2003年06月24日(火) |
SSS#50「瀬戸口×速水」 |
【星月夜のできごと】
晴れ渡った夜空の下、佇む男の姿は大きな影だった。 星は降るばかりに近く、春とはいえ夜の空気は吐息を白く濁らせるほどに冷たい。 髪を梳く風はしっとりと重く、幽かに花の香りがした。 プレハブ校舎の屋上で、瀬戸口は迎えが来るのを待っていた。 夜半を過ぎるまでに来るという話だったのに、使者はなかなか姿を見せない。 早く出撃すれば、それだけ早く終わるのに。 瀬戸口は少しの苛立たしさを紛らわせるべく、ポケットから煙草を取り出そうとした。 その手が、上着の中に滑り込んだところで止まった。 キシリと、トタンの屋根が鳴る。 やっと来たかと舌打ち寸前の表情で振り返れば、それは待っていたのとは別の人物だった。 小柄な制服姿が、闇の中で白く発光するようだ。 瀬戸口は視線を逸らす。 真夜中に見るには、彼の姿はあまりにも眩しい。 後ろ姿のまま所在なくなった手をポケットに突っ込む。 彼の前では煙草は吸わない事にしている。
「もう夜中だぜバンビちゃん。 俺への愛の告白じゃないのなら、坊やはもう寝る時間だ」
目を逸らしたまま、いつものはぐらかすような口調で嗜める。 子供扱いされた速水は、珍しく怒らずに神妙な声を出した。
「もう大人の時間?」 「そう、大人の時間」
血と殺戮と欲望塗れの大人の時間が始まる。 速水のような子が起きていていい時間じゃない。 納得した様子の彼は帰るかと思ったが、そのまま瀬戸口の斜め後ろにちょこんと立った。 彼が両手を背中で組んで、小首を傾げて自分を見上げている様が、振り返らなくても気配で判る。
「帰らないのか? ひとりで寝られないなら俺が添い寝してやろうか」
出来もしないくせに、瀬戸口はからかうような声でそんな事を言う。 速水と添い寝などしようものなら、瀬戸口はきっと一睡も出来ないに違いない。 夜空の高みに輝く星の如く瀬戸口を照らすばかりで、その手の届かない少年は何かを言いかけて口を数度開閉させた。 数秒かかって、言葉を紡ぐ。
「僕のベッド、小さいから」
遠慮した、らしい。 彼らしい配慮に苦笑が漏れる。 嫌だと言って瀬戸口が傷ついたりしたら困ると思ったのだろう、優しい彼は。 本当に、優しくて、可愛くて、愛しくて、たまらない。 だから、触れないし、踏み込ませない。 瀬戸口のような男と関わらない方が、この子は幸せになれる。 速水が帰ろうとしないので、瀬戸口は自分が移動することにした。 約束した場所を離れてしまうが、どうせ連中は瀬戸口がどこに居たってすぐに見つけるだろう。
「じゃあ、俺。もう行くから」
片手を上げて、その場を去る。一瞬視界を掠めた速水の大きな瞳は、晴れ渡った夜空を映してとても綺麗な色あいだった。 びっくりして見開いた目。
「どこ行くの?家に帰るの?」
帰ると言ったら、一緒に帰ろうとついて来るだろうか。
「いや…綺麗なお嬢さんのとこ」
速水がついてこないように、そんな風に言った。 実のところ、そんな予防線は無意味かもしれない。速水が瀬戸口と一緒に居たいと思うとは限らない。 だから、あらかじめ彼を拒むのは瀬戸口の願望の現れだ。
「じゃあ…また明日。だね」 「ああ、また明日。バンビちゃんも早く帰れよ」 「うん。おやすみ」 「おやすみ。良い夢を」
瀬戸口は、結局一度もまともに速水の顔を見ないまま、屋上を後にした。
***
校舎の屋上にひとり残された速水は、うっすら涙の浮かんだ目を手の甲で乱暴にごしごし擦った。 今日もまた、瀬戸口とろくに喋れなかった。 最近全然話していない。避けられているような気がする。
「僕、もしかして嫌われてるのかな…」
口に出したら余計悲しくなった。 瀬戸口と仲良くなりたかったのに。 恋人にしてもらうなんてきっと絶対に無理だから、せめて友達になりたいのに。 もしかしたら、そんな必死の想いが伝わって、鬱陶しいと思われているのかもしれない。 速水はしょんぼりと肩を落とし、とぼとぼと元気のない足取りで階段を降りて行く。 明日はもう少し話せるだろうか。 近くにいるのにとても遠い、大好きな人を想う。 ひとりぼっちの帰り道、降るような星の下。 速水の細い肩に落ちかかる、蒼く透明な月あかり。
やがてどこかとても遠いところで、少年の夜を守るべく澄んだ鈴の音が響き始めた…。
Fin
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勉強の合間に息抜きしてみました。 近頃の私の食生活は悲惨の一言です。吉野屋とマックにお世話になりっぱなしです。 や、会社の帰りに学校に行ってて、終業と移動時間と授業開始時間がぎりぎりのローテーションなんです。自然と時間がなくても食べられるものに。お昼もサンドイッチとかで簡単に済ませてあと勉強するという生活なので、そろそろ野菜を食べないと死ぬような気がしてきましたよ。 応急処置として会社で野菜ジュースを飲んでいたら、友達に「二日酔いの中年みたい」だと言われました。 お、おのれ!人がどんな思いでこんな食生活を送ってると思ってるんだ!!(泣)
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