あたろーの日記
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2005年11月30日(水) お菓子嫌い・・・って。

 旧暦10月29日。
 とうとう11月が終わってしまった。。。
 月末業務で残業して帰ってくる。今夜は風が冷たかったです。自宅近くで2人連れのおじさん達に道を聞かれる。23時過ぎ。怪しい方々じゃなくて、フツーの、丁寧なしゃべり方で丁寧なお礼を言われた、良いおじさん達。しかし、夜中近くに道を聞かれるというのも・・・ちゃんとたどり着けましたでしょうか。考えてみれば、昼間なら外に出ている人も多いから道を聞く相手にも困らないんだろうけど、夜道に迷うと、外歩いている人も少ないから大変ですな。散歩してる野良猫くんに伺うわけにもいかないし(近道いっぱい知っていそう)。そういえば、私がチャリ漕いで来る姿を見つけると、小躍りするように嬉しそうに近づいてきたお二人でした。
 
 今週は夜走れないから(ほんとは月曜走るつもりだったのに・・・)、ふてくされて間食が多くなってしまっている。なんて自分に甘い私。甘いのはチョコレートだけにしないと。
 うーん。しんどい。
 甘い物を嫌いになりたいです。お菓子嫌い、って言ってみたい。

 


2005年11月29日(火) 人間博覧会かな。

 旧暦10月28日。
 
 会社のそばの銀杏並木は、完全に黄葉して、下のアスファルトには黄色いふわふわのカーペットが。朝晩自転車でここを通るのが楽しみです。・・・しかし、ベンチで強烈なラブシーン中のカップルの前を通るのは悔しい。タイヤで銀杏跳ねてぶつけたろか。くっせえぞ。いくらロマンティックな景色だからって、ねえ。。。
 写真は夜です。街灯の加減で、ちょっと黄緑になってます。

 耐震強度偽装問題、凄すぎ。役者がどんどん登場。そろそろ人物相関図が必要になってきた。参考人質疑、面白すぎ。金と権威と欲にまみれた人間の博覧会みたいだ。ヒ●●ザーの社長の二重人格ぶりも面白い。つうか、もともとああいう人だったのね。さんざん凄いことやっておいて、挙げ句、「怖くて外出できない」建築士も凄い。・・・マンションを契約した住人やホテル関係者がほんとに気の毒です。最近、いつ大地震が来てもおかしくないと言われているのに、地震でなくても自壊する怖れのある建物というのが、怖い。
 近所のお店で買い物して、店のおやじさんとそんな立ち話をしていたら、おやじさんが、近くの建物を指さして、あのマンションだって危ないぜ、と言う。知り合いの建築士さんが近くを訪れたときに「あれはやばい」と言っていたのだとか。素人の私にはよく分からないけど。。。
 多くの人にとってはマンションが一生にいちどの大きな買い物だったりするのに、夢のマイホームだったりするのに、欠陥構造だったなんて、ひどすぎるよなあ。。。
 
 


2005年11月28日(月) いってぇ。。。

 旧暦10月27日。
 ・・・週末運動らしい運動しなかったし、今日は晴れてるし、明日明後日は月末業務で遅くなりそうだし、てなわけで、今日は皇居の周り2周走るぞ!と、もの凄い張り切りよう。
 だったのですが。
「明日朝いちにやる仕事の、準備してから帰ろうっと」
 と、プリンターから印刷した紙をひらひらさせながら自席に戻る途中で、・・・・・・ぐきっと。
 足首が内側に折れ曲がって、目の前の机に慌てて掴まった。
 ・・・しかし、すでに、右足首を捻挫してしまっておりました。
 ちょうど、こっちを向く形で座っていた同僚が、平坦な場所でいきなりコケッとなった私を、不思議そうな眼で見ていた。
 その後自席で痛がっていたら、やっぱり他のみんなも、「は?」と、不可思議現象に首をかしげていた。
 私自身、うまく説明できないんですけど、はい、平らなところでコケるの、凄く得意なんです。。。とほほ。
 いってぇのなんのって、じわんじわん痛くて貧血になってしまい、しばらく、救護室のソファーに横になっていました。
 で、諦めて、湿布貼って、自転車ゆっくり漕いで、大人しく帰ってきました。
 はぁ。。。。。
 今年、足怪我したの、これで4回目だ。
 
 フルマラソン完走が、どんどん遠のいていく。

 明日も痛かったらどうしよう・・・(=_=)
 つか、痛いです。

 ふぅ。
 気を取り直して。

 これはさ、きっと、早く帰宅して他にやるべきことがあるじゃろが、っていう意味なんですよね。うむうむ。
 今週は月曜からこれだもの。
 波乱万丈を予感させる幕開け。


2005年11月27日(日) ごはん。

 旧暦10月26日。
 ちょっと哀しい思いをした。
 他人にどう言われようと、どう思われようと、私は第三者の悪口を言って楽しむことに、ついていけなくなった、ただそれだけのことである。
 人間っていうのは、なんて哀しい生き物なんだろう、と、思った。
 分からない人には永遠に分からない、分かり合えない相手とは永遠に分かり合えない、それは仕方のないことだ、と、思った。
 ただ、それでも、相手の存在は尊重している。ずっと。
 お互いに、同時代に、生きているのだから。

 そうそう、先週の木曜に届いた大地宅配の野菜の中に、大根が2本、しかも葉付きで、入っていたのだった。
 出勤前だし、寒い季節だし、ということで、届いた段ボール箱のまんま、とりあえず、玄関(といっても玄関と台所はほとんど一緒)に置いといて、週末調理しようと思っていた。今日になって、慌てて段ボールを開けて、小松菜とか春菊とかを急いで(だったらもっと早くやっておけば・・・汗)冷蔵庫に入れて、さて、大根、どうしようか、と悩んだ。
 毎週届けてもらうお任せの野菜セットに大根が1本、それから、珍しい在来種の野菜が時々届く「とくたろうさん」というのにも登録しており、今回、その「とくたろうさん」に、珍しい「大蔵大根」というのが入ってきたため、我が家に大根が一気に2本!となってしまったのです。我が家、といっても、胃の小さいおなご1人でんがな。さらに、春菊などの葉物野菜と大根などの他に、カブがこれまた葉付きで1把。
 大根の一部は、同じく大地で届いたがんもと一緒に煮ました。それから、拍子切りにして、塩揉みした後、ごま油+醤油+にんにくとしょうがおろし+七味+黒酢でもって、漬け物にしました。でもあと丸々1本+3分の1本残っちょる。ありがたい話です。大事に戴きます。
 葉っぱは、茹でて、これまたにんにくとしょうがのみじん切り+ごま油+醤油で和えました。かぶの葉っぱは、どうしようかな、茹でて、みじん切りにして、菜飯にしますか、もしくはきんぴら風にしますか。どうしませう。
 かぶ、大好きです。大地宅配のお任せ野菜セット(「ベジタ」というセット名です)を毎週見ていると、野菜の、ほんとの旬、っていうのを自然に覚える仕組みです。きゅうりとか茄子とかトマトとかが入ってこなくなったと思ったら、かぶの登場。冬だなーと思う。かぶの食べ方で一番好きなのは、なんと言っても、ぬか漬けです。冷蔵庫の中に入れておいたぬか床の容器を、ようやっと、最近は冷蔵庫の外に出した。夏場は、狭いアパートの台所は、冗談抜きでサウナ状態なので、みすみすぬか床を過発酵状態にはでけんのです。かぶが1把、5個位届くと、ほとんど全部、ぬか漬けになってしまう。1日1個ずつぬか漬けにして、気がつくと全部平らげてしまいます。冬のごはんは、米と、かぶのぬか漬けと、納豆と、味噌汁さえあれば、あとは何もいらんです!!
 ・・・と、書くと、私っていかにもしっかり自炊して、よい主婦になりそうなイメージが出来上がるじゃありませんか・・・しかし、実は、そうでもない。
 小さい冷蔵庫なのに、なんでこうもお宝が発掘されるかなあ、と時々びびる。誰が入れたんじゃーっと、心の中で叫ぶも、誰も答えてくれる人はなし、当たり前だ、自分が入れたんじゃろうが・・・という、時々とんでもない掘り出しものに、失神しそうになりながら、夏のあの日、巨大なゴキブリが鍋に入り込んだ、あの、台所に、時々深刻な顔して突っ立っています。
 あ、あの、大地宅配で届いたお豆腐、今夜の酒の肴に、と、葱を切って、それからお皿にお豆腐を切ってのせる・・・と、これはもしかして豆腐よう(漢字が出ない・・・)であったか!、豆腐もお任せセットを頼んでいるのですが、そうか、豆腐ようが入ってくるとはこれまた珍しい!と、一瞬感激するも、よくよく考えると、豆腐ようっていうのは赤いんだよね、沖縄料理の店で数えるほどしか食べたことないけど。今私が目の前に見ているのは、黄色っぽい豆腐ようなんである。
 そうじゃなくって。
 パッケージをよく見たら、賞味期限が2ヶ月前だった。
 久しぶりに冷蔵庫の中を整理したら、奥にやられてしまっていた賞味期限切れの豆腐が、分かりやすい場所に移動しただけの話でした。
 大地宅配はもちろん、賞味期限切れの食材は入ってこないです。念のために申し上げておきますと、豆腐と納豆はどれも絶品。
 だいたい、台所に立つときも、ボケーッと考え事しながら立っているので、味付けだって、醤油を差してから、「あ、味噌にしとけば良かった」と気がつくことも多い。それでも、考え事しながらひたすら包丁握って鍋揺すって、目の前の窓から入ってくる風に時々眼を細めたり青空見上げたりしながら、お総菜を作り続けていると、大袈裟かもしれないけど、「生きてる」っていう実感がふつふつと湧いてくる。自分の「くいもの」を作っているんだなーという実感が。人間、技術がどんなに進歩したって、生きていくためには食べていかなければならない。鍋の中には自分の命の源がぎゅっと詰め込まれている。これを作っているということは、私は食べるということで、それは、私がこの先も生きていく、ということなんだ、と。
 独りの食卓で、どんなにしんとしていたって、気がつけば、今日も、生きていくためのごはんを食べている。


