2003年01月25日(土) |
SSS#41「瀬戸口→水色速水 ギャグ6」 |
【瀬戸口隆之受難の日 6】
いつもはピンクの髪をした少女が座っている指揮車の運転席に、今日は艶やかな黒髪をショートにした、才色兼備の美女が座っている。 遮蔽物の多い市街戦では、最前線に出ない限り指揮車が狙い撃ちにされる可能性は少ない。 ただ今回、指揮車は指揮・誘導のためではなく野次馬のために出撃しているので、指揮車は見晴らしのよい高台に停車していた。 高出力のレーザーで狙撃される危険はあったが、危険を恐れるようでは奥様戦隊など勤まらないのである。 流石に遠くて、士魂号に乗っているわけでもない瀬戸口の姿は、豆粒のようにしか見えない。 だが、キタカゼゾンビやキメラなどの中型幻獣が、次々と蒸発するように消えていく様は手に取るように判った。
「なんだ。本当に強いんじゃないの…」
双眼鏡から目を離し、原が呟く。 その傍ら、つまり指揮者の横で、善行は肩をすくめてみせた。
「だから、絢爛舞踏なんですよ」 「え?絢爛舞踏って…絢爛舞踏なの?つまり勲章の?」 「他にありますか?」 「ほら、最近日曜日の朝7:30頃からやってるじゃない。子供たちよりもお母さんたちに大人気のヒーローもので…」 「ああ、時空戦士ゴージャスタンゴですか?」 「そう、それよ。…詳しいわね。 それの変身前のお兄さんが瀬戸口君なのかと思ったのよ」 「それは…」
善行は言葉に詰まって、忙しく思考を巡らせた。 あんなに大々的に小隊の前でバラしてしまったが、一応絢爛舞踏のことはトップシークレットである(はずである)。 この場合、瀬戸口をヒーロー物のお兄さんにしてしまった方が、善行の身の安全には得策だろう。 1/1000秒ほど、瀬戸口の立場と自分の命を秤にかける。
「ばれてしまっては仕方ありません。 瀬戸口君は、そのゴージャスタンゴ役のお兄さんですよ」
瀬戸口はあっさり捨てられた。 原は長い睫毛を瞬かせ、小首を傾げる。若宮ならずともメロメロになるであろうほど愛らしい。
「じゃあ…戦闘が終わったら瀬戸口君にサインをもらっておかなきゃ。 奥様方にきっと売れるわよー」
言ってることは少しも愛らしくない。 再び原が双眼鏡を向けた先では、本物の絢爛舞踏が両手に太刀を持って舞うように戦っていた。 だが、絢爛舞踏が舞っている割りには、戦闘は遅々として進まない。 理由は明白で、瀬戸口は一体敵を倒すごとに、こちらに向かって手を振っているのである。 勿論それは善行に向かってではなく、近くの廃ビルの屋上から見物しているであろう、「可愛いあっちゃん」に向かってのことだ。
「あっちゃーんvvv今の見てた!?」
ぶんぶん。瀬戸口は満面の微笑みで手を振っている。 馬鹿である。 速水の方も律儀に振り返しているらしく、遥か38階のビルの屋上で、何かが動くのが小さく見えた。 戦闘の様子をよく見たいという速水を、自家用ヘリでそこまで連れて行ったのは当然準竜師だ。
『瀬戸口さんて、凄く強いんだね。僕、びっくりしちゃった。 頑張ってね!瀬戸口さん』
使い古しのスピーカーを通して聴こえる声はやや掠れていたものの、速水の声はやはり聞くものの腰が砕けるほどに可愛らしい。 瀬戸口の士気は弥が上にも高まり、振るう切先は流星の如く冴え渡る。 勿論すべて、速水にイイ所を見せるためである。
状況が変わったのは、戦闘が始まってから30分ほどが経過した頃だった…。
『ん…?あっ!!』
「あっちゃん、どうした?」
瀬戸口機の動きが止まる。 今日だけオペレーターを買って出ている遠坂が慌てる。
「ちょっ…瀬戸口君!立ち止まってないで!!スキュラの射程内ですよ!!!」
瀬戸口は当然のように遠坂の言葉なんか聞いちゃいなかった。
「あっちゃん!?」
