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お父さん元気ですか? なんか、とても変な呼びかけだけど許してね。 だって手紙の最初には、お約束の言葉だからね。
もう15年も経っちゃったんだね。 覚えてる?15年前の今日の朝食は、私が作った雑炊だったって。 「こういうのが一番いいよ」って、たくさん食べてくれたよね。 まさかさ、あの雑炊が最後にお父さんに作ってあげた食事になるなんて、 お父さんが人生の最後に食べた食事になるなんて、思わなかったよ。
手紙を書こうと思ったのはね、伝えられなかった気持ちが たくさんたくさん残ってて、15年経った今でも心残りのまんまだから。 だって、職場で倒れてその日の夜に 逝っちゃうなんて、想像したこともなかったよ。
あのね、私、じっくりお父さんと話したことってなかったよね。 とくに大きくなってからは、いつもすれ違いでどちらかが家に居なかった。 だけどね、大人になって、結婚をして、孫を抱かせてあげられる頃には そんな時間もあるだろうと、漠然と思ってたから あんまり気にもしなかったんだよ。
私の夫になる人と、お父さんが一緒に呑んでる風景なんかを想像していたんだよ。 だけど花嫁衣装さえ見せてあげられなかったね。
お父さん、はっきり言うけどさ、あなたは家庭人としては失格だったよ。 優しいお父さんではあったけど、良い父、良い夫ではなかったよ。 お父さんも見たはずだよ、あなたの臨終の時の母の涙。 あれだけ仲が悪いと思っていたはずの母の涙。 「これでやっと私の元に返って来た。」と言った母の言葉。 お母さんはずっとあなたの帰りを待っていたんだ。勿論、私もだったけど。
あなたの葬儀の時に、300人も入る大斎場に並びきれない献花を見た時、 所々から聞こえてくる嗚咽を聞いた時、仕事人としては立派な人だったと 云うことが、初めてわかった。だけどね、 母と私が求めていたのは、いつも一緒に居てくれるあなただったんだよ。
夫でもなく、父でもなく、仕事人のあなたでもなく、 男の顔をしたあなたの横顔がちらつく度に、母は悲しかった筈だし、 私も寂しかった。 もしかしたら私が貰われてきたせいで、そうなってしまったのかと 自分を責めたりもしたんだよ。 私というおもちゃを母に与えたから、あなたは安心して外へ行くのかも しれないと感じたこともあったんだよ。
そんな胸の内は、いつか話すつもりだった。 もう笑い話になった頃、話すつもりでいたんだよ。なのに・・・
お父さん、ずるいよ。 何もぶつけられないままで、逝っちゃうなんてずるいよ。 そういえば、いつもあなたの遺影に向かってお母さんも言ってたよね。 「あなたは本当にずるい人だ」って。 そのくせ毎日仏壇の前に、何時間も座ってた。 一頻りお経を唱えて、あなたに話しかけていたよね。 それはそれで一つの夫婦の形だろうと、今になればわかる気がするよ。
昨年の春引っ越しをした時に、新居に写真を飾ろうと思って 一生懸命に探したんだ。だけど、二人が一枚に収まった写真は 新婚時代の写真しかなかったよ。 それだけじゃなく、お父さんと私が一緒に写った写真も 私が子供の頃のしかなくて、いやそれよりも、 私の記憶にあるお父さんの顔をした、晩年の写真がまったく無かった。
そうそう、遺影に使う写真も苦心したんだった。 唯一、会社に残ってた証明写真を引き伸ばしてもらったんだよね。 だから、いつの間にか私の中のお父さんの面影は 生真面目な顔をした証明写真の顔になっちゃった。
だからと云うわけじゃないけど、今はいっぱい写真を撮ってる。 子供と夫、子供と私、夫と私、そして、家族の写真。 子供たちが昔を懐かしむ時、笑顔の思い出を残してあげたいからね。
もっとたくさん写真が欲しかったよ。 もっとたくさん思い出が欲しかったよ。 もっとたくさん声を聞きたかったよ。 もっとたくさん叱られたかったよ。
多分報告なんかしなくても、もう解っててくれてると思うけど 幸せにしているから安心してよね。 ずいぶん心配させちゃったかな。 ハラハラしててくれてたかな。 だけどもう大丈夫だから、安心して見守っててね。
今日は特別だから、大好きだったお酒と煙草を供えてあげたよ。 せっかく健康の為にって、晩年は我慢してたのにね。 今日は気の済むまで、二人で呑んでいいよ。 お母さんの愚痴もちゃんと聞いてあげてね。 もう聞き飽きたなんて言わせないから。
あのね、どうしても伝えたかったのは 私のお父さんになってくれてありがとうってこと。 家にあなたがいなくて、寂しい時はあったけど 嫌いになったことはない。 お父さんが大好きだった。それだけは本当。
ありがとう ありがとう
何べん言っても足りないけれど、 大好きだったよ。 ありがとう。
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