2005年11月26日(土) ウガンダの少年兵。

 旧暦10月25日。
 昨日買った『暮しの手帖』を読む。
 巻末のほうにある「平和への願い ウガンダの子ども兵」と題された、フリーカメラマン山田しんさんのルポルタージュ。
 反政府軍が無差別に村を攻撃し、子供達を連れ去り、自分たちの勢力の兵士にする。長く続いた紛争で兵力としての大人が足りないからだ。ナタで母親の腕を切断しろと強要され、母親の手首を切り落とした少年は、次にその母親を殺すよう命じられる。母親の元に二度と戻れないという罪の意識を植え付けられ、兵士として生きるしかないと切羽詰まった状況に置かれる。少年兵達は、戦闘の恐怖を克服するために麻薬を常用させられる。少女達は反政府軍の幹部と強制的に結婚させられ、子供を産ませられる。
 彼らを反政府軍の側から救い出し、保護し、自立への道を手助けするグループもいる。政府軍と、外国の支援を受けたNGOだ。けれども、肉体的にも精神的にも大きなダメージを受けた少年少女達を立ち直らせることは当然容易ではない。
 
 日々の暮らしの中で、ああでもないこうでもないと、不平不満愚痴文句ばかり呟いている自分が、いかに恵まれた人生を送っているかを思い知らされて、頭をがつんと殴られたよう。同じ時代に、同じ地球に生きていて、どうしてこうも境遇が違うのか。・・・そう考えると、私の悩みって、なんてちっぽけなんだろう、私ってなんて贅沢な人間なんだろう、って思う。
 以前、ホワイトバンドについて批判を書いたけれど、じゃあ私ができることって、一体何だ?となると、すぐに頭に浮かぶことはとても少ない。コンビニなどで募金をすることとか。あと、『暮しの手帖』にも書かれていたけれど、フェアトレード商品を購入することも。私が利用している大地宅配を初めとする自然食品などの宅配や、街の自然食品店、雑貨店などでも、フェアトレードの商品を扱うところがぐんと増えてきた。途上国の人々の労働力を公正な賃金として反映されるような仕組みで行われる対等な取引。チョコレートやコーヒーなどは、私もよく利用するようになった。
 
 それにしても。。。。
 いつの時代でも、戦争を始めるのは大人達で、まず犠牲になるのは子供達だ。

 
 美容院へ行き、ちょっと伸びた髪を切ってもらう。と、男の子みたいになった。でも、やっぱ、短い髪の毛って気持ちがいいですね。今の季節、マフラー巻くときも邪魔にならないし。
 その後、図書館に落語のCDを返却に行き、そのまますぐに別のを10枚借りた。文京区の図書館はいちどに10枚まで借りることができるのです。返却コーナーで私の前に並んだおじいさんが、やっぱり落語のCDを10枚返却した。で、その人もやっぱり落語のCDの棚に突進して、新たに借りる10枚を選んでいる。私も後に続く。似たような人がいるんだな〜(笑)ちょいと嬉しくなった。


2005年11月25日(金) 『暮しの手帖』

 旧暦10月24日。
 朝から偏頭痛で、1時間遅れて出社。で、1時間早く退社。ズキンズキン、ツキーン、と、頭の片側に刺すような痛み。会社で友達が、首と肩を揉んでくれた。これが玄人はだし。ああ、1日中、こうして肩揉みして貰いたい。。。昨年、やはり偏頭痛で病院に行ったとき、先生に、パソコンなどで眼を酷使し、結果、首や肩の血行が悪くなり、それが偏頭痛を引き起こす、と言われた。私は人より眼が弱いので、ほんと、気をつけねば。だけど、今の世の中、会社でデスクワークといったら、どうしてもパソコンを使わざるを得ない。皆さんは大丈夫なんでしょうか。
 ちょっと話は替わるのですが、最近気がついたこと。携帯電話をジーンズやスカートの後ろポケットに入れていると、私の場合、腰痛が酷くなる。これはつい2、3日前にようやく分かったのですが。。。ためしに、携帯電話を右の後ろポケットから、左に移してみたら、入れて30分後くらいには、左側の腰が痛くなりました。特に女性は、腰の辺りに大事な器官が集まっているので、携帯電話はなるべくそこから遠い位置に持った方がよいのかもしれないです。男性も同じく?
 会社を早退しつつも、途中本屋に寄って、『暮しの手帖』を買って帰る。今日が最新号の発売日だったので。ここ数年〜10年ほどは、女性誌をほとんど買わなくなった。『anan』『Hanako』も、『クレア』『モア』(英字で書くの面倒になった)も。買ってもせいぜい年に1,2冊。たまに、『クロワッサン』を買うのだけど、最近では、『クロワッサン』も面白くなくなってきた(私的には)。で、好きな雑誌はというと、『クウネル』か、『暮しの手帖』。あとは『本の雑誌』『東京かわら版』、たまに、『ソトコト』(最近マンネリで面白くないよ〜なんとかして!)、それから2号に1回の割合で特集にとびつくのが『ターザン』。たまについ買っちゃうのが『週刊文春』(オヤジだ・・・)。『ダカーポ』は、会社の上司が読み終えたのをたまにどっさとくれるのでそれを時機遅れで読む。
 で、『暮しの手帖』ですが。
 これは、母が、ずっと昔から愛読していたので、私が物心着く頃から我が家にはありました。母は、結婚前は、保母をやっていたので、子供を産んでからは、保育園でやっていたのと同じように、自分の子供に読み聞かせをしてくれた。私と妹は毎晩眠りにつく前に、母にお話を読んで貰えるようせがんで、母に、「じゃあ読んで欲しい本を選んできなさい」と言われて本棚に駆け寄って、よく、自分ではまだ読めない『暮しの手帖』に掲載されている藤城清治の影絵つきの物語のページを確かめると、それを抱きかかえて布団に潜り込み、母がやってくるのをわくわくしながら待っていた。だから、私にとって(たぶん妹にとっても)、『暮しの手帖』といえば、藤城清治の影絵なのです。・・・小学高学年くらいになってから、ようやく『暮しの手帖』の文章の一部が理解できるようになり、高校生くらいになると、この雑誌の面白さが分かるようになった。毎回、おそうざいのページや、旅のエッセイ、それから真面目な商品テストが面白かったし好きだった。
 東京で1人暮らしするようになってからは、20代では、『暮しの手帖』どころか、もっと流行に近いような雑誌を買って、『暮しの手帖』は、帰省した折りに母が買ったものを読んでいた。
 でも、最近、どの女性誌もあんまり面白くないな、というか、私が、服だとか化粧品だとか髪型だとか、あと、流行りのお店やレストランといったものについていけない、むしろ、拒否反応を示すようになってしまった。そういった一過性のものに執着して追いかけていくより、毎日の自分の暮らしをマイペースに、かつ大切に紡いでいきたいな、と考えるようになった(と書くと格好いいけど、実際は、今思ってみてそういう風に表現するのがもっとも適切かと考えただけです)。そうなると、子供の頃から読んでいたあの雑誌と、私もじっくりお付き合いしたいな、という気持ちになって、それから、そういえば、今の私くらいの時には母はもうこの雑誌をじっくり読んでいたなあ、ということに気がついて。だから、『暮しの手帖』を自分が自分のためだけに買うようになった時に、私もかつての母と同じ年代になったんだなあ、と、当たり前のことに感慨深く思いました。
 ただ、この雑誌自体は、昔に比べて、編集方針が変わったらしく、この雑誌の十八番である商品テストもほとんどなく、ちょっと今の若い人達を意識しているかな、という感じになっています。それでも、味わい深い写真のおそうざいページや、エッセイは健在。日々の暮らしを楽しむための特集だって面白い。私には十分楽しみな発売日です。
 しかし、実家の母に言わせると、最近の号は、面白くないのだそうです。なんだか、若い世代に迎合している部分が、どうも、昔からの、40年近い筋金入りの読者からすると、なんだか物足りない最近の『暮しの手帖』だそうです。でも、私は十分楽しい雑誌だと思います。ただ、他の女性誌と一線を画す、我が道路線はずっと守り続けて欲しいです。流行の服とか、化粧品とか、レストランとか、そういうファッション誌的なのは『暮しの手帖』には必要ないし。そういうのを求めている人はそもそもこの雑誌を買わないので、この雑誌ならではの視点で、『暮しの手帖』ワールドを作っていって欲しいな、と思うんですよね。