『あっ!や…勝吏さん、こんなとこで……』
「!!?」
『二人きりしかおらぬ。良いではないか』 『で、でも……』 『久しぶりだろう。そろそろ辛いのではないか?』 『あっ』 『ほら、こんなに固くなっているぞ』 『んっ!』
突然善行がデジカメを手に走り出す。
「ちょっと!どこ行くのよ」 「奥様として、こんなスクープを逃すわけにはいきませんよ! 必ずや衝撃の映像を我が手に!!」 「…」
呆れて見送る原達を尻目に、善行は廃ビルの中へと飛び込んだ。 ロビーを見回すとエレベーターが目に入ったが、電気の供給がストップしている今、当然のように動かない。
「仕方ありませんね」
目の前に、非常階段へと通じる防火扉がある。 スクープ映像の在り処は、地上38階。 善行は、意を決して重い扉を押し開いた。
***
指揮車では、相変わらず瀬戸口の戦闘の模様と、速水と準竜師のラブラブアワー(?)が同時中継されている。 原は明後日の方向を眺め、遠坂は自分の任務を遂行しようと必死だった。
「せっ、…舞踏機! 呆然と立ち竦んでないで動いて下さい!!」
『いやっ…はぁん。……んっ』
「舞踏機被弾!」
『やんっ………つっ!』 『痛かったか?』 『ん…ちょっとだけ』 『やめるか?』 『や、ダメ…こんな中途半端で止めないでぇ………』 『よし』 『くっ………ああああんっ』
「舞踏機被弾!!めちゃめちゃ被弾してます」 「…」 「隅っこに追い詰められて、しゃがみキック連打。ああ…こりゃハメですね」 「…瀬戸口君たら…」 「あっ!…あーあ…ミノタウロスに13コンボぐらい食らってますよ」
『ここが気持ちいいのか?』 『ぅん』 『それともここか?』 『ふぁんっ!…ん…気持ち…いい…。 …もっと……して…ぇ』
「ああ!出た、超必殺技!!舞踏機、戦闘不能!!!」
原は大きな目を半目にしてモニタを凝視した。
「これ、どう見ても受けた攻撃以上にダメージ食らってるわよ…」
その言葉を受け、遠坂は沈痛な面持ちになった。
「精神的ダメージが大きかったようです」 「ああ、まあ…そうでしょうね…」
艶やかな黒髪をかき回し、美貌の整備主任は深々と溜息をついた。
「さて。帰りましょうか」 「え!?」 「見るもの見たし」 「で、でも瀬戸口君は…?」 「勿体無いから誰か拾って帰るでしょ。私はいらないわ」 「…」 「あ。もしも戻ってきたら、遠坂君サインもらっといてね」 「…は……かしこまりました……」
***
一方その頃、善行は38階の階段を昇りきっていた。 奥様戦隊の根性や恐るべし。 幾ら彼が鍛えているとはいえ、平地を走り続けるのとは訳が違う。 足はがたがたで膝は笑っているし、ミノの鼻息も斯くはあらんとばかりに激しく息も切れている。 しかし、彼の目指す物はもう目の前。 そのドアの向こうにあった。 ドアの鍵をライフルのゼロ距離射撃でふっ飛ばし、彼の望む光景をカメラに収めるべく飛び出す。 凄まじい物音と共に現れた善行に、一斉に振り返る準竜師と速水。 善行の手から、カメラがぽとりと落ちた。 ふたりの服装は、一分の乱れも無い。 接触といえば、椅子に座った速水の肩に準竜師の手が置かれている、ただそれだけである。 善行の人差し指が、ぶるぶると震えた。
「な…何をしていらっしゃったのですか……?」 「何って…肩もみだが」
善行はその場に昏倒した。
つづく。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――― 善行にとっても受難の日だったみたいです。 あと1話ぐらいで終わらせようと思ってたのに、おかしい…こんなはずじゃ…。
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