ディリー?闇鍋アラカルト
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現代のこの世界は、経済活動が主な活動原則となっているように感じられる。 そうではなく、「神は愛である」とか「愛こそ全て」と言う人は居るには居るが、それを自分の勤めている会社で言う人は稀だろうと思える。 僕は別に神や愛についてここでは書こうと思わないが、経済活動が主なる活動原則であると、人類にとって不幸な事が起こり得る事について書こうと思う。 経済活動が盛んである事は、単純に考えて、沢山の生産がなされ、沢山の物が売れ、人々は金銭的に豊かになり、沢山の物に囲まれて生活する事になる。 それはそれで、豊かな暮らしと言うべきだろう。 戦後食べるものにさえ不足していた時代から、TVや洗濯機は当たり前になり、自家用車やクーラーさえも半ば当たり前になってしまった。 しかし、農法の変化(化学肥料の使い過ぎなど)による野菜に含まれるミネラルの減少、環境に存在する有毒化学物質の増大、地球の温暖化現象などを考えてみた場合、経済活動に伴うマイナス部分というのを考えてみない訳には行かない。
単純に酒屋の売上げが増えるという事を考えてみる。それは、増えれば増えるほどアル中も増えるという事にならないか? ガソリンの生産・消費が増えるなら、温暖化に拍車がかかるという事だろうし、食品の売上げが増えるという事は、基本的な食材よりも加工品の割合が多くなっているとも考えられる。 医療費が増えている事は健康の基本(普段のバランスの良い生活)がおざなりになっている事を示す事にならないか?更に、医原病の増大という事も言えるだろう。 スーパーの売り場を覗いてみるなら、環境や人体に有害な合成界面活性剤製品が山積みされている。売れれば売れるほど人類全体の不健康度は増し、環境も悪化する。
国会議員が言うには国民は景気の回復を望んでいるのだそうだ。 僕は環境や人類の健康を悪化させない形での経済活動のあり方を模索する。
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