2005年11月24日(木) しばらくぶりに走った。

 旧暦10月23日。
 約1週間ぶり??に仕事帰りに皇居ジョギングしました。日ごと寒くなっていくこの時季、1日2日さぼると、だんだん走るのが億劫になっていく。今日もいっかあ、って思っちゃう。そうすると、お身体のほうは次第に重くなって・・・。これはやばい、と、今日は走りました。退化したかなあ、と不安だったのですが、思いのほか身体が軽く、楽しく走れました。最初の1�劼�きついのですが、その後次第にランナーズハイみたいな状態になってきて、自分の身体と楽しく会話しながら走る感覚です。

 広島の小学生の女の子が殺害された事件、もう、なんて言ったらいいのか、女の子やご両親の無念を考えると、犯人が早く捕まって極刑になって欲しい。こういう犯罪が繰り返されるのなら、もっと刑を厳しくすべきだ、とも思ってしまう。死刑にすればすべて解決するとは思わないけれど、人間なればこそ、こういうむごたらしい事件に腹を立て、やるせなさを感じ、犯人も被害者と同じ体験をさせるべきだ、と、感情的になってしまう。
 死刑の是非は、たぶん、考えても考えても、結論を出すのは難しい、と思う。
 それにしても、日本の刑は軽すぎるんじゃないか。無期懲役だって実際はいずれは出所してしまうんだし。歳の行った人の命が軽いというわけではないので誤解しないでください、ただ、無抵抗の幼児や子供の命を奪った場合は、日本人の平均寿命引く被害者の年齢分、70年とかになると思うけど、そのくらいの年月服役させるくらいに厳しくしてほしい。


2005年11月23日(水) お呼び出し。

 旧暦10月22日。
 昼過ぎにのんびりと銭湯に行き、熱い湯に浸かったあと、バスに乗って池袋まで。古書 往来座に行く。駅前でバスを降り、ジュンク堂の前を通り過ぎて、しばらく歩くと往来座。昔、池袋芸術劇場のほうにあった古本大學という古書店、かれこれ6?7?年位前まで、2ヶ月に1回の割合で覗いていたのですが、なくなったと思ったら、いつの間にか、往来座さんというお店でスタートされていたようで。ここで、『むこうだんばら亭』(乙川優三郎・新潮社)、『美を求める心』(岡部伊都子・講談社文芸文庫)を買う。両方とも、ここになければジュンク堂で新刊を買うつもりで来たので、なんと幸運な。欲しいと思っていた本が美本で半額になっている。ありがたいことです。乙川優三郎は、今一番好きな時代小説家。山本周五郎や藤沢周平、池波正太郎も大好きなのですが、いや、比べるなどとてもできない、みんな好きな作家なのですが、乙川優三郎の文章、世界、人物、どれもたまらなく好きです。岡部伊都子は最近、会社の本好きの方から教えてもらった随筆家。初めて読みます。
 それからジュンク堂に行き、『落語名人会 夢の勢揃い』(京須偕充)『随筆 本が崩れる』(草森紳一)(ともに文春新書)、『山頭火句集(二)』(春陽堂)を買った。山頭火の句集の(一)は、以前買って、折に触れぱらぱらページをめくっていたけれど、そろそろ(二)も欲しくなったので。冬が近づくと山頭火の句が身に染み込んでくる。
 ジュンク堂の店内放送で、「さきほど、1階レジにて、犬についての本をお探しでした○○さま・・・」と、お客さんの呼び出しをしていた。○○、の部分は、お客さんの名前です。わわわ。日本最大規模の本屋さんで、しかも、祝日のお客の多い日に、自分だったら恥ずかしいかも。。。と思っていたら、周りのお客もそう思ったらしく、「犬についての本をお探しの●●さまぁ」などとお互いの名前をあてはめて呼び合う男子諸君。などなど、ひとしきり売り場が盛り上がる。でもさ、犬で良かったですよね。
「枕絵についての本をお探しでした■■さま」
「タロット占いについての本をお探しでした■■さま」
「妖怪についての本をお探しでした■■さま」
「宇宙人についての本をお探しでした■■さま」
「瞑想についての本をお探しでした■■さま」
 ・・・。
 (註・上のいくつかは私も興味あり、読んだりします)
 あれだけ大きい書店だから、どこかの階に知り合いが1人くらいはいてもおかしくはない。山田さんや鈴木さんならいいが、ちょっとあまりない姓だと、「あれ?」と、その知り合いだって思うだろう。もしかして?と、呼び出された相手を見に1階のレジまで降りていく(ジュンク堂池袋店は、レジが1階に集中しているのです)ことだって、じゅうぶんあり得ますな。犬の本ならかわいいけど、そうじゃなかったらどうするの。
 と、お店の悪口言ってもしょうがない。きっと、今日のアナウンスした店員さん、あとで叱られちゃったかもしれないなあ。お客から苦情もあったりして。


2005年11月22日(火) ねむー。

 旧暦10月22日・・?
 昨日今日と、呑んで帰ってきました。それで、昨日はパソコン開かないまま寝てしまいましたです。
 昨夜は焼き鳥今夜はお寿司。どちらも充実して楽しかったです。
 ・・・と、ここまで書いて、実はとっても眠たいです。
 明日は祝日なのでちょっとゆっくり寝てられるかなあ。
 まぶたがもう閉じ始めたので、今夜はこれにて、おやすみなさいまし。


2005年11月20日(日) こんなに狭い国なのに。

 旧暦10月20日。
 今日も1日、自宅に閉じこもって、本を読んだり、文章を書いたり。午前中パソコンをちょっとだけ開いて、友達やお気に入りのブログを見に行ったり、ニュースのチェックをして、気が済んだら、すぐに閉じる。眼が疲れるのと、ハードディスクの音がうるさくて。机の前にある窓を少し開けてあるので、ひんやりした空気と行き交う人の話し声とか猫やカラスの鳴き声とか、そういう日常の音をBGMに、あとはひたすら、紙の上の世界に没頭する。
 『漂泊の日本中世』(細川涼一/ちくま学芸文庫)を読み終える。白拍子の話と、真如親王(高丘親王)の天竺への旅についての話が面白かった。そういえば、ウチに、澁澤龍彦の『高丘親王航海記』があるのに、まだ読んでない。読まなきゃ。
 
 最近(に限ったことではないけれど)、立て続けに、若い女性が自宅で殺害される事件が起こった。被害者の恐怖、痛み、無念を考えるとやりきれない。犯人も恐ろしいが、被害者が悲鳴を上げても誰も警察に通報しなかった(このあたり良く分からないけど、すぐ通報されていたら発見はもっと早かったはず)というのも恐ろしい。ニュースでは、事件発生時間と推測される時間帯に、被害者の自宅から悲鳴や激しい物音が聞こえるのを近所の人が聞いていた、と出るが、では、その近所の人達はどうして警察に通報しなかったんだろう?こんなに狭い日本なのに、助けを求める必死の悲鳴が近所に聞こえないというのは、恐ろしいことだと思う。関わり合いをもちたくないというのは、ある意味、とても無責任なことではないか。


2005年11月19日(土) 家でのんびり。

 旧暦10月19日。
 今日も穏やかな・・・ちょっと風が強かったけど、気持ちのいい晴天だった。天気予報では冬型の気圧配置。子供の頃、冬は、関東甲信越地方の天気予報を見るたびに、どうして新潟県だけいつも天気が悪いんだろう、不公平だな、と思っていた。学生生活をおくるために上京して、東京で初めての冬、毎日が洗濯日和なのにびっくりした。出身地の新潟では、冬は晴れる日が極端に少なくて、布団はもちろん、毎日の洗濯物だって外に干せる日は少ない。いつも、ストーブのある居間の隅っこに、家族の洗濯物がぶら下がっているのです。東京の冬は毎日青空なのが凄いと思う。その代わり、静電気バチバチなのは我慢しなきゃならない現象か。

 本日は、机の上の整理をして、すっきりしたところで、本を読んだりべんきょーしたり。今年もあと1ヶ月半・・・もない。やり残したことがいくつかあって、自分自身に納得いかない。ちょっと真面目にやらねば。
 午後、台所の掃除を少しやって、もつ煮込みを作る。
 鍋いっぱいに作る。煮込みを好きなだけ食べる、なんて素敵なんだろう。夜の酒盛りを考えるだけで幸せ。
 夕方銭湯に行き、帰りに雑誌『クウネル』と、チリワインの赤を買ってくる。モツ煮込みと赤ワインが意外に合う組み合わせ。今夜は、他に、春菊のごま和えといかの塩辛。もつ煮込み3杯もお代わりしてしまう。ワインの次にいも焼酎も楽しみながら、三遊亭歌之助と柳家喬太郎と古今亭志ん輔をネットやCDで聴く。爆笑したいならこの方々。狭い部屋で、大声でゲラゲラ笑い続けてしまった。お腹がよじれるほど笑ってしまった。

