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私が自分で養女だと知ったのは、高2の夏休み直前だった。
アルバイト先で住民票を持って来るように言われ そのことを母(養母)に告げた。 みるみるうちに母の顔は険しくなり、強く強くこう言った。 「そんな物を持って行かなければならないバイトなら、しなくていい。」
確かに、充分な小遣いは貰っていたから 何が何でもアルバイトが必要ではなかった。 けれど、学校の教室に私は居心地の良さを感じられなかったのだ。 自分の居場所を探していた。
次の日、「もう住民票はいらないらしい」と嘘をつき 自分で役場へ行くことにした。
初めて一人で訪れる役場 人に尋ねながら提出書類を書き、申請をする。 待ち時間が長かった。と今はそれしか覚えていない。
受け取った住民票を見た瞬間 書かれている事実が把握できなかった。
養女
そう書かれた意味が飲み込めなかった。 現在は戸籍を撮らなければ、そのような記載は無いならしい。 だけど20年前のそれには、確かにはっきりと記載されていたのだ。
母が怒った理由がわかった。 嘘をついて来てしまったことが、悔やまれて仕方なかった。
帰りのバスの中でいろんな事が頭の中を錯綜した。 血の繋がりが無い? 母と? 父と? いつも優しかった祖母も? 可愛がってくれてる伯母も?
涙が溢れてきた。 バスの中なのに、 一人きりじゃないのに。
私が過ごしてきた16年が 音をたてて崩れていった。
家に戻った私は、部屋に閉じこもった。 母の顔を見られなかった。 泣いた顔を見せられなかった。 そして何よりも嘘をついたということを 気付かれたくなかったのだ。
その時、母には分かっただろう 私が知ってしまったことを。 それでも何一つ言わなかった。 私も何も言わなかった。
遅い夕食を一人ですますと いつもの母娘になる努力をした。 いつもの家のいつもの部屋が フィルターがかかっているように思えた。
それからの私は居場所と同時に 自分の存在意義を見つけるという大変な作業が待っていた。
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