(いたずらがき) 2002年09月01日(日)
煙草をもみ消した男の指が、重い空気をかき分けるようにして、差し伸べられる。 おとがいをそっと持ち上げ、それからゆっくりと探るように首の皮膚を滑る。 ──ああ、指先にも熱はあるのだ。 場違いな思考に捕らわれた昴の首筋を、二つの熱が這う。やがて薄い皮膚の下で蠢く脈を見つけ、蜜を見つけた蜂のようにそこで留まった。 窓から入り込む月光が、男の頬を滑り、口元に少し伸びた髭の上で踊っている。 やっぱり、と昴は薄く笑んだ。 この男には、夜がよく似合う。 友人に囲まれ、笑顔を絶やさない昼の彼は、巧妙に作り上げられた紛い物だ。 誰も気づかない。押さえ込まれた怒りや衝動に、激しい劣情に。 「──なにが、おかしい」 「なにも。ただ、君はそうしているほうが美しい」 男の顔が、奇妙な形に歪んだ。驚きだけでもなく、怒りだけでもなく。 首筋を押さえる男の指に、くっと力がこもる。 痺れる。頭だけでなく、全身が。 締め付けたまま、引き寄せられた。男の表情が、影に閉ざされて見えなくなる。 激しい痛みと一緒に、煙草の匂いが、唇から流れ込んで。 すっと、また月明かりが戻る。 指が緩められて、顔を覆っていた痺れが消える。けれど熱点はまだ首筋に添えられたままで、そこから違う種類の痺れが、全身を走る。 誘われるように、昴は手を伸ばしていた。 自分の首を捕らえる男の無骨な手首に触れ、少し硬い肘の骨、冷たい二の腕から、厚い筋肉に覆われた肩。そして、風にさらされて少し冷たい、首筋。 男は昴の手を拒もうともしなかった。 昴は、指先を通して男の脈を聴く。自分よりも少し早くて、ずっと力強い生命の鼓動。 「……星なら、星らしく」 男が、苦々しげに口を開く。 「手の届かねえ、高いところに居れば良かったんだ」 昴はうっとりと目を細め、もう一方の手も男へと差し伸べた。汗ばんだ掌が、迷うそぶりも見せずそれを受けとめ、乱暴に引き寄せる。 「それが、手の中に堕ちてきちまったら」 再び顔の上に、影が落ちた。けれど闇の中の僅かな光が、男の眼に映っている。 星だ。 ずっと手に入れたかった、冷たい輝き。 その輝きをもっと見たくて、顔を近づける。 男が、震える吐息を吐き出す。 「握りつぶすしか、ねえじゃねえか」 煙草の苦い味が、口の中に広がった。 今度は、柔らかな熱と共に。 背中を滑る掌の温もりを感じながら、昴は目を閉じた。 星は、君のほうだ。 高い場所にあって、届かなくて、ずっと握り潰したかったもの。 手に入れた。 ようやく。 ◇ ◇ ◇ って! てへー! 悪戯書きですっ。それ以上でもそれ以下でもっ。気分は○○○○うで(謎) |
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