 高校時代の地理の先生が地震雲の研究をやっていて、授業中、たまに、地震雲の話になった。小中高と、最も好きな教科は美術と歴史・地理だったのですが、その先生の授業に限って言えば、地震雲の話が最も面白かった。先生自身も、地理の授業よりも地震雲の話をするときのほうが活き活きしていた。今から20年も前の話です。
 昨日今日と、空を見上げていて、その先生のことを思い出した。高校時代は、どうして地殻の変動と空の雲が結びつくのかぜんぜん分からなかったけれど、今ではその関係についても、硬い文系頭でなんとか理解できるようになった。
 地震予知というのは、当たった外れた、の問題ではなくて、起こる可能性がある、ということを前提に、個人個人がいつもより気持ちを引き締めて心の準備をするためのものであると思う。もちろん予知してそれが100パーセントに近い的中率なら最も問題ないだろうけど、今の時代まだそれは無理らしい。様々な人達が地道に研究を続けているので、いずれは完璧に地震予知ができるようになるのかもしれないけれど。ネットを見ていると、さまざまな地震予知サイトがあるのだけれど、サイトの運営者の多くが何年も続けて地道に地震予知研究に力を注いでいるにもかかわらず、周囲が、当たった・外れた、という結果だけでサイトを非難しているんじゃないかという気がすることもしばしば。高校時代の地理の先生含め、民間の地道な研究者の地道な努力をありがたく享受しながら、自分も少しずつでも知識を得て、情報を解析して、いざという時のために備えないとなー、なんて思います。
 昨日今日と空にあまりにもいろんな雲が出ていたので、ついついそんな風に考えてしまいました。


2005年11月18日(金) 俳句

 旧暦10月18日。
 のどかな1日。今日は有給休暇をもらって、こまごました用事を片づける。寒くなったので、フリースの膝掛けや暖かい部屋着を出した。去年編んだマフラーを、久しぶりに首に巻いて外出。マフラーってほんと暖かい。するとしないとじゃ大違いだなーと実感。
 郵便局などに寄って、ふと思い立って五反田の古書会館まで足をのばした。もう夕方。4時半に着いたのだけど、6時までやっているのでちょっとゆっくりできた。1階と2階を見て、1階で『日本の詩歌30 俳句集』『日本の詩歌18 宮沢賢治』(ともに中央公論社)をそれぞれ200円で購入。この前読んだあんつるさんこと安藤鶴夫の随筆に、久保田万太郎のことが書かれてあったので、久保田万太郎の句を読みたいと思ったので。種田山頭火、西東三鬼、杉田久女の句もみえる。五七五の中にぎゅっと濃縮された季節やら視線やら感覚やら。俳句を読むと、自分が日本語を母国語としていることに幸福を感じる。
 明日と明後日は、どこにも出掛けないで、活字にどっぷり浸かる予定。西友で白モツを買ってきたので、明日はモツ煮込みを沢山作りながら、俳句や詩を読んだりしよう。夜はいも焼酎(国帥)のお湯割りとモツ煮込みの予定。想像するだけで幸せです。。。


2005年11月17日(木) 反省。

 旧暦10月17日。
 会社でミスをしてしまい、取引先に電話でさんざん叱られてしまった。
 それで今日は一日中落ち込んでしまった。普通の人ならしないような失敗をして、呆れてしまう自分に。
 もうあんなミスはしないように気をつけねば。これを教訓としよう。
 自分が落ち込んで静かなせいか、周囲のみんなにも余計な気を遣わせてしまったような気がする。あちゃー、また何かミスしたのかよ、と、みんな思いつつも、さりげなく励ましてくれたり、気を遣ってくれたり。上司達は、「部下のミスをフォローするために上司がいるんだ」と言って、先方に謝ってくれた。そのお陰で、先方も納得してくれた。その後も、無理に笑わせようと冗談めいたことを言ったりして、あんまり落ち込みっぱなしもよくない、と心配してくれた。
 今まで時々、会社に不満を持ったりしたこともあったけど、たとえ派遣社員であっても、組織の一員として自分の仕事をもっと責任もってやっていかなければ、と、気持ちを引き締めます。
 そういう意味で、今日は落ちこみはしたけれど、自分にとって良いきっかけになりました。

 明日は、前から休暇を予定していた日なので、3連休になってしまい申し訳ないけど、会社を休みます。みんなに「どこ行くのー」とか「いってらっしゃい」とか言われるんだけど、どこも行きません。ただ、たまっていた用事をちょこちょこ片づけに出掛けるだけなんです。あと、ここのところ、眼が疲れるせいか、偏頭痛が治らないので、極力パソコン画面を見ないで、眼を休ませたいです。なるべく自宅で静かにすごそうと思います。


2005年11月16日(水) 余計なお世話だって!

 旧暦10月16日。
 明日は会社を午後半休して、お師匠さんの入院お見舞いに行くつもりでした。会社からトコトコ電車に揺られて、千葉市のほうまで。約1時間半の道中、電車にゆっくり乗ることもあまりないので、じっくり本を読もうか、落語を聴こうか、ちょいとした旅になりそうで、お見舞いなのに不謹慎だけど、お師匠さんの具合もあと2〜3日で退院できそう、という感じだったので、出掛けるのが楽しみだったのですが。。。
 夕方電話があって、にゃんと明日の昼過ぎくらいには退院なさるそうで。なんでも、やっぱりというか、お師匠さんも退屈がつらかったらしい。
 そういうわけで、まぼろしのお見舞い旅行。
 でも良かったです。早く退院できて。

 帰りにコンビニに立ち寄った。店の駐輪場に自転車を停めているとき、このコンビニ周辺をよくうろうろしてなさるホームレスのおじさんが近づいてきて、でかい声で私になんか言ってる。「ここに停めちゃ駄目だよ、この道路にね、停めちゃ駄目だよ、危ないからね、車が通るときに轢かれちゃうからね」と、煙草ぷかぷか口にくわえながら、一生懸命身振り手振りでにこにこ笑いながら大声で。
「はいはい」
「ね、ほんとに駄目だよー、車あぶないからね」
「はい、はい」
 ・・・だから駐輪場に停めてるんだってば。そっちには停めてないじゃん。・・・要するにおじさんは、私のことを心配して言ってくれているんである。駐輪場じゃなくて道路沿いにチャリを停めてコンビニに入る人がたまにいるから、きっと注意してくれているんだ、私に。でも、私はちゃんと駐輪場に停めてるから関係ないの。要するに、おじさん、誰かと話したくてしかたないらしい。
「はいはい」
「・・・おめー、大変だぞー、おめーが嫁に行くとき、おめーのかあちゃんタンス揃えたり着物買ったり何百万も金使うて・・・」
 ・・・なんでいきなりそんなハナシを・・・!
「はいはいはい」
「なー大変だぞーおめーが嫁に行くとき・・・」
「はいはいはいありがとうございますっ!」
 私はにっこり笑って背後でまだしゃべり続けるおじさんを置いて店に入った。
 どうも私は実年齢より若く、というか、ガキに見られるらしい。自慢できるんだかできないんだか、20代半ばから後半(ほんとほんと)、或いは学生と見られることもある。まあ、その、化粧ッ気が全くないのと(本人は一応してるつもり)、ジャージ着てチャリに乗ってたりするので。
 でもね、おじさん、これでもあたくし、昨日結婚したあのお方と同い歳なんざますよ。
 ・・・昨日の結婚式で、日本中でどれほどの36歳独身女性が焦り始めたか。いや、私はまだそんなに焦ってないけど(こればっかりは焦ったって、ねえ・・・)、実家に帰って両親に咎められるたびに、「まだ皇室にもいるじゃん」と答えて、「あ、そうだったわねえ・・・ま、じゃあいいか」と親もあっさり納得していたので、もうこの手が使えなくなるのがちとしんどい。
 話が横道逸れましたが、親類のおじさんに言われるならまだしも、見ず知らずのおじさんに道端でいきなり。しかも、タンスとか着物とか何百万とか、ウチじゃ絶対あり得ないってば。まったく、おっさん!


2005年11月15日(火) 八重洲ブックセンター

 旧暦10月15日。
 明日は満月だなあ、空を見上げたら、月に大きな環っかが掛かっていた。
 まだ偏頭痛。夜や休日はなるべくパソコンを見ないでおこう。目の酷使が一番いけない。

 今日は会社を終えて、東京駅八重洲口までコンタクトレンズを買いに行った。渋谷店と八重洲口店、どちらでも買えるのだけど、渋谷ってあんまり好きでないから、今夜は八重洲のほう。
 コンタクトレンズを買って、八重洲地下街の八重洲古書館と、八重洲ブックセンターへ行った。八重洲ブックセンター、すごい久しぶり。前回行ったのは春?初夏?たぶんそれくらいだろうと思う。ちょっと感動したのは、人文書と文庫の書棚の配置が変わっていたこと。八重洲ブックセンターもジュンク堂や丸善や三省堂に劣らず工夫しているなあ、と。品揃えもかなりの水準だし、そこそこすいているし(笑)、で、思想・哲学系は、人名別にわりと密な品揃えだし、すごく探しやすい。本屋さんというのは、それぞれの分野の書棚を作る人が、ある程度系統立てて本を読んでいるかどうかで、売り場での本の探しやすさが決まるような気がする。それから、本を選ぶこちら側も、本屋さんの棚を見渡すことによって、ある程度勉強させてもらいもするので、やっぱり本棚を作る人の意識って大事だなーと思う。
 今日買ったのは、『東京百話』の人の巻、地の巻、天の巻(種村季弘編/ちくま文庫)、『法然の衝撃』(阿満利麿/ちくま文庫)『三人噺 志ん生・馬生・志ん朝』(美濃部美津子/文春文庫)です。
 どれも面白そうです。。。
 


