北向きの窓の向こうに青空が広がっている 私の住まいはいわゆる風致地区にあり 表のとおりから入った 少し小高いところにある 裏庭のむこうはがけになっていてニセアカシア木々がたくさん 父の病から死の日までいつもそれらの葉がそよぐのを 涙のフィルター越しに眺めていた・・・ それから2年
とうに相続の話は済んでいる しかし 遺産の半分はまだ振り込まれない 今年に入ってからその残金の件で弟と 何度か話をしているが それは守られなかった 理由は、真の理由は本当にわからない・・・ つまり思惑は彼の内側だけにあり 身内の思いやりで待っているだけなのだ
厳密に言えばこれは遺産分割ではなくいわゆるハンコ代というものなのだ おおむねの遺産総額はわかるがその出所など問いはしない こうまできりのつかないことも昨日の早く現状の終了を 願う気持ちの原因のひとつ・・
実は昨日も今年なくなった夫の母のことで「そちらはどうなの・・?」 などと不用意なことを問いかけてしまった 夫の実母とはあまり交流はなかった、、子供の入学などの節目には お祝いをいただくことはあったが、普通の付き合いをしていたとは 思えない だからどうっていうことはないのだ 彼がアクションを起こすべきではないし 起こす人ではないことを 私はよくわかっている・・・私の場合よりずっと複雑だ それは自分の停滞感からこんな問いかけをしたのだということも 私自身よくわかっている・・・
先週 姉と連れ立って実家に行った そこで「いつ?」と おとなしく聞いたつもりだったが、弟は古い話を突然持ち出し 私が心情的に許せないというようなことを言い出したのだ・・ 実家を訪ねる前に電話でも確認している そのときもいやな話を 蒸しかえされたかのように怒りをあらわにした もはや差し戻しても よいとさえ思ったのだがそれが彼に不利なのは自明なのであった
心情がからもうがからまざろうが私には関係ない たくさんの書類に署名押印して すべてが終わったのは もう1年も前のことだ 先週の期限はもはや最後通牒だとわたしは思っている これが破られたらという手はすでに考えてある 今は11月末日を待っているだけである
すんなりとことが運ぶか頓挫したままかというのもすべてが因縁時節なの だろう・・・時を待つことに私は寛容ではないが・・・
きょうもあおそらをながめやり過ごそう
*アイオワのメールのみでお取引しているマリリンは 今年も父親のWorldWar�兇寮鑞Р颪里茲Δ淵ぅ戰鵐箸防秧討� 連れて行ったと書いてきた、、父親の船は「Kamakaze」に 撃沈されたらしいが生存者は毎年 どこかの都市で再会していると いう、、今年はセントルイスだったのだ お互いの父親は敵同士だったのだ・・・彼女はまたそれを ironyなことだと書いてきた
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