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私が勤務していた店舗は、ショッピングセンターが隣接していたので そこの従業員の方達が、いつも休憩時間に立ち寄って下さっていた。
ある日、顔なじみのお客様がコーヒーを飲みに来店された。 砂糖もミルクも使わない、いつものブラックで提供した。 いつもと同じ、いつもの風景。
そのお客様が帰られた後、トレーの上に1枚のメモが置いてあった。
「いつも笑顔とコーヒーをありがとう。 今日限りで移動になるから、もう来られないのが淋しいです。」
ほんの2行だけの手紙。 すぐに追いかけたけれど、見失ってしまった。 あまり話したことはないお客様だった。 だけど毎日来て下さっていたから、席もオーダーも覚えていたお客様だった。
社員に成り立ての頃だった私にとって、その手紙は宝物になった。 仕事専用のファイルに挟み、いつまでも大切に持っていた。
時々、とても嬉しい言葉をかけて頂くことがあった。 「美味しかったよ」「元気がいいね」「又、来るね」など・・ その度に気が引き締まり、一層仕事に力が入る。
良いお客は 良い店員を作る
まさにその通りだと思う。そして逆も真なり。
悪いお客は 悪い店員を作る。のだ。
いつも悪態をつくお客様が居た。 そのお客様が来店されると店内の従業員がピリピリする。 今日は何を言われるのだろうと考えると、接客にあたるのが嫌になる。 接客しても笑顔が強ばる。いつもならしなくていいミスをする。 悪循環である。
私はプライベートでも、あちこち食べ歩きをした。 美味しい食事も楽しみだが、職業柄、店員の接客態度ばかりが気になった。 アラを探してやろうとする私は、正しく悪い客であった。
みだしなみ、笑顔、清掃の具合、提供時間。 まるでその店を採点するかのように、アラ探しをして回った。 でもそんな事をしたところで、美味しい食事にはありつけない。
ある時、レポートを書くためにファイルを開いた。 あの時の手紙がまだ入っているのに気が付いた。 手紙を貰った時、凄く嬉しかった。だからこそずっと持っていた筈だ。
私も良いお客になろうと思った。 アラを探すのではなく、良いところを探して自分の店にも役立てよう。 そんな気持ちになった。
それから店に備え付けの「お客様カード」には積極的に感想を書くことにした。 勿論、良い点を少しだけオーバーに誉める。 誉めた方がこちらの気持ちも良いのである。これは病みつきになった。
ある日、繁華街で待ち合わせをしていた私は、少しの時間を潰さねば ならなくなって、洒落たコーヒーサロンに入った。 色とりどりの可愛いケーキが並んでいた。 お冷やのグラスを持って来てくれたウェイトレスは、まだ会話がぎこちない。 多分、新人さんなのであろう。
ケーキセットを注文し、ケーキはあなたのお薦めを持って来てほしいと告げた。 一瞬、たじろいだ彼女であったが、すぐに裏へ引っ込んで行った。
彼女が持って来てくれたのは、チーズケーキ。 私は好き嫌いなどないので、喜んで頂き、コーヒーを飲み時間を潰した。
ふと自分が貰った手紙の事を思い出し、コースターの裏にメモを書いた。
「美味しいケーキを選んで下さってありがとう。 とても笑顔も素敵ですね。又来ます。」
店を出てすぐ、後ろから呼び止められた。どうやら店の支配人の方らしく 深々と頭を下げられて、丁寧に手紙のお礼を述べられた。 こちらの方が恥ずかしかった。
自分のしたことを誇示するつもりはないが、これから彼女はきっと 自信を持って仕事をしてくれるだろう。 もしかしたら、とっても良い店員を私が作れたかも・・ これは少し自画自賛か
伝える事が大切なんだと思う。 嬉しかったこと、感謝したこと。 伝えなければ、きっと届かないから・・・・
良いお客が 店員を作る。 そして、良い店員が 良いお客を作るのだろう。
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