2005年11月14日(月) あんつるさん

 旧暦10月14日。
 腰痛はおさまったけど、今日は今朝から偏頭痛が。そういえば去年の今頃も偏頭痛で悩み、病院に行ったはいいけどもらった薬で蕁麻疹になってしまったんだったなあ。

 4日ぶりに皇居を走る。会社から皇居に向かう途中、赤坂プリンスホテルの脇を通る。11月から?恒例のツリーのイルミネーション。綺麗だなーと自転車停めて携帯電話のカメラで撮すも、坂道の途中なのであたふた。
 明日はミヤサマの結婚式だから警備が厳しいかな、と思ったけど、ほぼいつもと変わらず。もともと皇居の周りはいつも警察官が警備に当たっているし、ランナーも多いので割と安全なんです。一般客の記帳所が準備されてあった。
 今日は無理せず5�辧5戮鵑犬磴辰燭�らしんどいかな、と思ったのだけど、走る力はさほど落ちていないようで、前回よりタイムが上がったので、喜ぶ。でも、くたくた。30秒、1分、たったそれだけの時間を縮めるだけがなんて大変なんだろう。聞いたところによると、体重1�垳困襪瓦箸縫織ぅ爐錬格�縮まるとか。それ、すこぶる実感。3月までにあと○�埖僚斗遒箸靴燭ぁ�そうじゃないと、重たくて走れないよ。だけど、食事を減らすのは私には向かない。すぐ風邪引いたりして体調崩すから。特にこの冬は怖いインフルエンザが流行するとか。人一倍風邪引きやすい自分なので、今から人一倍注意すべし。
 
 『歳月 安藤鶴夫随筆集』(安藤鶴夫・講談社文芸文庫)をもう少しで読み終える。あんつるさんの文章は温かみがあって、味わい深い。句読点がやたら多いのだけど、読み進めるウチにそれも気にならなくなって、むしろそれも味のひとつになる。昭和20年代から30年代の、戦後復興期から元気になりつつあった日本の古き良き寄席の風情や、銀座、まつり、都電・・・。古今亭志ん生とも仲が良く、何度も話が出てくる。あんつるさんの人柄そのものの文章。読み終えるのが勿体ないけど、次になにを読もうかわくわくしながら選ぶのもまた楽しみなので、今夜はあんつるさんを読み終えてしまおう。
 お布団の中で本を読むのにちょうどいい季節になりましたね(^^)


2005年11月13日(日) 佐渡情話

 旧暦10月13日。
 今日も腰痛。座っていても痛い。近所へ買い物行くにもちと辛い。今回はなかなか強情な腰痛で。カイロを腰に当てている。

 今朝起きて、昨晩のお酒がちょっと残っていたようで、ほんの少し、だけど、頭痛。あー嫌な予感する、と、PCの電源入れて自分の日記読む、と、案の定、毒舌なこと書いてある。あひゃー。しかし、もう何人かの方々が読んでくださっているので、取り消すわけにもいかず、そのままにします。独断と偏見できついこと言っています。すいません。

 iPodに入れるための落語CDを図書館でせっせと借りています・・・というようなことを以前書いたのですが、週末になると近場の図書館に出掛けていきます。返して、また借りて。公共施設ってありがたい。文京区の図書館ではいちどに10枚まで、豊島区は3枚まで(ただし巣鴨図書館にはないので借りてない)、北区と板橋区は5枚まで。で、今は文京区と北区合わせて15枚お借りしてます。視聴覚資料に限らず、この辺りで図書館事業にもっとも力を入れてないのは豊島区!予算がないのかな、お願い、もっと立派な図書館作って、蔵書数も増やして!・・・志ん生、圓朝、志ん朝、小さん・・・高座を実際に見たことのない噺家さん達の噺を、勉強させてもらうつもりで聴きまくってます。それとは別に、昨日はなんと、浪曲まで借りてしまった!『佐渡情話』『七年後の佐渡情話』という2枚です。寿々木米若という浪曲界では有名な人らしいのですが、その人の。昔、祖母がよく「佐渡情話」がどうのこうの、と言っていたので、図書館の棚でこのタイトルを見つけたとき、これもiPodに入れておこう、と借りてきたのですが、聴いてみて、これが浪曲かあ、と、思いっきりのけぞってしまった。三味線に乗せて、唸る唸る、そして台詞。うーん、素敵。たまにラジオなどで落語を聴いていると講談もあったりして、なんとなく聴いていると結構面白いじゃん、とはまってしまったりすることもあるので、落語にかかわらず、講談や浪曲っていうのもいいかな、と思います。
 日本の話芸は奥が深い!


2005年11月12日(土) 風が強くて。

 旧暦10月11日。 
 15歳の女子高校生が、同級生の少年に50ヶ所も刺されて殺される。昨日職場で、同じ町田市から来ている人と、「怖いですね、気をつけてくださいね」という会話をしたのだけれど、まさか、同級生の犯行とは。
 私がまだ幼児の頃、住んでいたアパートの真下の部屋で、当時高校生だった娘さんが、交際関係のあった男に包丁で滅多刺しにされて殺された。犯行を終えてアパートを出てきた犯人が目にしたのは、アパートの階段を出たところで砂遊びから帰ってきて幼子の手足を洗っている若い母親とその娘(私)だったそうだ。もう30年以上前の話である。だから、若者の凶悪犯罪が近年とみに増えてきたとは思えない。ただ、人の命をゲームの一部のように捉えるという感覚が、なんとなく、命というもののハードルを低くし始めているような気がする、最近。命ってなんなのか、恥ずかしがって真っ正面から捉えようとしなかった世代のツケが今、回ってきているような感じが。安易にゲームにはまり、安易にテレビと芸能人の無責任な電波に乗っかって受動的に生きてきた私たちの世代が、今のメディアを引っ張っている、その結果のひとつが若年層の凶悪犯罪ではないかと・・・と、そんな風に書いたら、きっと反感を買うだろうなあ。。。でも、撤回する気はない。凶悪犯罪がそういうことに源流をもつとは言えないにしても、自分の頭で辛抱強くいろいろ考えることができなくなったのには、ただただスイッチを入れてボケーッと見ていればいいというテレビの影響は大きい。
 話がどんどん逸れていくけれど、そういう意味からも、今後、テレビに期待できることは少ないのではないかと思う。私がテレビに期待するのは、たまに良質なものがあるドキュメンタリー番組(作り手に大きく左右される)と、あるがままを映した伝統芸能などの番組と、ニュース(これも作り手に大きく左右されるけれど)くらいだ。だから、テレビとインターネットの融合、などといいながら世間を騒がせたホリエモンもミキティも、一体どこまで見えてるんだか、底が浅すぎる、としか思えない。要は、そういう綺麗ごとを掲げながら、他人が苦労して築き上げた会社を自分のものにしたいという、ただの駄々っ子なだけである。

 また話がすっ飛んで、今日は午前中部屋の掃除やら何やらをして、午後は小唄のお稽古の予定だったのだけれど、お師匠さんのお身体の具合悪く、中止に。普段三味線の練習を真面目にやらない不肖の弟子である私でも、お師匠さんの具合が悪いと聞くと、今までの教え甲斐のない自分に腹が立つ。申し訳ない。
 ・・・お稽古に行く支度をして家を出たものの、中止となったので、夕方、神保町へ行く。あまりにも風の強い本日。靖国通りにある古書店の店頭をいくつか見て回り、東京堂書店、三省堂、三省堂隣の古書モールにも入る。今新刊本で欲しい物がいっぱいあって、結局どれを買おうか迷っているウチに閉店。アホか。買ったのは『本の雑誌』だけ。まったく。次回は少しお財布に余裕を持たせて来ないと。

 自宅近くの、衣類や手作り雑貨の委託販売のお店の前を通り過ぎ、ふと、店の前で話し込んでいた人の顔に見覚えあり、と、立ち止まり、ちょっと戻って、ああやっぱり、と挨拶すると、相手も驚いた。会社の出入りの業者の人で、副業で、自分のデザインした衣類をその店で委託販売してもらっているそう。そういうことをしているとは聞いてはいたけれど、まさか我が家のそばの店とは知らなんだ。毎日前を通っているのに、気がつかなかった私。

 近所の居酒屋で久しぶりに呑む。
 お客は私の他は、40歳初めの男性2人。安藤鶴夫の随筆集を読みながら、2人の会話がどうしても耳に入ってしまう。人生いろいろなんだな、ほんと。・・・こと、恋愛となると、男の人の方が表に出すのが下手な分、よい解決法、というか、心の安息を見いだすまでに時間がかかるようだ(女性でもそういう人は多い・・・・とも思う)。
 今、日本列島で、心が不安定で落ち着かない状態の人達は、いったいどれくらいいるんだろう、と、ふとそんな風に思いながら呑んだ。
 


2005年11月11日(金) 祖父の命日。

 旧暦10月10日。
 引き続き腰痛に悩まされ、夜のジョギングはなし。少し残業しておとなしく帰ってくる。久しぶりに自宅近くの銭湯。露天風呂に入り、じゅうぶん身体を温める。
 腰痛は、走ったせいではないです。ホルモンバランスと冷えから来る定期的な腰痛。30代になると、女性はいろいろしんどいですよね。。。

