に山羊を見つけたような顔で、私を見ていたのだ。 私は少しぽかんとして、それから慌ててイラッシャイマセと頭を下げた。 後ろのほうから、先輩の苛立たしい舌打ちが聞こえて、それから誰かが慌てたように走ってくる足音がした。 普段は店の奥で音楽を聴いている店長が、満面に笑みを浮かべて彼を迎える。 「……新人?」 「ええ。意外と評判が良いんですよ」 二人の視線がいっせいにこちらを向いて、私は居心地の悪さに顔を伏せた。 そうだろうね、と面白がっているような声が、俯いた私の肩に落ちた。 嫌だな、と思うまもなく私は指名された。 蛇を美しく装うためのブースで、彼は机を挟んで向かい合った私にもう一度言った。 「どうして、君はこんな所にいるの?」 手のひらの蛙が、乾いて伸びきったように突っ張って、私は怖い、と思ったのだ。 ──ドウシテ、コンナトコロニイルノ? 人は、簡単に自分の居場所など選べるのだろうか。 祖父の影を振り切るように生まれ育った谷を出て、あてつけのように蛇屋の扉を叩いた。いっそ蛙など食べられてしまえばいいと、そんな自棄もあったかもしれない。 けれどそれは、私が選んだ結果なのだろうか。 私を食べてしまおうと望んだ蛇屋が、大きな口を開けて私を招き入れただけではないのか。 谷から流れ出る川の流れに、ただ私は流されているだけではないのか。 そう、思って。 私は小さく答えた。 「ここに、辿り着いたからです」 彼は黒々とした瞳を少し眇めて、それから大声で笑い出した。 それが、私と彼との出会い、だった。 |
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