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2003年07月14日(月) そこにあったアメリカン・ドリーム/The Thrills"So Much For The City"

代わり映えのしない東京の暮らし。お金や期限や人生設計(デザイン・フォー・ライフ)に追われ、高層ビルに囲まれた広告や装飾や化粧でぐちょぐちょに塗りこまれた街を歩きながら、週末に大好きな笑顔を見るためだけに頑張っているような人達。誰もが東京という物質都市の中で全て満たされながら、退屈そうで疲れた表情を浮かべて吊り革につかまっている。そしてそれは俺も同じであって。

そんなどうしようもない日々で、俺はときどき春休みに旅してきたアメリカの西海岸を思い出す。LAXから降り立った瞬間の目もくらむような陽光。どこまでも広がっていきそうなブルーの空。その輝きと眩しさがずっと続いていった毎日。観光者特有の浮かれた感想かもしれない。実際に怖い姿だって見てきた。メトロでは死人だって見た。

けれど、ウエスト・コーストっていうのは本当に本当に、感動的な体験だった。毎日ずっと晴れているサンシャインの下、すぐにでもボードを担いでサーフィンしたくなる海岸線とその開放感。真っ直ぐなハイウェイを100マイルを越えて飛ばしながら見たどこまでも広がる地平線。砂漠。野生動物。牧場。ガソリンスタンド。巨大なトラック。地球の歴史と巨大さを感じる観光スポットの大自然。そして、自分の思いをはっきりと伝えながらコミュニケートするアメリカ人の率直な人間性。これでもかというくらいのボリュームで大味な食事。サンタモニカやベニスのビーチ。グランドキャニオン。壮大な夕暮れ。宇宙がそのまま広がる星空。笑い声。巨大モール。ハンバーガー。グレイハウンド。アムトラック。バスケットボール。抱き合ってキスをする恋人。ハリウッド。

アメリカン・ドリーム。それは、まったく嘘じゃない。そこには光も影も、そして成功と挫折がはっきりと存在するけれど、夢を目指すだけの大きさと光景ときっと今も続く未来があった。最高の夏が続く西海岸。バケーション。逃避行。

ザ・スリルズのデビューアルバム、『ソー・マッチ・フォー・ザ・シティ』はそんな気持ちと完全にリンクしてしまう、アメリカという国の理想的な希望と愛に満ちた、そして、それを手に入れられなかった哀しみすら抱き込んだ大名盤だ。

ビーチ・ボーイズつまりブライアン・ウィルソン、ザ・バーズ、バッファロー・スプリングフィールドなんかがすぐに連想される西海岸の最強のサイケ・フォークミュージックの先達からの反響。そしてそこから繋がって、アメリカの幸せだった時代のポップスの黄金律が聞こえてくる。素晴らしく切なくて、ノスタルジックで、苦くて甘いアルバム。完全に今のシーンでは浮いているが、際立っている。

アイルランドのバンドなんだよ? でも、だからこそ、俺が屈託もなく見てきたアメリカの素晴らしさを書ける様に、彼らもよそ者だからこそ、素直に感動をそのままの温度と密度で表現できるんだろう。主体だけではもはや描けない音楽。

このアルバムが出るまでに何枚かシングルがあって、収録曲はけっこうかぶってはいるんだけれど、そのものとはバージョンが違っている。すごくゆっくりとした演奏をしていて、伝わる様に一つ一つの音と歌詞をはっきりとさせているのが見事に成功している。カップリングというわけではなかったんだ。絶対に聞かせなければならない曲の集まりだったわけだ。

#1の"サンタ・クルーズ"はもう全展開が名曲。ゆっくりと歌われる導入部、「どこにあのとんでもない歌をいくつも置き忘れてきたのか教えておくれよ」という問いかけ。ハーモニカ・ソロ。そしてその後にすかさず入るビーチボーイズの切なさを携えたコーラス。

#4は完全に現時点で世界トップ5に入る感動的なバラッド。この何の個性も無いコード進行を辿っていくピアノは、コールドプレイとベン・フォールズのほとんどのピアノ・プレイの上を行っているといえるまでの切なさ。そして、囁かんばかりの歌声に乗るメロディが切ない。ディレイ効きまくりのギターソロも切ない。後に乗るアコギの鳴らし方もずるい。切な過ぎる。こんな新人が出てきたら、トラヴィス、どう出るよ?

#5、完全なアメリカの田舎町を思い起こさせる歌。グランドキャニオンに向かう途中、ガソリン給油のために立ち寄った、アリゾナの町はまさにこの曲が似合う。若者のむやみな希望にも溢れているな。バンジョーがばっちり。

#6も現時点で世界トップ5に入るだろう、人目もはばからずぐっと来てしまうバラッド。ザ・ヴァーヴやオアシス並の弦楽の重奏が入るけれど、そこを大仰な曲にしない所が良い。アメリカの等身大の記憶、そのままで鳴らしている。「オールド・フレンズ、ニュー・ラヴァーズ」と囁き歌った後、盛り上がっていくメロディはこの時点で音楽の感動性の沸点を記録する。その後に来る、ありえない音作りのギターソロは、「泣く」という感情と完全にイコールになった奇跡だ。

#8は曲目通り完全なハリウッド。なんで音で表現できるんだろうか。天才。#9は三拍子のこれまた名曲だなあ。アメリカの星空ですね。

#12の"プランズ"という実質のアルバム最終曲はカーペンターズから展開していく、「誰だって計画を立てなくちゃ、だってガソリンばっかり入れてるだけじゃ笑顔すら浮かべられないでしょ」っていうメッセージが胸に突き刺さるソング。そう。そして、このアルバムの通奏低音であるメッセージがこのフレーズに凝縮されている。

理想、希望、夢。それは口先だけでは、まったく理想や希望や夢として完成しない。モラトリアムを延期しつづけて、ガソリンばかり貯めていても、何も満たされない。とにかく、実行しなきゃ。この現状から逃げ出さなければ。立ち切らなければならないものはすべて捨てて。自分の人生の青写真を正確に描こうと努力しなければ。その予定表には、苦しみも書きこんで。

ザ・スリルズの音楽は、世界で一番夢と希望に溢れていることが分かりやすい存在であるアメリカン・ドリームにどっぷりと浸かりながら、その夢への旅立ちを描こうとしている。そして、それができないことへの心の痛みまでも表現している。ウエスト・コーストの大きさと自由という開放感を鳴らしながら、退屈な日常と、それを作り出しているのはまた自分であることを気付かせながら、まさしく音楽だけで夢と希望の真実を映し出している。


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