 今日は母方の祖父の命日。私が小学生の時に亡くなった祖父の命日を、娘である母よりも孫の私のほうがしっかり記憶している。間違える筈もない、11月11日午後11時30分。11が3つも並んでいるんだもん。たまたま今夜実家に別件で電話して、母に祖父の命日だねと言ったら、「あ?そうだったっけ・・12日じゃあ・・・あ、ちがう、今日かあ」と。あのねえ。。。
 祖父の死についてはとてもよく覚えている。というのも、私が人の死というものを初めて身近に感じたのが、その、小学5年生の、11月11日だったから。
 夜、布団で眠っているところを父親に起こされて、すぐに出掛ける支度をするように言われ、何がなんだかわからないまま、兄弟3人車に乗せられ、運転席の父は黙々とスピードを上げて、助手席の母は黙ったまま(今思えばかなり気丈に振る舞っていた)。新潟県の、上越市から、新潟市の病院まで。私も、妹も弟も、なんとなく旅行気分なのだけど、両親の様子がそれどころではないので、はしゃぐ雰囲気ではないと察して、静かにしていた。というよりむしろ、眠くて仕方がなかった。病院に着いた時、祖父はもう息を引き取っていた。地下の冷たい霊安室に私たちは通されて、胸の上で腕を組んだ祖父と対面した。死んだ人を間近に見るのはそれが初めてだった。ただ眠っているだけのように見える祖父の両鼻に、脱脂綿が詰め込まれており、小学生の私は、それが祖父がもう絶対生き返らない証拠なんだと思った。
 祖父の死に付き添った人は誰もいなかったらしい。霊安室に到着したのも私たち一家が最初だった。というのも、私の両親とも、実家が佐渡にあり、祖父が危篤状態に陥ったとき、佐渡島から新潟港に向かうフェリーは当日の営業を終了していたために、他の親族が祖父の元へ駆けつける手段は断たれていたからだ。・・・おそらく、母が最も悔やんだのはその点だったと思う。祖父が、誰にも見守られることなく、冷たいコンクリートの壁に囲まれた病院の中で(実際そういうところだった)、孤独に死んでいったということ。「こんな冷たいところで独りで・・・」と何度も言いながら祖父の傍らで泣き続けていた母の姿を今でも覚えている。
 
 生前の祖父の記憶はほとんどない。毎年夏休みと冬休みに、佐渡島の両親の実家にそれぞれ何泊かずつ遊びに行ったのだけれど、母の実家は、従兄弟達に会えるのは楽しみだけど、祖父が割と怖かった。何を考えているのか、よく分からないなあというのが子供心にあった。いつも難しい顔をして本を読んでいるか、あれこれ趣味に没頭しているか、蘊蓄述べているか、法華宗のきらびやかな仏壇には自分で彫った仏像が並び、その前で木魚を叩きながら読経しているかで。でも、ごくたまにお茶目なところがあって、一番記憶に残っているのは、2階の窓から1階の屋根づたいに、大きないちじくの樹に成っている実を、私たち孫のために取ってくれようとしたのだけど、窓から屋根に下りたはいいけど、逆に部屋に戻ろうとして、足がとどかず、ステテコのまま大騒ぎしたことがあった。それからもうひとつ、私がまだ幼稚園児の時、祖父が1人で佐渡から新潟市の私の家に泊まりに来てくれて、私と妹は祖父とめずらしく買い物に出掛けて、猫のぬいぐるみを買ってもらった。ぬいぐるみはもうないけれど、胸の奥にずっと記憶として残っている。
 病院の霊安室で冷たくなった祖父を見て涙が出たのは、まだ人の死というものについてよく知らなかったけれど、もう、私たちのためにいちじく取ろうとして戻れなくなって娘達(母や叔母達)に叱られていたあの祖父も、猫のぬいぐるみを買ってくれたあの祖父も、もう戻っては来ないんだということを理解したからだった。

 不思議な話があって、これはもしかしたら過去に書いたことがあったかもしれないのだけど。。。
 私が東京の大学に進学するため、明日はいよいよ実家を離れる、という夜に、突然夢の中に祖父が現れた。新潟駅の新幹線のホームで、「しっかり勉強しろよ」と、どっさりと本を祖父から手渡される夢。翌朝両親にその夢の話をすると、2人とも笑いつつも感慨深げに、「じいちゃんがあんたにしっかり勉強しなさいってあの世から言ってるんだねえ」と答えた。その時は確かに気が引き締まったけれど、いざ上京してみたら、祖父の夢などすっかり忘れて、とにかく授業に交遊にバイトにと忙しい毎日。そんな時たまたま佐渡の実家に行った母が、祖父の若い頃の古いアルバムなどを叔父や叔母達と見ていて、そこで初めて、祖父が私が入学した大学の卒業生であったと知り、驚いて電話してきた。驚いて、というのは、たぶん、母にも私のみた夢について思うところがあったからかもしれない。
 その時から、亡くなった人が、あの世から私たちを見守っているということを、信じるようになった。

 今になって思うのは、母方の祖父と私の読書傾向がかなり似ていたのではないかということだ。私が高校生くらいの時、母の実家に行って、祖父の蔵書を眺めて、いつかここにある本を片っ端から読んでみたいなあと思った記憶がある。確か、法律書から哲学書、はたまた風水の本まであった。でも、祖父の蔵書に価値を見いださなかった他の親族がその後どうやら古書店に売ってしまったらしく、祖父の残した物は散在してしまった。それは仕方のないことで、遺された家や遺品を管理する親族の立場を考えれば文句を言えないことではあるけれど、私がもっと早く大人になっていれば或いは、と時々思う。祖父はどんな本を読んでいたんだろう。私が大人になっても存命であれば、どんな話を聞かせてくれただろう。

 祖父が死んでもう四半世紀近くになるけれど、祖父は冷たいコンクリートの壁に囲まれて独りで息を引き取ったけど、一緒に住んだことすらなかった孫の私の中で、次第に存在感が大きくなってくるのは、なんだか不思議だ。


2005年11月10日(木) リラックマくん。

 旧暦10月9日。
 残業してたら疲れたのと腰痛のために、今日はジョギングなし。1週間に1日か2日くらいはサボろう。ほんとは会社もサボりたいんだけど(-_-)
 あ、でも、ジョギングが嫌になったわけじゃないですよ。時々自分を甘やかすのだ。うん。

 
 リラックマ。
 っていうんでしょ?えへへ。
 会社の入っているビルのコンビニで、対象年齢3歳以上、って書いてあるおまけ付きラムネ(ラムネつきおまけ?)を買いまして、この可愛いポーチを入手。可愛い脱力系にもの凄く弱い私は、仕事中も机上に置いて愛でています。頭のほうにファスナーがついていて、脳味噌がなくて、頭の中は空っぽ。だから、小銭入れにして、おやつ用の小銭をちょこちょこ入れてます。仕事中、ドリンク剤とかアイスとかお菓子を買いに行くときに、ぶら下げてくまさんと出掛けます。買った当初はただのクマさんだと思っていたら、行く先々で、「あ、リラックマだ」とみんなに言われるので、有名なんだなこいつ、とようやく知りました。
 今夜帰り道に寄った本屋で、このリラックマくんの本を2冊見つけた。立ち読みして楽しいほんわかした気分になった。今度買おうかなあ。・・・しかし、毎月10日前後というのは、各出版社のその月の新刊の発売が重なっていたりして、お財布にちょっと痛い。リラックマくんの頭に小銭を入れておいたら、打ち出の小槌みたいにお金が増えていた、なんてことないかなあ。
 今月は、岩浪文庫秋の一括重版と、ちくま文庫20周年復刊フェアがあって、買いたい文庫が目白押し。特に、ちくま文庫のほうは新刊かフェアの対象本を買って帯についている応募券を送ると、どこにも売ってない非売品の文庫本がもらえるというので、そっちのほうにも興味津々。。。


2005年11月09日(水) 人生いろいろ。

 旧暦10月8日。
 皇居ラン5�辧�今夜は結構寒いですな。
 走り終えてお風呂に入ろうとしたら、ずいぶん久しぶりの知り合いからメール。放浪(行方不明ともいう)していた奴が突如現れたので招集かけたとのこと。とりあえず銭湯に入って身体暖めてから店に向かう。幸い銭湯の割と近くだった。
 ・・・話が盛り上がるというより、徹底的に盛り下がる飲み会であった。久しぶりに会ったのに落ち込んでいる人が多くて、でも、なんつうか、人生いろいろだし、まだこれから長いし、へこたれるな、時間が解決してくれるよ、思いっきり落ち込んだ後は上り坂を楽しみながらまた登り始めなよ・・・ってな会話をして。。。
 そうそう、人生悪いこと続きなんてことはないはず(^^)


2005年11月08日(火) アイデアマラソン手帳

 旧暦10月7日。
 皇居ラン。今夜は5�辧�残業を8時までに済ませて急いで会社を出る。。初心者なので調子に乗ってバカスカ走ってしまい、故障を招いてしまいそう。だから、毎日の練習に強弱を付けて、無理をしないようにしようと思います。ちょっと勉強しないといけないですね。ランニングについての本や雑誌買って、練習のやり方とか身体のメンテナンスについて学ぼうと思います。ネットにもいろいろあるんですね。
 今夜は安全運転で帰ってきました。

