| 2003年07月07日(月) |
イン・マイ・ライフをよく聴きます。 |
ごたぶんにもれず、ぼくも世代の影響下からか若いころ、ビートルズやストーンズの洗礼を受けたくち。といっても世代的には団塊の世代の終わったあとだから、うしろの「ツッパリ=ヤンキー」に挟まれた「しらけ世代」なんやけど。
ジミヘンもビートルズもドアーズもストーンズもラスカルズもいっしょくたに聴くハメになった世代やね。「ビートルズしかない世代」じゃなくて、「世代の中でビートルズを選んだ人がいる世代」のハシリやと思う。
それがだいたい中学2年ぐらいかな。兄貴や姉貴が団塊の世代の真中にいたりしたらビートルズも聞いている奴もいた。でもどうかな。ビートルズって「軟派」みたいなイメージがあって、なんだか男らしくない、みたいなとらえ方がされて、それで遠回りした人もけっこういるもん。ずっとあとになって聴いてみて、なんやめっチャええヤンか、と悔しがる声を何度も聴いたもの。
ストーンズはだいたいもっと聴く奴が少なかった。知ってるのは「テル・ミー」ぐらい。よりによってストーンズを中2で聴くのはそうとうひねてた。 音なんてクリームやヘンドリックスの方が断然カッコ良かったし。
で、ぼくはジミ・ヘンドリックスとマイルス・デイヴィスとディランを聴いてた。もちろん友人がいたから。彼の兄貴のコレクションを聴かせてもらってたんだ。 ヘッドフォーンをつけてジミヘンをはじめて聞いて、「ファイア」だったかな、音が右から左へ飛ぶのを聴いてそれこそぶっ跳んだクチ。 友人の兄貴はストーンズだけは持っていなくて、ビートルズを聴かせてくれた。だけど「イエロー・サブマリン」だったんだ。パンチあれへんね。なんて友人といって、すぐに聴くの止めた。あの時、リヴォルヴァーかラバー・ソウルでも聴かされていたら、たぶんぼくの人生はずいぶん変わったと思う。
ストーンズの「夜をぶっとぱせ」(Let‘s spend the night toghether)が大好きだったぼくは、クリームをはじめとするブリティッシュ・ロックのコレクションを始めた「ぼくの兄貴」に対抗してストーンズのレコードを買おうと心に誓った。で、生まれて初めてのバイトが本屋の配達。そして買ったのがストーンズのベスト盤「ディセンバーズ・チルドレン」。シングル・ヒットをまとめてはアルバムを出すというスタイルをぶち壊したのはビートルズで、ストーンズもその後を追っていたけど、アルバムが作品だ、と胸張れるんわ「べガ―ズバンケット」ぐらいからじゃないかな。だけど「ディセンバーズ・チルドレン」は名盤ですよ。
とにかくそれからはずっとストーンズ。ビートルズを徹底的にききだしたのは、京都の木屋町にあった「六本木」というビートルズ専門の店に行ってから。 すべて聴いた。歌詞を憶えるぐらい。「ラバーソウル」や「リヴォルヴァー」に完全にまいった。「SGPロンリーハ―ツクラブバンド」や「アビィロード」が優れた作品だというのは何度も聴いていたからわかっていたけれど、その前のビートルズがめっちゃよかったんですよね。 ストーンズもビートルズもそれからはまんべんなく聴いてます。
最近コンテンポラリー・ハワイアン、ケアリ・レイチェルの「イン・マイ・ライフ」をよく聴きます。今まで聴いた「歌われたビートルズナンバー」のなかでも最高のほうじやないかな。ハワイのチャントに導かれて始まるジョン・レノンのシンプルな歌詞。ケアリ・レイチェルの声も素晴らしく、毎朝かならず聴いてます。
オリジナルの「イン・マイ・ライフ」は「ラバー・ソウル」に入っています。もし14歳の時にこれを聴いていたら…。 やっぱり変わらへんかな。よさがわかるのがいつか、誰にもわからないことだから。
ほな、ね。
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