 来年の手帳が書店や文具店に並び始めましたが・・・。
 数年前に買った革製のシステム手帳、かなり気に入っているのですが、最近荷物の軽量化を目指しているため(と言ってもどうしても減らせない物が多い・・・)、手帳はなるべく軽い物にしようとしています。最近スケジュールは、携帯電話のスケジューラを使っています。ジーンズのポケットに鍵とお財布と携帯電話、首からiPodShuffleという格好で出掛けることもあるので。しかし、何やかやと書き込みたい人間の私は、鞄を持つ時は手帳を入れたいし。。。去年、システム手帳の他に、山川出版社の歴史手帳も使っていたので、そろそろ来年度版が発売になるかな、と思って先日書店を覗いたら、まだ。でも、ポケットアイデアマラソン手帳(公式サイトのトップへリンクしてます)というものを見つけて、思わず買ってしまいました。まだ使用開始して3日目ですが、1日2〜3つのアイデアを書き込むというコンセプトは面白いと思います。アイデアって言ったって、凄い発明ひねり出したりするわけではなくて、頭に思いついたことを気楽に書いていけばいいんだと思います。スケジュール管理というより、何かを生み出すための手帳、なんですね。
 私の場合は、この手帳に、日々頭に浮かんだことの他に、ランニングとサイクリングの走行距離、読んだ本について、なども書き込んでいこうと思います。

 あ、忘れてた。そういえば、3日の夕方、荒川河川敷にて空を見上げたら、洗濯板のような、あばら骨のような、へんな雲がありました。ちょっと不気味〜。


2005年11月07日(月) 走れた。。。

 旧暦10月6日。
 おはようございます、というのは、昨日の日記を翌朝になって書いているからです。
 昨夜も会社帰りに皇居へ。今月の目標は10�劼魎袷�できるようにすること。なので、1周目の5�劼鬚罎辰�りめに走って、2周目、走れるところまで走って、途中つらくなったら歩いて、また走って、また歩いて、を繰り返そうと思い、走り始めましたです。
 だったのですが、2周目も歩かないで走れてしまった。。。ありー、10�甸袷�しちゃったにゃ。74分もかかりましたが。
 11月の目標達成しちった。。。

 うーん。では、明日から練習の方針を変えなきゃいけないなあ、どうしようなあ、と考えごとしながら銭湯を出てチャリで帰る・・・と、銭湯を出て数分のところで、よそ見しながら道路を横断したら前にあった段差にもろに激突。自転車は歩道に乗り上げたものの、内股を思いっきり打ち付ける。アイタタタ・・・。今度は左の内股、げっ。
 痛いのは我慢できたのですが、その後貧血気味になって、ゆっくりゆっくり自転車漕いで帰宅。ドア開けると同時にトイレに駆け込み嘔吐。夕ご飯食べる気にもなれず、そのまますぐ寝てしまいましたです。
 今朝起きて、今のところ足は全然平気です。あー良かった。ほんとに良かった。


2005年11月06日(日) 残念。

 旧暦10月5日。
 歌手の本田美奈子さんが死去。
 芸能界のことには疎いのですが、彼女がデビューした頃テレビで歌ってた姿は覚えています。可愛らしい女性だなあと思った。その後ミュージカルやクラシックに挑戦したりと、自分に可能性ある限り諦めない、根性のある人だな、というイメージがあった。急性骨髄性白血病と聞いたときも、この人なら病気を乗り越えるんじゃないかな、という気がしていたのですが・・・。
 アイドル歌手としてデビューして、紆余曲折を経て、自分のこれからをようやく見いだした矢先に、さぞ無念だったと思います。私と同世代の女性がこういう風に急逝されるのは、哀しい。努力の人だったなあ。

 今日は同人誌の編集作業で集まる。同人誌というのは、もう10年以上続いている会で、年に4冊出している作品集はすでに40号を越えています。が、私はここ2年以上スランプ続きで人に読んでもらえるような作品をほっとんど出せず。それでも、編集作業には携わりたくてとことこ出掛けていく。手分けして校正をやる。そして、人の作品に目を通しているうちに、だんだん自分も書きたくなってくる。20代から80代まで、いろんな世代の、いろんなバックグラウンドの仲間が、小説、戯曲、詩、短歌、俳句、随筆、評論・・・文章であれば、自分の作品であれば、提出された作品は基本的に全部掲載される。で、月1回の合評会(私最近サボり気味)で、それぞれの作品について批評し合いながら切磋琢磨する。・・・書けない時も書ける時も、ともかく文章を書くことが好きな仲間の一端に置かせてもらっているだけでも、時々良い刺激をもらったりする。自分の才能のなさに自信をなくしながらも、文章を書くということを捨てることはできないなあ、と思う。言葉を綴っていく作業に、プロもアマチュアもまったく関係ない。たぶん、ほんとうは、絵でも彫刻でも音楽でも、表現するという行為とその成果物に、プロとアマチュアの区別は存在しないんだと思う。
 と、文学仲間と話していると、そんな風に感じます。


2005年11月05日(土) 「メトロポリス」

 旧暦10月4日。
 久々に昼間隠遁生活。エリック・ホッファーの『波止場日記』などを読む。ホッファーの著書は、何度読み返しても新しいことを気づかせてくれる。しばらく経ったらまた読みたい。
 『気の発見』(五木寛之・対話者望月勇/幻冬舎文庫)を読む。「気」に関する本を何冊か読んだことがあるので、正直言うと、この本を読んでもさほど新しい何かを得たわけでもなかった。むしろ、それはちょっと違うんでないの?と思うこと何ヶ所かあり。それから、最後の部分、終わり方が唐突で、無理矢理まとめた感じ(注・対談集です)。それでもまあ、五木寛之という人気作家が「気」について述べていらっしゃる、それによって「気」というものが、怪しいもの、オカルトめいたもの、一部の人にしかないもの、という認識から多くの人が解放されて、誰にでも当たり前にあるものであると知るきっかけにはなると思う。・・・なあんて、生意気なこと言ってる私だって、実のところ、「気」についてまだよく分かってないです、はい。
 本を読んでいたら家を出る気なくして、それでもジョギングだけはしよう、と、地図帳開いて考える。で、夕方、家から直接ランニングシューズ履いて、走り始めた。今日は荒川まで自転車で行っている時間がなくなったので、自宅をスタート地点に。巣鴨あたりだと、六義園とか小石川植物園とか、飛鳥山とか、緑が多くてその周りを走るにはちょうどいい公園がいくつかあるので、それらのどれかを目的地として、自宅と往復するのもいいかな、と。で、約5�劵献腑�ングして、それからすぐ銭湯に入る。一般道でも走っている人、結構いるんですよね。歩行者や車、信号等、気をつけなきゃならない対象は沢山あるけど、思い立ったときにすぐ走れるように、自宅から走り出せるようなコースをいくつか開拓しとこうと思いました。
 夜、映画「メトロポリス」を観た。手塚治虫原作、大友克洋脚本、りんたろう監督。映像が綺麗。キャラクターが可愛い。ストーリー展開はちょっと物足りない気もするけど、十分面白い映画だと思った。なにより原作が手塚治虫というのが。。。半世紀前に手塚治虫が考えていた話が、現代のアニメーションの水準での表現に十分耐えうるというのが凄い。
 東京の街を日々眺めながら暮らしていると、この巨大な都市がこれから先どのように変貌していくのだろうか、と、恐ろしいようなわくわくするような。。。私が地方出身者だからなおのことそんなこと感じるんだと思う。東京という、すこぶる日常的な空間(例えば下町や住宅地など)と信じられないほど非日常的な空間(高層ビル群やきらびやかなショッピングモールなど)が共存するメガロポリスは、まるでそれ自身が意思を持ち続けているような、得体の知れない都市のような気がする。太田道灌が城を築いた時から、この怪物は少しずつ命を吹き込まれ、成長を続けてきたのではないか。自転車でこの街を走っていると、人間というちっぽけな存在が、東京都いう怪物都市の影響をまったく受けないなんてことがあるはずがない、それどころか、私たちはどれだけこの都市の「気」みたいなものに浸食されてしまっているんだろうか、などと考えてしまいます。


2005年11月04日(金) ブルー♪ブルー♪ブルー♪

 旧暦10月3日。
 誰も信じてはくれないと思うのですが、ほんとうは私すっごく暗い性格なんです。ほんとだってば。
 今日はなんだか朝からブルーで、会社で仕事に追われているうちに明るくなるかな、と思っていたのにだんだん青色が濃くなってついには群青色に。表面はいつも通りケラケラしてるので誰にも気づかれないとは思うのですが、内心十分ダークだった(笑)
 時々ずどーんと落ち込んでしまって、深いすり鉢の底に一粒だけ残された黒ごまのような気分になる。移動手段さえあったら溝を懸命に這い上がってくるんだけど、身動きとれないんじゃどうしようもないや、という感じ?
 人の悩みや相談事を聴くのは全然苦にならないのに、自分の内面のしんどさを人に語るための語彙がない私。そういう人って私だけじゃないかな、多いと思う。。。人には言えないことや、うまく言葉に表せないような悩みって、きっと誰でもあるんだろうな。
 そういう、プチブルー〜ヘビィブルーの時は、�,箸砲�く友人と馬鹿話��誰にも邪魔されない居酒屋で1人で自分の内面と向き合いながら呑む��とことん読書�い箸海箸鶻┐鯢舛��イ箸海箸鷸位�線�Δ箸海箸鷄親悪Д�メラもってとことん歩く��落語三昧・・・ですかね。
 今日は� �残業中なのに、仕事そっちのけでついつい仲間と馬鹿話。笑いで癒されました。
 なんか胃が痛かったので今日はジョギングなし。やだ、私ってすごいデリケートですねえ。そう言いながらも、帰りにコンビニで山崎パンのおまんじゅ買ってきてしまった。。。


2005年11月03日(木) まったりな1日。

 旧暦10月2日。
 朝からりんごを丸かじり。大地宅配のりんごなので、残留農薬を気にしてごしごし洗う必要はあまりなくて、いつも丸かじりです。果物の中ではりんごが最も好きなので、今の時季は毎週注文。会社にもりんごを持っていって、昼ご飯のしめくくりはりんごです。最初丸かじりしているのを見てみんなビビっていたけど、もう見慣れたようでみんな何も言いません(笑)。あと、おべんと作りは最近さぼっているけど、レタスやきゅうりなど、生で食べられる野菜は、洗わずにちぎったりボキッと折ったりしてそのまんまおべんと箱に突っ込んで会社に行き、昼に洗って食べています。これにもみんな相当びびっていたけど、もうすっかり見慣れたようで。時々虫がついてくるような野菜達だから、美味いんですよ。冷蔵庫が小さいので、週一の配達日に、冷蔵庫に入りきらない野菜や一緒に届いた納豆や豆腐なんかを会社に持っていって会社の冷蔵庫に入れておき、昼ご飯にコンビニ弁当やおにぎりなんかとともに食べます。こないだ、「なんで豆腐と納豆とりんごが入ってるの・・・」と、会社の冷蔵庫開けてたたずんでいる人がいた。すいませんね、全部あたくしです。午後にはなくなりますから勘弁してね。
 さて、本日は祝日であるからして、りんごはウチで食べました。バクバクバリバリ。やった天気がいい。ということで、その後、10時頃に家を出て、今度は玄関でこけないように気をつけて、ほんでもってMTBで荒川まで行き、まず荒川の江北橋から、上流に向かい、新荒川大橋という橋のあたりまでサイクリング。荒川市民マラソンのスタート地点を把握したくて行ってみたのですが、よく分からずに戻ってきた。途中、国土交通省が荒川河川敷利用についてのアンケートをやっていたので、利用者としてこれは義務でしょう、と、立ち止まってアンケートに答える。トイレを明るくして欲しいとか、河川敷を禁煙にして欲しいとか、要望を言わせて頂く。十分整備された河川敷で、ほんとにありがたいんですけどね。こんな快適なサイクリングロード、ちょっとないんじゃないでしょうか。ほいで、アンケートに答えたお礼にと、荒川についての小冊子とかミネラルウォーターとか、荒川の地図を戴く。小冊子はこの前深川江戸資料館のパンフコーナーでもらってきたのと同じだったのでだぶっちゃった。でも水は嬉しい。早速空っぽになった水筒に移し替えた。それからなんと言っても地図!「荒川お散歩マップ」というコンパクトに折り畳んであって広げると大きい地図なんですが、これが便利!荒川河川敷の情報、例えばトイレや土手からの階段の位置など、結構細かく掲載されてある。地図帳はいつも持ち歩いているけれど、一般道路については詳しく書かれてあっても、河川敷については皆無、荒川はただの川としか地図では表されていないので、こういう地図が欲しかったのです!まじにありがたいです。しかも、今日行って分からなかった荒川市民マラソンのスタート地点も、この地図だと分かりやすい。次回こそ場所を把握できそうです。

 さて、新荒川大橋から再び江北橋まで戻り、今度は河口の葛西臨海公園まで。わりとのんびり漕いで、途中ラーメンとミニチャーシュー丼(ミニですよミニ)なんか食べちゃったりして、あと、今まで気がつかなかったのですが、競艇場があったりして、それを見物してしまい(川の一部が競艇場になっているので、川の土手から見られるのです)、着いたのは午後1時過ぎ。祝日なのでさすがに人が多い。家族連れやカップルがやたらと・・・・ぷんぷんぷん!と、静かな場所まで移動。やっぱり、ディズニーランドに近い方の海っ端。のんびり釣りしてる人とか、同じく1人で来てボケーッと座っている人ばかりの場所へ。ここで、芝生に寝ころんで海を眺めたり青空を見たりして身体を休め、それから持ってきた文庫本を読み始める。海鳥が鳴きながら群れなす海岸。波の音、汽笛の音、それから対岸のディズニーランドの音楽。海の匂い、空の青。やさしく吹き抜けていく潮風。そういうのを芝生の上で楽しみながら、読みたかった本を読む、というのは、なんとも心地よいひとときでした。でも、読んでいるうちに眠くなり、しばし、1時間くらい昼寝。海鳥の声で目が覚める、それからまた活字を追ったり、物想いにふけったり。寒くなってきたので、帰ることに。でも、さすがに疲れてしまって、帰るのがおっくうに(笑)。それでもえっちらおっちら漕いで、江北橋まで戻ってきた。そこで、靴を自転車用からランニングシューズに履き替えて、締めくくりは江北橋と鹿浜橋を往復計4�劼離献腑�ング・・・と思って走り出したものの、足がくたくた。しかも夕方5時なのでもう暗い。ということで、2�勸盟�ってダウン。この根性なしが!・・・フルマラソンの完走、かなり怪しいですな。ふぅ。
 自転車でちょっと遠出して、途中で本を読んでゆっくりする、というのが結構楽しかったので、ちょっとはまりそうです。


2005年11月02日(水) お腹すいたー

 旧暦10月1日。
 またジョギングの話です。凝り性なもので、すみません。
 昨夜の筋肉痛、今日も続くかな、と思っていたら、意外や意外、今日はぜんぜん痛くなかったです。いやー若返ったんだな私。うふん。
 さて、今夜も皇居。今日は2周した。1周目の5�劼鷲當未烹械永�ペース(今のところこれが私にとって無理のないペースのようです)で走り、2周目はウォーク&ラン。しばらくこの感じで行こうと思います。スピードを上げるよりも、長い距離を走れるようになりたいです。11月の目標は、皇居2周計10�劼魎袷�できるようになることです。・・・達成できるかなあ。。。ちょっと自信ないなあ(^^;)
 
 走る前に、会社の社員食堂で夕ご飯食べて、机に戻ってしばらく残業して、胃が落ち着いてから自転車で皇居そばの銭湯まで15分くらい走り、銭湯から皇居まで歩きながらウォーミングアップしてそれから走ります。走り終わった後は銭湯でじっくりお湯に浸かってさっぱりしてぽかぽかした身体のまま自転車で帰ってくるのですが、帰宅する頃にはすでに空腹で。。。ここでばくばく食べてしまったら後悔しそうなので我慢我慢。
 でも、不思議なことに、自転車やジョギングを最近夢中になってやっているせいか、お酒を呑みたいとはあんまり思わなくなってきた。近所の居酒屋のご夫婦、私が最近来ないなーって思ってるかなあ。申し訳ない。
 と、書いているうちに、久しぶりにビールと焼き鳥欲しくなってきた(^^;)


2005年11月01日(火) やっと走れます。

 旧暦9月30日。
 仕事終えて整形外科へ。内股はすこぶる順調に回復。先日受け取った湿布がなくなる頃にまたいらっしゃい、とのこと。ということは、あと2週間後かぁ。
 先生「青紫にはならなかったねえ」私「はい!」先生「そういう時は奥の方が酷い場合があるんだよ」私「・・・え・・・(汗)」
 
 さぁて。
 先生は走っちゃ駄目とは今日はおっしゃらなかったので。ようやく仕事帰りのジョギングを再開しました。え?怪我して10日経ってないじゃないかって?経ったわよ、経った経った。つか、新潟時間では10日過ぎました(わけわからん)。
 今日は皇居近くのもうひとつの銭湯に行ってみた。稲荷湯さんという神田にある銭湯。ここはバン・ドゥーシュさんより大きめ。さすがに皇居ランナー達でごった返していたけど、走り終えて自転車で帰宅するにはこの銭湯が位置的に便利なので、今日から稲荷湯さんを拠点とすることに。バン・ドゥーシュさんも稲荷湯さんも、受付のおばちゃんはまるで運動部の寮母さんみたい。ランニングウエアのランナー達に囲まれて。ただ、みんな、男女とも、ビシッと決めたスーツでやってきて、走り終えてお風呂に入ってまたビジネスピープル姿になって帰って行く。最初からラフな格好でチャリでやってくる私みたいなのはあんまりいないみたい(笑)。
 久しぶりに走って、走っている途中に捻挫した内股がちょっと痛くなってきてしまったけど、さほどでもなかったのでなんとかいけて、5�劼鮑L襪錬械科�でした。うーん。トロい。でも、初日(ってもう約2週間前)が35分だったから、3分短縮?皇居1周だけでバテバテ。今月中に10�卅�れるようになるかしらん。すこぶる不安。
 走り終えたとたんに、両足の付け根から太ももにかけて筋肉痛が。。。痛いのを我慢しながらお風呂屋さんまで帰って、熱い湯にじっくり浸かって、チャリで帰ってきた。
 内股捻挫のための湿布、筋肉痛の両足に貼っちゃうので、たぶん予定より早くなくなります。。。


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